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『私のタコス』の話。



 甥っ子が映画監督だったので呼ばれていったらアクション映画の主役をやらされて低予算なので身内を使ったのに思いのほかヒットして続編も撮られ一躍映画界のカルトスターとなった彼は降って沸いた大金を使って夢に見たこともなかった自分のタコスレストランを持つことになった。

 そういう話を、そのレストランで、そのタコスを食べながらラファにした。

「てことだと、そいつ自身も、こんなのタコじゃねえってわかって出してやがるってことだよな。看板のロゴのおっさんだろ? 見るからに田舎もんだ」
「あの顔で、メチャ強いから映画は当たったのさ。田舎もんが、ギャングも権力者も一網打尽。現実のメキシコだと、まあないから。夢の映画ってわけ」
「ポン引きに別のポン引きからかっさらった女を売る警官で溢れてる国のことを、夢の国みたいに描いて、世界に宣伝してくれたって? なるほど、それでコレだ」

 ラファエロ・カスティーロさまのフォークの先が、黄色いハードトルティージャの上に盛られた、もっと黄色い一切れのパイナップルをつつく。

「タコスにパイナップルは邪道って言いたいんだ?」
「このみょうちくりんな実はメキシコの畑でも、たわわに実ってやがるからアリだとしてもだな。謎なのは、この白いのだろ」
「広東料理の行きつけがあるって聞いたけど」
「中華にトーフはいい。日本料理屋でもな。だが、日本人でさえトーフで寿司を握るか?」
「タコスにトーフは邪道どころではない?」
「タコはソウルフードだ、おれのママンなんて、虫を入れて食ってた。揚げた蛾の幼虫だぜ? ママンがそれ食って、おれは虫の味がするおっぱいでデカくなったってことさ。パイナップルは畑に生えてはいても、うちで食うもんじゃなかった。パイナップルは売れるが、虫は売れない。だから虫は食っていい。トーフだって、メヒコの畑で穫れるなら文句はねえよ」
「トーフの原料は大豆だよ」

 そうは言うが、ラファがコンピュータのソフトウェア関連のなにごとかで一山当てて、豪邸と呼んで差し支えのない一軒家を、かのママンに贈ったのは、もう五年は経つ昔話である。あれからもう一山当てたという話は聞かないので、手堅い資産運用が、とどこおりなく回っているといったところか。

 ラファに逢うのは、八年ほどぶりになる。ともに働いていた染料の匂いが手から抜けない工場で、ラファが工場長に唾を吐いて、退職金ももらわずに出て行って以来。ラファは変わっていない。あのときよりも清潔な恰好をして、傷ひとつないキラキラ光る時計を嵌めているが、少し首をかしげてこっちを見るのも、目があいそうになるとそらすのも、そのままだ。

「大豆だと? チリビーンズの大豆か? タコのド定番具材だってのに。なんでわざわざトーフにして、のっけてやがるんだ」
「そういう店だから。ラファは、気に入るかと思ったんだよ、ごめん」
「なんだよ。なんであやまる。そういうふうに取るな。なんていうか、ちょっと意外だっただけだ。おれとおまえで、こんな小洒落たレストランに来たことはなかっただろうが。タコス屋って聞いていたから……な? こんな、皿にトルティージャ一枚敷いて、メヒコでは穫れても食わねえ奇妙な実とトーフとフライドチキンを記念公園の塔みたいにおっ立てたのが出て来て、面食らったってことさ」
「おもしろがってない」
「おもしろがってる。不機嫌なおれは知ってんだろうが。なんにせよ、くっちゃべってるってことは、テンション上がってんだ」

 見られた。
 ぼくは、向けられた視線を、受け止めた。
 ラファも、そらさなかった。
 つい、言った。

「どうして連絡をくれなかったのさ」
「そのまま返していいか」
「ぼくからなんて……」
「おれからはできるのか? それはなんだ、おれは知らねえけど、そういうのも、どこかの畑で穫れたルールかよ。がっついたほうからはOKなんて、先に言っといてくれねえと知るか」
「がっついた、んだ」
「歯が当たって血が出た」
「そうとう飲んでた。間違えたんだと」
「間違えた? なにと?」
「なんにせよ……ぼく以外のだれかと」
「間違っていたと信じているなら、おまえから連絡できない理由はない。慰謝料請求してくれていい傷を負わせたんだ……ああ。唇だけのことじゃなかった」

 それは、心にも、という意味だろうか。
 友人を押し倒してキスしたから?

