最近の記事

スポンサードリンク

月別アーカイブ

『騎士竜戦隊リュウソウジャー THE MOVIE タイムスリップ!恐竜パニック!!』の話。



DoctorYellow01


最初は一年という話で。
それが好評で延長された。
新たな敵キリンを登場させ、追加の十三本を描いて終了。
そのことに関して監督は、

「子供たちには突然の感じ」

だったろう、と語っていた。
大人のみなさんは、

「延長されたんだな」

と、わかっていたでしょうが。

……大人ですけれど。これはもう一年行くな、なんて思っていました。
春に新展開で、夏を待たずに終わるなんて、思いましょうものか。

で。
写真のシンカリオン。
ドクターイエロー。
見ると幸せになれるという乗客は乗せない新幹線が、ロボに変形して人類も救う。

2019年6月8日発売。

写真撮っているのだから、買ったということですよ。

で。
『新幹線変形ロボ シンカリオン』
2019年6月29日最終回。

……いいさ。
後ろに写っているのは、

2015年2月15日最終回。
『烈車戦隊トッキュウジャー』
烈車合体ロボトッキュウオー。

同じ電車モチーフだが、
洗練されたシンカリオン、右端に写る最新戦隊ロボに比べ、なんという大胆な作りか。ていうか電車つなげただけ。かろうじてロボに見えるという。しかしその個性ゆえに、ロボ単体としては愛らしい。

出逢ったとたんに終わった。
ドクターイエロー。
シンカリオン。
『トイ・ストーリー』的な、存在感争いが我が家でも深夜に、くり広げられているのならば。

「おまえ最終回の月に発売て」

言われ続けるに違いないけれど。

「でも愛されているのはオレさ」

そういうキャラでいてほしい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 幼いころ、といっても、かなり深い物語創作も交えてのプレイだったから、幼児と呼べる年齢はすでにすぎてから。

 私の手にはいつもダイアクロンが握られていた。

 シンカリオンでおなじみタカラトミーさんは、ちかごろダイアクロンの新シリーズ『トライヴァース』を展開しはじめたのだが、これに銘打ってあるのが「大人の男玩」。



 「大人」で「男」が買うものだとみずから間口を狭めている。私の記憶が確かならば、ダイアクロンという玩具シリーズは、トランスフォーマーにとって喰われた。同じ変形ロボットなのだから共存できそうなものだけれど、いま思えば、トランスフォーマーにおけるその設定のインパクトはデカかったのである。

 ロボにヒトが乗っていない。

 コンボイはコンボイという生命体で、人間に操縦されているわけではない。

 

 ダイアクロンのシリーズには、小さな人形がついてきた。ロボットには操縦席があった。そこが私のお気に入りだった。トランスフォーマーやゾイドといった、意志を持つロボたちの台頭によって、私はそこから離れていった。そこからどちらかというと特撮方面にかたむき、結果として大人バイク乗りになったことを思えば、私にとってロボとはヒトの乗り物としての最上級という位置づけだったのかもしれない。

 このあいだの話のなかで、息子の映画館デビューにトランスフォーマーではなく仮面ライダーとスーパー戦隊を選んだということを書いた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『劇場版 仮面ライダージオウ Over Quartzer』の話。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 そういうわけで家で観た『バンブルビー』だったのだが、その後、アメリカンプロレスを観ていて、ジョン・シナさま登場のたびに、

「あ、バンブルビーの警察のひとっ」

 と息子が気づくようになった。

 ジョン・シナ自身が肉弾凶器なプロレスラー演技を脱却するために受けたという『バンブルビー』。

B003N1L5XE

 うちの子が軍と警察を混同するくらいに、制服は張り裂けそうなほどあいかわらずのマッチョではあるが、アクションは控えめである。それでありながら、プロレス会場ではいつもTシャツとキャップなのに、四歳児に同一人物だと気づかれる。演技派としての存在感を示したといえよう。

 ところでフィクションとノンフィクションの境目がいまだ明確になっていない四歳児が私に訊いた。

「警察でチャンピオンなん?」

 ジョン・シナは、いまベルトは持っていないはずだけれど、息子はプロレス格闘技ボクシングと「チャンピオン」という言葉がごっちゃになっていて日常的に「チャンピオン観よう」というような使い方をしている。確かにチャンピオンを見るためにそれらを摂取する側面はあるので強く訂正はしていない。それにしても、劇中の役柄と現実の(そっちもプロレスなので微妙に微妙なところではあるが)エンターテインメントスポーツ界での戴冠とが並列な世界で、だったらトランスフォーマーは、いま彼の頭のなかでどのあたりにいるのだろう。

(街なかで、黄色いフォルクスワーゲンビートルを見つけて、変形しなかったと残念そうに言ったのは、本気なのか気の利いた冗談なのか私にもよくわからない)

 写真の左端に写っているのは、2014年の日本おもちゃ大賞ボーイズ・トイ部門優秀賞を受賞した名機、烈車合体DXトッキュウオー。見るからに電車を寄せ集めてなんとかヒト型ロボにしましたという造形である。そこがいい。烈車戦隊トッキュウジャーが乗る、電車ロボ。意志はない。完全に乗り物なのだから、むしろヒト型である必要もない。

 真ん中に写っているのはシンカリオン。同じく電車である新幹線がヒト型ロボに変形するのだが、運転手がそのままロボも操縦する。このアニメは今年最終回を迎え、この年末には映画化される予定。

