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『光る靴の電池』のこと。





靴を買うのは、
恋に落ちるのの次に、楽観的な行為。
新しく靴を買うのは、恋に落ちるのと同じで、
明日もこの世にいる予定だと断言すること。

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ジョナサン・キャロル 『犬博物館の外で』

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 だがだれも、三歳以前の記憶はない。

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『幼児期健忘による私の消失』の話。

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 彼が一歳半のとき、お城の公園で走りまわらせながら、これを見ている私は彼のなかには留まらないのだと、たそがれていた。

CastleParkDance

 一歳半×2。
 つまり三歳を越えた彼を、同じ公園に連れて行った。

CastleParkDance02

 一歳半のときに、こう書いた。

「上の写真は縮小しているので判別できませんが、オリジナルの解像度で見ると彼は靴を左右逆に履いている。帰って撮った写真を見て気づいた。走らせに連れて行ってやるぜー、と出かけて、靴を逆に履かせて気づきもしないのだから、大ざっぱな父がいては、ニューバランスのおねえさんも選びがいのない話である。」

 今回は、こう書こう。

 上の写真は縮小しているので判別できませんが、オリジナルの解像度で見ると彼は光る靴を履いている。ただサイズが大きくなっただけのニューバランスを、父は勧めたのだが、これがいいと頑としてゆずらなかったノーブランドの靴である。

 オリジナルの解像度で見ると、彼の着ているシャツの背には某自動車メーカーのロゴが入っている。それも本人が選んだ。父はカワサキのバイクに数十年乗り続けている漢なのでロゴといえばkawasakiを推したい。

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 だが、いまや彼と町を歩くと、自動車の車種名ではなくエンブレムプレートで判別する各メーカー名を言い続けるというゲームにつきあわされる。世界がそういう形でグループ別けできるのだと気づき昂奮しているらしく、某自動車メーカーのロゴが入ったシャツを着るのも、三歳男子にとってはジオン軍のマークが入った制服を着るようなものなのだろう。

 ジョナサン・キャロル師に言わせると、靴を買うのは楽観的な行為だが、三歳にとって、それはもっと刹那的な行為だ。買って一年も履けないという成長速度を本人は気にせず、その靴を選んだ。

 ニューバランスの半分くらいの価格だったから、気に入ったならそれでいいけれど、気になったのは、彼がその靴のデザインを気に入ったというよりも、手に持って底と底を打ちあわせると……

 光った。

 そこにつきるようだったので。

 光る靴を私は履いたことがない。三歳以降の記憶は私にもあるのだが、欲しがった記憶もなく、よって知識がない。

 店員に訊いた。

「これ、ボタン電池ですか?」

 店員は、おかしなことを訊くひとだという顔をした。

「電池ですが、交換はできませんよ」

 交換できないのだから、電池の形状などどうでもいいではないかということのようだ。それはそうだ。おっしゃる通りである。しかし、交換できない電池で光るとなれば、そこを訊かずにいられない。

「切れたら終わり?」

「光らなくなるだけです」

 だけです、というのは、光らなくなるけれど靴としての機能が損なわれるわけではないということか。仕事で家電も扱う身としては、切れた電池を機器の内部に放置するというのは禁忌な印象なのであるが。液漏れとか。

 濡れても大丈夫なんだよね?
 と、訊こうかと思ったがやめた。
 大丈夫に決まっている。電池も電線も、みっちり樹脂で密閉されているのだ。液漏れなどしない。なぜなら液が漏れる隙間もないから。

 そうして買った。

 お城の公園で、走りまわる彼は容赦なく水のなかへも駆け行ったが、靴のなかに水が入って靴下がぐしょぐしょになっても、ソールは光り続けていた。たぶん帰って丸洗いしても大丈夫だ。大丈夫だから売っている。

 そしてそれを、履きやすさとか、電池がいずれ切れるだろうとか、そういうことを微塵も考えず、倍の値段のもののほうが丈夫だし格好良くはないかと勧める父も無視して、これで決まり、これしかないと即決した彼は。

 恋に落ちるのの次に、ではなく。

 恋しているのだろう。後も先もなく、キスしたいからしてしまう恋人たちのように、世界や時間と、蜜月なのである。向こうからも愛されていて、こちらもそれが当然と受け入れて。

 走り回れるくらいに足腰かたまってきたとはいえ走れば必ずコケるし、そっちへ行ったら落ちて死ぬという理解さえもがない小動物、と一歳半のときに書いたのを読み返し、三歳になったらそれが心配でなくなったかといえば、そんなことはなく。虫は怖いのに、水に潜ることは怖がらない。高いところは怖いのに、火を怖がらない。大好きだった重機を最近怖がるようになって、けれど裏腹に巨大ロボに夢中になっている。爆発したらおもしろそうだという理由で爆発しかねない感がある。

 こういう年頃に、コンセントにクリップを突っ込む。絶対そうだ。ビー玉は飲み込まなくなったかもしれないが、スーパーボールが飲み込めるか試したがっているのはわかる。

 光る靴はいずれ光らなくなる。
 それがわかっているから、光るのは子供用の靴だけなのだろう。
 騙しているのではなく、彼らには、ほかのなによりも、それが必要だとわかっているから。

 光り続けるように、電池交換の仕組みがあるのが当然だという設計がそこにはなく、私は戸惑う。しかし、密閉してしまう設計が、考えてみれば正しい。

 ぴかぴか光りながら彼が駆けていく。

 三歳をすぎたので、今日のことはおぼえているのだろうか。
 そこに私はいるだろうかと、やはり思ってしまう。
 世界と戯れる彼は、ぴかぴか光って振り返ったりしない。



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