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『髑髏に似た祈り虫の世界』の話。



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 木樽を半分に切ったプランター。
 60×30位の広さ。
 秋が来て花々は枯れ、わびさび漂う枯れ木のみが奇怪に枝を張る。
 そこにもう一週間になるのだが、蟷螂が棲んでいる。
 朝、出かけるときにはいない。
 夜、帰ってくると、いる。
 枝の陰から顔を覗かせる。
 プランターのそばの壁を這っていたりする。
 樽から出られないというわけではないのである。
 肉食虫のエサになりそうなものはない。
 なにをこの場所に執着しているのか。
 私の知らない昼間、
 この樽世界はどうにかなっているのか。
 それとも冬を前にして、種の保存のために産卵の場をここと定めたのか。
 蟷螂──カマキリ。
 拝み虫とも呼ばれる。
 言われてみればそんな格好だ。
 一撃で他者を捕らえ挟み殺すための肉体形状が、
 祈りの形に似ているのは不思議。
 そういえば正義のヒーロー仮面ライダーは、
 髑髏──ドクロ。
 しゃれこうべのデザインだったのが、
 スポンサーからバツが出て、
 バッタに置き換えたのだという。

THE FIRST

 至近距離で面構えを見つめ思う。
 髑髏に似た祈り虫。
 蟷螂──カマキリ。
 嫌いじゃないな。
 なんの用だか知らないが、
 好きなだけ棲んでいるがいい。
 春になってらわらわらと。
 子蟷螂たちが産まれるなら殺虫剤撒くけどな。

 そして時は過ぎ。

 髑髏に似た祈り虫は、どうやら卵を産まなかった。
 オスだったのかもしれない。
 子供のころは見分けられた雌雄が、大人になったら見分けがつかない。
 私の脳内シナプスが整理整頓され、髑髏に似た祈り虫の雌雄の見分け方など、脳内の片隅にも残す必要のない駄情報だと判断され検索不能になっている──もしもそれが私自身の指先によって整理整頓されたものなら、きっとレターケースの奥のほうにでもそっと残しておいただろうが、私の顕在意識になど断りなく、潜在意識が勝手に整理整頓しやがったのだ──他人に整理整頓されたオフィスほど使いにくいものはない。使いにくいものはないから、ちくしょう潜在意識めそりゃあ一生使わないかもしれないがもしかしたこんなふうに使うこともあるかもしれないシナプス経路だったのに勝手に削りやがって何様のつもりだと罵って。

 明日、ググろう。
 いまいちど、我が脳にデータとラインを築こう。
 あさってには、祈り虫の雌雄を私は一目で見分けることができるようになる。
 それでこそ、私の望む私だ。
 明日、ググろう。

(余談だが本年度アメリカン流行語大賞と言っていいメリアム・ウェヴスター『今年の言葉'06』の第二位に「google」が選ばれたそうだ。同社は辞書出版社であり、社名「google」を動詞として辞書に載せグーグル社を逆撫でした経緯を持つため、この順位は流行語として「ググる」が今年流行りはじめたということではなく「だってもう何年も前から実際に動詞として使われちゃってるし」というネット投票者たちのメリアム・ウェヴスター社へのエールと受け止めたほうがいいのかも。というわけであきらめろグーグル。もうどんな斬新な商品開発しても「あの検索のグーグルが?」と言われる宿命だ。にしてもこの動詞、日本語でも英語でも「ぐぐる」という発音だね、世界共通語。「いんテルはいっテル」と「インてるインさいど」がどっちも上手くできているのと同様に感心した──で、一位の単語、なにこれ。聞いたことないんだけど「truthiness」──某マンガ内バンド名に似てない? だったら確かに流行ったかもしれません(笑))

 思っていたのに。
 ググらなかった。
 その明日が来る前に、
 彼──もしくは彼女、は逝った。
 歩いていける距離に、桜の名所である自然にあふれた山がある。
 目の前を川が流れている。
 なにも、プランターの薄っぺらい土の上で逝かなくても。
 そう思うけれど。

 便宜上「彼」と呼ぶ。
 彼の世界でなにがあったのか、私はわかり得ない。
 彼がこのプランターに棲みはじめ。
 一ヶ月ほどが過ぎた。
 どこか、ほかの場所に移る体力さえなくなっていたとは思えない。
 なにかが、彼をここにとどまらせた。
 枯れ枝だけが生える乾いた土。
 なにもない。
 そう見えるのは、私が彼ではないからだ。

 世界は観測者の視線によって確定する。

 ならば、その観測者が、確定した世界から虚せればどうなる?

