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『プロフェッショナルジブンサガサーの明日』のこと。


「貴方は死してなお転写され、同じようなシチュエーションを繰り返し経験してきた。元々の神がかったスパイとしての素質に加えて、ね。その経験が蓄積されればされるほど、つまり『あなた』という行動様式のデータベースが充実すれば充実するほど、貴方の意識は脳にとって不要なものとなっていった。限りある脳にとって、処理にコストがかかる割には個体の生存に寄与する度合いの低い、そんな存在に。要するに、貴方は繰り返し生きることで、『あなた』であることを極めすぎてしまったのよ」

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 伊藤計劃 『From the Nothing,Wich Love.』

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 靴はジョン・ロブで、タバコはモーランド。拳銃はワルサー。紅茶が嫌いで、ウォッカ・マティーニが好物。彼の見た目は、五十年のあいだに六回ほど変わっているが、ずっと同じ名で、同じキャラクター。

 しかしまあ彼にかぎらず、生存に寄与する度合いの高い部分がオートマチック化されていくのは、どんな職業においてもそういうものではあろう。たとえば私は十年以上も販売職に就いているが、最初のころにはコワモテのクレーマーさんの前でしゃべりながら吐きそうだったし、地に足がついていない実感をたびたび感じていた。それが近ごろでは、良いのか悪いのか、なかば自動。

 五十年もなんとかなってきたのに、今日どうにもならなくなるなんてことは起こるはずがない。四面楚歌絶体絶命に見えても、これまで切り抜けられたのだから、今回も切り抜けられなければおかしい。

 実際、かのスパイは、いつも最後には美女と海に浮かんでいる。

 彼ほど命がけではない私は、接客中も会議中も、絶えず頭の三分の一くらいの領域は、いま書いている小説のことだったりを考えているので、彼ほど「私を極めて」はいない。これが、今日のノルマを達成しないと爆発して死ぬ、というようなことだと違ってくるのだろうけれど、さいわいにしてそれほど私の日常は過酷ではないし、お客さまも、がっついてモノ売られるよりも、ちょっと夢見がちに微笑まれるくらいのほうが買い物は楽しいのではないかなと勝手に思ったりもする。

 こういう仕事は、いつか人口知能のものになるそうである。

 スパイも、彼女を口説いて情報を聞き出すという分野ならさてしも、難所に侵入してミサイルのスイッチを作動不能にするというようなミッションならば、天井から人間をワイヤーで吊すより、AIが操縦するドローンのほうがよほど適格に仕事をこなせそうである。

(話はそれるが、このところニュースを賑わす、かの国から漂流する船というのは、なぜ堂々と国名が書いてあったり旗をあげていたりするのだろう。戦国時代の武将か。スパイ映画だって観まくっているはずのひとがトップなのに、もしもドローンが任務失敗して敵に回収されたときのことを考え、問題がややこしくなりそうな第三国などの存在を匂わせる偽装工作をなぜしないのか。密漁して来い、けっして遭難するな捕まるな、と言っておけば全員が成功して帰ってくると考えているのだとしたら、なにかこう、特殊な信仰心が働いている気がしてイヤだ。武将が旗をあげて名乗るのは、退かずに逝くのが武士道だからだ。そんな気もないのに、偽装する気もないというのは、どうも思考のどこかが破綻している気がする)

 だがそこで問題になるのは、AIには知識の蓄積が必要で、記憶容量は人間などとは比べるべくもなく膨大だが、教えなければなにもできないというところだ。

 町工場の職人の技術をロボットに学ばせよう、という試みがあったが、それを頑なに拒んだという職人さんのニュースに触れたことがある。後継者がいないからAIに学ばせて、オレが死んだあともオレと同じネジが作れるのだとして、それはオレにとってなんの意味があるのか、という哲学をおっちゃんは述べていた。

 もっともである。

 おっちゃんのネジがおっちゃんの死後も作られることによって助かる人々が大勢いるのだとして、その計画に手を貸すおっちゃんの数十年の職人生活は、ロボに技術を学ばせることに帰結するのか。

 そんな殺生な。

 それ以上に、そこにはパラドックスが生まれる。人間が学んだことを、ロボットに教えなければ始まらなかったのに、おっちゃんの居なくなった未来で、おっちゃんのネジになんらかの改良が必要となったとき、ロボはなにもできないのである。

 いや、それどころか、手作業でネジを作ることのできる人類が皆無になっている可能性が高い。つまり、いまある宇宙船は作れても、未来の宇宙船は作れないということになり、それでは技術継承はすぐに行き詰まる。

 ディープラーニングさ。ロボが自分で学んで解決していくようになるんだよこれからは、という向きもあろう。そこでスパイに話を戻すと、だ。

 女王陛下に忠誠を誓うという「意識」だとか、敵女スパイを愛してしまって国と国のあいだで揺れる「意識」だとかいうものがない、完全無欠のロボスパイさんが活躍する未来が来たとして。

 その世界のどこに国がある? 国がないのになにをスパイするっていうんだいという、またパラドックス。

 私が私を「極めた」としよう。

 ボケるまで、そつなく仕事を続ける。感じのいい問題解決能力に秀でた素晴らしい店員さんだわ、いつも笑顔なのも素敵、などと言われながら。

 そうするとき、その仕事が、私の脳を殺すだろう。繰り返しの毎日が、私をボケさせる。傍目にはプロフェッショナルでも、私自身には、何十年のルーティン。だとすると、仕事の遂行自体が不可能になるので、いつも別のことを考えている私の脳の三分の一の領域や、休日の私や、なんでかは知らないが悲鳴をあげている私や、喘いでいる私なんかが、私を生かしていることになる。

