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『宇宙探査艦オーヴィル』のこと。




 十代でハマって二次創作映画を撮り、テレビ業界に入ってからついに本物の『スタートレック:エンタープライズ』に出演。アニメで毒を吐いたセンスをもって映画界に殴りこみ、洗練されゆく地上の流儀に反抗するかのように下品なテディベアのコメディを撮った。

 アニメを編んでいたころからスタートレックのネタは多く、公式の新作を撮りたいとも公言していたセス・トレッキー・ウッドベリー・テッド・マクファーレンが、実写宇宙艦隊ドラマを監督・脚本・主演と聞いて、頭を抱えてうめいたトレッキーは多いはずだ。私はそうだった。彼がスタートレックをパロディする気なのは間違いないうえに、あえて愛くるしいぬいぐるみを汚す『テッド』の脚本作風からして、彼は少年時代から愛してやまないスタートレックにも容赦はないはずだ。やつはチャンスを逃さず己の毒と偏見をネタにして名を成した男なのだから。

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 そうして制作された『宇宙探査艦オーヴィル』の、本邦での放送が始まった。観た。初回から人類の感覚でいうと奇っ怪な色と形をした宇宙人とベッドインして離婚した妻が主演艦長セス・マクファーレンのもとへ戻ってきて副艦長に就任するという、本家スタートレックでは描かれるはずもないコメディ・シチュエーションなのだが……

 別に酔ってカーペットの上にウンコをしたりはしないし、下ネタが盛り込まれているにしても、おねーちゃんならだれでもというようなテディベアは出てこない。苦笑しながら観てしまう抑制のきいたニュアンスで。それよりもなによりも、画面に見入ってしまって、時間の経つのが早い。純白の宇宙船内、ビビッドな衣装、妻の浮気相手もそうだが、やり過ぎな感もある人類からかけ離れた宇宙人クルーの外観。そして音楽がもう……

 現行のスタートレックシリーズは、スタイリッシュなアクション映画であるうえに、私などにとってはアントン・イェルチンの姿を観るたびに天を見上げてしまうやりきれなさも加わって、ニヤニヤ笑いながら観るたぐいの作品ではなくなってしまった。

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『ヴァーチャルリアリティ元年の夢精』の話。

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 ネット配信されている『スタートレック:ディスカバリー』は、制作段階で現代の視聴者に受け入れてもらうために過去のスタートレック・ルールを廃止すると謳った。ルールとは、メインキャラクター同士で争わないこと。つまりそれを廃すれば、宇宙艦隊の隊員同士が愛憎劇をくり広げられる。



 病院や刑事で多いパターンだが、あらゆる職場で内部対立しては最終的にデレるというカタルシスの造成法は、アメリカンテレビドラマとジャパニーズボーイズラブのお家芸と言っていい。

 そこで『宇宙探査艦オーヴィル』。艦長と副艦長が離婚した夫婦だ。でも艦内は和気あいあいである。憎まれ口は叩いても、本気でフェイザーガンを突きつけるような対立は生まれない(もちろん別れた妻の浮気相手だった青い液体を吹き上げる異星人がボコられたりする場面も出てこない)。過去のスタートレック・ルールに忠実である。二十一世紀において、そのルールを遵守して制作されるスタートレックは存在しないので、あろうことか『宇宙探査艦オーヴィル』は、徹頭徹尾そのルールを守ることによって現行スタートレックシリーズをおちょくったパロディ作品でありながら、旧スタートレック・テレビシリーズのニュアンスを完コピした立ち位置となっているのだった。これに似ている件を私はひとつ知っている。アニメ『ルパン三世』の主役を演じる声優が亡くなったとき、その物マネ芸を売りにしていた芸人が呼ばれ、現行の二十一世紀ルパン三世は、すべて彼が演じているのである。スタートレックの二次創作をしていた少年が映画監督になって、スタートレックは死んだと嘆く老害たちのために『宇宙探査艦オーヴィル』を自己の欲求を満たすためもあって制作した結果、一定の評価を得たというのは、本人が公言していたようにアニメであれなんであれ公式のスタートレック・シリーズの監督をするよりもずっとよかった。

