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『稲生物怪録』の話。




 恐ろしい咄をした。ところがそこで咄が尽きてしまった。
「折角こうして百物語を始めたと云うのに、聞き知った咄がないからと云ってこのまま黙っていたのでは口惜しい──」
 何しろ百話語らねば百物語にはならないのである。
「──そうだ、これ以降はお互いに怖い咄を創って語り合おうではないか」

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京極夏彦 『武太夫槌を得る──三次実録物語』

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 このサイトを訪れてくださるかたの半数以上は一期一会な検索サイトからのおいでませなので、お目当ての記事は読んでくださっても、そこにはあまり気も留めずで帰っていかれるものだと思われますが。

 ここは、吉秒匠『とかげの月』というサイトの一部であります。

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『吉秒匠 / とかげの月』・表紙

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 行って戻ってこられた?
 月の画があったでしょう。
 ああ、月にとかげと?
 いえそれはいま先に、ここが『とかげの月』だと私が申しましたから。
 先入観のせいではございませんか。

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『とかげではなく』の話。

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 指先がこんもりと丸いシルエットは、やもり。そして私が、幼い自分の陰茎をもてあそびながら湯に浸かっていた、祖父母の住まいは、広島県三次市。

 牛を飼っている描写などからわかるように、まわりは山とたんぼしかない三次の奥地である。

 一方、マニアにはおなじみの『稲生物怪録』。

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 ま、『稲生物怪録』と申しますのは、広島県は三次に伝わりますところの、お化け好きにはつとに有名なお話──物語なのでございます。


京極夏彦 『豆腐小僧双六道中おやすみ』

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 三次の実在するあれこれが出てくるために、舞台が三次ということになってはいるが、この物語の類似品はそこかしこで見られるものなので、土地だって後付けかもしれない。

 ただ、怪談というにはてんこ盛りすぎる(怖くもない)物語が、いままで語り継がれてきたのは、次々に現れる怪異をひとりの武太夫があっさり打ち倒す(というか無視することも多い)物語構造が、いつしか講談話芸や大衆演劇のなかで「ばったばったと妖怪打ち倒し」的、いわゆるキン肉マンの超人トーナメントを人間が勝ち進んで頂点に立つといった趣でエンタメ化されていったおかげであるところが大きい。

 主人公が人間だけれど超人ということになると、礼節も備わっていたほうがヒーロー的である。そうして、おそらくオリジナルでは荒武者描写だった主人公が、「怖いものはなし」と、うそぶく別の荒くれ者を諫める意味での恐れるものなし対決を挑む、という物語になっていったのではないか。

 冒頭引用の、京極夏彦訳と呼べるバージョンでは、広島三次のさらに奥地で生まれた力自慢が、大阪にまで行って相撲取りとして大成し、やがてまた三次にもどってきたところで主人公の稲生平太郎と衝突し、異界につながるとされる山の上でふたりで百物語を語ってしまったために妖魔を呼びこむことになる。

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稲生 物怪録 | 三次観光公式サイト

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 公式に建てられた三次市三次町にある稲生武太夫の碑に刻まれた内容に誤りが多いというのはよく指摘されることではあるが、外に広まった話を名所にしようと観光客におすすめするくらいなのだから、物語の舞台は奥地ではない。平太郎と元力士が百物語をした比熊山も、三次駅の駅前だ。いや、歩いて行けるほど近くもないが、私の母が生まれ育った奥地に比べると、超都会である。

 そこに暮らしていた稲生平太郎。本人が書いたという『三次実録物語』というものが、なぜかある。実在するのである。これは困ったことだ。

 なにが困るといって、描かれているのは荒唐無稽な妖怪譚なのだ。百鬼夜行のごとくにオンパレード。キン肉マンの超人トーナメントには私だって熱狂したけれど、キン肉マン本人が書いた『実録超人トーナメント』なる書物が新発売されたら、逆に醒める。フィクションならば、フィクションとして貫いたほうがよほどリアルだというのがいまもむかしもフィクションの作法であろう。

