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『手足口病警報と魔法のハッカ油スプレー』の話。


 7月13日のニュースのタイトルが、

「手足口病、関西で警報レベル超え」

 そしてまさにその日付の朝のこと。
 息子(二歳)が通う保育園で。

「これ、あせもじゃないです。
 今日は、あずかれません」

 保育園の玄関で、もう靴も脱いでからのことである。当然だが、家のものがみな仕事に出るので子供をあずけに行っているわけで、出社前である。遅刻である。というかそれはさておき、どうにかしないと休まざるをえなくなる。

 さし迫った苦痛を回避するためには、ほかのことを犠牲にしてもしかたない。

 迎えに来てもらえる距離で家にいることは知っている、いまは友人と言えなくはないが過去には色々あった男を呼ぶ。

 いや、フィクションである。いまのくだりだけフィクションだ。実際は、もう少し金にものを言わせた解決策になったのだが、まさに、さし迫った苦痛を回避するためには、ほかのことを犠牲にしてもしかたない=背に腹はかえられない、状況だった。

 手足口病(てあしくちびょう、英: Hand, foot and mouth disease; HFMD)

 それは、ウイルス性の感染症。
 文字通り、手や足や口のなかにブツブツができる、おもに夏に流行する幼児に多い感染症。多いというか、ほとんどすべてのひとが発症するしないにかかわらずウイルスをいちどは体内に取り込んで抗体を作って大人になるという通過儀礼的疾患だ。

 多くの場合、そんなに重症化するものではない。ふわっと熱が出る子や、出ない子もいて。息子は、その二日前に、丸一日ぼおっと寝ているような熱は出していた。二歳にはありがちなことで、むしろ、翌朝にはけろっとしていたのが、あれ、軽い熱だったな、という感であった。

 ここで物語の基礎設定を書いておくが、私は大阪の場末の薬屋に勤務している。医薬品登録販売者という、いちおう薬屋を切り盛りできる資格を有してはいるが、我が店には薬剤師さんがいないので、あつかえない薬も多い。

 そして私が出勤の日は、いちにち私がいるのでワンオペである。日曜日の多くは出勤だ。祝日もだ。病院が開いていないという理由で、近所の薬屋に来る親子がいる。私は、医薬品を売ることはできるが診断行為は認められていない。しかし、彼らは訊いてくる。

「この子のブツブツ見てやってくれませんか」

 白衣は着ているが、我が子の手足口病を、あせもと思っていて、保育士にこれ違うと言われて昔の男に助けを求めようとしてしまうくらいの男にだ。

 だが、日曜祝日は、必殺の「うん。コレは病院へ行くべきですね」が言えない。関西の多くの自治体で、子供の医療費はタダである。病院に行けば全額助成されてもらえる薬を、数百円、ときには数千円払って、街の薬屋で買い求める。さし迫った苦痛を回避するためには、ほかのことを犠牲にしてもしかたない、の精神で子や孫を、私の前に立たせる方々に、なにも売らないわけにはいかない。

 かゆいと言えば、かゆみ止めを売るが、やはりそこは、強い薬は勧めにくい。老人に多いが、病院嫌いで薬屋に来て、金はあるから治せる薬を売れと言ってくる客とは層が違う。明日になれば病院に行く。でも目の前に薬屋があったから、なにかないですかね? そうですねえ。これでどうでしょう。

 そう、その正解が知りたい。
 私が知りたい。我が子のためというよりもむしろ、足りない知識の補給のために。店に先輩と呼べる薬剤師も登録販売者もいないのだから、私の医学的知識は、自動的には増えていかないのである。本当に、厳しかったり鬱陶しかったりしても、ものを教えてくれる上司や先輩がいるというのはかけがえのないことだと思う。

 知識のない白衣着たやつに助けを求めるブツブツな子を連れた客の群れ。なんと目も当てられない惨事。しかし、手足口病大流行の警報が出ている。まず間違いなく、次の日曜に起こりうる事態なのである。私に知識を与えないと大変なことになるぞ。

