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『ヒロシマノワニノニク』のこと。





あれは悪人?
どうして?

だってサメだからさ

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映画 『ドライヴ』

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 このあいだ、私の母の生まれた土地である広島三次に伝わる怪談の話をしていて。

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『稲生物怪録』の話。

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 そういえばあれも、落ちぶれたスモウレスラーのせいで生まれた名物ではないかということを思いだしたので、書いておく。

 現在、広島県三次市の、ふるさと納税の返礼の品ラインナップは、米と酒と果物に肉で大半が占められている。ただ、ひっそりと魚貝類というツリーも用意されてはいるので、それを展開してみると、五種類。

 渓流の女王 君田町産ヤマメ
 渓流の女王 君田町産ヤマメの一夜干し
 鮎のわっぱ寿司(焼鮎)
 三次名産 鮎うるか
 鮎寿し

 ちなみに、うるかというのは鮎の塩辛だ。苦い。
 なんにせよ、川魚しかあげられるものはありませんと三次市みずからが主張するラインナップ。

 それなのに。
 裏腹に、三次はいま、海の魚の刺身を推している。
 海がないのに。

 ネズミワニである。

 地方によってはモウカザメなどといって売られているらしいが、三次のスーパーでは切り身がパックに入って、サメではなくワニとちゃんと書いてある。

 そう、ワニと書いてサメである。
 いや、あくまで肉の名称だ。三次のひと、つまり私の母もだが、サメはサメと呼ぶ。チキンナゲットがニワトリ団子では売上げが心配になるような理由によって、頭のよいむかしのひとが肉のことはワニと呼びはじめたのに違いない。

 頭のよいってなに? いやだから、三次に海はないのだ。ないどころか鮎で有名なくらいなのだから川ばかり。それはつまり土地が凹んでいるので水が集まるということ。盆地も極まっているため、どこの海から来るにしても険しい山越えである。そこで海水魚の刺身っておかしい。しかし世のなかには、おかしいものに価値を見出す御仁がいらっしゃるもので。

 世界を見てきたスモウレスラーとか。

 超有名人で、金も持っていて、そのうえに素行不良で大都会のエンタメ業界から放逐され地元にもどってきたような巨漢が、言うわけだ。

「あー大阪で食った刺身が忘れらんねえなあ。そういえばおれ来月デビュー十周年なんだよなあ、祝いだなあ、祝いごとといえば刺身だよなあ」

 反論できるものなどいようか。

 そういうことが、くり返される土地なのだ。田舎だ。しかし、意外に交通の便がよい。米も肉も農作物も売るほどあるし、結果ひとの出入りがあり、情報もある。

 天狗がわがままを言いがちな土地だ。

 逆説的な解釈ではあるが、清流は豊富ということが欲望に火をつけるのかもしれない。私は釣り好きな少年ではなかったが、三次の川で糸をたらせば小一時間でバケツいっぱい釣っていた。それも、釣りながらその川で泳いでである。下流では鮎を釣っているひとたちがいたが、上流で子供が騒いでいても文句ひとつ言わない。そんなもので釣れなくなる繊細さはそこにはなく、いっそ目で見て見えている魚に引っかけて釣るレベル。

 もちのろんのうんのかんので、糞ほど新鮮である。

 だが、その魚は刺身では食べられない。活きの問題ではない。スーパーの川魚のキングであるサーモンはなぜ刺身で売っているかといえば、養殖だから。天然の鮭を狩って喰うクマはそれが原因で亡くなったりもする。

 川魚には寄生虫がいる。
 海の魚にもいるが、内臓をとりのぞいたり、酢漬けにしたり、発酵させたりすることで人類はそれを克服してきた。しかし川魚の場合、全身寄生虫だらけなので、工夫を凝らすとかいう程度問題ではなくなる。ていうか、川魚が獲れる場所というのは、太古の島国においては、それが主食になるという土地。だれにも助けを求められない盆地の底で、危険をともなう美食に挑むものは、まあいない。