 脳内データを転送して、なんどもクローン肉体で蘇れるような不死が実現したら、次の百年も将棋を指して旧世代の人類が到達不可能だった神の域に達したいと考える名人なども現れるだろうが、それもきっとたぶんボケる。日々の仕事は、変えたほうがいい。しかしそうすると、来世で将棋が指せないならば、生まれ変わる意味がないと名人は言うかもしれない。

 永遠に死なないで、ウォッカ・マティーニを片手に美女を口説くのがスパイの日課で、それがオートマチックになって、それでボケて意識が喪失する。口げんかでよく言うことだが「本気で言ってんのか?」なんていうのも、自分の本気がどこにあるのか、いま現在の私でさえも、よくわからなくなるときがある。素の私は、好き嫌いで他人に冷淡な視線を向けるが、店員の私は、だれもに分け隔てなく笑顔。そんなのは私ではない。でも、今日も一日、帰ってくるまでずっとそうだったのだから。狂者の振りをしつづける者は狂者ならば、私も、自動的に他人に微笑むことができるので、そういう人間であると定義しても間違いではないのかもしれない。

 「意識」の欠如した繰り返しは、本当に、私を劣化させるのか。だとしたらさっさと自分捜しの旅にでも出なければならないのかもしれないが、出たら出たで、自分捜しの旅をオートマチックにこなすプロフェッショナルジブンサガサーになって、それで自分自身はどこにあるのだと行き詰まるはずだから、捜しに行くだけ無駄。

 「意識」が私なのだろうか。熟練した流れる自動的動作で明日も貴方にほほえみかける私は私ではないのか?

 実家で、パトカーを見つけた。
 二歳の息子が、やけに食いついた。パトカーのミニカーは腐るほど持っているのに、こいつには違うなにかを嗅ぎとったらしい。

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 正解だ。
 このパトカーは、ヒト型ロボになる。

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 さくさくっと変形させて見せた私のことを尊敬のまなざしで見ている。自分でもやってみるが上手くできずにかんしゃくを起こしたりする。むかしの変形ロボは、色々と面倒くさい作りなので。

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『変形超合金の角度』の話。

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 おかげで私は、鍛えられた。知恵の輪だとかも、やたら得意である。その指先の技能を獲得するまでに、いくつものプラスチック変形ロボの関節を逆に折り曲げて破壊した。

 なつかしい……

「しらんやろうけどなあ、こいつは『太陽の勇者ファイバード』に登場する勇者ガードスターという……」

「ひんはーへふたー!!」

 恐怖した。
 息子が完全に『太陽の勇者ファイバード』のガードスターを手に持って目をきらつかせ、私には意味のわからない単語をちからいっぱい発したのである。

「なに?」
「ひんはーへふたー!!」

 わけがわからない。
 そこに妻がやって来て、こともなげに言った。

「ああほんと、インターセプターねえ」

 怖い。ふたりしてなに言っているんだか。息子はママとインターセプターインターセプターと言いあって大興奮だった。

(まったくどうでもいいが、我が家の夫婦の生きてきた道の違いというか互いのヲタク志向というかの関係により、息子は私のことは「とうさん」と呼び、妻のことは「ママ」と呼んでいる)

 これと間違えている。

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 なんどか観た記憶はあるが、ストーリーが追えるほど熱心にチェックしているわけではない私は、その平成終わり間近の年に放送されているアニメ『トミカ ハイパーレスキュー ドライブヘッド』に、そういう名前のロボットが出てくるのを知らなかった。

 ドライブヘッドのインターセプターさん。

 造形的にはグッと格好良く、パトカーからヒト型ロボへという流れは同一なものの、なにせトミカなので、パトカーはパトカーとして独立したそのままの形状でロボのボディに組み込まれてしまう。

 しかし、息子のなかで、それは些細なことのようだ。というか、些細な違いとしてさえ認識できていなくて、ガードスターは紛れもなくインターセプターなのである。

 そんな殺生な。

 と、ガードスターさんは言うかなあと、はしゃぐ彼と彼女を見ていて、あれを想い出した。『トイ・ストーリー』。

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 遊ばれなくなったオモチャたちの悲哀が、主要なテーマとなっている。彼らなら、きっとそう言うのではないか。

「ガードスターなんて名前がなんだってんだ。オレはインターセプターとしてこの新しいボクチャンと仲良くやってやるぜ!」

 別に悲しくはなさそうだ。

 かのスパイの亜流も、星の数ほど生み出された。和製ゼロゼロなんとか、というような作品もいっぱいある。我が敬愛する小説屋ディーン・クーンツ師は、エンタメのネタなんてものはもう出尽くしているから、新しいモノを生み出すというよりも自分らしい再構築を目指すのが職人の仕事だと言った。

 彼は彼で、彼のスパイ映画のなかに、私の観た彼を観る。私の愛した変形ロボが、まったく違う名で、現在のおさな子に愛でられている。

 それを見つめる私の「意識」は、ここにある。

 なんだろうなあ、この話は。書いていてわからなくなってしまった。明日も今日のように変わらずにお仕事。そこにも私はいる。ここにもいる。記憶や技術の転写が可能な未来では、不死なる私もいる。で?

 すごく良いセリフを思いついた。

 今日を生きる私の「意識」が明日以降の起点であることは間違いない。

 哲学っぽい。そしてやっぱり、よくわからない。

(が、なによりこういう思考こそがヒトが考える葦であってヒトであり続けるために必要な刺激なのには違いない。これをやめたときに「意識」は消え、ボけ、消えゆくのみになるのだろう。だから結論なんてどうでもいい。身体が鈍らないための軽いフットサルを一試合、といったようなものと考えよう。いつも別のことを考えている私の脳の三分の一の領域や、休日の私や、なんでかは知らないが悲鳴をあげている私や、喘いでいる私なんかが、私を私たらしめている。繰り返しながら)

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