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今夜の私の晩ごはん。
というか連日こんな感じ。
上は左から、
酢豚の豚肉。
ニラのチジミ。
豆腐。
下は左から、
焼き肉のタレ+豆板醤。
和辛子+一味唐辛子。
ポン酢+ゆず胡椒。
昨日も酢豚は食べた。
チジミは冷凍庫から出した。
豆腐は常備している。
つまり。
冷蔵庫のものをかき集める。
ホットプレートで焼く。
調味料で味の変化をつける。
という無限ル-プ。
当然、これにビールが付く。
当然、お弁当も酢豚だ。
晩ごはんに米は食べない。
でも豆腐がないと寂しい。
鍋の季節というけれど、鍋らしい鍋はしない。
湿気がイヤだ。
家のなかに精密機械が多いので。
ホットプレートも低温である。
あくまで温める程度。
電子レンジで温めてもいいのだが。
やっぱりそこ。
豆腐に焼き色がないと寂しい。
低温で焦げるころには、水分も飛んで固くなる。
そんな木綿豆腐がいい。
豆を、こんなカタチにしたひとは、私のなかで大偉人だ。
だれなんだろうか。
きっと人生を捧げたのだ。
遠い国の遠いだれかが、今夜の私のために。
そう思うと。
辛子とかゆず胡椒とかも、けっこうな発明品。
豆板醤も豆か。
豆に豆つけて食っているのか。
そんなことを意識さえしない。
なんかもうしわけない。
現代人も未来のひとのために、
新しい食を考えるべきなのでは。
豆はまだなんかできるのでは。

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 しかしちょっと調べてみると、まだなんかできるどころか、大豆からは油がとれるのだということを失念していた自分を恥じることになる。大豆油は、あらゆる加工食品に使われているし、スーパーでもイオンが大豆油で天ぷらを作っていることは公表しているから、多くの総菜も大豆の成分を含む。いやもはや食品売場の半分くらいは大豆がらみであるかもしれない。

 安価で栄養価が高い、という特性は、ある状況に置かれた国では命綱にもなる。某ロケット開発に熱心な、自由経済が破綻し、市民が配給される食品で暮らしている、あの隣国では、大豆油の絞りかすで作られた人造肉インジョコギを主食に育った者たちが多く、いよいよ配給がままならなくなって闇市が立つようになっても、そこで売られているのは「味つけされておいしい」インジョコギだとか。

 そもそも、大豆油の絞りかすは家畜のエサとして世界中で使われていて、だったらそれをこねて味付けて食べずに、豚を育ててその肉を食えよと言ってしまいそうになるが、闇市ではその「育てる」という行程が困難なのだろうし、配給だと公務員がそれをやらなければならないので、豚を育てていたら「キミなにしてんのその豚のエサを国民に与えてサッサとミサイル開発のラインに加わりなさい」と言われる様子は、目に浮かぶようである。

 危険な話題はこのくらいにして、この国の、さっき私が豆腐を買ってきたスーパーの棚を見ると、あるべきものがない。

 おから、だ。

 豆腐を作ったあとの大豆のかすである。かすだが、おから料理というものは厳然と存在して、私も幼いころから食べた記憶がある。このサイトでもいくども話題にした、私の生まれた兵庫赤穂相生は、駅から海へ至る商店街を舞台にしたパレードを擁する夏祭りで有名な土地で、二十世紀には街と商店街がイコールというようなところだった。豆腐屋もあり、商店街の豆腐屋というのは、豆腐をそこで作って売っているので、おからも出る。豆腐屋としても、豆腐を作れば出るかすが、産業廃棄物というかたちで店に残っても困るだけなので、安くてもいいから客が豆腐といっしょに買って行ってくれれば助かる。そういうサイクルによって、安いなら買うし食えばいいじゃない、と私も食わされていたわけだ。

 以前、肉がダメな客が来るのでおからで餃子を作ったことがあった。

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『肉なし餃子を冷凍庫に詰め込む』の話。

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 良い出来、などと自画自賛している私だが、十年経ってその後、おからを使用したレシピなどいちども出てこない。出てこないどころか、作っていない。買っていない。まさにあれがきっかけだった。その後の十年で、彼女はなんどもうちに食事に来たが、彼女にもおからは出してない。つまり、幼少期によく食べ、大人になって、思い出したように「おからって食材がこの国にはあるやん」と喜び勇んで、買いに行ったら売っているには売っていて、買って作ってみたら、幼少期の記憶が呼び覚まされてしまったのである。

