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『ザ・グレート・カブキ引退の極論』の話。



ChristmasMaskedRider

サンタクロースが持ってきた。
仮面ライダー詰め合わせのソフビ部門四体。
右から順に、
仮面ライダー
2009年『ダブル』
2014年『ドライブ』
2017年『ビルド』
2005年『ヒビキ』
車好きなので、ボディにタイヤの嵌まったドライブはもちろん好き。
二歳と六ヶ月。
だったら四体選ぶなら、
2014~2017年が妥当では?
ちなみに、
2015年『ゴースト』
2016年『エグゼイド』
オバケにテレビゲームが主題。
彼は嫌いではないし、私も嫌いではない。
サンタクロースが避けたのだ。
事前情報を得た私は、彼にビデオを摂取させた。
響鬼(ヒビキ)など十二年前。
特撮も、なかなかに発展途上。
そのうえ、重要なお知らせ。
響鬼は「変身!」を言わない。
仮面ライダーなのに。
前のめりになった二歳児が、
「あ、あれ、言わない……」
と変身シーンで戸惑う。
異端である。そして異形だ。両手の太鼓のバチが武器。
……つい先日……
プロレスラーのザ・グレート・カブキが引退。
その様子を彼と観た。
カブキの代名詞、ヌンチャクがリングに置かれ、客の投げる紙吹雪に埋まる。
私はむろん、彼も凝視していた。
異景だったのだろう。
カブキは、かつて言った。
「期待に応えるだけでなく、ときには裏切ることで、客を前のめりにさせる」
様式美の伝統世界に在り、壊さず間をはずして魅せる。
東洋の神秘と呼ばれた。
声をあわせて、
「変身!」
と叫ぶ用意をする、
彼を裏切って前のめりにさせた響鬼を、あらためて眺めて。
冒頭からチャンドラー推しだったダブルもそうだったなと。
違う風景だったなと。
だからおぼえていて、サンタクロースは選ばずにいられなかったのだなと納得する。
好ましい四ショットだと思う。
まあ、もちろん、彼は、ドライブとビルドに夢中ですが。
私が欲しかった。
なんでわかったの?
ありがとうサンタさん。
来年も行儀よく生きます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ウルトラマンもスーパー戦隊シリーズも、宇宙刑事シリーズだってかかさず観ていた幼い私は、テレビが三チャンネルしか入らない広島の山奥の農家の娘によって育てられていたので、彼女が兵庫県という多チャンネル都会に嫁いできてブティック勤めなどしていた関係上、鍵っ子だったし家でも放っておかれたがゆえにまんべんなく観られるものはすべて観るという満漢全席食べ放題メニューをむさぼった結果として、仮面ライダーに偏った。

 なにがいいとかいけないとか、お母さんはなにが好きとか嫌いとか、そういうフィルターがまったくなく(唯一、タツノコプロのアニメを「色がきれい」と母がしきりに褒めていたのはよくおぼえているのでなんらかの影響は受けたかもしれない)、父は企業戦士でそもそも私が起きている時間に帰ってくることがなかったから、そちらからの影響もなく、ただ気に入ったものを気に入っただけのことだった。

 しかし、そういう流れであったために、私はライダーベルトも仮面ライダーのソフトビニール人形も買ってもらった記憶がない。実家に残っているのも、ひとまわり歳の離れた弟のものばかりだ。なぜなら、弟がオモチャを買ってもらう現場で、私が「この変形するヒーローの武器がカッコいいやん」などとささやいていたからだ。自分は放置されてテレビで観ることしかできなかった。誕生日などでプレゼントを買ってもらえることになっても、母も父も仮面ライダーのことを知らないのだから、ねだりにくい。子供は子供心に、なにか買ってもらうなら、買ってくれたひとにも笑顔になってもらいたいもので、結果として私はレゴブロックをことあるごとにねだっていた。ライダーベルトだって欲しかったが、言い出せなかった。その想いを、弟に託したのである。

 しかし残念なことに、弟はヲタク気質から、かけ離れた男に育ってしまった。歳の離れた兄がいると遊びも上にひっぱられて、かまってもらえるものだから一人遊びをする暇がない。

 弟にも息子がいて、うちのより上なのだが、きかんしゃトーマスに夢中で、仮面ライダーにはまったく興味がないようだ。というか現代は日本全国多チャンネル極まっているから両親にヲタ気質がないと、順当にディズニーかアンパンマンで映画デビューをしたりするものなのだろう。

 一方うちの子。

 二歳にして平成ライダーを暗唱できるまでになった。そりゃもうあれだけ観ればおぼえないほうが嘘だろうというくらい観ているし、多くの場合、父か母が隣でモブキャラに至るまで詳細に解説して聞かせている英才教育ぶりなのだから。

