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『とかげのあいしかたのしっぱい』のこと。

『ぼくは生まれるという恐ろしいまちがいをしてしまった。世界はぼくが思い描いていたような場所じゃなかったから、兄弟たちがいる暖かくて安全で快適なところにもどりたい』


 マイク・レズニック 『キリンヤガ』

キリンヤガ

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 世界はすばらしい場所だと夢見る生まれる前のとかげは、まだ見ぬ世界を怯える兄弟の制止を振り切って世界へと、生まれた。世界にはなにが待っているかわからないと兄弟たちが止めたのに、希望に満ちたとかげには届かなかった。
 輝く太陽と、あたたかい雨。
 飛び交う虫たちを、喰いたいだけ喰う。
 夢見るとかげは、生まれてしまった。

 生まれたばかりのとかげは、はじめて見る世界をじっと、じっと眺めて。
 やがて言った。

『太陽はどこにあるの?』

『虫がいないよ、ぼくの空腹はどうやって満たせばいいの?』

『この、透明な壁はなに?』

『ぼくを見つめる、あの巨大な目はなに?』

 とかげはすぐに気づいた。
 生まれたことは、まちがいだった。
 兄弟たちの心配は本当だった。
 ぼくはここで飢えて死ぬ──

 そのとき神が現れた。

 『とかげのあいしかた』の話。

 未熟な神は、大きく切った飲み込みがたいピンク色の新生児をとかげに与えたが、飢えに怯えるとかげに選択肢はなく、今度はいつ食料を与えてくれるのかわからない気まぐれな神が与える肉片を、むりやりに頬張った。飲み込むのに一時間近くかかり、消化するために翌日はまったく動けなくなる。

 あたたかい雨は降らなかった。雨を作る小さな機械で、いろいろな神がとかげに雨を降らせたが、それは愛情ではなく興味本位によるもので、水道の蛇口から取ってきたばかりの冷たい水だった。

 なにより、一日中、巨大な目がいくつもこちらを見ていることが我慢ならない。

 ぼくは、なんのために生まれてきたのだろう──

 ロシアリクガメが死んだのは、もともと難しいと知っていたのになんの知識がなくてもリクガメのエサと水をやっておけばよいのだろうと考えた浅はかな神のせいだ。
 フトアゴヒゲトカゲが死んだのは、はっきりと消化不良のせいだった。痩せ始めたことに気づいた神は、慌ててネズミの新生児を与えることをやめ、コオロギの缶詰に切り替えた──一度に、コオロギの半分しか口にしなくなっていたものの、まったく食べないよりは良い──体重が戻れと思った、二週間後、口許にコオロギを差し出してもぴくりともせず、イミテーションの岩石のうえで、まぶたを閉じて眠ったように死んでいるカラダを見つけた、神は本当に悔やんだ。それはまぎれもなく神のせいだ。
 イロカエカロテス──伯爵は、自傷行為をやめようとしなかった。繊細な伯爵には、巨大な目から放たれる視線に、一日中晒されるなどという世界は居心地が悪すぎて、カラダを傷つけ、一度は口にした肉と血の味にも再び口を閉ざし、コオロギだけは食すが、ただ生きているだけの状態だった。水槽という世界の中心で、最後まで伯爵は誇り高くオレを見るなと叫び続け、季節の変わり目に死んだ。もうこんなところには居られないと、そのぐったりとしたモノになった伯爵のカラダが言っているようで、神は言葉を失ったが、すべては神自身の行いのせいだった。

 イエアメガエルは、いまはどこかの水槽で元気に暮らしていると信じたい。

 ヒョウモンイエトカゲモドキと、クランウェルツノガエルは、神の度量や技量に関係なく、与えられるだけの食事を貪るように喰い、数ヶ月で二倍近い体長になって、いまも元気に生きている──あたたかい雨の降らない、太陽のない、透明な壁と巨大な目に囲まれた、世界で。

 神は悔いている。
 喰いものだけを与えていれば、とかげはどんな世界でも生きていけるのだと。
 そんなふうに考えた、自分の浅はかさを。
 繊細な心たちから、折れて死んだ。

「すごいなあ、こいつらの体長からすると、このピンクマウスの一片って人間にとってのギャートルズのマンモス肉みたいな大きさだもの。そりゃ二日にいっぺん喰えば充分だよな」

 バカみたいに笑って発言していた神は、自ら水槽のなかで二日に一度天から降ってくる自分の体重の三分の一くらいの食べ慣れない肉の塊だけを喰って──狂わずにその閉鎖的な世界で生き続けられるか試してみればいい。
 愚かな神よ。
 商いのためというイイワケさえもできない。
 愚かな神は、生まれたばかりのとかげを無駄に玩んで死なせた。

 戻りたいと泣くとかげに、遠くの声が言う。

 こうなった以上、あなたはここにとどまるしかない──と。
 どこにもつながらない世界に生まれてしまった、とかげは、絶望のうちに生きるしかない。
 生きることさえ、させてやれなかった。

 ごめん。
 そんな言葉で、すまないことはわかっているが。
 売る場所があるから生まれてきたとかげたちであって、それを売ろうとして失敗する行為に矛盾はなく、次への反省にすればいいのだろうとアタマでは思うものの、偽物の岩のうえで、眠ったみたいに逝った、とかげのたたずまいが目に焼き付いてしまった。触れると、あたたかかった。まだ、この世界にいるみたいに。もう、冷凍の新生児と愛玩動物とのあいだになんの区別もなくなってしまった、ただの肉の塊に、確かに愛情を感じて言葉に詰まった。忘れられない。
 もっとどうにかできたはずだと、思う。
 ごめん。

 とかげのあいしかたのしっぱい。
 もしも、彼らをこれから愛そうと思ってここにいるあなたには、特に言いたい──そもそも、とかげを愛するあなたには言わずもがなのことだろうけれど。

 つらい。すべてを自分に依存していた、とかげが死ぬのは。飼っていた猫を喪ったときと、もちろんなにも変わらない。こちらを見つめる瞳が、放つあの独特の視線の感じを、二度と感じられないのかと思うと、叫びだしたいくらいにどうしようもなく、悔しい。

 私には与えられない。
 でも、しっぱいはとても簡単だということは、伝えられる。
 あいするなら、知識を先に蓄えて欲しい。

 生きるために生まれてきた夢見るとかげを失望させないで。
 生まれたばかりのときには戻りたいと想ったけれど、まったく奇妙で想っていた世界とは違っていたけれど、生きてみればなかなか快適な世界だと、あなたのとかげに想わせてやって欲しいと願います。 
 
 

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