 おー、うん。そういえば、よく食べたけれど、まったくもって好きではなかったな、これ、と。

 だいたい、子供の私は豆腐が好きではなかった。しかし、ここが商店街と街がイコールな街のむずかしいところで、商店街は毎日通るのだ。豆腐屋の前も毎日通る。豆腐屋は豆腐屋で、周辺住民の晩ごはんに豆腐が出る割合から逆算して豆腐制作にいそしんでいるので、客としても地域住民としても、そう何日も豆腐もおからも買わずに前を素通りなどということはできない。いや、肉屋や魚屋ならともかく、豆腐は逆に冷凍ということができないし、毎日食べてもおかしくはない食材で、そのうえ安価でもあるから、豆腐屋さんとおしゃべりついでに買って帰るなどということがあるのだ。

 そして、豆腐屋さんと仲がよいと、サービスでおからがもらえたりする。サービスと書いてしまったが、前述のように、豆腐屋の側から見ればそれは豆腐のかすだから、売れ残ればゴミになるので、売れるものなら小銭でもいいから売りたいけれど、そうでないならば、タダでも押しつけたいものなのだ。

 うちには、まんまとおからが溜まっていた。あれはきっちり水分を含むので日持ちせず、それを律儀に料理するものだから、いつでもおからのなんらかの料理が冷蔵庫に常備されているという状態になる。

 おなかすいたー、と言うと、白米におからの煮たのが、かけられたりする。

 よく食べた。が、よく食べた、と好きは比例しない。彼女の来訪で、おからのことを思い出しても、特に感想はなかった。だが、現に買ってきて作って食べてみれば、そう、彼女の、生き物の肉を食べるという行為がちょっと、というのと同様だった。

 良い出来で、マズくはない。

 ただ、まぎれもなくおからであり、肉ではない。

 豚肉が育てられる国に生きているのなら、私はおからを食べずに豚のエサにしてその豚を殺して食う。私はそれが平気だ。生まれたときから平気だ。ナチュラルボーンキラーなのに、なんなら生肉でも食うのに、おからを食わされていたのだ。

 いや、おからは悪くない。
 なにも悪くないけれど、あのおから餃子の前も後も、私はおからを食べていない。安かろうがそれがなんだ。肉を育てられるのにヒトに食わせるな。と、いうのは私の妄言ではなく、大勢なのだと思う。事実、スーパーの豆腐売場におからを見ない。工場で作っているのだ。おからは産業廃棄物であるという裁判もあった。廃棄物だが、いまや工場からのそれなので、商店街のそれのようにゴミ箱行きなわけではなく、まとめてとどこおりなく家畜のエサとなるのである。ならば、ちょっとヒトが食うのもとっておいてよ、などというのは手間でしかない。すべて太ったきれいな豚の糧とするがいい。

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 おからレシピの本って、決まって「満腹食べても痩せる」みたいなキャッチ。そういうのを見るたび、ヘルシーで素敵と感じるよりも、隣国の飢えた民と幼い日の自分を想起する。飽食の国の大人はいい。豆を骨の髄まで、ゆず胡椒みたいな嗜好品としてたのしむのなら。でも、そうでないならば、おからは豚にやって欲しい。痩せるなら食事の量を減らせばいい。同じカロリーで、満腹になる山盛りのおからと、豚の角煮のひと切れを、どっちも選べるのに、そっちを選ぶかと思う。幼い日の食生活は、けっこう生きかたを左右するくらい思想に影響する。

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 買ってきた餃子と豆腐とニンニクの芽。
 今夜も、豆腐に肉を足してタレをつけて食す。