 もしも『宇宙探査艦オーヴィル』が公式スタートレック史のうえで描かれていたのならば、できなかった別のルールの破りかたが、そこではくり広げられている。

 第三話『ある少女について』が、最初のインパクトだった。

 艦長が西部劇のホログラムで遊んでいるというのがいかにもスタートレック。そこへ、ゲームを中断させる無礼を承知で、乗組員のボータスが乗り込んでくる。

 船医が、生まれたばかりの自分の娘を男へ性転換してくれないと怒って艦長へと陳情に来たのであった。ああまったく掴みはOKとはこのことだ。かつてのスタートレックを想い出す。実質45分ほどの番組(うち10分は壮大な音楽を流すのに使われる)で、冒頭でいかに強いパンチを放つかは実に重要になる。

 地球人だって子供が成長して治療を望むよりも前に、生まれてすぐあきらかな障害は治せるものならば治すでしょう。そう言う彼に、艦長は言う。

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 おい ふざけてるのか
 女性に生まれることは
 障害じゃない
 健康に害もない
 女性器のせいで
 舌足らずにはならない


『宇宙探査艦オーヴィル』

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 画面では艦長が「プッ、」まで言いかけて言い直すのを、日本語字幕はへったくれもなく女性器などと書いてしまっているという点はさておき、なんにせよスタートレックを何十年も観てきているが聞いたことのないたぐいの会話だ。監督・脚本が人種の違いを笑いにするのは差別ではないという考えかたなので、本家ではタブー視されるところにガンガン突っこんでくる。

 そしてもちろん、ボータスは食い下がる。

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 私の星では障害と見なされる
 女がいませんから
 地球人の常識で考えるのは
 不公平です


『宇宙探査艦オーヴィル』

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 ……食い下がるのだが。
 なんだそのセリフ。
 なんて速いパンチ。

 そう、ボータスの星には「女はいない」のだ。

 ボータスはスタートレックのクリンゴン的外見で、パートナーも同じような外見なので性別はわかりづらい。当たり前にベッドシーンが描かれて、当たり前にオーヴィルで生まれた子だと紹介されたから、てっきりボータスのお相手は女なのだと思っていたら、違うのだった。

 ボータスのパートナーは「男」なのだ。これは、男カップルのあいだに生まれた女の子の話なのである。……絶対にスタートレックではネタにしないが、逆に言うと、トレッキーはあの言葉を思い出す。

「スタートレックで描かれたことは遅れて現実になる」

 物体転送装置こそまだ実現していないものの、ウェアラブルスマートフォンは実現したし、遮蔽装置やレプリケーターは完成を目前としている。

 二十一世紀の現実において、マウス実験ではすでに卵子を使わずに次世代を創造することには成功している。

 しかし『宇宙探査艦オーヴィル』の場合、どうも高度不妊治療的な人為操作がおこなわれた様子はなく、ボータスとお相手は自然妊娠の果ての分娩のようだ。この視点は、二十世紀のスタートレックにはない。クリンゴンは好戦的な種族で、セックスも互いに傷だらけになるような行為なのだけれど、クリンゴンに恋した異星人の女性がいたとして、問題になるのはそこだけだ。暴力的なセックスに順応できるのならば、スタートレック世界ではクリンゴンと他種族だって肉体的に交われる。だが、ボータスは。

 なにか違う仕組みなのだろう。そこは描かれない。というかこれは『テッド』でテディベアに命が宿ってしまったという根幹のところを完全にスルーして描かないのと同様な、重ね重ねもコメディの手法なのである。

 男同士で妊娠して卵を産んだ。彼らは地球人ではないので、地球人の常識で語るな。それだけ。

 本家がタブーとするところを描くのも確かにパロディの王道手法で、『宇宙探査艦オーヴィル』は、そこを確信犯的に主題に据えてしまった。スタートレックでは問題提起のしようもなかった男×男=少女の問題について、クルーたちがしかめっつらで論議する。

 男か女かわからない異星人と浮気した副艦長は親に勝手に男にされたら怒ると言う。艦長は、アメリカンジョークを放つ。

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 でも僕は結婚せずに
 済んだかも


『宇宙探査艦オーヴィル』

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 妻が男にされていたら結婚しなかったから離婚もしなかったと艦長がコメディぽいことを言ういっぽう、クルーの中には工場生産された機械種族もいて、性別のない彼(?)には問題がなぜ問題なのかもわかっていない。

 意外に、ありえるわけのない問題でもつっこんで議論すると深まって、おもしろかったりする……って!

 いやありえないし!

