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『とかげのあいしかた』の話。



「カロテス伯爵が血のしたたる肉を食されたっ!!」

 あんまりにも私が悦んでいたので、閉店間際で手の空いたレジ・サッカー(袋詰め担当)の彼女がてけてけと走ってきて、私の凝視する水槽のなかをのぞき込んで悲鳴をあげた。
 本当にあげた。

 ことのはじまりは、魚を入れても入れてもことごとく死ぬという、呪いの水槽。
 バクテリアなんだか伝染病なんだか、それともペット売り場のものすごく良い場所にある巨大水槽なので、子供が寄ってきてはガラスを叩いて実現しないスキンシップを願うのがストレスになるのか。ともかく、その水槽には、もう仕入れた魚は入れられないだろうという結論に達し、しかし一等地。どうする、とみんなで顔を見合わせたとき、私を含めた数人が、目と目を合わせて異口同音に、言ったのでした。

「爬虫類、売りましょうよ」

 ペットを取り仕切る担当者が女性で、もともとトリマー出身の人なので犬猫には強いものの、カブトムシはがんばれるが、スズムシはちょっとイヤで、蛇とかげの類なんて見るのもダメという人で。でもうちの店ではカメは扱っていたから、業者から爬虫類の原価リストなんかは届いていて、私を含めた「熱帯魚とか犬猫とかまるで興味ないけれど、トカゲやヘビなら飼ってみたいよね。うちは昼間だれもいないから飼えないけどさ」という者たちは、虎視眈々とこの機会を狙っていたのでした。まったくもって、そんなやつらのだれかが、毒を盛って呪いの水槽を生み出したのではないかと疑うほどに、私たちは本気だった。

 しぶる彼女に、ねだる。

「世話はするから、コオロギも育てるから」

 そう……肉食のトカゲを飼うとなれば、一般家庭ではその辺りのことがネックになる。トカゲの子供たちは、虫しか食べない。ということは、トカゲを飼うということは、すなわちもうひとつの小さな水槽で数百匹のコオロギを無限増殖させるという飼育も行うことになるのである。そのうえ、砂漠に棲む彼らは、一日中、ライトを必要とする。日がな一日、日陰に身を潜めているくせに、降り注ぐ熱射がなければ体調を崩すのだ……熱いライトをつけたまま、家を留守にするのは、独り暮らしや、共働きの、昼間は自宅にだれもいなくなる家では難しい。
 せいぜい、窓のすだれを這っている、小さなアマガエルを見つけて嬉しくなるくらいが精一杯の日常よ。

「あたしは触らないからね」

 彼女も、鼻息荒い私たちに、ついに折れた。
 かくして、職場でトカゲ飼育という優雅な毎日をボクらは手に入れたのだった。

 ヒョウモンイエトカゲモドキ (6800円)
 フトアゴヒゲトカゲ (14500円)
 イロカエカロテス (3800円)
 イエアメガエル (2380円)
 クランウェルツノガエル (3800円)
 ロシアリクガメ (7800円)

 調子に乗って、空いていたいくつかの水槽にもカエルを入れた。
 ぬめっとしたのから、かさかさっとしたのまで。
 私の好みとしてはアメガエルの鮮やかなグリーンの濡れた肌にたまらないものを感じるのだが、やはり砂漠のトカゲたちのワイルドさは、エサをやると楽しい。仕入れて半月ほどで売れていってしまったが、リクガメなんてのは専用のドッグフードみたいなエサを皿に盛ってやるだけなので、ちっとも楽しくない。やっぱ肉食爬虫類の野生が美しいのである。

 二ヶ月ほど飼育して、彼らのカラダも大きくなってきたころ、次のステップに移った。
 昆虫から肉へとエサを移行するのだ。
 ベビーフードであったコオロギを卒業。
 大人の悦楽を彼らに教える日が来たわけだ。

 冷凍ピンクマウス (10匹入り 800円)