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『焼肉のタレ、手作り、レシピ、つくりかた』の話。

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 私は正月もあるようなないような生業なので、平常運転なのですが、みなさまにおかれましては、なにやかやと酒池肉林な季節だそうで。まったく祝いのときに水をさすようなしみったれたことばかり書いているよヨシノギは、なんて具合でもうしわけなくも思いつつ、思い出したことを思い出したときに書くのがここの流儀。ええ、思い出さぬことを新たに紡ぐ作業も、変わらずいたしております。苦しい。それに比べてここの気楽さ。ああ、だからそう、休憩にこれを書きはじめて、こっちばかりになるというやつなのですが。そろそろ、あっちにもどってうんうん唸りたい。

 そんなで、来年も。
 おつきあいくだされば嬉し。
 どうぞ、よいおとしを。
 よいときをおすごしください。

 愛してる。

 吉秒匠でした。






「遭遇したとしたって、意思の疎通ははかれない。百パーセント無理だと思う」
 おれとお前ですら解り合うことは無理だから、と先輩は言ったのだ。
 ──ああ。
 無理なんだ、と僕は思った。
 そして、時間の問題もあるんだな、と思い至ったのだ。

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 京極夏彦 『十万年』

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 ちょうどそれを収録した文庫本『幽談』が出版されたのと同じころ、私も同じようなことに関心が向いていた。

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『珪素弁当』のこと。

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 ブログ中で触れている、いるはずのない生物がいたのかもしれないというニュースには、その翌年に続報があった。

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『南極氷底湖の微生物、本物と確認 - ナショナルジオグラフィック 公式日本語サイト』

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 本物だったのである。
 ほぼなにもないに等しい世界で、無機物を食べて「生きて」いるやつがいるのだ。それも宇宙生命体などではなく、この同じ地球の上で。

 そんな感じの空気だった。そういう、SF好きが夢見ていたことが、やっぱり本当だったのだということがなにやかやと実証されはじめて、逆に思ってしまった時期だった。

「遭遇したとしたって、意思の疎通ははかれない。百パーセント無理」

 そう。スタートレックとか、スターウォーズとか、異星人同士が同じ設計の宇宙船のクルーになるなんていうのは、億万パーセントない。そもそも、地球でいうところのヒト型に進化するというのがありえない。

 そういうすれ違いが哀しい戦争を生んでしまった状況を描いたのはオースン・スコット・カードだった。

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『エンダーのゲーム』の話。

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 だが、それを読んでさらに思うのは、それもスタートレックなんじゃないかということだ。カードは信心深い小説書きなので、異星人というモチーフを得ながら、ともすると地上の人間同士に読み替えられるくらいの差違に意図的にとどめているきらいがある。スタートレックが偉大なのは、まさにそうだったからなのだ。好戦的な異星人と冷静で理知的な異星人が、もちろん衝突するのだが、最終的には恋人になって傷だらけで肩で息をしながらふたりでベッドルームから出てきたりする。

 別に、生殖器の形状がどうであろうとベッドインすることに難がないのは人類同士でも証明されているけれど、異星人だ。本物の異星人だった場合、彼や彼女は南極の地底湖の生物よろしく岩を喰って生きている可能性だって高く、そうなると、彼や彼女と呼べる形状に進化することのほうが奇跡というか不自然なことなので、異星人とは出遭ったって認識もできないんじゃないかと前述したわけだが。ヒトの目には、どう見ても茶碗みたいなものが実は異星人だとかいうことだとベッドインなんたらの前に、異星「人」という定義についてまず考えることになるというか、そんなことを考えるところまで、まず行くのか。ヒトは気づかずにその茶碗的なもので白米を喰って終わるのではないか。

 という浅い考えを私がくり広げていたところに、京極サマの主人公サマがおっしゃって、私も、さらにそりゃあ無理感を強くしたのであった。

 時間か。

 『ゾウの時間 ネズミの時間―サイズの生物学』というベストセラーな本がある。

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 そこには、時間は体重の四分の一乗に比例する、と書いてある。ゾウとネズミだと、計算上、十八倍ほど違う。

