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『破れた革ジャンの修復を試みる』の話。




 なにか匂いはする。
 たぶん、濡れた革の匂いだ。
 ひらたく言えば、屍体の皮を剥いだ服だから、水につけても臭わないというほうが不自然だ。
 乾けば消えると信じて待つ。
 たぶん、一週間くらいは放置だろう。
 そのあいだにまたカビが発生したりする可能性も考え、襟の裏などはたまにぬぐってやる。革は熱に弱いと聞くので、時間はかかっても部屋の中で乾かすのがいいと思う。


『革ジャンを洗濯』の話。

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 あのとき洗った革ジャンを、この冬も着た。祖父と私を合わせて軽く四半世紀くらいは着ていて、私などはそれを着てバイクで転んでアスファルトに投げ出されたこともあるというのに、それはどこも破れていない。

 戦後に復興した百貨店で買った、えげつなく頑丈な革ジャンである。

 一方、平成の世に、私が自分で買った革ジャンが何着かある。そのうちの一着が特に気に入っていて、祖父が買ったのと同じ羊革=ラムブルゾンというかライダースなのだが、カラダにぴったりめのシルエットな一品。

 よく着る。そのへんに引っかけて、出かけるときにばっさと羽織るというような状態で、ぞんざいに扱っている。

 に、してもだ。

 混雑していた。
 その革ジャンの胸ポケットにチケットを入れていた。
 取り出そうとしたが前述のとおりタイトなデザインだったのでうまくポケットの中のチケットが出てこない。
 そのジャケットは革にシワ加工が施されている。

 シワを伸ばすつもりで、ポケットを引っぱった。

 混雑に苛立っていたのもある。思いがけず力を込めてしまったのか、それとも仮面から後ろ髪のはみ出た『仮面ライダー THE FIRST』が、ガラスのビーカーを割らずに持つことができないように、私は私の想像を超えた筋力を、この右腕に宿してしまっていたのか。

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 びりっ、という音さえなく、とてもなめらかに。

 裂けた。
 このように。

leatherjacket01

 まー、断面見てもそう薄い革ではないのに。ポケットを縫った針の穴から見事に裂けて拡がり、おや、と違和感を感じた私が手を止めたときにはときすでに遅し。

 こういうのって、着ている自分はひどく気になるから、帰るまで胸元に意識が行って気が落ち着かなかったのですけれど。もちろん、まわりにとってみれば、気にもとめないもので、むしろハードコアマッチ界隈のプロレスラーだって革ジャンを好んで着るが、ああいうのは有刺鉄線やら蛍光灯や花火などで、あちらこちらが裂けていてこそステータスである。そういう意味では、ポケットの端から心臓を横切って裂けている私のジャケットだって、ワイルドなデザインねとスルーされていたのかもしれない。

 別にだれにもじろじろと見られることもなく、無事に家に帰って傷を確認する。

 ため息が出る。
 真っ先に考えたのは、元からデザイン的にあちこちにジッパーが取り付けられているのだから、この傷もジッパーを取り付けてデザイン化してしまうか、というもの。私、母親がブティックの針子さんだったので、子供時分にはよく服を作ってもらったのだが、私の希望通りに作ると、極彩色でそこら中にジッパーがついている服になって、約束したから好きなように縫ってあげるけれど、お母さんではなくて自分の趣味でこういうデザインなんだって会うひと全員に説明しなさいよ、と言い含められたものだ。

 という記憶がよみがえって、案を却下する。これが軍服ならば、ミリタリーワッペンなどを縫いつけて終わるところだけれど、性分として、胸元にワッペンを縫いつけてしまった革ジャンを好んで着続けるかといえば、すっかりタンスの守り神にしてしまいそうな予感でいっぱいだ。

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(幼いころの蛍光色好きの反動か、現在の私のクローゼットは九分九厘ブラック色という有様で、使う食器ですら、なにか模様が入っていると拒否反応が出る。さすがに皿は黒一色ばかりでなく、白いものも多いが、無地であってほしい。ビール好きなのでよく景品のグラスを貰うが、メーカーのロゴなどが入っているとまず使わないので、もらったらまずは紙やすりで模様を削り落とすという作業をしている。神経症的な側面があるよなあ、と自分でも思う)

