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『猫鬼』の話。



 母の故郷であり、我が、とかげ魂の故郷、広島三次。

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『稲生物怪録』の話。

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 そこに今年、妖怪博物館が開館。

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三次もののけミュージアム

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 実に正しい。
 石碑を建てるよりも博物館を建てたほうが、わざわざ観に行こうという気にもなるというものだ。

 だがしかし……

 なにせ車がないと生活できない三次のしかも山奥で、私の祖父は逝った。そしてあろうことか、祖母は運転免許を持っていないのだった。買い物難民というレベルの話ではなく、ガチで飢える。そんなこんなで、叔父夫妻が同居することになった。私は母に、幼いころから「私のお兄ちゃんがああなんだから、あんたも遺伝子的には勉強できる子のはず」と言われて育った。叔父は東京の某名の通った大学の出で、それからずっと東京暮らしのひと。それが妖怪の郷に戻った。

 そういうことがあって、叔父は私にハナモゲラ語とスティーブン・キングを教えてくれたひとでもあって、大好きだからこそ、土間に藁葺き屋根の実家へ東京のインテリ暮らしを持って帰って混沌としているに違いないところへ、遊びに行っていいかなどとは言い出せないことになり、四歳になる息子にあの漆黒の闇と私の溺れかけた滝壺を見せてもいいころあいかなあと思いつつ、祖母を訪ねるのに三次の駅前のホテルに一室取ってでは、妖怪に会うことはできないだろうなあということも、そこで育った私は肌で知っているから計画は実行されず。

 三次もののけミュージアムにも。
 いまのところ、足を運ぶ予定は立たずにいる。

 そういう立ち位置だったのだけれども。
 先日、通勤電車の中吊りで、その名を見た。

 大阪在住の私にとって、学生時代から、数え切れないほどに足を運んだ民族学博物館。そこでの特別展に、三次もののけミュージアムの所蔵品がやって来ている。

 行くさ!!
 ついた。

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 こうして書きはじめてからお伝えするのもなんですが、今回の特別展、撮影が禁止だった。民族学博物館は常設展示は撮影OKで、特別展も、ときには撮っていい場合があるのだけれども。今回は、がっぴょうりあんに禁止。

 まさに三次もののけミュージアムからやってきていたそれが、撮影禁止の理由を私に教えてくれた。

 なにがやって来ているのかはポスターには書いていなかったから、てっきり、おなじみ稲生物怪録のエロマンガ的絵巻物がこぎれいに飾ってあるってところでしょうと予測していたのだが……

 ミイラだった。

 今回の特別展『驚異と怪異――想像界の生きものたち』で、大きく場所を取っていたのが、それ。X線によって、テレビで内部構造を解析されて魚と猿の骨を接いだと判明しているが、それでもいまだ物の怪のミイラとしては有名な、あの人魚をはじめ、オカルトテレビ番組で見たことのある古今東西のミイラが集まっていた。

 完全に見世物小屋。金がとれる。そして、見世物小屋に客を誘い込むために興行主がもっとも気をつかわなければならないことは、ネタバレである。

 こうして言葉で書くぶんにはともかく、展示のひとつひとつを撮ってウェブに流されては商売あがったり。撮影禁止は正しい。いかにも美術関係の学生さんたちが、首から大きな一眼レフカメラをさげているのにたくさん遭遇したのは、少々かわいそうではあったけれども。

 オカルト界隈でミイラといえば、人魚に天狗、河童が稼ぎ頭。そこも撮影禁止の理由のひとつだったかもしれない。なんにせよやつらは、小さな人間のかたちをしている。本物ではないとして、作り物だとして見てみれば、それはそれで原材料というものがある。いまのモデラーのようにパテを削ってではなく、制作者が使ったのは、なんらかのヒト型のミイラだ。

 猿か。はたまた……

 わざわざ見世物ミイラを作るために獲った猿をミイラにするというのも気の長い話で。ありものを使ったと考えるほうが自然である。

 そんなこんなで、いろいろ考えてしまうヒト型ミイラのコーナーを過ぎた先に、唐突にそれが並んでいた。それはそうだ。私は、三次もののけミュージアムに行ったことがなく、その所蔵品がどういったラインナップであるのかもしらない。にしても、意表を突かれた。

 ミイラが来ているのか……もののけ、という言葉に、合っているようないないような、微妙な具合ではないか。

 はたして並べられていたのは。
 ご高名なミイラたちと一線を画す、三次もののけミュージアム勢。

 竜だった。
 ああ、まあねえ、ウロコの生えている生物にはこと欠かない三次っぽいっちゃぽい。いや別に三次で作ったわけではなくてそこの博物館の所蔵品というだけなのでしょうけれども。

 竜のミイラ……恐竜ぽい。おどろおどろしくない。清潔である。完璧に作り物で、しかも原材料を隠す気がない。

 三頭竜!