 違うってなにが。だから、時間だ。体感的に言えば、ゾウの目には、ネズミは自分たちの十八倍の速度で動き回る生物だということである。見えてはいるが、ベッドインするのは難しいと推察せざるをえない。身体機能がどうとかいう問題以前のこととして、十八倍速で動く相手を抱くとか抱かれるとか、どういうプレイを構築すれば成り立つのか。ネズミの側から見れば、十八倍「遅い」ゾウを相手に、いい感じでなにかをこすりつけたりするたのしみは見つけられるかもしれないけれど、よく企画ものアダルトビデオで見かける時間よ止まれモノを観ると驚くほどつまらなかったりするのと同様、ハードルの高い関係性だと思わざるをえない。

(ちなみに時間よ止まれモノがなぜ退屈かというと、時間が止まって彼女に好き放題できるとしても彼女の反応というものが皆無なので。それがラブドールであるならともかく、生きた人間が無反応なのは造形として美麗であっても退屈である。たいていの監督さんは、それを理解しているので最終的には時間を戻してしまう。悲鳴をあげさせる。設定上破綻して、いわゆるタイトルオチになることがわかっていながらシリーズが続くのは、タイトルだけで釣られるファンが永遠にいなくならないからなのだろう。世界中の時が止まって、自分だけ動けて、好き勝手できるとして、そんなもの、たぶん一日で飽きるというか、泣きだしてしまうに違いない)

 自分よりも十万倍体重の重いゾウを、ネズミがまず生物と認識できるかも微妙だ。おまけに十八倍遅いのだ。なんかでっかい壁がある、と、通り過ぎてしまうだけに終わる可能性は高い。

 うちに二歳児がいるが、体重だけでそれが決まるならば、彼と私でさえ、1.何倍かほど時間の流れは違うことになる。同じ三十分の仮面ライダーの番組をいっしょに観ていても、二歳児の体感的には私よりも若干三十分が長く、その戦いはスローモーションで見えているはずだ。というか父親である私も、ふわわん、という速度で見えているのだ。言われてみれば、こっちの目には、やつはものすごくちょこまか動くし、しゃべる言葉も早送りみたいで聞き取れないことがよくあって、ややもすれば宇宙人のようである。1.何倍かの速度で生きている生物なのだから……いや、逆に、その程度の差だからこそ、わかりあえているにすぎない。

(それっぽいことを書いているようだが、実際には同じ種族であれば、大きいほうが早く逝くということが統計学的には知られている。世界的に見て女性のほうが長寿なことや、大型犬よりも小型犬のほうが長生きするという事実は、体重とそれが比例するという説とは真っ向から対立するものなので、ここでは触れない。ということを誤解を与えないように触れておく。あまたの説を、自分の都合に合うように編むのを小説という)

 時間、というものも含めて考えれば、この世界で、私に見えていないものはない、ということでもある。わかりにくいか。つまり、この世界、というものの王が私であるということになる。

 双子でも、体重は違うし、鼓動がぴったり同じなわけはない。ということは、この世界を、この速度で見ているのは私だけだ。そう考えると、光の速度との兼ね合いもあるわけだから、音や色だって、あなたの見ているものとは、そこはかとなくというレベルではあるにしても違うはずだ。

 そこはかとなくではあっても、そこはかとなくの違いで落ちるものが恋だったりするのと同様、そこはかとなくなにもかもが違うとなれば、あなたの「あなたの世界」と、私の「私の世界」は、なにもかもが違うと言わざるをえない。私のこの世界に、私のように入り込める他人は、同じ人類であろうとも、恋に落ちようが血がつながっていようが、だれだろうと無理なのだ。

 その並びで考えるのは、だったらばなぜこの世界の王たる私が、私の世界でイラついて舌打ちをしたりすることが起きるのかというナゾである。

 日常とは、日の常と書いて字のごとく、日の常だ。当たり前に。実に本当にまったくもって粛々と日々常々。日常は、なにも変わらない。突然に裏返ったりしないし、酸っぱくなったりもしない。

 ということは、さっきの私が、どうにも鬱々としていたり、悶々としていたり、苦かったり甘酸っぱかったり、店に帰るのをやめて家に帰って寝たかったりしたのは、日常の側にはなんら負うところのない、私の側にのみぽっと湧いて出たものであるということになる。

 仕事の帰りに、今日はもうやってられねえハメを外してしまうかというような夜においても、起因となるのは昼間の職場でのなにやかやであるかのように本人は思うが、実のところなにがあったところで、それも常にすぎないので、やはり本人が勝手にやっていられない精神状態を作りあげているだけだ。

