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『にんにくの寿司』の話。



「一月二日の姫始めは日本の伝統文化だし」

 篠宮さんが、よくわからないことを言いながらうしろから片腕で抱いてくる。背の高さが違いすぎて、そういうことをされるとヘッドロックをかけられたさらわれた宇宙人みたいになってしまってばたつきたくなるのだけれど(篠宮さんは間違いなくそれを期待してやっているのだけれど)、右手に包丁を握っていたので耐えた。

「ごはんいらないんですか」
「まさか。でも、それはありえない」

 絞められているから篠宮さんの右腕越しに覗き込んで、まな板を見下ろす。白いプラスチックの上に、白いのが何個かと、皮がまだ剥けていないのが何個か。

「いいじゃないですか」
「寿司に、にんにく?」
「カツオのたたきは、生のスライスのせたのに、食べていましたけど」
「これは……揚げるんだ?」

 フライパンには油を熱し中。危険。

「お正月に、生もないかと思って」
「どういう理屈」
「精進料理だと、玉ねぎもNGなんです」
「……勉強になる。ありがとう」
「ネギ科の五種類をゴクンといって、ショウガやニラ、もちろん、にんにくもダメです」
「くさいからな」
「というか、修行中のお坊さんは禁欲しないといけないから、精力つく食べ物を出さないのは、やさしさなんですよ。食べちゃうお坊さんは、だから、なまぐさ坊主と呼ばれます」
「おれも、なまぐさってこと」
「火を通せば香ばしいです。それに、修行中じゃないですよね」

 ヘッドロックから解放されたので、熱くなりすぎた油にまとめて入れた。う、だなんて背後から声がする。実際、けっこう立ちのぼってくる。

「実家で、手巻き寿司にはゴクンが出た?」
「揚げ物は出ました。トンカツ巻きとか、コロッケ巻きとか。にんにくは……子供は食べないです」

 台所からいなくなって、リビングのテレビの前のソファに座って。篠宮さんは、ため息と、深呼吸の、どっちともとれる大きな息を、でも、できるかぎりそっと吐いて、言った。

「……ごめんな」

 なにがですかと、訊かない。実家、と口にしてしまったことを悔いている。お正月に帰らなかったのは初めてだった。篠宮さんといることを選んだ。初めての、ちょっとした口げんかのあとで。勢いもあって、お互いの意地もあって、こういうことになった感は否めない。

「ふたりとも食べちゃえば、気にならないですって」

 わざと、噛みあわないことを言う。

「そうな……ふたりきりだし。精力つけるか」

 そうですよ、と応えて、とーしのはじめの、と口ずさむ。姫始め? 初詣は行ったし、そのあとは。服を着て、どこか行こうかと言われたら、そのときは注意する。おくち匂いますよ。ふたりきりだと気にならないけれど、なまぐさい匂いを身にまとって外に行くのはイヤです。

 イヤです。

 いっしょにいると決めたのに、あやまられるのは。迷われるのは。

「ありえなくないですって」

 ちょっとした口げんかのなかでも、篠宮さんはその言葉を使った。ありえなくなんてない、と叫び返されたあとも、あんなふうな大きな息を吐いていた。

 焦げる前に取り出す。その香りを、大きく吸う。お寿司を作っている匂いじゃない。でも、食べたいのだから仕方ない。覚悟っていうか。もう、揚げちゃったんだし。

 ふたりの問題にすぎないんだし。

Odoroussushi01

Yoshinogi Takumi
 Shonen-ai Cooking Elegy
 Song 24
 『Go to bed with Odorous roots New Year.』

(吉秒匠
 BL料理哀歌
 24曲目
 『姫始め葷縛り』)

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○材料

白米 3合
ダシ昆布 ひとかけ

米酢 大さじ4
砂糖 大さじ1
レモン果汁 大さじ1
塩 小さじ1

にんにく たくさん

○作り方

 炊飯器に白米を水加減若干少なめ(分量の酢とレモン果汁があとで入るので)で仕掛け、ひとかけらのダシ昆布をのせて炊く。炊けたら合わせ酢の材料を合わせてかけ、水分を飛ばすように、かつ米の粒はつぶさぬように混ぜあわせてから冷ます。