 しかして実録。その響き。現代でも、なぜか怪談と猥談ではときおり目にする。実録廃墟散歩だとか、実録淫乱未亡人などというタイトルは、レンタルビデオ屋のカーテンで仕切られた奥ではいまも生きている。生きてはいるが、それを借りて観るひとが、それを実録だと信じているとは思えない。それらのタイトルは、そういう看板の愛好者に向けて書かれている。セクシー女優が女優であることは百も承知のうえで、どこそこでナンパした素人だと銘打たねばおっきしないひとたちがいるのである。たとえ知っている女優であってもそれが必要なのだ。嫁であろうとコスプレは萌えるといった。中身は知っているけれどマスクマンはマスクを死守するのがプロレスといった。

 そう。プロレス。

 コスプレ着用でも無理な相手はいる。むしろ中身は大事だ。マスクマンのマスクがどんなにきらびやかでも、中身がやせっぽっちでトップロープから飛ぶこともできないのでは、応援のしようがない。プロレス劇というものの定義については前に書いた。

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『プロレス劇』のこと。

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 吉秒匠の定義するところのプロレス劇とは=真実を装飾することで説得力を増し娯楽として成立させたもの。である。予習終わり。

 『三次実録物語』。三次観光公式が、こんなのあるよと差し出すのだから、中身がある。公式に、三次には妖怪が出ますよとは言っていない。プロレスに脚本がないなどとは、いまやもうだれも言わない。だが、戦う肉体と精神を有した実在する人物がそこには必要であるのだから。

 三次の貧しい農家から身ひとつで成り上がり、大阪大会で活躍するまでになったスモウレスラーは実在したのかもしれない。天狗になった彼(実際に『稲生物怪録』の天狗バージョンというものもある)が、リングを追放され、故郷にもどったという事実もあったのかもしれない。

 そういうことがあって、地元で「おれのようになれ」と道場などはじめたレスラー崩れと若武士がいさかい、レスラーのほうが「おれは世界を見てもどってきた」とのたまい、三次の駅前であっても三次生まれの三次育ちな武士が「わきまえよ」と声を張るというのは、いかにもありそうなことだ。

 書いたものが残る以上、稲生平太郎という著者も実在する。三次にもどってきた天狗レスラーも実在するならば、実在する三次の山に登るという肝試し勝負も実際である可能性が高い。登ってみたが山である。なにも出ない。百物語をしよう。けれど百物語というのは車座になった大人数がやるもので、ふたりで百話とは。

 かなり早い段階で創作怪談勝負となったに違いない。

 と、すると。
 不良レスラー崩れが、三次から出たことのない若者を威嚇する話というのは、実録怪談話。言い換えれば、都会における魔界の話であったのではないだろうか。

 都会と書いてしまったが、大阪と三次。私は人生で何十回か往復しているが、動力機関に乗っかってのことだ。そういえば先日、五十日ほどかかって大阪の警察署から逃げた男が広島にまで至って逮捕されたが、彼だって盗んだ自転車とフェリーを使っても五十日。それが当時だと歩きである。想像もできないほどの距離。現代の日本のレスラーがニューヨーク・ マディソン・スクエア・ガーデンの興行に出場すれば一般紙も報道する。しかし当時の大阪と三次の距離感は、それよりももっと遠かったはずだ。都会というか、世界の果てであり中心の、なにか神々しい場所といった感覚ではなかったか。

 そこへ行ってもどってきた男のほうにも自負があり、自分の行動にケチをつける田舎の若者が、震えあがるような話を聞かせたい。

 ほぼほぼ猥談ではないかと、私は考えている。

 世界にはこんな風俗がある。素人までこんな。いやいや性別とか関係ないねんて。ていうかもうわけがわからんようなこんなこともあってな。

 実家暮らしの童貞十代にとって、不良おっさんのエロ話ほど苦痛なものはない。しかし同時に、純粋な驚きもあったろう。崩れたといっても、いっときは成功を収めた三次の英雄が語る大阪……そしてディープな大人の世界……

