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『恵方巻きの巻きかた』のこと。




 見た目は「豆腐」のように軟弱だけど、気持ちだけは「セメント」という意味で、「豆腐プロレス」と名付けた。


 秋元康 『1分後の昔話』

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 さすがである。
 プロレスにおいて真剣勝負のことをセメントと呼ぶのだと知った敏腕プロデューサーは、アイドルにプロレスをさせるドラマを企画して、タイトルをつけた。

 豆腐プロレス。

 作中では、寂れたプロレス道場の片隅に、わずかばかりでも負った借金を返すための豆腐屋が営まれているのだが、あまりにも脈絡のない設定であり、物語の根幹にも関わってくる気配はない。想像するに、豆腐プロレスというタイトルありきで、まあ適当に脚本に豆腐も絡めておいてよ、というプロデューサーの意向が反映されてのものなのだろう。

 キャッチーさ至上主義。

 作中で、若かりし日の渡辺いっけいも言う。

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 かわいい女の子を集めて、もっとキャッチーな!
 そう、アイドルプロレスやりませんか!?



 テレビドラマ 『豆腐プロレス』

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 そう叫んで、出て行った渡辺いっけいの新しく立ち上げた女子プロレス団体は大成し、出て行かれた道場は寂れたのである。寂れたにもかかわらず、渡辺いっけいは、かつて世話になった道場を狙う。成功し、大金を得ながら、自身に足りないなにかを求めて常軌を逸していく悪役造形は、まさにダリオ・クエトだ。

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『豆腐プロレス』の初回を観た。渡辺いっけいがダリオ・クエトそのものだった( Lucha Undergroundの悪ボス : http://yoshinogi.blog42.fc2.com/blog-entry-666.html )。試合シーンの出来がよいのでLUを本格的にパクってドラマパート抜きのプロレス中継バージョンを作って欲しい。 

twitter / Yoshinogi

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 二年ほど前の立春の節分に、恵方巻きがもとはアイドル芸だったというようなことを節分のたびに語るのは下品なのでもうやめないかという話をしていたなかで、プロレス好きの女性たちが、みずからを「プ女子」と呼んでいるのはなんなんだという我ながらよくわからない主張を徒然ていた、あのころ。

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『鬼とプ女子』の話。

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 その記事のなかでおすすめしていた書籍『プ女子百景』が『豆腐プロレス』のアイコンとして使用されている。のみならず、CM入りのアイキャッチでは、生身のアイドルが『プ女子百景』のごとくに、プロレス技をアーティスティックに披露する念の入りようだ。そんなもん、恵方巻きを目を白黒させながら食べてくれるよりも、ミニスカートでコブラツイストのほうがアイドル技としてはキャッチーであるに違いない。

 アイドルといえば、私のお気に入りだった偶像BiSが、メンバーを刷新して転生始動した昨年だったのだけれど、いまのところ私のiPodでは、旧メンバーが歌う『Nerve』のほうがいまだ再生回数は多い。初代BiSの最後のベストアルバムが、新メンバーが同じ曲を歌ってくれても消せずにいるいま、私の愛は本物だと証明されたわけである。そのベストアルバムの愛蔵版パッケージで初代(途中で入れ替わりがあったのでこの表現も正確ではないが)BiSメンバーを描いた師走の翁さんも、昨年、プロレス少女に手をのばした。

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 実際のところ、女子プロレス業界は昨今、アイドルだ。

 ゆずぽんの起用を転換点としたスターダムしかり、イロモノ系を惜しみなくぶっこんでくる東京女子プロレスしかり、見ていて心配になるほど人生に孤軍奮闘する元祖ひきこもり系アイドルプロレスラー真琴しかり。

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 真琴ともガンガンやりあっていたAsukaは、いまや世界のスーパースターだ。世界最高峰の総合格闘技団体UFCで、つい最近観たナンバリング大会は、どれも女子VS女子の試合がメインイベント。二年前の節分には考えられないことだった。