 急ぎ、息子を病院へ連れて行った。
 口のなかは、ブツブツになっていなくて、食事もちゃんとできる。

 かわりに、ここがひどかった。

HFMD

 ケツ。
 もとの息子のケツは、湿疹ひとつない玉の肌である。見るも無惨な。嫌な予感がする。手足口病は、ほぼすべてのひとが免疫を子供のころに作るとされるが、インフルエンザのように、型がいくつかあるのだ。同じ手足口病でも、型が違うと抗体が抗体として機能しない。つまり大人も発症する。大人がこれにかかると、高熱が出る。そのうえ手の指の爪が剥がれる。イヤだ。でも手足口病なのに、口がきれいでケツが汚くなるなんて、いかにも珍しいタイプのようだから、移りそうで不安だ。移って私は体力バカだから発症しなくても、単に薬屋にムヒを買いに来た子に、私からこれを移す可能性だって皆無ではない。極力、他人に触れないように生きよう。

 医師の見立ても、手足口病だった。今年のは、全身に広がるんですよということだった。さすが警報発令中だ。すでに何人かを診たあとだから出てくるセリフ。薬屋では、こうはいかない。口がきれい? 手足口病って、口内炎こそキッツい病気なんだよ。それがこれでは、違うんだろうなあ、だったらなんだろうわからないなあ、となるところだ。

 そして肝心かなめの、おくすりタイム。
 プロは、なに出してくるんだろうな。いやまあいちおう私も場末のプロはプロなのだが。手足口病に特効薬はない。医師といえど、街の薬屋同様に、かゆいからかゆみ止め、という対症療法でしか対応できないはず。さあ、どんな布陣で来るよ真のプロは。

 テラ・コートリル軟膏。

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 いわゆるステロイド剤だ。だらだら弱い薬を使うよりも、キツいのを短期間で完治させるのが最近の流行である。テラ・コートリル軟膏は私もあつかえる。いちおうステロイドに過剰反応されるかたもいらっしゃるので、説明はしてから売ることにしようか(ちなみに医師からそのあたりの説明はなかった)。

 さらに、テラ・コートリル軟膏に、亜鉛華軟膏も足してあった。

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 収れん作用と患部保護だろう。亜鉛華軟膏はステロイドをふくまないというところを信仰して、これ単体で肌荒れに使うひともいる。テラ・コートリル軟膏とダブル処方な場合、テラ・コートリル軟膏も成分にワセリンを含むので、ともかく肌を引き締めて保護して保護して保護して、という方向性だ。

 ワセリンを絶えず塗っておけばアトピー性皮膚炎も改善するという記事を読んだことがあるし、もういっそ薬屋として、あらゆるブツブツにワセリンをオススメするのもありかもしれない。かゆみ止めにはならないし、説得力に欠ける感じはするが。肌のトラブルの大抵は保湿で治るので、ある意味塗り続けることができるのならば、ワセリンは最強だ。

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 そしてダメ押しが、これ。

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 カラミンローション。
 医薬部外品。
 それに、これがブレンドしてあった。

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 ハッカ油。
 『探偵!ナイトスクープ』で、恐怖の入浴剤として紹介された、ひと瓶、風呂にたらせば、がたがた震えて毛布をくれとなる、それだ。近年では、ハーブの防虫効果などもクローズアップされて、噴けば涼しくなる魔法スプレーの原材料として夏の薬屋では定番である。うちの店でも週に数十個単位で売れる(私がレジ横に山積みしているせいもあり)。

 カラミンローションは、言ってしまえば亜鉛華軟膏の液バージョン。ほてりを鎮める収れん化粧水といった感。手足口病に関してはブツブツがグジュグジュとなったあとの、カサブタ化を促進させる目的もあるかもしれない。香料の入っていないシーブリーズローションみたいなもの。香料もメントールも入っていないから、塗って肌は引き締まるが、清涼感はない。

 そこで、ハッカ油プラスときた。
 ひと瓶まぜると、がたがた震えることになるので数滴。私が作ったハッカ油スプレーレシピがレジ横に貼ってあるので、それを書き写しておこう。

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『ハッカ油スプレー水』レシピ

●材料

 ハッカ油 1ml
 エタノール 10ml
 精製水 90ml

●作りかた

 ハッカ油をエタノールでのばし、精製水で割ります(ハッカ油は油なので、エタノールでのばさないと水には溶けません)。

 スプレーボトルに入れて、虫除け、リラックスに!!