 近しいひとになにかあった、だとか、常ならぬような事故天災のたぐいに遭遇した、という場合においても、突きつめると、私が揺らぐのは私がいるからであって、日常の側で起こったそのことものに、私が遭遇しなければ私が揺らぐはずもないのだから、すべからく私が揺らぐのは私のせいだ。

 だって、この世界をこの世界のように観測しているのは私だけなのだから。

 それは、だから。

 私が、右に揺らぐから世界が右に揺らぐ、ということ。

 けっきょくのところ、異星人も隣人も変わらない。自分以外は、自分には本質的に理解しようのない氷の底で岩を喰う生物と大差ない。そういう他人によって構成される世界との二重構造で、私は私の世界の王であるから、王であるからといって現状の変更を無理に推すと、重なった他人の世界も揺らがせてしまって自分に返ってくる。

 だから、それは。

 まあ、違うけれども、すり寄れるところへ寄って、たのしめそうな十八倍ほどにはかけ離れていない反応の読めなくもないところをより好んでベッドインして、どこか自己満足的な行為を愛と呼び、見えるものを信じることは忘れて、見えるものがすべてだ歪んでいても曲がっていても、と達観して認識できそうなところを認識して美麗だと微笑むことができれば今日は大成果だったとまた微笑む。で、寝る。

 そういう心もちが大事ではなかろうかと、ああこりゃ、悩んだり落ち込んだりするだけ時間の無駄だわ、だってわかんねえもん。他人の世界だもの。あのクレーマーに世界はどう見えているのだろうだなんて頭を使うことも心を乱すから運転に集中しよう、ああ六倍速くらいの相手とならいまならたのしんでプレイできそうだたのしめそうなプレイを想像しよう、と思いながら頬を伝う涙はなんなんだろうとも気づきつつ、その後もあれこれあっていま家に帰ってきてこれを書いている。

 午前三時。シラフ。飲まずに寝ようと思います。言葉というものを持っていてよかったと、つくづく思う。

 ふと、壁を見るとクリスマスリースが飾ってあって。私がかけたのだけれど、スイッチを入れたらキラキラ光る、それをいちども光らせていないと気づく。かけたきり、輝かせもせずにいるが、リースにはガシャポンのビルドドライバーがぶら下がっているので、息子はたのしんでいるようだ。

 光の屈折によってモノを見る。空気の振動によって音を聞く。そういう生物同士であるから、そこにだれかいると気づくこともできるので、そうでなかったら生物であることにも気づかないだろうし、そういう身体能力の違いを超えた差違があって、だれかが光のなかに「棲んで」いたりした場合、もしくは茶碗生物だったりした場合、果ては見上げても見えないほど体重差のある宇宙サイズの生物だった場合、すぐそばにいたとしても、いることさえもがわからない。

 ひどいクレーマー生物などなら、いっそ認識できないくらいに違っていて欲しいと思うことだってなくもないけれども。しかし、時間の止まった世界でひとりきりでは、早晩、泣くことにも飽きそうだし。

 あなたが見えてよかった。意思の疎通ができて、反応が感じられて、なにより。意味わかりますか? 宇宙人ですか? ああ、地球の人類のかたですか、奇遇ですね私もです。

 メリークリスマス。

 私の世界は私のものであるにすぎず、あなたのだってそうなのでどういう具合なのかまったく知りうることはできませんが、ここ押してみたら共鳴しあうところもあるようですよ。ほら押した。押し返してみてください。ははっ。そこにいるんですね。

 落ち着きました。
 眠れそうです。





2012年07月18日(水)

・ 先月に続きiOS My Xbox LIVE アプリのアップデートが来たんだが。なにが変わったのかわからない。毎度、公式サイトでまったく触れず、だれかが解説するのまかせなんだよな… #xbox

2012年11月13日(火)

・ 「Xbox Live」アプリがアップデートで「Xbox SmartGlass」に進化して、Halo4も対応だっていうから使ってみたんだけれど…重っ…ていうか対戦記録とか、私、PCのモニタでプレイしているからそっち切り替えて見れば充分だし。もっと遊び心が欲しいなあ。 #halo4