 闘う女子の偶像性が金になると、なぜだか世界中で気づきのムーブメントが広がっている模様である。深夜ドラマとはいえ、そこに敏腕プロデューサーが噛んできたことは、こりゃおい本気でアイドルプロレス団体隆盛の時代がやってくるのではないかと、いちプロレス格闘技のファンかつ、アイドル好きな私などは、未来は明るいなあとうれしく思う次第であります。

 というあたりで、のっけからまったくもってプロレス話に興じてしまったのですが、初期コンセプトとしては、アイドルが可愛いとかエロいとかいう話をせずにマジメに節分と春の訪れについて語れないものかということだったのです。

 もとから我が家では、恵方巻きを、ノリ一枚で作ってしまうと、それを恵方を向いて一本食っただけで腹いっぱいになるじゃないかという理由から、ノリを半分に切った大きさで恵方巻きを制作していました。恵方巻きを一本で食うのは、包丁を入れるという行為が縁起が悪いからだということを聞いたため、だったらノリは手で切れるし、それなら許容範囲であろうというもくろみだったのですけれども。

 今年の節分直前の某公共放送さんで、私と同じことをやっているひとがいた。でも、ノリを半分にする理由がまったく違うことに歓声をあげてしまった。そのことを最後にメモがてら書いておくことにします。

 彼がノリを半分に切る理由。それは、両手に収まるから。太巻きがうまく巻けないというひとは、総じて、巻き終わる前に指を巻き寿司から離してしまっている。それによって崩れて巻けない。

 彼の提唱する大事な点は、ふたつ。

●ノリを半分に切って、両手で端から端までカバーできるサイズにする。

●巻き簀を使わず、手指で直接巻く。

 ほう……巻き簀を使わない。目からウロコ。彼いわく、そもそも巻き簀は、両手で巻こうにもサイズが余る、一枚のノリを使って巻くさいに、全面に均等な力をかけるための道具なので、ノリを小さくして両手に収まるサイズにしてやれば、巻き簀はいらないし、むしろないほうが指からノリが離れるという事態を避けられる、と。

 やってみた。

 小さめノリ巻きセッティング。
 具は夕べの手巻き寿司の残りなので、見た目あんまりですがご容赦。ええ、うちの手巻き寿司には鶏ササミが欠かせない。筋肉の餌ですから。

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 言われてみれば、このサイズならば巻き簀なんていらんわな。手でころんと巻いてやればいい。それだけの行為で失敗するわけがない。

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 ただ、ころんとするだけでは、やはりちょっと締まりのない恵方巻きになってしまうから、最終工程として、巻き簀でぎゅっと四角く巻いてやった。

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 どういういきさつがあって、この食べ物を春の節分に食べるようになったにせよ、この時期だからこういうことしてみようというのが、一年中あるというのは愉しいことだ。

 恵方巻きを食べながら、思う。これもプロレスである。決まったルールで、やらなくてもいい決まったことをやったり、見たりして、祝ぐ。そうしてみると、生きているあいだにやらなければならないことなんてなにもないのだから、あえてやることのすべては遊びでありエンターテインメントなのだろう。

 で、巡り巡って、本来の遊女遊びである太巻きを頬ばってフェラ顔という起源の部分をやっぱり無視はできず、それを愉しむエンターテインメントならば、ひとりで頬ばってひとりでいやんぼくってなんてエロ顔とやっていてはバカみたいというか愉しいどころではないので、恵方巻きというのは、やっぱりだれかに食べさせて「あらぬほうを向いて巻き寿司頬ばってなに願ってんのこいつ」と笑うプロレス遊びだと感じたりしたのでした。

 ほら、結局、最初から話はグダグダだし、しないと言っていた話をまたしている。まったくもう。こうやって、きッと逝くまで恵方巻きはアイドルにフェラ顔させる……なんてことをつぶやきながら生きていくのでしょう。そんな自分も受け入れて、春の訪れを待つのです。

 きびしい冬の終わりは終わりで、なんだかセンチメンタルな巻き寿司などを食べたくもなるものですよね。よくわかりませんが。

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