 だって焼けばすべからく安全なのだ。

 そして、塩焼きのヤマメやアユは、この飽食の現代においてもふるさと納税の返礼に使われるほどに美味。命がけで新レシピを考案する暇があったら米を植え牛を育てたほうが人生にとって実り豊かなのはわかりきっている。

 しかし、過程というものがあったのであろう。

 いまだから、三次の川魚を焼いて美味し。けれど、ちょっと飽食を知り、飽きるほど刺身を食ってきたものが、都会から三次にもどり、毎膳のように魚。

 焼くか煮るか。祝いごとなどあれば、たっぷり塩を振った鮎。

「さっき釣ったんだろうがよ、なんで焼くよ」

 都会にスレたのは言ってしまう。村のものたちが、いやわかんねえけど生で食ったら腹痛くなるんやて亡くなったものもおるんやて、と言ったところで、過程である。寄生虫がといった実科学的に納得できる説明のできるものがいない。

 ネズミワニが、その時代に成立したというのは、考えてみればホラーなことだ。

 鮫は、古代から島国で食べられまくってきた。まわりが海なのだから当たり前だ。鮫をワニと呼ぶ文献として有名な因幡の白ウサギの伝説では、ウサギが鮫の背を橋の代わりにする。それくらい海には鮫がいたということだろうから、海辺のひとたちは、巨大な肉のかたまりであるそれを消費する。

 食べたことのあるひとはご存じだろうが、鮫の肉というものは、こういう土地の名物の話の途中でぶっちゃけるのもなんだけれど、別段うまいものでもない。少なくとも、鯛も鮪もわんさか獲れる海辺のひとたちが、こぞって刺身で食うようなものではない。

 それでいて巨大な肉のかたまりなので、海辺では加工される。新鮮なうちに火を通して、いわゆるかまぼこのようなものにする。そうなると日もちがするため、外にも売りに出る。外とは海ではない。島国の内側だ。

「これなんの肉かいね」

 三次でも訊かれたに違いない。
 魚だ、と答えたろう。

「魚かいね。あんたらも焼いて食うんやね」

 そこで行商人は、知識をひけらかしたのかもしれない。

 海には巨大なワニという魚がいること。刺身で食うには多すぎて肉を消費しきれないこと……

「おん? いま、なに言うた」

 三次っ娘。すなわち私の御先祖さまは、耳を疑った。
 行商人はそう言ったのだ。

 ワニの肉を加工せずに余らせておくとテラテラ光りはじめていつまでも腐らない。

 ホラーである。怪談のたぐいだ。
 しかし我が御先祖さま、村を救いたい一心の萌えっ娘みよたんは、村で天狗になって、ときに暴れ出すこともある巨大な元スモウレスラーのワガママを思った。

「腐らん魚があると?」

 気弱そうな娘だったので、かまぼこを売りつけるついでに怖がらせてやろうかという雰囲気で話していた行商人はひるみながら、答えたかもしれない。

 腐らんみたいに見えるけどな、えらい臭いがするんや。

 厠みたいな臭いだとそのひとがいう。みよたんは、からかわれているのかしらんと半信半疑ながら、行商人に、こんど来るときはその魚を刺身でと懇願する。

 腐らないように見える刺身。
 臭いなど……腐臭でないのであれば、なんとでも。
 あのスモウレスラーは食うやろうねえ。

 腐らないようにみえて腐っているものを食わせてやろうと御先祖さまが思ったかどうかまではわからない。当時の見解としては、川魚の身に巣くう虫のせいでひとが死ぬなどということがわからないと同様、腐るということのメカニズムも正確にはわかってはいなかっただろう。

 結果として、ショウガ醤油でワニの刺身を食わされたスモウレスラーだか悪代官だか世捨てた殿様かは知らないが、そのあたりのひとは死にいたらず、みよたんに言った。

「うまし。次の祝いの席にも出せ」

 で、まあ、いまに至るまで、祝いの席に出される料理となった。と、三次の広報さんは言うが、我が家では、法事のときにひとが集まるのが常で、ひとが集まるとワニの刺身が出たから、私のなかでは、お坊さんの詠むお経とワニはリンクしている。