2012年12月11日(火)

・ Halo 4 Stats使うとサービスレコード読みこんだあと決まって落ちる。で、復帰するにはまたサインインから。ios版Xbox公式アプリがsmartglassにアップデートしてから使えるレベルじゃない。見切り発車しすぎ……マイキーのいつものことなんだけど。

2016年03月04日(金)

・ 他社OSのアプリを変換する「Windows Bridge」のAndroid版は開発中止になったとか。iOS版は引き続き開発しているとか。そういうニュースを見るにつけ、それってXboxでソニーのゲームが動くようにがんばるみたいなことで、アホなのかなという気がするのは私だけか。

2017年04月14日(金)

・ Win10 Creators Update 配信開始。なにがたのしみかといって、前回の大規模アップデート以来Windowsから特定のアカウントでのみXboxアプリにサインインできないという現象が世界中で起きている。私にも起きている。これが直るかどうか。たのしみというか、早く直せ。

2017年04月21日(金)

・ Win10 Creators Update来た。Xboxアプリにサインインできない現象が…直らなかった。ただ、ありふれた0x406エラーと表示されていたのが、見たことのない0x3ecというエラーに変わった。なにかいじったな。問題認識しているのに解決できていないということだ。困る。

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 マイクロソフトとWindowsとXboxに絡んだアプリの件で、この五年に私がつぶやいたのは、この六件。

 すべて愚痴だ。なにひとつ褒めていない。褒めていないのに使い続けていて、直近のつぶやきが今年の春である。あらためて簡潔にまとめてみよう。こういうことを言っている。

「前回の大規模アップデート以来Windowsから特定のアカウントでのみXboxアプリにサインインできないという現象が世界中で起きている。私にも起きている。今回の大型アップデートで直るのか……直らなかった」

 ……直らなかったのだ。それはつまり、愚痴を言いながら褒めもしないアプリを使い続けているとさっきはいきおいで書いたが、嘘ということだ。サインインできないのだから。サービスに接続されないのだから。まったくもってなにも使えない。アプリのアイコンがそこにあるというだけ。アイコンをクリックするとしばし待たされ、何種類かのエラーコードが吐き出されるだけ。

 これはもう、信者と呼ばれて仕方がない。なにも与えてはくれないアプリを画面の片隅に置いて、日々、崇めているだけなのである。我ながら怖い。

 タイトルにも書いたが、

「0x3ec」
 もしくは、
「0x406」
 あるいは、
「0x409」

 などを検索すると、この件に関する信者たちのあらゆる言語でのクレームと、フォーラムでの質問と、それに対するマイクロソフトサポートのあらゆる言語での一辺倒な「これを試してみてください」的な返答を読むことができる。「これが参考になった」ボタンの数字が、「私も同じ疑問を持っている」ボタンの数字と激しく乖離しているにもかかわらずサポートのなかのひとは、最終的な決めセリフをあらゆる言語で書いてよこしているのがわかるだろう。

「アプリを再インストール」
 それでも解決しなければ、
「OSをクリーンインストール」
 してみてください。

 ……してみてくださいじゃねえわ!!
 そうだ多くのWindows10マシンでXboxアプリは問題なく動作していて、動作しねえよと言っているやつらはマイノリティーだ。私たちが、なにか特殊なことをやっているのだろう。だからサポートは、Windows10をきれいな状態で入れなおして、そこでアプリを起動してみてくださいと言う。そりゃ動くでしょうとも。なにが問題なのかはわからないが、なんらかの問題のあるなにかを排除したまっさらで純朴なWindows10で動かないアプリならば、そもそもリリースされていないのだから。

 そんなサポートがあるか!
 アプリが起動しないからマシンのデータを消してまっさらにしろって、それがOS売っているひとの言うことか!!

