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『メッセージ(Arrival)』の話。




 第71回カンヌ国際映画祭で是枝裕和が最高賞パルムドールを獲得したというニュースに触れて、そりゃあめでたいなあ、では過去作のことなどを思い出して書こうかなあ、と思い出してみたら五年前。

 第66回カンヌ国際映画祭でエキュメニカル賞を獲ったときに、すでに熱く監督のベストは『空気人形』だ!
 人間なんてみんな風船だ!
 オナホールだ!

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『空気人形』の話。

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 みたいなことをやっていたので、今回はただ、ずっと好きですおめでとうございます、とだけ綴って別の話題にしたい。

 映画熱が盛り上がったので、そんな話を。

 『空気人形』を語ったさらに五年ほど前、テレビで格闘技を観ているさなか、とある短編小説のことを想い出したという話を、ここでしたことがあった。

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『あなたの人生の物語』の話。

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 『あなたの人生の物語』は、テッド・チャン1998年発表の作品で、日本語で読めるようになったのも二十一世紀になってすぐのこと。テレビを観ていて感動したスポーツとその小説が結びついたということは、私のなかに『あなたの人生の物語』という短編の与えたものがきれいさっぱりは溶けきらず、濁った残りを私が無意識下であったにせよ読後ずっと「これはなんなのか」と考え続けていたということを指し示している。

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 あの短編を、いずれ映画化したいという方向性で、これほど長くこねくり回していたひとたちがいたのだということには、少々のおどろきをおぼえた。世に出て数年後に極東の言語にまで訳された小説だ。それだけ世界的に評価が高く、売れる見込みをもたれていたということだ。映画化するならば、とっととそうすれば動員数が見込めたはずだ。

 監督ドゥニ・ヴィルヌーヴが撮った映画化『あなたの人生の物語』は、日本でも昨年公開された。ちなみに監督は、そのあとに、かの名作の正統続編『ブレードランナー2049』を撮っている。

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 監督よりもむしろこちらのほうが私的には興味深い、脚本を担当したのがエリック・ハイセラー。

 昭和生まれのホラー映画好き方面では、二十一世紀に『エルム街の悪夢』を蘇らせた脚本書きとして名高い。

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(寄り道になるが、新生『エルム街の悪夢』の脚本はとてもよくできていると思う。オリジナルのおどろおどろしさが薄れているという声を聞くが、それはたぶん役者にとっても監督にとってもフレディがすでに個人的ヒーローな存在だったがゆえに神格さが宿ってしまったせいだろう。ホンのせいではない)

 そして本邦的には、『君の名は。』のハリウッド実写化脚本を担当する人物として、最近ニュースになっている。

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 なぜに監督よりも、脚本エリック・ハイセラーに興味が湧くのか。『あなたの人生の物語』と、その映画化『メッセージ』の両作に触れたかたならば、みなそうであるはずだ。

 そう、タイトルからして変えてしまった。ベストセラー小説の映画化を違うタイトルにするだなんて、大々的に東宝が金を出している『Your Name』では起きないはずの事態だ。しかしこの件に関してはたぶん、原作者テッド・チャンも、そうして欲しいと望んだのではなかろうか。

 原作小説の原題は、

『Story of Your Life』

 ほぼ邦訳もその通りに『あなたの人生の物語』。

 映画化において変えられた映画の原題は、

『arrival』

 『メッセージ』と邦訳してしまったのは意味を曖昧にしすぎてキャッチーさを減退させた愚策だが、いくつもの意味を含ませてあえて改変した映画原題を、そのまま日本語に持ってこられるような単語は、私も思いつくことはできない。ひねった長文になるくらいならば『メッセージ』も良いのか。ちなみにarrivalの意味としての日本語は「到着」「到着すること」「到着した者」「出生」「新生児」などが辞書にはあげられている。

 『あなたの人生の物語』は、ひとりの少女が生まれて死ぬまでと、その母親がエイリアンと触れあうことによって娘と、そして自分自身の人生を別の視点から見るようになるという短編だ。

 実に情緒的なテーマではあるが、エイリアンとの遭遇譚であるからには、超文明科学的な描写も多いサイエンス・フィクション。

 この映画を撮るのにこれだけの時間がかかった理由は、もしかしたら、そこにあるのかも知れない、と観ながら思った。

 多くの空想科学技術が、小説から映像化される過程で、変貌を遂げている。映像的なことでなにより違うのは、原作小説では「ルッキンググラス」と呼ばれる、エイリアン=ヘプタポッドの姿を映し出すはっきりと機械的な遠隔投影装置が、映画では実体なのか投影なのかさえ曖昧な仮想現実空間そのもののように描かれること。そこで出遭っている相手が、仮想でも現実でも大差ない、という感覚は、二十世紀末に生きる私たちにはなく、テッド・チャンの想像力も、現実と見紛う映像を投影する装置でヘプタポッドがコンタクトしてきたという設定にとどまっていた。