「ワニやで食うてみい」

 と、子供の私に食わせるために出されていたようなものだ。メカニズム的にいえば、鮫の刺身が腐らないのは、その身に含まれる尿素から変質したアンモニアが殺菌作用をともなって腐敗を防ぐから。天然の消毒液漬け。シメワニ。もちろんシメサバから酢の匂いが立ちのぼるように、シメワニからはアンモニア臭がするのであって、それゆえのショウガてんこ盛りだったのだが。

 現代では、スーパーで売られている鮫肉は、ほぼ匂わない。冷凍だから。冷凍車があるのに、アンモニア臭を出す必要はない。

 子供の私が食わされたのは、鮪の赤身となんら区別できない刺身だった。しかし慣例として、ショウガ醤油で食う。子供にとって、ショウガの辛さのほうが舌に痛い。

 うえっとなる。大人よろこぶ。

 鮫が泳ぐ海のない土地だからこそ、鮫=悪、のイメージは強く、それゆえに頭のいいひとが祝いの席に出すため、ワニと命名したのだ。きっと。タクシーの運賃を払わずに殴って丸藤さんを嘆かせるような元スモウレスラーは、当時も詳細は知らされず「ワニか! あのワニの肉か!」と食ったに違いないが、現代の幼子は詳細を知らされる「サメ? シャーク? ジョーズのサメ?」。味そのものは、なんということもないが、鮫を食べたことのないひとがよそから来たときには外せないイベントにはなっている。

 ……そういうふうに育てられた私が、法事だからといって我が子にワニを食べさせようなどとツユほども思わないという時代の流れからして、三次でも消費が減りはじめた。そこで稲生物怪録とワニ肉で観光客を呼ぼうと画策しはじめた彼らのとった行動は。

 照り焼きハンバーガーやソーセージなどが、三次へ行けば絶賛販売中だ。

 ショウガを効かせた照り焼きや、香辛料を効かせたソーセージなら臭いも消えて伝統も守って一石二鳥……って!

 否定する気はないし、話のネタとして、三次で有名なワニを食ったの引き出しがあってもいいとは思うし、私の幼少期においてすでにそういうイベントアイテムと化してはいたのだが。

 あなたが三次観光に行って旅館で同じ金を出すなら焼き魚コースを勧めたい。三次は良いところだ。そんなアンモニア臭、わざわざ嗅がんでいい。じゃなくてそのアンモニア臭もないんだってば。なぜ名物になると思うのかが不思議だ。いや、批判ではない。あそこには川があって川の魚が美味いということが言いたいだけ。

 火を通すなら、鮎の塩焼きでいい。
 いや、それが美味い。
 と、私は思う。

 冷凍車で運ばれてきたワニを座って待つよりも、折れ竹に糸をつないだだけの釣り竿で川に挑んでみるといい。いまでも釣れる。河原で開拓時代のアメリカのカウボーイみたいに焚き火をしても都会でのように怒られたりしない。焼いて食え。三次が、忘れられなくなるはずである。

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ワニ|観光スポット|広島県公式観光サイト ひろしま観光ナビ

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(ワニの産地としては和歌山が有名で。妻の実家がそのあたりなので、足を運ぶことも多く、あのあたりでは酒飲みが来ると特徴ある寿司が出される。なれ寿司という。腐りやすい青魚をあえて発酵させる保存食。日保ちはするがもはや魚の味ではなくなり表面にはカビが生えていたりもして、どろりとしたチーズのごとき食べ物になっている。正直言って、私は深く発酵させない早なれ寿司を美味だと感じるバッテラ好きにすぎない。でも、どういうわけだか「タクミさんはこういうんが好きよなあ」と深く深く発酵した本なれを私のために買っておいてくれたりする……でもまあ、それが土地の美味いもんの正しいありかたではないかとも思うのである。安全性の問題があるということか。技術的に難しいのか。しかし名物としてワニを山中で売るならば、当時同様のアンモニア臭がする刺身をこそ作らんでもいい時代に作って売らねばならんという気がするのだが……)

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