 そのうえ偶像を買い与える。誕生日は本人に選ばせるにしても、クリスマスは仕方ないという言い訳がきく。なにせサンタのおっちゃんが選ぶのであって、ならば仮面ライダー詰め合わせが届いても、まったく合理的なことだ。

 その時間にはたいてい保育園にいるので、彼は、私の録画したものしか摂取しない。ウルトラマンは録っていない。映画は何本か観たから、ウルトラマンやスパイダーマンを知ってはいるけれど、大阪梅田のウルトラマンショップに行ったときも、やっぱり食いつきは悪かった。ピカチュウも観ていないから、彼のなかではマクドナルドのハッピーセットでもらったプラスチックのピカチュウ水鉄砲がイコールピカチュウである。お風呂に置いてあって、毎日のようにピカチュウピカチュウと言ってはいるが、水鉄砲をそう呼んでいるということのようである(それはそれで問題ではある)。仮面ライダーとスーパー戦隊を録って観せているから、ものすごく男らしい好みのようだけれど、単に私がそのあとのプリキュアも録って観せれば、それにだって熱狂してドレスが欲しいと言い出すのかもしれない。

 自分でやっていて、怖くなる。
 ついさっきいま、英才教育と冗談で書いたけれど、これが、先の尖った教義であったり、なまめかし気味な本尊であったりした場合、二歳にして完璧なカルト信者ができあがってしまうということである。

 私の両親は、ふたりともテレビを観ない十代を送っていた。妻の実家は花屋で、彼女は朝ごはんを喫茶店で食べていたような、私に輪をかけての鍵っ子だ。ともに両親が忙しくしていたがゆえに放置という名の自由のなかで育ち、そのまま育ってしまったがために、どうにも内面が偏っている。

 並べてみて、気付く。

 ダブルと響鬼は、敵が地球だ。地球という生命体が、人間というものを排除したり進化させたりするのを、人間が人間として迎え撃つ。

 ドライブの敵はインターネット網が生み出したデータ生命体。ビルドの敵にいたっては、完全に同じ人類である。

 地球にとっては異物であるヒトが大いなる地球と戦うというのは見方によってはひどく傲慢な話だし、人類の編んだネット網から生まれてしまった生命体をヒトではないからと警察官が倒すというドライブもひどい話だし、最新作ビルドは、島国が超自然的な力で分断され、それぞれが兵器としての仮面ライダーを北や南に攻め入らせるという今朝の新聞で現実にも読んだような戦争状態を描いている。「倒すためでなく守るためだ」と言う1号に「戦うのは同じだ」と吠え返す2号。その敵となるのも仮面ライダーで、彼は戦禍で食えず人体実験の材料に自身を提供した。控えめに言って地獄だ。

 ざっくりまとめると、ヒトが生んだ歪みから生まれたものを敵と認識し倒してヒトが生き延びる、という物語に私はグッときている。

 絶対悪ではない敵を倒すのを正義と呼べる。

 これはもう、思想、宗教の類であろう。生きるために倒すのは仕方ない、鶏の首を絞めて殺して食うのと同じように。倒さなければ倒されるのだ。だから仕方ない。

 仕方ない、と事実、私は思う。

 移民の国にして地上最大の自由の国のはずだった某超大国が、右と左にぱっつん別れてやんやと揉めている。頭に羽根を飾っていたひとたちの土地に帽子をかぶったひとたちがやってきてタトゥを入れたひとたちやときにはちょんまげなんかもやってきて男も女も白も黒もとヒトの種類が増えて、結果、自由の国が形成されたはずが、いまになって紅組白組運動会のような極端と極端の集団同士が対立する図式にあふれている。

 その国の、二大政党政治の図式に憧れ目指した日本では、しかしそれがどうも失敗だったと少し前までは言われていた。巨大与党に対する巨大野党を誕生させないと紅白大運動会にならないのに、野党が細かな部分まで思想が合致しないと個人同士でケンカするものだからまったく二大政党制なんて夢。細かなこだわりを己のすべてであり一寸たりとも曲げたら私が消える、まで思ってしまう傾向のある狭い島国で戦争しまくっていた日本人には、そりゃ無理な話だよ、と。

 それが近ごろ、世論を含め、ぱっつん別れることが多い。某国のトップがフェイクニュースという言葉を流行させたが、日本でも、報道ひとつで紅か白かに偏りまくって、ものごとの決着がつくという構図を目にすることが多くなった。