 登場するガジェットということでは、言語学者が活躍する必然上、二十世紀に夢のマシンだったがいまではだれもが使う電子携帯端末類の描写のほうこそ、いまこの映画がこうなった理由の大きなひとつではある。

 『あなたの人生の物語』で、言語学者の彼女は、ヘプタポッドの記述する文字を、最初は切り貼りしているが、習得しようと「紙に書き」そのうちに手書きできるようになる。そのことが、小説では非常に重要な転換点。彼女は、エイリアンの文字を手で書いて操ることができるようになったことで、エイリアンの思考方法にも近づいていく。

 一方の映画『メッセージ』では。

 彼女は、物語の最終段階になっても、手で文字を書かない。ヘプタポッドの描いた文字を取り込んだ、データ端末のタッチパネルに英語で入力すると、データを切り貼りしたヘプタポッド語の一文ができあがるシステムを使っている。

 だがしかし、映画の彼女も、小説の彼女と同じ気づきにたどり着く。

 あのころならば、このような小説と映画の差違は、観客に受け入れられなかった。どちらの感覚でも中途半端な時代で、キーボードで画面に打った文字に言霊が宿らないなどと考える人々はほぼいなくなっていたが、大多数の高校生が紙の便せんではなくソーシャルネットワーキングサービスを経由して愛の告白をおこなうようになるなどとは夢にも思っていなかった。

 二十一世紀の初頭にベストセラーとなった『あなたの人生の物語』の映画化権獲得競争は熾烈を極めたはずだ。そうこうしているうちに、現実世界の言語学者が液晶画面のついたモバイル端末を使うようになってしまったのだろう。

 ブログという言葉のなかったころからブログを書いているので、私はたびたび自分が興味のあることを検索して、他人の書く私の文章を読んでしまうことがある。たとえば『トミカ博』や『エヴァンゲリオン新幹線』という語句を来年あたりに検索すると、今月、私が書いたものの一部を切り貼りした他人のブログを読むことになる。

 あのころ、そういうブログはすべてを丸写しした広告料目当てだけの単に盗作と呼べるものだったが、現在は違うケースも多い。ネット上で公開されている文章そのものがフリー素材としてあつかわれ、彼ら彼女らは、まぎれもなく自分で足を運んだトミカ博や、自分で撮ったエヴァンゲリオン新幹線の写真に添えて、私の書いた文章の一部を使う。ちょうどいい言葉を先に書いているやつがいるので、それを使って彼ら彼女らの言葉を綴るのである。

 そういうものに触れたとき、私はその文章を「他人の書く私の文章」と感じる。現実には電脳空間上でのことだから、作業のほとんどはコピー&ペーストでおこなわれているにしても。ああこれはいまの気持ちに近いことを書いている、と思われる文章をあちこちから持ってきて、それらをつなぎあわせ、補完の文章だけをいくらか書く。ほぼコラージュだが、もともとコラージュというのは糊付けという意味で、既存の写真の部分を切り貼りして、新たな「自分の」作品とする行為のことだ。

 いま映画『メッセージ』で、片手で支えられる端末のタッチパッドに英語で入力してヘプタポッド語に自動翻訳するシステムをもってエイリアンと会話する彼女を、我々は「ヘプタポッド語を話せる」と見る。他民族と会話するのに紙の辞書をいちいちめくるだれかよりも、優秀な翻訳ソフトを駆使できるだれかのほうが、他民族の言語をうまく操れていると判断する。

 過去と未来の映像のコラージュ。それが『あなたの人生の物語』の、もっとも心を打つ構成の魔法だった。

 十年ほど前に私が、つぶやいたこと。

 ボクサー人生は多くの場合トップ選手でも二十代のなかばには終わる。それがわかっていながらなぜそこにすべてをかけるのか、というのが愚問なのはだれもが知っている。なにを得ようが、なにを愛そうが、抱きしめようが、永遠などなく、すぐ先には喪失しかない。しかしだからこそ、一瞬でも得て、愛し、抱きしめたならば、多くのひとは、いまわのきわに、生まれ変わっても、もういちどあの刹那のために同じ人生を歩む、と決意する。

 映画『メッセージ』では、だが、物語の主役であるはずの「あなた」……少女の人生の描写を大きく削り、原作小説よりもメロドラマ調な直球で泣ける設定に改変している。

 おそらくは、そのことによって映画化のタイトルも変えられた。そして、少女の人生の代わりに映画脚本で時間と存在感を与えられているのが、中国だ。

 『メッセージ』のエイリアンは人類をいきなり襲ったりはしないが、徹頭徹尾に凶悪なエイリアンと人類の闘いを描くシリーズの最新作『インデペンデンス・デイ:リサージェンス』でも、中国は台頭していた。

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 地球を救う司令官もパイロットも中国語を話す。娯楽映画なので、理由は推して知るべし。中国の映画興行収入は、いまやアメリカのそれを抜く勢いなのだから。中国でウケるように中国を描くこともだが、それ以前にまず全世界公開で皮算用しているハリウッド映画が、万が一にも中国政府の逆鱗に触れて公開中止の判を押されると、予算未達どころか赤字確定な末路となる。

