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『保育園落ちなかった』の話。



2017年1月19日

・保育所入所一次審査の結果「ほぼ無理なんで別の方法考えて」と手紙が来る。おおこれが噂の時代の最先端である「保育所落ちた」か。流行語の続きはなんだっけなあ…この時代にこの通知を書く担当も勇気のいる仕事だ…私は殺意の波動はもちあわせないが、困るは困る。別の方法…都会に住むなってことか。

twitter / Yoshinogi

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 そして三月。今日。

 保育園、見学に行ってきた。

 四月からよろしくねー、と園長先生と和み、息子は歳上のおねえさんおにいさんに、きみ車好きなのかじゃあこれどうぞと、目の前にミニカー積まれて可愛がられていて、ああこれでなんとか殺意の波動をもちあわせぬままに、春が迎えられると新しい靴まで買って帰った良い休日でした。新しい靴の購入は、来月もこの世界に生きているという確信が持てているときでなければ、決断できぬ。

 ということで。

 多くのみなさまにとって、そんなこたあどうでもいいよヨシノギ、という話題でしょうけれども。きっと来年も、春のちょっと前に私と同じように、どうしたものかこの窮地はと天を仰いで、なんでもいいから指針よ降ってこいと願うだれかがいるに決まっているので、そんなあなたに、いまの私は一声かけずにいられないということで、こういうことを書いておく。

 ほかの都市でどうなのかは知らないが、私の住むところでは、つぶやいたように、一月の段階で一次審査の結果を教えてくれる文書が届いた。そこでなんだこら受け皿用意するのはテメエらの仕事じゃないのかと青筋たてて裁判を起こす向きもおられましょうが、そうしている間に春が来てしまうのです。おさなごの預け先も決まらぬままに裁判も抱えていては、さらに時間がなくて、おちおち働いてもいられない。

 実際、妻の復職が春に決まっていて、これでなにもせず待っていたのでは、私がまた育児休暇をとるしかなくなる、それは避けたい。というか、基本方針として、私は子供に集団生活を送るすべをおぼえてもらいたい。どうやってなに考えて生きていっても好きにすればいいけれど、私自身がそうやって生きてきた途上では、学校での居場所がない感は半端なかった。特に中学のときは、転校生だったうえに他校の生徒に殴られて骨折したということがあって、生活指導の先生に目をつけられているために多くの生徒からは遠巻きにされ、けれど、いわゆる不良のカテゴリーには属していなかったので、悪い仲間というのもおらず。本当にとにかくひとりで生きていてもだれにも白い目で見られない大人に早くなりたくて仕方なかった。社交性をもってして、己の居場所をいま作って居心地を良くしようという発想が皆無だったのである。

 思えば、その起源は、児童施設だった。母が働いていたので、私は鍵っ子だった。しかし家には帰らず、放課後に子供たちが集まって良い場所とされていた、大人の管理者がいる、そういう施設に足を運んでいた。マンガ本がいっぱいあったからだ。そうして私は小学校低学年にして『1・2の三四郎』を読破し、プロレスとラブホテルを知り、けれどもちろん自分で足を運べるわけではないので、さらなる書物から知識をえようと図書館に通ったりした。

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 まだ文字も読めないころから訓練されていたらしい保育園出身者たちは、子供でごった返すあの施設でも、集まれば社交性を発揮する習性を発揮して集団を形成していたが、私にとっては、部屋の隅を確保して自分の世界に潜っていくほうが、ずっと簡単だった。そういう性質のおかげでいまの私があるのは確かなことではあるのだけれど、いかに他人と距離をとって自分の秘密をあかさずに集団のなかで「個」の居場所を構築するかを考えるクセは、おまえもそうしたほうが良いとだれかに勧められるようなものではない。社交性が身についているうえで孤独を愛して生きるのと、社交性というものがなんなのかさえわからないから集団の横を素通りしてえっとぼくがうずくまれる場所はどこかにあるかなと探して生きるのは、まるで別物だ。

 そんな話はどうでもいいが、でも、そういうことだ。戦うこと自体は大好きだが、無益な競争に巻き込まれたくはない。私はそういうタチである。

 とりあえず喧噪から逃れたい。

 職場と反対方向へ、電車で向かう。その沿線に、いくつかある小規模保育へと、全面的に希望を変更した。住む町、働く町からの離脱である。

 結果、片道三十分ほど、定期券で月一万円ほどのところに、決まった。今日、見学してきたのは、そこだ。

 自分の居場所にこだわって、非認可の一時保育などを使用すると、軽く数倍の金額になる。だったら、往復一時間を一日のなかで捻出するほうを、好む。

 小規模保育なので、いわゆる三歳の壁がある。簡単に書くと、待機児童というのはゼロ歳から二歳までが圧倒的に多いため、小規模保育という名のもとに、二歳までのチビなら庭のない施設で保育できるようにしたわけだ。実際、今日見てきたところも、ビルのワンフロアだった。けれど、その規制緩和のおかげで、一年前にオープンした園でもあった。そう考えると三歳の壁があろうが、春からの息子の居場所がいま確保できたのだから、我が家にとっては、ありがたいことである。

 とりあえず、いま。
 憤っても、殺意の波動を放っても、近所にあした新しい保育園が誕生することはないし、小規模保育園が増えるのはいいけれど三歳の壁が生まれるのがまたけしからんと言ったところで、それもどうできるものでもない(共働きが増えているからチビッコを預かる施設の需要は増えているが、鍵っ子予備軍である三歳以上の駆け回るお子様たちは如実に少子化という現象で減っているので、幼稚園などは採算とれないところも多くなっているのである。悩ましい)。

 ああもう、いいや、えいやっ、と。
 逆方向だけれど、可能なのでそちらを向いた。
 
 私自身も、春になってみたら、こりゃキツイ、ということになる可能性は大いに、ある。でも、天を仰いであーと言っていることしかできなくなっているあなたには、いちおうお知らせ程度に。

 結果、逆を向いたので保育園落ちませんでした。そんな私のせいでまただれかがワリを喰っている可能性もあるのだから、近所にでっかい施設がどーんとできてオールオッケーな状況になればそりゃオールオッケーだけれど、なにぶん、待っているわけにいかない問題なので、こういう解決になった。

 まだ見ていない方角を、見るだけ見て。とりあえず来月のために新しい靴を買ってもいいくらいの方策がなにか見つかるかもしれない(めっちゃ靴底がすり減るような策であるにしても)。その先のことは、またそのとき考えたらいいんじゃなかろうかい、という私のようなのを、お勧めはしないが、これはこれで回っていないこともなくはない、というのを伝えておきたかった。

 春が迎えられる。
 それだけで昨日とはずいぶんと違う。

(そしてまあ、当たり前のことではありますが、これも書いておく。妻は、できることならばもっともっと息子と家で居たいようだ。ていうかそんなの私もだ。多くの人々が、たぶんそうなのである。仕事が好きで好きで、一刻も早く職場にもどりたくて保育園を探しているわけではない。金銭的にもキャリア的にも、そんな何年も子供にかまりきりになれないから探している。保育園が増えに増えてこれでもうだれもが生まれた子を生後すぐに預けて働けますよさあ働け幸せだろう日本てなんて良い国、などというのが正論ではない。個人的には、店のパートのおばちゃんたちが「休憩室にはいつもだれかいるんだから連れてくればいいのよ見てあげるわよう」と半ば本気で言ってくれたのが、なにか正解に近い気がした。どうすればちゃんと正解なのかは、私にもわからないが)

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