 そんななかでの、ザ・グレート・カブキ引退。

 おさな子の凝視する異景は、父たる私がインターネット網による超多チャンネルのなかから、偏りまくった思想で選んだものだ。あの夜、クリスマスにもらった十二年前の仮面ライダー響鬼のフィギュアを握りしめながら毒の霧を吐くヌンチャク使いの最期を見届けていたのは、たぶんうちの息子だけ。これが私の子供時代ならば、選択肢がないがゆえに、となりの子も同じフィギュアで遊びながら同じスポーツ選手の引退を観るというようなことだっただろう。

 モノも思想も、あらゆるところでの選択肢がほぼ無限なまでにいろどりみどりになった世界で、となりの子となにを話せばいいのか。

 ザ・グレート・カブキは共通の話題にはならない。

 そこで、だれもが見るニュース媒体の、しかもトップニュースを話題にせざるをえない。

 会話を成り立たせるためには、それぞれがキャラを立たせる必要があり、やむなくそれほど興味も実はないのだけれど、紅か白かを発信する。

「でも不倫はダメでしょ」
「でも引退っておかしくない?」

 心のなかで、昨夜のザ・グレート・カブキの引退について語りたくとも、そんなものを公の場で口に出したら異常者だ。社会不適合だ。

 あっちのチャンネルは観ていなかったの? というようなチャンネル数ではなくなり、チャンネル以外のところにも無数の選択肢があって、だれかとたまたま同じものを志向するという経験自体が乏しくなると、同じ志向を持つという感覚そのものが格別に貴重なものとなって、逆転の現象が起きる。

 星の数ほどのプロレス団体が生まれ、独自にネット中継などもおこなわれている時代になって、かの国でも日本でも、たったひとつの団体が、超巨大与党になっている。

 ぶっちゃけ、昭和には全日本プロレス派だと公言していた私まで、いまでは新日本プロレスの東京ドーム大会に熱狂する。いっぱいひとがいるからだ。話が合うというのはいいものだ。だれも知らないことをだれかに話したって意味がないことは自明であって、それでも自分の宗教は守りつつ、みんなで同じ賛美歌を声を合わせて歌うのはたのしいから、それはそれで許容するようになった。

 そういうことなんかもなあ、とザ・グレート・カブキ引退に思う。

 東洋の神秘。仮面ライダー響鬼も、そのフレーズを意識していた。世界で活躍する和太鼓奏者、林英哲は、日本各地から太鼓教室の講師依頼が来たことに悩んだと言う。日本の太鼓の歴史とは無関係にまったく独自の手法で打ったからこそ東洋の神秘と世界に映った自分が、日本各地で太鼓を教えたら、その土地土地に伝統として伝えられているべき太鼓文化を破壊してしまうのではないのか、と。

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 日本全国どころか、世界中に同じスーパーマーケットチェーンがあって、同じものを食べていて、地球の裏側で流行の最新スイーツがこっちでも三日後には流行している。そして廃れる。世界中がつながって、超多様化した広大な文化圏が生まれ、だったらカオスとなりそうなものが、かえって紅か白かをだれもが表明したがるようになった。

 仮面ライダーやスーパー戦隊や日本のプロレスラーを世界中のひとたちが愛するようになったのは素晴らしいことだ。でも、中邑真輔がニューヨークで混じりっけなしの大喝采を浴びているのを観ると、少し怖くもなる。太古、鎖かたびらを着てヌンチャクを振り回し毒の霧を吐くレスラーが、その国では人気ではあったが嘲笑や侮蔑まじりのもので、こちらでだって、外国人というのは外敵だった。でっかいカウボーイがブルロープを振り回しているのに、日本人レスラーが果敢に向かっていくのが図式だった。

 いまはもう本当に、そうではない。
 良いモノは良い、それは良い。

 ただ、ある日、一瞬で世界中のだれもが同じスイーツに熱狂しはじめる世界で、一瞬にしてなにかを「憎む」側に針が振り切れたらどうなるのだろう。

 まさにいま、最終回を迎えようとする世界を救う救世主宇宙戦隊キュウレンジャーでは、救世主のひとりが一瞬にしてラスボスとなってしまった。

 私は息子に問うた。

「ホウオウソルジャーがドン・アルマゲになっちゃったよ。どうする?」

 倒すのか?
 でも仲間なんだよ?

 彼は困った顔をした。
 倒す! と即答されなかったことに安堵し、私は、でも思った。

 私は、倒す。
 仲間である救世主のひとりを倒せば宇宙を脅かすすべてが排除されるならば、それは倒すのがスジではないか。救世主として倒されるのだからホウオウソルジャーも納得するのではないか。

 異論があるなら選挙をしよう。
 ほかのことは考えないでいい。
 宇宙を救うか救わないか、紅か白かだ。
 私にも選挙するまでもないように思える。
 そんないまが、ほんのちょっぴり少しだけ怖い。

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