 キングギドラか! と思う名前だけれど、そのミイラ、どう見てもトカゲにシシャモ三匹を接いである。チャちい。見世物小屋で金とってこれ見せられたら、はあ? となるレベル。だが、だからこそ良い。愛らしい。可愛いと言ってもいい。

 そして、次のコーナーにあったそれが、三次もののけミュージアムから大阪くんだりまでやって来たものどものなかで、いちばん観客に愛されていた。

「ポケモン?」

 クスクス子女が笑んでいる。

 猫鬼。
 ねこおに、と読みたいが、びょうき、と読む。文字通りの猫。ただ、ツノがある。そして種類が豊富。数も多い。

 解説によれば、年を経た猫が鬼になり、ツノが一本生え、二本生え、三本生えて、レベルアップしていくそうだ。ただ、それだと尻尾が割れて増えていく猫又とキャラかぶりしている。そこをズラすための設定なのか、猫鬼は、最上級クラスになると、ツノが抜け落ちるのだという。

 ……ただの猫やん。

 でもまあその設定ゆえに、オカルト的にはやっかいなことになる。猫鬼と、変哲ない猫との見た目の差違がないとしたら、捕獲も目撃も不可能だ。

 それだと見世物にならない。

 いえいえだから……中途なレベルの猫鬼の骨はたくさん見つかっているのです。猫鬼は、だから、いる。

 三次もののけミュージアムからやってきた猫鬼は、とても人気だった。竜のミイラが魚の切り身を接いでうまく作られているのと同様、原材料もはっきりとしているから、背筋がぞぞとするような怖さは皆無。でもしかし、それを遠目に眺めていた私は、ちょっとぞぞとする。

 どぎつい妖怪物の怪たちの並んだ展覧会で、みなさん感覚が麻痺していらっしゃるのでは。わいわいきゃっきゃと指さして眺めているそれ、あきらかにいつかは生きていたはずの猫の頭蓋骨。

 猫鬼は頭だけ。ミイラではなく、美術室でデッサン用に置かれている漂白された牛の頭蓋骨のように、真っ白い骨だけの姿。そこに、原材料はきっと大型動物の爪だろう、ツノが接着してある。数があるわけだ。乾燥しきった猫の頭蓋骨に、爪を接着してツノだと言い張るだけなのだ。手先の器用さはあまりいらないわりに、完成品はポケモンの頭蓋骨でもあるかのようにリアルである。それを無数に並べる。こんなに見つかりましたよというあちらの主張に、いやいやこれ完璧にただの猫の頭やんか、でも……いっぱい並べられると、アート作品的なおもむきも出る。見世物として成立するのだ。いかにも接着しただけのツノがまた、最終レベルではポロリと取れてしまうという猫鬼の生態に寄りそっている。

 そして、なにより、さっきまで天狗の下駄に怯えきっていたおさなごまでもが、ひとだかりのできている猫鬼に魅入っている。微笑ってさえいる。

「それ、本物の猫のドクロやで」

 言ってやったら意味を理解して泣きだすだろうかと思いながら、言わずにおいた。なんにせよ動物の骨だということは理解している子が、ツノがあるために、それは恐竜の骨格標本のようなものかも知れないと考え、まわりから聞こえてくる「ポケモンぽいよね」という会話から、生きている姿を想像している。

 勝手なイキモノを創るといい。
 それはきっと、きみのともだちになる。

(彼が怖がっていた天狗の下駄というのは、とてつもなく大きな下駄で、とてつもなく大きな日本刀といっしょに展示されていた。南国のおどろおどろしいベロ出し妖怪たちのマスクやフィギュアがこれでもかと並んでいるのには怯えなかった彼だが、使用する本人はいない、下駄と刀に震えあがった。というか帰ると言って泣きさえした。その日の朝にウルトラマンを観て出たにもかかわらず、見上げる大きさのヒト型生命体がでっかい日本刀を振り回しているという想像に打ちのめされたらしい……猫鬼同様、もののけは、正体を見せずに匂わせるのがヒトの心を掴む存在になる秘訣のようだ。そういう意味では、雪男などが大きな足跡だけによって認識されていたころには、世界中に真の意味での妖怪がいたのに違いない。だれもがスマホで逃げ去る類人猿やチュパカブラの背中を撮ったり、オカルト番組がDNA検査を導入したりする現代は、それを失ったがために怖がるものがなくなって、同種族の隣人を怖れてリアルケンカをくりひろげる毎日になってしまったのかも。銃弾を撃ちこみようがない天狗が悪なるものであり善きものとしても機能すると察していたからこそ、とてつもなく大きな下駄を作ってその存在を忘れないよう祭のたびに神輿にのせた。そういうのこそ知恵だ。贖罪の山羊を山羊でさえなく猫鬼にしておけば、だれも見つけられないから救いになる。のだから、妖怪展を観て、妖怪というのが人類にとっていかに有用なものかだのうんぬんと語りはじめるのは無粋なこと。しばらくは、でっかい天狗が来るでぇ、の呪文が息子に効く。子細を説明しなくてよかった。有用なことである)

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「ああ、さっきのやつのせなかか!」

 民俗学博物館を出たところから見える、太陽の塔の背中に、天狗に対するのと同じ怯えを見せかけた彼だったが、太陽の塔の裏側なのだと理解した瞬間に怖がるのをやめた。それもやっぱり、万博記念公園ではそこかしこで太陽の塔グッズが売られているせいだ。正体がバレているもののけは怖くない……なるほど、それで怖い界隈の彫り物というのは脱がないと見えない背中に彫られるのかもしれんなあ、というようなことも考えた。見せないために描けば、そこになんらかのあやかしが立ち顕れる魔術……恥丘に花のタトゥなども妖怪の一種と分類していいのかも。

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国立民族学博物館

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