「ニンニクの味がした」
「それだ。このタコには、そいつが抜けてる。信じがたいな。豆はトーフにしちまって、ニンニクは抜きのタコスなんて、なんで作って売ろうなんて思えるんだ?」
「くり返すけど、そういう店だから。恋人たちが来るレストランだから。映画スターの店なんだ。ラファは気に入らないかもしれないけれど、デートの途中で、ぼくらが幼いころから食べてきた、ああいうのを食べるわけにはいかない」

 幼いころから、と言ったが、頭に浮かんでいたのは、あの夜のタコスだった。ふたりで食べた。ニンニク臭い、チリビーンズのタコス。清潔感あふれる、ヒゲがなくてジャケット姿のラファエロ・カスティーロは、天井でくるくると回っているシーリングファンを見上げ、あたりを見まわし、自分と、ぼくとに、ひとさしゆびを立てる。

「デートか。おれたちの」
「そのつもりで誘った」
「いまになって?」
「こんなのを抱えて、これ以上やっていけそうになかったんだ」
「こんなのってなんだよ。間違いだと思っていたんだろ。そのくせ、デート?」
「いやほんとマジで、あれってなんだったのかな。辞めたのも、あのせいだった?」
「辞めた? 工場のことか? そんなわけない。なにを深読みしてる」
「あのさあ! ひとの唇噛み切って、そこから音信不通って、どう浅く読める出来事なのか教えて欲しいんだけど!?」

 何組かのカップルが、ぼくらを見ていた。
 声が大きい。わかってはいるが、どうせ。
 そうどうせ、今日はどうなってもいいつもりでここへ来たのだから。
 ラファエロ流に言えば、知るか、だ。
 肩で息するぼくは、色の薄いビールに手をのばし、ついでに、一切れの黄色いトルティージャと、トーフのかけらを口に運ぶ。

「味しねえだろ、そんなの」
「おいしいよ」
「ウソつけ。おまえの作るタコの味の濃さときたら、年々ひどくなっていってた」
「あれは冷蔵庫の調子が悪かったから」
「冷蔵庫?」
「木曜日に焼けるだけのトルティージャを焼いて、チリビーンズを煮て、冷蔵庫に詰めてた。毎日、料理する暇なんてなかったからさ。自分用だったんだ。なのに、ラファが、ちょいちょい来るようになって」
「ああ、おまえのタコはイケてた」
「おぼえてないの? ひどい食あたりになったんだ」
「……そんなことも、あったか」
「それでも来るのをやめなかったから、味つけを変えたんだよ。そうさ、ママンの味にね。すっぱくてしおっからくて、からい。やさしい味じゃない。でも腐らない」
「おれのために?」

 いまや、ラファとぼくは、見つめあっていた。十年くらいも前にぼくの作り置きしたチリビーンズでおなかを壊した話をしながら、あのころを想い出していた。

 ラファエロ・カスティーロ。

 きみをいま誘ったら、来てくれるだろうか。冷蔵庫の調子は悪くない。でも、ぼくのチリビーンズは、あの時期に、あの味で固定されてしまった。この店のタコスが気に入らないなら……

「ラファ」

 ぼくは言う。
 どうなってもいいつもりで、ここへ来たから。

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Yoshinogi Takumi
 Shonen-ai Cooking Elegy
 Song 23
 『Tacos at that time again.』