 私が虚せれば、私の世界は消える。
 当たり前だ。
 私がいないのに、私が愛する風景や、触れあう肉や、交わされる視線などあってはならない。
 私が観測者でなくなった瞬間に、世界も私に視られることをやめねばならない。
 虚せねばならない。
 世界そのものが。
 無にならなくては道理にあわない。

 しかし、ここに彼の視た世界は残っている。
 枯れ枝だけが生える乾いた土。
 そこに新しく加わったのは彼の亡骸。
 亡骸は、すでに彼ではない。
 観測者は不在だ。

 いや混乱してはいけない。

 観測者は私だ。
 とすれば、私の世界のなかに彼の世界があるのか。
 マトリョーシカの内部の小さな人形が壊れても、それを包み込む入れ子の大きな人形が堅牢であれば、観察者には内部の人形の破損はわからない。
 そこにキメラが棲んでいても。
 いや、いやいやいや。
 違う。
 入れ子ではない。 
 彼は彼だった。
 私の世界と、彼の世界はまるで別のものだ。
 それはそれぞれに別の観測者に視られて確定した。
 まったく別個の世界なのだ。
 だから平気。

 私は平気だ。
 彼は逝った。
 彼はもう観測者ではない。
 彼の世界は虚せた。
 けれど私の世界はなにも変わらないのである。
 かすり傷さえ受けていない。
 だって、虚せたのは彼の世界なのだから。
 私にはそもそも無関係だったのだ。
 よって平気なのである。
 まるで平気である。
 ぜんぜんまったくもって。

 ──というわけでないのは、どうしたことか。
 なにかが変わっている。
 彼が逝ったから。
 無関係のはずの私の世界が変わる。
 観測者の視点がブレたから?
 
 私が視ているからなんだと気づく。
 だから他者は怖い。
 唯一無二の私の世界のなかに、なぜか別の世界を視ている者がいる。
 決して私には覗けない。
 かすり傷さえ負わすことができない。
 触れられない世界は、不安になる。

kamakiri2

 彼は逝った。
 この姿は逝って一週間ほど経った彼だ。
 もう彼と呼ぶのも難しいモノになってしまった彼だ。
 乾いて茶色くなった彼の双眸は、もう髑髏に似ていない。
 ヒトの姿に似ていても、ただの木製品であるマトリョーシカ人形と同じ。
 なにも視ていないモノだ。
 彼の世界は虚せた。

 彼の世界が虚せても、私の世界は変わらない。
 ただ私は彼を見つめている。
 朽ちるまで見つめるつもりだ。
 彼がこの小さな土地になにを見いだして執着したのかは永遠にわからない。
 けれど、出逢うというのはそういうこと。

 私の置いたプランター。
 入れた土、植えた植物。
 さまよう彼の目にとまり、死に場所に選ばれた。
 彼が彼の世界を視ていたときもモノになってからも。
 私は彼の世界を理解できない。
 けれど出逢った。
 理解できない怖い他人を、理解でないままに、愛でるのだ。

 少し、私の世界がブレる。
 髑髏に似た祈り虫の最後を視たことで、胸が詰まる。
 私が逝っても、だれの世界にも傷をつけやしない。
 生きるとは死に場所を探す旅だと叫んでいた詩人がいたが。
 別に彼もモノに変わる自分を私に視て欲しくてここにたどり着いたわけじゃない。
 理由は彼にしかわからず、彼はもういない。

 観測者の視点によって確定した世界は天を目指すオークの木の枝のように別れてまっすぐのび──
 観測者を虚くしたとき、虚せる。
 ただ隣にいた者がそっと気づく。
 途絶えた枝を、目を細めて見つめ。
 立ち止まらずに、己の枝をのばし続ける。
 虚なしくて、なにかせずにはいられないから。
 ヒトは、通りすがりにできることをする。
 虚せてしまった彼にとってその行為に意味はない。
 己の世界の安寧のために。

 祈り虫の格好をする。
 髑髏に肉が貼りついただけの生き物である、己を思って。
 いつかはモノになるこの肉の機械が視ている不思議に。
 ほかのだれにも視ることのできないこの世界に。
 理解できない他者の世界に満ちたこの地上に。
 それでもだれかを理解しようとしながら。
 理解できずにまたひとつ出逢った世界を虚くしたことを視て。
 それでもまだ、また、続けることを決意して。

 祈り虫の格好をする。
 モノと化した彼の世界の下に、春に咲く花の球根を植えた。
 今日も水をやった。
 まだまだ芽は出ない。
 モノになった彼の腐敗はさらに進んだ。
 もう、写真に撮ってみせられる状態ではない。
 妻が非常に嫌がっている(笑)。
 彼女は生きた彼も怖がっていた。
 髑髏に似ているからだろうか。
 それとも祈りのポーズに似ているから?

 奇怪な彼の機械的必然による奇怪な死。
 でもそこに咲く花はありふれたものだろう。
 その花の散るころ、蟻たちが彼だったモノを消し去る。
 私も、彼のことを忘れる。

 そういうのが人生かもな。



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クロムハーツ  クロムハーツ  2013/10/23 14:03
『とかげの月/徒然』 『髑髏に似た祈り虫の世界』の話。