 ちなみにピンクマウスとは、いわゆる医療実験などに使われるマウスの生まれたばかりの目も開いていないピンクな赤ん坊を、冷凍したものである。ウシガエルなどの巨大爬虫類ならば、大人のネズミも食べるので、マウスをコオロギ同様に繁殖させても良いのだが、ボクらの大好き小さなトカゲたちは大きくなっても手のひらをはみ出す程度なので、ピンクマウスが生涯の主食となる。
 それにしても、小指の先ほどのマウスが一匹100円ほどだという値段設定は「スーパーで上等な鶏肉が山ほど買えるじゃないか」という気持ちになりそうだが、そこはそれ。ピンクマウスの利点とは、赤ん坊とはいえ、イッコの生物のまるまるぜんぶの屍体だというところにある。ピンクマウスを、彼らの口にはいるように、カッターナイフで斬りわけ、じんわりと解凍してみればよくわかる。ぬばりけのある、白いものや黒いものや、透明なものが、したたるようにこぼれ出す。脂肪、そして内臓。その他あらゆる体液。スーパーで買ってきた上質の鶏ささみでは、喰っても口のまわりが汚れない。それはすなわち、野生から遠いということなのだ。
 ピンクマウスでは、まだ骨が発達していないため、足りないカルシウムを、こういうもので補ったりもする。

 ピンセットでつまんだ内臓がはみ出す輪切りマウスの赤ん坊に、白い粉をまぶし、彼らの目の前で揺らす。
 彼らは、いったいなんだと思っているのだろう。
 いや、実際の野生を知らない彼らは、自然に跳ねまわっているネズミの赤ん坊を獲ったことなどないのだから、私のつまんで差し出しまるで生きているように踊らせるその肉片は、彼らにとっては、ただそういうものなのだろう。嬉しい。彼らの世界に、私は当たり前の一部であり、私の差し出すピンクマウスを追いかけて食らいつく、彼らにとって、世界はそういうものなのだ。

 夏が来て、死んだ金魚などもフトアゴヒゲトカゲやイエアメガエルがひと呑みにするほど育ち、水槽を覗いていくお客様も「ピンクマウスだけでもう大丈夫ですか」と訊ねるようになったころ(当たり前だが、冷凍庫にピンクマウスを常備しておけば良いという大人の状態になれば、コオロギは育てなくていいので、彼らを狙っているお客様は、毎週やってきては育ち具合を確かめていく。一日おきに100円のピンクマウスを喰わせるとして、月に1500円ほど。ペットショップで良い具合の大人に育つまで面倒見させるのが、賢い買いかただ。もちろん、愛が高じるとほかの客に買われてしまうことを想像して、いてもたってもいられなくなり、もう買って帰るっという状態になってしまうお客様も多い。愛とはやっかいなものさ)。

 私たちは、イロカエカロテスのことを「伯爵」と呼び始めた。

 その高貴なるたたずまいに反し、彼は幼い。
 巨大水槽の真ん中を金網で区切ってあるのだが、伯爵は、金網越しに隣人が私にピンクマウスをもらっているのを目ざとく見つけては、駆けよって金網に鼻頭をこすりつける。見るからに空腹なのである。そのうち、隣人までもがエサに見えてきたのか、一日中金網に体当たりするようになって、唇が削れ、紅い肉が見えるまでになった。自分が売り物であるという自覚のない伯爵なのだ。己の顔が削れるほど、毎日腹が減っている。

 それなのに、だ。
 輪切りのピンクマウスをやっても、伯爵は口にしない。
 目の前にあり、唇に触れている肉でさえ、顔をお背けになられるのである。
 伯爵は、コオロギは喜んで喰う。
 しかし、わかりきったことなのに、伯爵はその高貴さゆえに気がつかない。