(吉秒匠
 BL料理哀歌
 23曲目
 『また逢ってタコス』)

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○材料その1(小説挿写真の黄色いハードトルティーヤの場合)

強力粉 300g
コーングリッツ 200g
水 350cc
オリーブオイル 大さじ1
塩 小さじ1/2

○材料その2(より手軽に白いフラワートルティーヤの場合)

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強力粉 500g
水 300cc
オリーブオイル 小さじ1
塩 小さじ1/2

○作り方

まぜて寝かせてのばして焼く。
詳細は、この記事の最下段で過去のレシピを参照のこと。

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 チリビーンズというと、単純に辛く煮た豆だけの料理も指しますが、小説のなかで出てくるのはいわゆるチリコンカン。挽肉の炒めたのに豆も入れたってやつ。だったらそのレシピを載せろってなものですけれど。

 私もね、特にメヒコな気分のときには缶詰のチリコンカンを買ったりしますが……

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 正直、豆とか虫とか、彼らの昔話のように、売り物にはならないから我が家で食べていたタンパク質にすぎないわけで。肉があるなら肉でいいでしょう。豆、美味いか? 豆腐は好きだが、トルティーヤで炒めた挽肉を巻くのならば、私は、豆は、いらない。

 自分で作るタコスのソースは、トマト缶を煮詰めただけのもの。

tortilla-1.jpg

 私は日本人だから、実際、あの映画スターのタコスの店で豆腐は具材にされているが、それをアメリカで食って、ああなつかしいな日本、などと思ったりはしないはず。やっぱり冷ややっことか、湯豆腐でないと、私にとっての豆腐とは別物だ。

 いまのメキシコは豊かだけれど、いまでも豆を食っている。そこのところの感覚というのは、日本でルチャリブレのテレビ中継を観ながらテキーラでチリコンカンを流し込んでも、きちんとわかるところではない。血。ラティーノヒート。大和魂を私は口で説明できないが感覚としてわかってはいるように、彼らもそうなのだ。わかっているのに、やっぱりときどきはチリビーンズを買ってみて、やっぱり豆いらねえと思う、私はバカだけれど、私のタコスを私のタコスとして維持するために、比較対象としての彼らのタコスをたまに口に運んでやっぱり違うと感じるのは、無意味なことではない気もする。

 すなおに、焼いた肉と野菜のタコスがおいしいです。味噌とかマヨネーズもよいです。豆板醤とか甜麺醤だと中華の魂も混じって不思議です。

 なお今回、小説は書き下ろしましたが、レシピは以前に書いたものの流用。詳しい魂の話は、そちらでどうぞ。長いですけど。

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※関連記事

『ルチャ・アンダーグラウンド』の話。

『虫タコスの精神にのっとるトルティーヤ』の話。

『トマト缶でサルサソース、タコスに暮れる』の話。

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Yoshinogi Takumi
 Shonen-ai Cooking Elegy

22曲目『彼は彼のそれを彼と呼ぶべきではなかった。』
21曲目『形状と呼応』
20曲目『轢かれ鉄のサイジ』
19曲目『黒い彼が焼いたぼくのための白いパン』
18曲目『となりの部屋』
17曲目『ヴィアール遭遇』
16曲目『アネ化けロースカツ』
15曲目『逆想アドミタンス』
14曲目『恋なすび寿司』
13曲目『バーベキュー厳峻鋼』
12曲目『茄子はダシの夢をみるか?』
11曲目『すっぱくても、平気。』
10曲目『踏み絵ムルギティッカ』
9曲目『ひとくちだけカトルカール』
8曲目『春節の静かな賞品』
7曲目『ナンを焼くと両手がつかえない。』
6曲目『タマレってなに?』
5曲目『あらいぐまのすきなもの。』
4曲目『ピッツァみたいにぼくを食べてよ!!』
3曲目『クリスピー・プロ・フライドチキン』
2曲目『青くてカタいアボカドのパスタ』
1曲目『春餅/チュンピン』


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