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 ナイトスクープでやっていたように、風呂に入れて効果があるのだから、使うたびシャカシャカとボトルを振るならエタノール抜きでも、使えなくはない。水も、水道水でもかまわないといえばかまわないが、精製水がベターである。と言っても、エタノールもいっしょに買っていってくださるのは半分、精製水も買っていってくださるのは十人に一人といったところ。

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 なかなかに勉強になった。
 対症療法的にでも治す成分は、若干のステロイド剤のみ。あとは保湿とカサブタ化と爽快感を追求している。こっちは助成されてタダだが、医師としては、なんであれ処方すれば処方するだけ儲かるので、毒にはならない医薬部外品でも、てんこ盛りするという傾向ではあるだろう。薬屋でこのセットを買ったら二千円で足りない。

 なんだかブツブツな子供がやって来た。

「いわゆるステロイド剤としてこの軟膏が効果はあるでしょうが、明日になれば病院に行かれるのですよね。でしたらもう少しゆるめのかゆみ止め、もしくは、保湿と患部保護のためにワセリンなどいかがでしょう。あ、これご存じです? ハッカ油。ワセリンに混ぜるとスッとしますよ」

 だったらメンタームあたりを勧めてもいい気もするけれど。お子さんはメントール苦手だったりしがちですし。説得力に欠けるし。積極的に治す方向ではなく、ノンステロイドのかゆみ止めと、酸化亜鉛の収れん作用もあわせ持つ、タクトホワイトあたりをオススメするのが、あたりさわりない選択か。

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 なんにせよ、自信がついた。真のプロもそんなのしか出さない。残りは説得力。言い切る力と、微笑んでの「お大事に」。そしてそれ。
 
「うん。明日、病院へ行ってください」

 それが私の役割である。

 ちなみに息子のブツブツは三日でカサブタになり、保育園にもGOが出ました。医師いわく、手足口病は保育園を休ませる病ではないということで。保育士さんも、カサブタになったならいいです、って。数週間は体内にウイルス残留あるはずだし、唾液からでも感染するはずだけれど、もうどうせみんなかかる病というスタンスなのでしょう。

 とはいえ息子がもどって、みんな後追いでブツブツになったら心苦しいので、もう二日ほど休ませてみましたとさ。

 なんにせよ、警報発令中。気をつけてもどうにもならないが、発症したところで一瞬ブツブツできるだけ。ぶっちゃけ薬なんて使わないでも、すぐに治る。それが我が家の手足口病日記でした。ワクチンも造れない難敵ウイルスも、さくっと抗体ができて、なにごともなかったかのように治るのだから。人間の肉体って優秀。

 ところで私は、医薬品登録販売者という資格ができたころに受験したので、過去には薬剤師さんの下で働いていたことがあるのですが(逆にそのころには、将来的にそんな資格ができるとはだれもしらなかったので、具体的に薬のあれこれについて教わる機会はなかった)、いまこの資格って、学歴、年齢、実務経験、すべてが不問。薬屋を増やして軽い病気は本人で処理してもらい医療費を削減しようという政府のもくろみによってなのですけれども。なんだかんだでかつては上司もいた薬屋十年選手の私も、こんななのに、ペーパーテストだけで合格して、さああしたから薬を選んで差し出すんだ、というみなさんの胃がどれくらい痛いかと想像すると、手を合わせたくなります。

 日々精進ですねって、実際に身内が罹患して病院に連れて行ってやっと知識を得るような。ほかに知識の得ようがないという。たいてい、訊かれてからグーグル先生頼りという。こんな薬屋が増えていくのが、果たして国のためにいいものでしょうか。私が言うのもなんですが。






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