 彼はもう、水槽のなかで育ち、大人になってしまっている。
 ベビーフードはあっさりとした淡泊な味だが、彼の野生はもうそんな虫ごときを何匹食べてもすぐに欲してしまう。
 彼はわからないのだ。
 まるで、あの伯爵のようである。

onmoraki

 美しいが、怖いことだ。
 完全に閉ざされた世界で、歪んだ自己完結。
 しかし、それでは動物として満たされない。
 花嫁が死ねば子は生まれぬし、虫だけ食べて生きられる肉食獣はいない。
 伯爵は、喰わねばならないのに。
 彼自身、なにがうまくないのかわからず、もどかしさが金網に自身をこすりつける自傷行為につながるのだろう。

 喰えよ、と。
 願ったのだ。
 コオロギの量を減らし、空腹にさせ、小さく切った肉片を与える。
 一度喰ってしまえば、わかるはず。
 その脂肪や、内蔵や、血の匂いは、お前が当たり前だと思っている乾いた虫の味からは遠く離れたありえないもののように感じられているのかも知れないけれど。そっちが本当なのだよ。お前は、他人の血で唇を濡らして生きる動物なのだ。受け入れるんだ……伯爵。

 顔を背ける彼に、歯がみする。
 そんな日々が続いていた。

 だから、昨日。
 てけてけと走ってきた彼女が、じっくり見たことのなかったらしい伯爵の姿をのぞき込み、その彼が、内蔵のはみ出したマウスの赤ん坊の下半身を口にくわえて、傷ついた唇から白い脚と尻尾をのぞかせているのを見て、悲鳴をあげたときも、私はエールを送り続けていた。

「飲みこめっ。うまいだろうっ!?」

 伯爵は、生まれて初めて、ほ乳類の下半身を飲み込もうとしていた。
 戸惑っているが、吐き出す気配はない。
 ただ、わからないのだ。
 はじめてだから。

 やがて、伯爵は肉を腹に収めた。
 きっと、消化には丸一日を要し、明日は熱いライトの下で身動きせずに過ごすだろう。他人の血肉が、自らのそれになってゆくのを全身で感じながら。変わりゆく自分に納得するだろう。そして満たされ、金網で自らを傷つけることもなくなる。

 私は、嬉しかった。
 駆け戻っていった彼女が、レジのコに気持ち悪いものを見たと報告している様子なのを感じても、笑みが止まらなかった。うわあネズミ食べてるトカゲ見て笑っているよヨシノギさん、と思われても仕方ない。イキモノが、そのイキモノとしての自分に気づいた瞬間に、見る者は笑んでしまうものだ。はじめて寝返りをうった、はじめてママと呼んでくれた、はじめてネズミの下半身を食べてくれた。血と脂肪で顔中をギラギラさせている伯爵に。
 笑まずにいられるか。

 この数ヶ月で、気づいたことがある。
 トカゲには表情がない。
 しかし、野生の肉食獣。
 とても貪欲に生きていながら、静かに辺りを見回している。
 このアンバランスさが、私は好きなんだ。

 クールに見えて実は情熱的。
 イキモノとしての理想だと、思う。
 わたしはトカゲになりたい。
 静かに見つめて。
 その心のうちですでに。
 絶えず、燃えたぎっているような。

frog

(余談だが「とかげ」の名を冠するサイト名で五年ほどやってきて、最近ではログをみると「とかげの」なになにというのをググって当サイトにやってこられる方が増えておりました。それなのに、一度たりとも実際のトカゲの話なんてしたことのない内容なので、心苦しく思っていたのです。これでやっと、雑談だけれどトカゲの話が置いておけることになって、それも嬉しい)



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  ペットあれこれ  2007/07/30 16:41
スズムシスズムシ(鈴虫)は、コオロギ科の昆虫類|昆虫。古くはマツムシとも言った。草の茂った地面に住み、主に夜に活動する。その為、触角が非常に長い。触角は黒く、一部が白い。成虫は夏に出現し、ススキなどの多い茂みに生息する。昼間は地表に隠れ、夜に下草の間で鳴