 となると正攻法で、布の接着といえば……

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 うちの子も、この春から保育園通いで、ありとあらゆる持ち物に名前を書いているが、服に関しては、親戚友人からのお下がりも多く、これはまただれかにあげたりすることもあるだろうと思うと、直接ネームペンでがしがし書いてしまうのは抵抗がある。そんなときはリボンに名前を書いて、アイロン接着。お手軽裁縫の代表格である、水性形接着剤。ウレタン樹脂熱圧着が真っ先に思いつくが……

 相手、革だし。
 動物の屍体の皮膚だし。
 アイロンがけなんて、生き返りそう。
 ましてシワ加工の革ジャンだ。
 これはない。

 となると……
 いつもの、あれだ。

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 完全無溶剤な弾性接着剤。アクリル変性シリコン樹脂接着。万能ではないけれど、この21世紀では万能系接着剤と呼ばれる神の隠し子。

 大抵のものは、つく。というか布や革なんて、くっつけたら二度と剥がれない。つまり失敗が許されない。

 とはいえ、これはシリコン系接着剤の悪い面のようでいて隠し子の思し召し、完全硬化までには二十四時間以上を必要とするという時間の余裕がある。ズレたのを直すことはできる。ただし革の表面に一滴でもつけようものなら、それを除去するには紙やすりしかない。

 そこで用意する者は、裏地。
 なんでもいい。今回の革ジャンは黒だということで、私はスーツを買ったときの余り布をハサミで切って使用。ごくごく普通の布生地だ。これに薄く接着剤を塗り、決して革の表面にはつけないことだけに心臓をバクつかせながら、傷の裏に貼る。コツは、とにかく指に接着剤をつけないことである。指につけば革の表面にもつく。自明の理。

 そうして、裂け目を裏から塞いだ直後が、これ。

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 分厚いボーイズラブ雑誌を何冊か重しに載せて、念のため三日ほど放置。

 完全に乾燥したら、裂け目の断面が見えていて、かすかに白い部分をアクリル絵の具で塗る。

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 家にあったからだが、絵の具とはいえアクリル絵の具は乾けば耐水性。プロレスラーのタイツに唯我独尊などと書くのにも使ったりするらしいし、おじいちゃんの形見でもないかぎり革ジャンを洗濯することなんてないのだから、色がのって耐久性があればなんでもいい。

 ついでにミンクオイルも塗る。どうしても裂けた部分に繊維のほつれたようなものが現れがちなので、しっとり感を出すためである。屍体とはいえ皮膚だし。潤いプラスはスキンケアの基本だ。これでもかとオイルを投入する。屍体の皮膚に屍体の皮下脂肪を塗り込んで美しいツヤだとかつぶやくのは、なんだかサイコな気分。思えばマッドな服である、革ジャンというものは。

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 できあがり。
 できあがったことにする。
 少し引きで撮ってみて、こう。

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 ジッパー閉めて、平らに置いた状態でこれくらいになれば、ばっさと羽織って着るぶんには、この傷に気づく者はおるまいて。このジャケットが元々、シワ加工物というところが、目だたなくしている部分もありますが。

 いいんですよ。あれ、それ破れているよね、と見つけられたって、

「いやあ、このあいだ、有刺鉄線デスマッチをやって引っかっけちゃって」

 とか。
 もっと現実味を持って、

「いやあ先週、三メートルのロシア人に胸ぐら掴まれたら、破れちゃって。うん、そりゃもう、相手は素っ裸になるまでやり返してやったけど」

 なんていう武勇伝のきっかけにあえて補修せずにおいておくのもオススメ。

 ちなみに私は、平成生まれの、このヤワい革ジャンの胸ポケットに、なにかをうっかりまた入れてしまわないように、左右とも針と糸で縫いつけて開かなくしてやりました。武勇伝語るのとか好きじゃないし。嘘だと、もっと性にあわないので。着ているものを破ったりしない生活を心がけたいと思います。




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