 京極夏彦登場のおかげで、私も友人と妖怪談義をするようなことの多い時期があった。私の性質でもあるのだろうが、そのときも多くの妖怪にエロ解釈をつけて遊んだ記憶がある。

 ふざけて言ったことのなかで、いまでもそれはけっこう真理を突いているのではないかと思うのがテレビ番組『新婚さんいらっしゃい!』で出場者にプレゼントされる「YES/NO枕」を返すのが妖怪枕返しではないか、という説。いやいや、枕返しは『新婚さんいらっしゃい!』の放送開始前からいたに決まっているとだれもが言うだろうけれど、考えてみて欲しい。夜の営みを「YES/NO」する枕が、ノーしたはずなのにイエスとか、その逆とか。枕返しなどという妖怪が、その仕事をしないでほかになんの目的があって枕など知らぬあいだに返すのか。

 だったら、こう解釈すべきではないのか。

 「YES/NO枕」が、すでにあったのではないか。

 武家などでは特に、妻であれ妾であれ稚児であれ、旦那に面と向かって「今日は無理」などと言えはしない。そこで枕そのものか、枕元に木札などを置いた。事情があって本当に無理という日もあろう。そのときはこれを返せと心優しい旦那が普及させたが、事情があっても相手をせぬとはなにごとかとキレる旦那だっていつの時代もいるはずで。今日はマジで無理なのに……でもきっと枕返しが返してしまったのかな耐えるしかなし……そういう心の持ちようが生んだ妖怪であれば、合点もいく。

 さて、丑三つ時の山頂で、不良レスラーに実録話を聞かされまくった稲生平太郎青年(と少年の狭間で揺れる)は、家に帰って、百物語をまがりなりにもやったわけだし、妖怪実録ものとしてそれを書くかとはじめたことになっている。かしこい青年だったので、不良といえどエンターテインメント世界の経験者たる年長者から、知らずか知ってかプロレス劇の作法まで学びとっていた。

 かくして、山を降りてから、一ヶ月にわたって毎日自分が妖怪におどかされ、しかしいかに怖がらず退治したかという自画自賛の怖くない怪談実録『稲生物怪録』のベースが著されたという流れだ。

 ひとつきにわたって現れるお化けどものうち怪談ぽいのは、友人が訪ねてきて勝手に自殺してまた生き返る、という話くらいで、あとは物怪が現れてちょっとした悪さをしたり、具体的な妖怪の類は現れず奇怪な現象が起きるばかり。

 なかでも類似した怪がいくつかあり、いかにも即興創作百物語のなかで語ってしまいそうなのは「目」があるとか、それになるといったもの。無機物や、無数の赤ん坊、老婆。「目」がじっとこちらを見ている。怖いといえば怖いが、見るだけでなにもしないので、平太郎はそういうとき飽きて寝る。実録怪談の作者が、それ以上なにもないので寝た、というオチをなんども使うのはいかがなものかというところだが、動じないという意味ではキャラ立ちに成功して後世まで愛されることになった要因かもしれない。

 これらはきっと、見る、というエロ話を聞いて、ウブな平太郎、ひと皮剥けたというか、そういうプレイがあるのかと世界をひろげた結果だろう。三次にはいまも、まともに性風俗店などない(私の知らぬだけかもしれないが)。まして日本が鎖国していたころの話。大阪では外国と交われば毒されるという発想で鎖国がされたのだから、その発想の時点ですでに毒されている。見せるだけという業態はあっただろう。しかし田舎では、行為どころか接触もともなわない風俗店など想像だにできないことだったはずだ。素行不良でクビになったスモウレスラーが大都会ですごした夜の話のうち「見るんだよ、見ながら酒を飲むっつう遊びがあるんだ。寄ってきてこの距離で、はだかのケツを振ったりすんのさ」などというものが十代の劣情を刺激して創作の基礎になったことは想像に難くない。

