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『第二十七次革新容器襲来』の話。




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しょうゆ常温保存。
自宅でもそうだったし、町の食堂でも。
テーブル上にしょうゆ置きっぱ。
本当はよろしくないそうだ。
パッケージにも開栓後冷蔵とある。
酸化して風味がなくなるらしい。

で、少し高価な、たまりしょうゆとか、さしみしょうゆとか。
容器が小さいせいもあるけれど、我が家では冷蔵庫保存になった。
それが何年か前だったが、とあるメーカーさんの品で、常温保存できます!! と明記されたものが出た。
クセで冷蔵庫に入れてしまって、

「これはこっちでいいんだよ」

と、わざわざ出したり。
私の記憶では、ヘアコンディショナーの容器で、最初にこの構造を見た。
プラスチック容器を二重にして、使うとなかの容器がしぼむ。
最後までもれなく使用できる。というのが売りだったが。

しょうゆだと、最後までしぼりやすい、という以上に、酸素に触れない、つまり酸化しない。これがメリットになった。
かくして常温保存、可である。

それがヒットしたのだろう。
いつも買っているワサビを買った。
なんのことわりもなく、ワサビもその容器にされた。
香辛料初かなにか知らんが……

「やめてください」

私、ワサビヘビーユーザー。
だからデカチューブのを買っている。
そしていつものように。
いつものように!!
しぼりだそうとしたらムリだった。

「なにこれ」

二重容器なので。
しょうゆならいいが、ワサビは。
私、チューブの首の部分をねじり、太っといワサビで皿に出していた。これまでずっとだ。先端の小さな口は使ったことがない。それが、いつもの商品を買ったらば、いつもの場所が接着されている。

開かない!!

出せない!!

ごめん、ムリ。
香りが飛ばない?
最後までしぼりやすい?
いやそのまえに、まず出せない。
いつものようにヤって開かずイラッ。
今日もくり返している。
なくなったら別のメーカーのを買う。
こういうのは事前に相談してくれ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 もうひとつ。
 これ。

newWasabi02.jpg

 古来から、紙パックの牛乳は、紙だけで完結していたものだった。それがほんの少し前から、こういうのを見るようになった。

 プラッティッキぃぃっ!

 ならばペットボトルにしたほうがむしろリサイクルしやすいのではないか。あの外国ブランドポテトチップス容器のようなものだ。

B01ND0PZUM

 紙筒で作りながら、底は金属で、上蓋はプラッティ。ゴミ分別推進先進国に対する悪意がある。

 純然たる日本ブランドは、やはり違う。

B003SX03OE

 ぜんぶ紙。
 これでなにも困らない。たぶん、あのブランドの発想がもともと、ジャガイモ成分が50パーセント以下のポテトチップスを作るというキメラ的奇天烈なものだったうえに、あのパッケージの特許を取った人物は、あの容器を模した棺桶で葬られたという史実もあるので、プライドが邪魔をして、いまだにあれを使い続けているのだろう。迷惑な話だ。

 そんなプライドとは無縁なのにである。

 紙で完結していたパッケージに異物で蓋をする。一度開けても密閉できるからか。いやあのな、私なんてあのひとみたいに、牛乳をコップに注いだことなんてなくてじかで飲む人生だから、すでに内部には雑菌繁殖創業祭であって、密封なんて意味ない。

 だったら買うな?
 私が買ったのではない。
 冷蔵庫に入っている。家族が買う。こだわりがないのだろう。しかし私は!

 さっきの写真をもういちど貼っていいだろうか。

newWasabi02.jpg

 パッケージの上部に、白い粉末が付着しているのがおわかりだろうか。ヤバいものではない。小麦粉だ。

 参考資料を提出する。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『全粒粉トルティーヤと豆サルサソースのタコス』のこと。

『ピザ六景』の話。

『カレーが添うナンのカロリー』の話。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ぶっちゃけ、ブログでレシピなど公開しているが、自分でピザやナンやトルティーヤといった週一で絶対に口にする生地群を練るとき、分量なんて正確に計らない。固かったりやわらかかったりする。心がけて固めに調整するようにはしている。生地を練る過程で、固いのは水分を足せばいい。

 もう、何百年になるだろうか。

 そのさい、私が使うのは、牛乳だ。
 なぜか。
 紙パックのパッケージが密封されていないからだ。水道から微量の水を生地に足そうとすると、必然的に計量スプーンが必要だ。しかし紙牛乳パックは。冷蔵庫から取り出し、片手の腕力で、蓋を閉めたまま、ちょろっと絞り出せる。

 ルーティーンである。

 さて、いつものようにヤって開かずイラッ。
 そのワサビの件を思い出そう。
 比較してみる。

 両手はべたべたの小麦粉生地まみれ。冷蔵庫の把手はあとで拭く。いつものことだ。しかしまあ牛乳だ。ぐっっと……はいぐっと……っっ、はいいいいいいいいいいいいっっっ!!!!

 だれだ牛乳に蓋つけたの!!!!!

 やってみて欲しい。
 形状的に、紙パックに取りつけられた薄いプラスチックのスクリューキャップを、片手の動作で開けることは無理だ。

 べったべたの手で、ギザギザのついたプラスチックのキャップをひねってみて欲しい。冷蔵庫のつるんとした把手のようには簡単に掃除できないことになる。

 しかし掃除しないとあとで怒られる。

 新開発のせいだ。
 およそ第二十七次程度気味の革新容器襲来だ。
 腐らない中身を開発する方向で精進していただきたい。容器を密封するとか、安直すぎる。やつあたりなのはわかっている。なんでこういうのを買ってくるかなと家族に言うのもお門違いなので、言ってはいない。

 正直言って、ゴミの分別にとっての悪夢だとか、どうでもいい。萌えの問題だ。癒やしの天使だったあの娘が真っ赤なルージュをひいてしまったという、そういうことだ。やめてええええええ、と叫びたい。そういうことを叫んでいるのですと主張します。

 私は、買わないことで変えないでを支持する。家族といえど強要はしないくらいの個人的な支持層だが、かまぼこは木の板に張り付いていてほしい。いくら安全で無害でもプラスチックの板やまして二重構造のチューブではSF映画の小道具みたいで料理して食べている自身の存在までもがフィクションに思えてくる。変えてはならないものがあるのだ。実在の重要な一部は風情に依存する。好きという気持ちに酔うことが好きを作るのである。言ってしまえば、つけていないように見えるルージュはあの娘の唇に塗ってあってもアリだというような脆さも含んだ主張ではあるのだが、これらの件に関して、ワレ圧倒的に保守であり、と記しておく。




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