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『ブラスト/BlackStone』のこと。


 裏切りを許せる程 大人にはなれなくて
 傷ついてもすがりつける程 一途にもなれなかった


 矢沢あい 『NANA』

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 最近では、健康診断の問診票にもタバコは「吸いません」にマルを入れるのだけれど、酒が入るとまれに指がのびてしまうことがある。年に十本も吸わない(なぜか葬式があるとタバコが欲しくなるので、その年に知っている誰かが亡くなったかどうかによって倍増することはある)し、酒の席で「くれる?」というパターンなので、この十年くらいは自分でタバコを買ったことはない。完全な嗜好品だ。

 そういえば、いつのまにかコーヒーもまったく口にしない日が増えている。でもアルコールは抜けない。唐辛子を摂取しない日はない。週に二個はアボカドを食べる。玄米が主食。でも週の半分は晩ご飯はパン。結婚式でロシアの人たちはパンとウォッカを生活の象徴として日本でいう御神酒のように口にするんだとか。私はパンもご飯もあって、世界中の野菜がスーパーにならんでいて、どんな動物の肉も食べられるし、泡盛もワインもどこの酒屋にだってあって、カフェインもカプサイシンも、ニコチンもタールも法的に摂取を禁止されていない、この自由で節操のない国に生きていることを本当に幸せに思う。

「タバコ、もらっていい?」

 このあいだ隣で飲んでいたコに言ったら、珍しいタバコが出てきた。変な匂いがすると思ってはいたのだが、一本もらって火をつけると、甘い香りがする。変だが、嫌いではない。訊いてみると、『NANA』に出てくるBlackStone Cherryというタバコだという。『NANA』って。そのコは男性だったので、私はちょっとえーという顔をしてしまった。だって女の子目当ての話のタネに吸っているに決まってんだから。嗜好品にこだわりのない男というのは信用ならない。なんというか恋人も、はやりすたりであっさり捨ててしまえるような軽さを感じる。

 が、彼は、いやそうではなくてオレは本当にあのマンガが好きで、たまたま自販機でBlackStone Cherryを見つけたから買っただけなのだと弁解していた。見てくださいよこれ、と箱を横にしてみせてくれた。タールとかニコチンとかの分量書いてないんですよ怖いでしょう……笑いながら言うことではない。

 葉巻をすすめられると吸う人なので、BlackStone Cherryもああ葉巻なんだなってことはわかった。タールを低くして化学調味料で味を付けたようなものではなく、発酵して熟成した腐りかけの葉っぱそのものが燃えている。匂いを楽しむものであって、煙をくゆらせるためのものだ。多くの飲み屋では葉巻に火をつけると「ほかのお客様のご迷惑になりますので」と声をかけられるが、BlackStone Cherryはそんなことはなかった。見た目が紙巻きだからだろうか。壁に染みつくほどの甘ったるい煙がもうもうと立ちのぼっていたのだが。まあ、間違っても肺に煙を吸い込んで味わうような類のタバコではない。嗜好品。お香の煙を楽しむように楽しむものだ。

 で、気持ちよく酔っていた私はふーんと言いながらその一本を楽しんでいたのだけれど、隣に座っていたヤツの思惑通り、その場はBlackStone Cherryから『NANA』の話へと移行していったのでした。私は映画のほうは観ていないんだが、なんでももうすぐDVDが発売されるとか。

 NANA

 そういう話のなかでいつしか意見が対立したのが『NANA』第4巻の冒頭のシーン。読んでいない人のために説明もしながら多数決をとってみるに、どうも私には意外な結果だった。

 章司くんのことをサイテーなヤツだという者が結構いたのである。ていうかほとんどその場の三分の二だった。私の属する「どう考えたってあれはハチのほうがどうしようもない女だから捨てられたんだろう」という意見は(一部の熱烈な支持を持って迎え入れられたものの)少数派だったのでした。いやわかる。「なにがあっても二股って」という理屈はよくわかる。けれど不思議なのは章司を批判する人々が、なぜだか幸子にたいしては「仕方ない」と納得してしまうこと。こっちはそれが納得いかない。幸子擁護派いわく──

「好きになる気持ちはどうしようもない」

 ということなのだが(そういう意見を口にするヤツは決まってその手のセリフの響きに酔っている気がして、それがまた説得力ないんだが)、だったら章司くんがどっちも好きなのは仕方のないことではないのかと。だってハチとサチコって別物でしょう。彼はハチのためによく耐えたよ。私はあのシーンで、章司と幸子が結ばれて素直に爽快だったし「あたしの負けだよ」と心で呟くハチには、そりゃそうなるよ作者はよくわかっていらっしゃるねえ、という憐れみしかおぼえなかった。で、そういうことを力説したら、なんだか恋愛とか結婚には責任というものが関わってくるのだというありがたい説教が始まったので、私はふーんと聞きながら「も一本いい?」とBlackStone Cherryの二本目をもらって火をつけたのでした。

 議論に決着は出ませんでしたが(ていうか既婚者のタクミさんがそういう考えなのは間違っていると私が責められていただけなのですが)、BlackStone Cherryは堪能し、私はつくづくと、日本中でこれだけBlackStone Cherryを売り、恋愛のあり方についてみんなに熱く語らせる、いち少女漫画のパワーというのはものすごいなあ、と感心したのでした。

 比べるのもなんですが、自分の書いているものも曲がりなりにも少女と呼ばれる存在へ向けてのものなわけで、自分の作品のどこかのシーンを論じて、彼女たちが熱く語ったりできるかなあ、と考えてみた。私は自分の小説の具体的に彼女たちを感じ入らせることのできるシーンというものを思い起こしてみたが、見つからなかった。

 あのとき私がついた、深いため息は、そういう意味だよ。「なんかタクミさんが反省している」と言ったキミの指したように、自らの恋愛観を振り返ってのものではなく。

 というわけで今月書きはじめるWの原稿は、私にとっておそらくはじめての「女子高生」が主役。その年代の女性を書くことは多いが、学生というものがこれまで私の書いたもののなかには、まるで出てこなかった──舞台は現代、読者と同じ年代のヒロイン。Wに対しては、まだ撃っていない弾、というものを見つける作業になってきている。まあ、書いてみよう。失敗したところで、どうせ、だし(笑)。と、また最後は初見のかたには意味不明な話になっていて申し訳ないです。

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 じゃあ愛してるって言ってくれたら一緒に寝てあげる
 だって生まれてこのかた一度も言われたことないんだもん
 いっぺんくらい言われてみたいじゃん


 矢沢あい 『NANA』

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 ああ、愛してる。
 ていうか、ほらやっぱこういうこと言うからハチは幸せになんないんだ。愛してる、は言わせるものではなく、言うものなのだよ。訊ねずにぶつけるものなのだよ。舞台の上の歌うたいが観客にこびずに吠えるように。見えない読者に向かって書くということがそうであるように。関係性の基本だ。相手の心を疑うのは、こっちの想いに弱さがあるから。疑わなければ生まれなかった現実が、疑うから生まれてしまう。迷わず行けよ行けばわかるさ──あらゆる少女漫画が、突っ走ることこそ最強であると説いているのに、乙女たちは飽きずにうじうじ悩むもので、でもだからこそ少女漫画や少女小説ってすたれないんでしょうね。深いなあ。


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 男と女は
 所詮欲望の対象物同士だろ
 愛なんかで繋がれるのか?


 矢沢あい 『NANA』

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