 また、部屋にモノが現れるだけというネタも盛んに書いているわけだが。列挙してみれば、ひょうたんにはじまり、刀の鞘、茄子、尺八、正体不明の部屋中がぬめる粘液など、これはもう完全にごまかし切れていない大人のおもちゃの類の描写。ひょ、ひょうたんをそんなところにっ、ええ、ぬめる液体を使って。百物語のさなかには怖いものなどなにもないと虚勢を張っていたものの、内心、ひええ、という悲鳴を心のうちではあげ続けていた、それを昇華させたのか。ういやつ平太郎である。

 後世のバージョンでは、怪談色を強くするためか、人間の女の姿をした物怪が多く出てくるようになる。臨月の女が現れて踏んだら大量のウジが湧いた、というようなスプラッターホラー的な演出も試みられたりしているのだが、そういった読者や観客が顔をしかめるような怖がらせかたは、どうも『稲生物怪録』の客層にはそぐわないようで、古くからいままで、描写として生き残っている人間女物怪は、やはり滑稽なものだ。いわく、女の首が現れる。そしてときには長い髪の毛、ときには首から生えた手指で、平太郎をなで回す。ある夜の女の首は、舌でもって全身を舐めまわす。尻の穴まで舐められて気持ち悪くて寝た。といういつもの平太郎だが、ウジの湧く孕み女が後付けで、いかにも幼稚な首だけの女がいろんな手段で愛撫してくる類が、実録であるのなら平太郎の描いたものであろうことはだれが見てもあきらかだ。

 平太郎十六歳。

 頭だけで客に奉仕する都会の女たちのことをやさぐれスモウレスラーから聞かされたのならば、いっそ女の首が現れて口で抜かれてしまったと書いてもよさそうなところを、十六歳では書けなかったのか。

 と書いてみて。『三次実録物語』では、最終的に平太郎が魔王から魔王を召喚できるハンマーをもらって、そう言われることを思い出す。

「この槌を得たこと、五十年だれにも言うな」

 単純計算で、十六歳の五十年後は六十六歳だ。平太郎が魔王との約束を守ったとすれば、実録本を世に出したのは、十六歳のあるひとつきを思い出して書いた六十六歳の男ということになる。それは実録といっても、ほぼフィクションだ。

 しかも、平太郎が三次に実在したのなら、実録のなかで異変に気づいて屋敷を訪れた歳上の親戚や近所の者たちは、当時の平均寿命からして、ほぼ皆無になっている年齢でもある。検証のしようがない。だがそれこそ裏返せば、書いたもの勝ちである。

 『稲生物怪録』。

 その響きを聞くたび、私はむろん、母の故郷を思い出す。というかいまもそこには叔父叔母が住み、祖母も生きている。私自身、川で死にかけたこともある。溺れるはずのない水のなかでだれかに足を引かれた。気づいた母が駆けてきて手を握り引いてくれたが、それがなければ逝っていた。足を引いたのは妖怪ではなく、複雑な水流のなすわざだろう。けれどいまでも私の足首には握られた感触が残るし、三次とはそういった土地である。祖母の家に行くと、カエルと虫と牛とキツネがひと晩中うるさくて眠れない。しかもきまって私が行くと、布団が敷かれるのは仏壇の前だった。魔王くらい現れても不思議ではない。

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 ま、お化けはお化けでございます。
 その辺のことに就きまして、あれやこれやとない知恵を絞るようになりますのは、このお話よりもずっとずっと後のこと、つい最近のことでございます。しかも絞りますのは、妖怪馬鹿と呼ばれます馬鹿の一種だけでございます。

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京極夏彦 『豆腐小僧双六道中おやすみ』

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 平太郎実録で、彼自身がもっとも恐れるのは、部屋に現れた「とかげ」の大群だった。平太郎は、とかげが大嫌いなのだ。その描写こそ、私は後付けではないかと疑っている。

 三次で、とかげの這わぬ家などない。
 嫌っていては、あの土地で生きてはいけぬ。


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