 そして右端。

B07MH482BD

 キシリュウオー。ティラミーゴが変形する。そしてティラミーゴには意志がある。今年のスーパー戦隊『騎士竜戦隊リュウソウジャー』は、機械恐竜に認められた騎士たちが悪を討つ物語で、ごくごくふつうに登場人物たちと機械恐竜ロボたちは会話をする関係にある。

 この夏、令和初代仮面ライダーとしてデビューした仮面ライダーゼロワンのヒロインはアンドロイド。ヒト型ロボット。単純な話、それがほぼドラマデビューとなるお嬢さんたちを抜擢してきた仮面ライダー史において、ギャルがキャピキャピしているという画だけで掴まえられる層がある。そこをアンドロイド。設定上、ほぼ感情がない。

 どんな創作物もそうだけれど、他人が作ったものに触れるたび問いかけられる。ほう、そんなものの見かたが。それを美しいと? フカキョンにそれ着せるの、などなど。抽象絵画の類になると、なにを問われているのかさえもが鑑賞者の側にゆだねられたりしていて、その繰り返しによって鑑賞者も独自の視点を構築していくともいえる。

 そんなこんなの第一歩であるスーパーヒーロータイム鑑賞する少年にとって、自分の相棒がどっちがいいかと問われれば、それはもちろん笑わない美少女ロボよりも、お前を認める認めないと騒ぎ立てるがさつな恐竜ロボのほうである。

(それはもちろん、どっちを持って帰るかと湖から出てきた女神に問われれば、罰を受けてでも笑わない美少女ロボを持って帰って愛でるに決まっている私をゼロワンが掴んで放さないというのはまた別の話として)

 あの話を思い出す。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『幼児期健忘による私の消失』の話。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ヒトは三歳までの記憶を育てば忘れ去る。

 逆にいえば、三歳を越えたばかりの少年は、ようやく今年、育っても記憶に残る他人の創作物を見ている。

 ジョン・シナがTシャツで笑って「見えっこねえ」とやっているのと映画のなかの笑わない警察のひととが同一宇宙にあるらしい彼はいま、トランスフォーマーとキシリュウオーを絶えず両手に持っている。

 なぜなら会話できるから。

 トッキュウオーとシンカリオンは、ヒト型ロボだが話さない。それはフィクションの設定だが、フィクションとノンフィクションが同一宇宙にある彼にとっては、彼自身もまたフィクションなのだから宇宙のルールは守らねばならない。

 私は自分のバイクと冗談をかわせるし、笑わないアンドロイドも抱ける。大人なので。他人の創作物に鍛えられてきたので。勝手に独自の設定をつけたして、無機物にも意志を待たせることができる神となった。

 でもだからこそ、彼がまぶしい。
 なんとよき鑑賞者か。
 なんでも鵜呑みの雁字搦め。
 二次創作など思いもしない。
 丹念に他人の創作物の設定を紐解いては記憶して発音が合っているかどうかまでもを私に確認しに来る。好きなキャラを勝手な愛称で呼んだりすることさえない。きっと大聖堂の天井に描かれた壮大なフレスコ画を見た、フィクション摂取の乏しい牧歌的敬虔な信徒たちは、そういう顔で天井画をまぶたに焼きつけていたことだろう。

 だからこそ。

 『リュウソウジャー』で主役を演じる、一ノ瀬颯が、インタビューで答えていた。

「リュウソウ族は古代人類の生き残りなので、衣装の素材に金属を使わない」

 そういうこだわりがモノを創るというプライドなのだと教えられていると。フィクションに、ひとつの宇宙を与える作法なのだと。役者デビューの彼に、創作ということのイロハを教える東映が。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・『騎士竜戦隊リュウソウジャー THE MOVIE タイムスリップ!恐竜パニック!!』はド直球な良作で胸アツだったのだが、ゆいいつ6500万年前のリュウソウ族ヴァルマ佐野史郎の大笑いしなくても覗く銀歯が気になってしかたなく…時代劇の東映。恐竜が描けるのに、白く塗るとかデジタル修正の技術とかないの。

twitter / Yoshinogi

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 いや、三十分の映画もデビュー作。視線で焼くくらいに見たはずの一ノ瀬颯も気づかなかったはずはない。でも、あれ直さないんですか、と言わなかった。まわりも気づいているはずなのにだれも問題にしなかったからに違いない。

 歯のマニキュアは薬屋で売っている。だいたいヒーロー戦隊の映画自体、撮影後に飛び交う光線を描き足しまくる編集。ちょちょっと銀歯を白く、なぜできない。衣装に金属を使わないのに歯は埋めるのか。佐野史郎が科学者的設定だったから、いいやってか。できなかったのではなく、直さないという意志で直さなかったのは、あきらかである。

 また同じ映画を、家で息子と観る機会はきっとある。そういうときに、言ってしまうのが私である。目に見えるようだ。彼は泣きながら、そこに矛盾はないのだと強引な設定を作って私に説明する……

 ああそうか。それもまた創作意欲の芽生えではあるのか。聖書に矛盾はないと新訳を改訂するような作業を、私は、そう呼びたくはないけれど。

(検索かけてみて、だれも気にしていないようだから、映画館でいちど観ただけだし、私の目の錯覚かなにかだったのかと疑いはじめている自分がいて、佐野史郎が出演している映画を本棚からさがして観なおしてみるも佐野史郎が大口開けて笑っていてなおかつアップになっているなどというシーンが見つからず、モヤモヤしている現在です。ソフト化において修正されていたら、それはそれで喜ばしいことですが、個人的には家で観て「ほらやっぱり!」と、もういちどツッコみたい気持ちが強い)


TRACKBACK http://yoshinogi.blog42.fc2.com/tb.php/798-572f6b6d