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『1899年仮想アメリカ旅行記(2)』のこと。



Stuffedbirds

「なんでガラスに入っているの?」

 と、完全にチコちゃんの口まねで、ていねいに首もかしげながら子に訊かれ。

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 答える。

「毛が抜けるから」

 たぶん正解。
 いま眺めているのは鳥だが、動物園に行ったら獣の剥製もガラスケースに入って展示されていたりする。かつて飼育していた長寿のトラでした、などと書き添えられて。

 しかし子が問うのは、このあいだ恐竜を見たからだ。

 当たり前だが恐竜展の恐竜は模型である。かつて飼育していた実在の獣の皮を剥いで作られた剥製とは違う。恐竜展や水族館では、たいていトゲトゲだのギザギザだのの肌を持つ種族の模型が展示してあって「さわってみよう」などというコーナーがある。その模型はすり減ってくるし、色も剥げる。みんながさわるから。

 でも模型なので直せばいい。

 その違いが、おさなごにはわからないのだった。

 剥製の毛が抜けるのは、ゾンビになってしまった恋人の唇がもげるようなものだ。ゾンビは回復しない。かつて生きていた恋人の唇は、かろうじてゾンビとなったいまも原形を留めている。恋人がその唇で私にふれるとき、おそろしく冷たいしカサカサしていて、その感触はとてももとの恋人のそれではないけれど、けれども血色の悪い恋人が愛しげに私の肌にキスするのを、私はなくしたくない。

 だから私は、恋人を守ることにした。

 ウージーを掲げて。
 でもまあ銃刀法違反で逮捕されては守れなくなるので、ガラスケースに入れて鍵をかけるくらいにしておくか。

 実際の話、かつてそのトラを飼育していて、長寿だと新聞記事などにもなって、看取って。剥製にされて。ええ、あの子にそっくりにできています、と太鼓判を押す役目まで果たした飼育員さんなどは、剥製の移動にだって気が気ではないだろう。

「ああ、ぶつけると脚が折れますよ」

 考えてみると、剥製になってしまった愛虎は、骨折のほうが微ダメージだ。針金を入れて補強してもとの角度にもどせばいいだけなのだから。

 それよりも。

「ゴム手袋はやめて。絹のにしてください。こすれたら毛が抜けてしまう」

 抜けた愛虎の毛は、本物。
 死んでいるが。
 毛などというものは、もともと死体だ。
 剥製の場合、抜けたら二度と生えないというだけ。
 接着剤で直せば、と言えなくもないけれども。

 ゾンビの恋人のもげた唇を接着剤でもどして、恋人のままでいられるという精神力は、なかなかにレベルが高い。

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「どうやって教えるのです?」
「どうやってって──」
「動物を連れて来て目の前で殺して見せでもするのですか? これは生きて居ますね、これで死にましたと──実験でもすると云うのですか? 齢端も行かぬ子供の前で」

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京極夏彦 『陰摩羅鬼の瑕』

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 なんでガラスに入っているの。毛が抜けるから。だったらあっちはどうして外にいるの。あれは剥製ではなく模型だから。

「ハクセイってなに?」

 生きているもの。違う。断じて違う。

 生きていたもの。

 違っては……いないはずだが。
 そう言われてみると、実物大模型の恐竜だって、生きていたものだよ、と教えて間違ってはいないような気がしてくる。

 どうやって教えるのです?

 そうだな……おさなごには早い気もするが……いっしょに、仮想だけれども、プレイしてみれば、いくばくかのなにかしらのなにごとかを教えるようなこともできるやもしれぬと思って。

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『1899年仮想アメリカ旅行記(1)』のこと。

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 ともに旅に出る。

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 狩る。
 駆けていた獣を。
 仮想なので、そもそも生きてなどいないけれど、死を書物で学んできたのが人類であるならば、これだって新たな書である。

 仮面ライダー鎧武は馬に乗っていたが。

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 この子が、馬というのがいまでいうバイクや車のような移動手段として使われていたのだということを、ちゃんと理解したのは、こうやっていっしょに仮想の旅に出たからだった。

 殺す。

 えー、と子が発声した。
 お父さん悪いひと。
 そう?
 きみは昨日食べた焼肉は、なんだと思っているわけ。

 まずは鹿。

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 食べる。
 体力が回復する。
 
 憮然とした表情であった。
 殺して食べることに納得がいっていないもよう。それはそれでいい。それでもチキンを食べるなら、ニワトリがコッコと鳴く光景も知ってはいるべき。そのうえで考えればいい。

 次は、クーガーだった。

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 食べるためではない。襲われたから撃ち返して殺した。猛獣の筋肉は締まっていて硬いので食用に向かない。しかし毛皮は売れるので剥いでいく。

 売って金になれば、それで食う。
 それもやはり狩りだ。
 つまり、きみが保育園に行っているあいだ、お父さんとお母さんが仕事に出かけるのも、狩りだ。今日のごはんを、殺しに行く。

 牛の肉は美味い。

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 ワニの革は高価い。

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 そして、ふたりで、大きなヘラジカに出逢った。
 殺した。

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 肉も美味しそうだし、毛皮も売れるし、なによりもツノが何日分のごはんになるだろう。

 雨が降りはじめたなか、剥いだ皮をくくって担ぐ。

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 近くの町まで運んで売らなくては。猛獣に気をつけて、奪いに来る人間たちにも気をつけて。

 人生とは、狩り。

 生きるために命をいただく。

 仮想。映像だ。が、生きている。ということである。模型と剥製は違うが、それを知ったうえで、恐竜の骨格模型に、かつて生きた恐竜の姿を重ねるのは、ヒトとして間違いではない。

 肉が腐っているかいないかだけを見るのでは獣。それでは新鮮な肉を求めて荒野を駆けずりまわるだけになる。

 死体を見て、なにごとか想像する。

 考えるから、生存競争のなかでは弱い葦にたとえられるにしても、考える葦、だとみずからを呼ぶのは。
 誇り。
 それなくして、ヒトの世は立ちいかない。


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