 なにがって、地球人とは種族が違って別の仕組みで生まれるにしたって、ボータスの生まれた星には女がいない。女がいなくて男同士で繁殖する種族では、どう間違っても女の子が生まれるはずはない。私たちは地球人だから、間違うという表現に納得してしまいそうになるが、女という概念さえも存在しない種族において、その種族における男の定義がペニスのあるかないかに寄るのかはまた別の問題にしても、そういう意味でペニスのない子供が生まれたとして、それは地球人におけるなんらかの奇形であるという表現はあっても「女の子」などと呼べるわけがない。

 コケの世界でキリンが生まれたみたいなものだ。

 コケに知性があったとして、キリンが生まれたと騒ぐはずもなく、知識としてキリンのことを知っていたとしても、もしも本当にコケの世界でキリンが生まれたのだとしたら、それは絶対にキリンが関与している。

 女のいない世界で、女抜きで、女が生まれるというプロット自体が無茶だ。

 ……なのだが。
 物語の後半、『宇宙探査艦オーヴィル』は、そこに合理的な理由づけを提示して、そのうえ裁判まではじまって、判決が出て決着までする。

 完全に一話完結。
 第二話でボータスカップル卵出産の描写は出てくるが、それは前回の話には関係のない、来週への予告のようなかたちでである。観ようによっては、次回予告まで本編に入れてしまうくらいの完全無欠な一話完結だ。二十一世紀のネット配信スタートレックが一話で完結しないのと対照的なスタイルだし、二十世紀末期の旧スタートレックが一話完結のフリをしてだらだら続く重い話を始めたことで視聴率を落としたことに対するトレッキーからのアイロニーでもあろう。ありえない話をありうるかのように描いて決着までさせる45分(うち10分は壮大な音楽)。

 それを続けることに、本家でさえ疲弊して倒れた。それをいまやる。この力強さ。さらに書いておきたいのは、スタートレックが地球以外の星々への内政干渉はしないと言いながらたびたび首をつっこみ、これは正義なのだからと視聴者を納得させるという二十世紀の現実政治の模倣を得意としていたのと違って『宇宙探査艦オーヴィル』は、アメリカ人気質丸出しの艦長がうだうだ言ったところで、地球人の常識だの正義だのが、まったく異星人には通用しないという物語の紡ぎかたをしている点。

 宇宙探査艦、というのは邦題だ。原題はただ『The Orville』なのだが、あえて宇宙探査とつけたのは正解だった気がする。二十世紀のスタートレックでは、番組冒頭に毎回こう言っていた。

「宇宙、それは人類にとって最後の開拓地。そこには想像を絶する新しい文明、新しい生命が待ち受けている」

 などと言いつつ、あの星は地球のあの国のようで、あの異星人は、あの国民の気質の丸写し。で、宇宙艦隊はこう解決する! と声高らかにやっていたのだったが。相手を尊重しているふうでいて、つまりそれって地球のやりかたを持ちこんで染め上げちゃっているだけじゃない、という結末も多かった。

 それを、スタートレックの模倣のはずのオーヴィルでは本当に「探査」に徹している。想像を絶する新しい文明に触れて、いやあすげえなあ、と言ってオーヴィルに戻る。釈然としないでプンスカ怒っているひとたちもいるが、他種族を勝手に覗いてプンスカするほうが失礼だと観ていて納得できる。

 コメディでパロディだから説明不要という武器を持っているため、宇宙探査艦オーヴィルがどこに向かってなにを探査してどういう外交活動をおこなうのかは、まるで語られない。毎週、あいかわらずの宇宙で、次の話。一話とばしてもついていけるし、なんなら前後を入れ替えてもまったく問題ない。

 十代のころ、実家のリビングでスタートレックを観ていたら、それがなんであるのかも知らず予備知識も持たない母が、なんとなく同じ部屋にいて観始めて、釘付けになって、文字通り笑ったり泣いたりしたことを思い出す。

 当たり外れの回があるが、含めて、観きれないほどの一話完結なスタートレック物語が目の前にあること、それ自体が想像を絶する新しい文明、新しい生命が待ち受けているという明日も生きていけることの意味だった。

 『宇宙探査艦オーヴィル』はスタートレックのよくできたパロディである。だがしかし、同時に本家の変質してしまったいま、あなたに勧めることのできる、かつて私の大好きだった宇宙探査SFテレビドラマの唯一の後継番組かもしれない。

 スゴく好き。

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宇宙探査艦オーヴィル|FOXスポーツ&エンターテイメント|FOX ネットワークス

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 というか毎回うなりながら観ている。
 なんやかやのサジ加減が上手いのです。



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