 という意味では『メッセージ』。

 なかなかブッ込んできている。

 以下、映画独自な内容の微バレ。バレたところで感動の減る脚本の作りではないものの、いちおう映画を観ていなくて、なにも細かいことは知りたくないというひとはページを閉じてください。

(そもそも、そんなひとは、これをこんなところまで読んではいないでしょうが)

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 原作小説にまったくない描写だが、『メッセージ』では中国軍のトップが、ヘプタポッドを一方的に排除しようと全面戦争を仕掛けるために地球の危機となる。

 そしてまあ、ヘプタポッド語を操れるようになった言語学者が、娘の人生の話は横に置いておいて、ヘプタポッドの代わりに、その言葉と意志を中国軍武闘派シャン上将に伝達し、危機は回避されるのである。

 エイリアンといかに相互理解して地球人がさらなる精神の高みに到達するかというのが物語のキモだし、すでに『メッセージ』は中国でも公開されているから、もちろん中国軍が最終的には人類を救う(そもそもエイリアンにケンカを仕掛けて危機を作ったのも彼らではあるのだが)。

 そして驚いたことに、脚本エリック・ハイセラーの魔法。

 死にゆく我が娘の人生という題材を縮小して、地球人類の危機を物語の前面に推した結果、我々に気づきを与える。

 原作小説に、忘れがたいこんな一節がある。

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 わたしたちは台所用品のコーナーを通りぬけていった。わたしの視線がそこの棚をあちこちと──ペパーミル、ガーリックプレス、サラダトングと──さまよい、最後に木のサラダボウルのところでとまった。
 あなたは三歳のとき、キッチンのカウンターにある布巾をひっぱって、そのサラダボウルを自分の頭の上におっことしてしまうでしょう。


テッド・チャン 『あなたの人生の物語』

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 だから「わたし」は、そのサラダボウルを買う。
 「あなた」が緊急治療室で頭を何針も縫うことになる原因を。

 映画『メッセージ』の脚本で、このエピソードは切られている。木のサラダボウルよりも、肌感覚で伝わる「いま」が、あるからだ。

 「わたし」は、武力を持つ。
 それを有する隣人も許容する。
 いつか「あなた」を含むだれもの頭に落ちて大ケガどころか……

 それでも。
 と、考えたとき。
 現実の私にはいない三歳の娘を想って胸を詰まらせながら、私も、もちろんその木のボウルに手をのばすと思うように。シャン上将と笑顔で握手を交わし、売らなくていい相手に宇宙戦争を売りかけたニアミスを許容している自分を思って。

 自分がここにいることが、まず奇跡なのだと、大きく息を吐く。

 『あなたの人生の物語』を読んだときと、同じに。

 わかったうえで原作を改編し、この映画を成した彼らにディープキスがしたい。奥歯の裏側まで舐めたい。愛しくてならない。戦争モノに変えてしまったのにだ。

 この時代、このバランスに投下された、ああこれをあの国でも観て許容されているのか、という意外な感じも含め、宇宙規模のラブストーリーに仕上がっていて、震えがくる。ふつう変えないだろう、あの傑作原作を。ぜひ観ていただきたい。観ていないひとはページを閉じてくれと書いた先で、こんなシメもアレですが。

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 確かに、カタカナで『アライバル』と書くと、チャーリー・シーンからはじまる宇宙人が侵略してくる映画シリーズを連想してしまう昭和生まれのB級ホラー好きです。そんな私でも、小説では二体のヘプタポッドをフラッパーとラズベリーと呼んでいるのを、映画ではアボットとコステロにしたのは、どうかと思う。ヒロインは笑っていたから、あっちでは超有名なのだろうが。私は映画『メッセージ』を観終わったあとで検索をかけてはじめて、そのふたりが伝説のコメディアンであることを知りました。1950年代に活躍って。再放送が繰り返されていたにしても、ヒロインの年齢的に無理がある気がする……はっ。それも時間軸をブレさせる脚本魔法の一環なのかも……などなどと、あちこち深読みしたくなる。

(本当に蛇足になるが、2017年の第90回アカデミー賞で『メッセージ』は脚色賞にノミネートするも、受賞したのはジェームズ・アイヴォリー『君の名前で僕を呼んで』だった。原題『Call Me by Your Name』。私は学生時代にアンディ・ウォーホルについて論文を書いたことがあるので、ジェームズ・アイヴォリーの名は年表で知っていた。最先端ジャパニメーションラブストーリー『Your Name』を脚色中の売れっ子エリック・ハイセラーが宇宙規模の崇高なるラブストーリー『メッセージ』を仕上げてきたのに、かつてはややこしい設定の映画を量産していたいまや90歳にならんとするモノ書きが、24歳の青年に恋してしまう17歳の少年の美しさを描ききってアカデミー賞を奪い獲ったのである。熟すことで描けるようになる恋の機微もあるのだなあ、たゆまず精進しないとなあ、と、これも映画『メッセージ』にまつわる、私の得た悦ばしいことだった)

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