 と、あらゆる言語で「そうじゃねえ」と言われるのを承知での一辺倒なのであった。つまるところ、マイクロソフトにも原因がわかっていないのだ。

 だったら直るまで待つしかない。

 待っていた。信者のカガミなので。

 そして先日、それが直ったのだ。
 サインインできたのだった。
 ある日突然に。

 おそらく、世界中で、もうエラーコードについて調べるのをやめているうえ、サインインできないことが確定しているXboxアプリを起動させる習慣もなくし、アプリ削除までしてしまったひとが大多数だと思われるので、ブログもちのひとりとして、これは書いておかねばならぬと筆をとったしだいであります。

 直ったよ!
 やっぱりマイクロソフトは信じるに足るよ!!

 タイミング的には、ログを見るかぎり、おそらくWindows10、バージョン1709の機能更新プログラム。私の環境では2017/‎12/‎07 に正しくインストールされました。その後から、Xboxアプリは正常動作してサービスを提供してくださるようになったよドラえもん。これでもう(0x409)0x80080300などという数字の羅列をメモして検索するというようなことをしなくても済む人生が訪れたんだよマイクロソフトさんのおかげだ。

 すばらしいことだ。

 そういえば先日、こんなこともつぶやいた。

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2017年12月5日(月)

・ フリーテルぅ…そりゃまあ、買った時点でこれこんな値段でよく作ったなってのを私も一年半経つが買い換える気もなく、こんなユーザーばっかりでなにで儲けるんだって話だけど。残念なニュースだ。KATANA03を見てみたかった。 ( 『KATANA02を買ってきた』のこと。 http://yoshinogi.blog42.fc2.com/blog-entry-626.html )

twitter / Yoshinogi

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 私のいま使っているマイクロソフトWindowsPhoneという携帯電話を売ってくださったフリーテルさんが破滅した。いろいろ要因はあるが、WindowsPhoneに流れが来ると読んだことも大きかった。

 先日、こういうニュースが流れた。

 マイクロソフトの創業者であるドン・フライ……間違えた、ビル・ゲイツに、新型iPhoneについてインタビュアーが訊ねたさい、彼は、スティーブ・ジョブズは天才だがiPhoneは使っていないと答え、続けてこう言った。

「最近、Androidに乗り換えてマイクロソフトのアプリをたくさん入れて使っています」

 ……もちろん、マイクロソフトの創業者が「乗り換えた」のはWindowsPhoneからである。ビル・ゲイツがWindowsPhone使いなのは周知の事実だった。

 このニュースが流れ、動揺した私を含める信者たちは、サポートではなく、隠居したフライに間違われがちなゲイツ本人にでもなく、現行のWindows開発責任者に説明を求め、そうして認めたくない真実を聞かされることになる。

「新機能やハードウェアを開発する予定はない」

 ……終わった。
 それはフリーテルも倒れなさるはずだ。終わるもので世界を獲ろうとしたのだから。マイクロソフトの偉いひとが開発終了を決める裏で、日本では新興ハードウェア開発企業のトップが次世代WindowsPhoneであるKATANA03では新機能を盛り込みたいと思っています、などと豪語していたのだから。私はいいから、作っているひとには教えておいてやれよ。

 しかし、もちろん私たちは捨てられたわけではない。

 現行のWindows開発責任者も、こう言ってくださった。

「もちろんサポートやバグの改善、セキュリティ関連のアップデートは続けられます」

 ご安心ください。
 うん、安心だね。
 これでWindowsPhoneを使い続けられるね。Xboxアプリの、次のバージョンがiPhoneとAndroidにしかリリースされないということにでもなれば、ゲイツおじさんと同じく、乗り換えるしかなくなるかもしれないが、いやきっと。いやきっと。

 マイクロソフトがスマートフォンを作るのをやめるなんてことがあると思うか?

 なにかの布石であるに違いない。
 彼らは信じるに足る。
 裏切られたことなどいちどたりともない私が言うのだから、間違いない。

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Xbox | Xbox アプリ

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(『PlayerUnknown’s Battlegrounds』はじめようかなあ、と思っていたのですが、なかなかサーバーが不安定なようなので、いま書いている原稿が仕上がるまでおあずけにした。来年にははじめよう。それまでにあれこれ調整できているはず。だって、コンシューマ版をXbox独占にした理由がマイクロソフトのサポートと環境の安定性だって言っていたもの。助けてあげてマイクロソフト。言わなくてももちろん、でしょうけれども)