 にんにくは揚げて冷やす。

 握る。写真は分量外のワサビ、梅肉、山椒を使用しています。

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 レモン果汁なしで、全量酢でも可です。私はテキーラ飲みなので家にレモンは常備してあって、ほかにもグレープフルーツとか、すっぱい系の柑橘類が台所にあれば、しぼって寿司酢に加えます。フルーツをそのまま食べる習慣は持たないが、酒や料理にフルーティーなアクセントが加えられているのは好き。

 手巻き寿司をするときには、小さく切ったラップを用意する。シャリを握るために。ときには逆転して、あらかじめシャリだけ握っておくこともある。

Odoroussushi02

 こうしておけば、握りで食べたいひとはネタをのせて食い、巻きたいひとはそのかたまりを海苔で巻けばいい。

 生粋の手巻きニストな方々には、なんでも巻いてこそ手巻きパーテーピーホーだというこだわりがあるようなことも勘ぐり、私も、よそさまのおたくで手巻きパーテーに参加するさいには「ラップください」なんて不作法なことはもうしません。

 でもなあ。本音で言うと。キュウリはいいよ。卵も、アボカドも。小説で出てきたように、小さく切ったトンカツなんかが具として並んでいるのはパーテー感あって素敵だと思います。

 ただ。刺身は。あ、私、特にひかりもの好きで、しめ鯖など好物なのですが。もちろんその一因には、すっぱいのが好きだってところがあって。海苔で巻くと、ぼやけませんか。すっぱいものに限らず、マグロとかハマチとか、そういうのも。握ったほうが美味しくないですか。

 にんにくも。

 好きに食え、それが手巻きの良いところ、なはずが、海苔で巻くという行為が縛りになっている気がして、そこを脱却したいという想いもある。なんであれ、真の自由というのは選べることであって、選べることの自由さを担保しようと考えれば、選ばないでも成り立つ作法の構築が必須。

 寿司を握ると手がべたついてタオルで拭くと指が濡れて今度は海苔が扱いにくくなる。だからラップ。それでいい。それがいい。

 いちおう最後に注釈入れておきます。小説の冒頭で言わせていますように、姫始めというのは正月二日の行事であって、元日ではダメです。よく、年が明けたね姫始めラブホの出口調査、みたいな企画を深夜ラジオではやっていますが、作法にのっとると元日にはなにもしてはいけないのです。なにかすると不幸になります。なにもしないでぼーと過ごして、二日になったら思い出したようにヤってください。手巻き寿司の準備も二日になってからしてください。今回のレシピの重要なところです。理由は知りませんが、言い伝えられている作法には、なにがしかの根拠があるのだろうと私は信じます。元日から実家にも帰らずメシを作ってくれている彼を、元日からそれ以上に疲れさせたりするとまたケンカになっちゃうかもよ、みたいなことかも知れません。不幸ですよね。二日にしておきましょう。

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Yoshinogi Takumi
 Shonen-ai Cooking Elegy

23曲目『また逢ってタコス』
22曲目『彼は彼のそれを彼と呼ぶべきではなかった。』
21曲目『形状と呼応』
20曲目『轢かれ鉄のサイジ』
19曲目『黒い彼が焼いたぼくのための白いパン』
18曲目『となりの部屋』
17曲目『ヴィアール遭遇』
16曲目『アネ化けロースカツ』
15曲目『逆想アドミタンス』
14曲目『恋なすび寿司』
13曲目『バーベキュー厳峻鋼』
12曲目『茄子はダシの夢をみるか?』
11曲目『すっぱくても、平気。』
10曲目『踏み絵ムルギティッカ』
9曲目『ひとくちだけカトルカール』
8曲目『春節の静かな賞品』
7曲目『ナンを焼くと両手がつかえない。』
6曲目『タマレってなに?』
5曲目『あらいぐまのすきなもの。』
4曲目『ピッツァみたいにぼくを食べてよ!!』
3曲目『クリスピー・プロ・フライドチキン』
2曲目『青くてカタいアボカドのパスタ』
1曲目『春餅/チュンピン』

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