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『変形超合金の角度』の話。


 息子が仮面ライダーではなく電車に興味を持ちはじめたので、フリーマーケットに行って一体数十円で大量の仮面ライダーソフビを買ってきて与えてみたら、やっと仮面ライダーナイトにぴんと来たらしく、お風呂に持って入りいっしょにテレビを観る友だちとなって、これで電車が正義でなくバイク乗りが正義だと理解してくれるはずだと安堵しているところなのですが。

(でももしかすると、顔が機関車に似ているから好きになっただけかも……)

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 彼は、胸に抱いた仮面ライダーの腕を、見もせずにくるくると回し続けている。

 仮面ライダーを気に入ったというよりは、脳卒中の予防に手のひらのなかで二個のクルミをコリコリやるひとみたいで、そのくるくるの果てになにかがあると信じている、求道者のようでもある。

 その刹那。

 私は、頭を「うっ」と言って押さえたりはしなかったが、「ああ」とは言って、とあることを想い出していた。

 祖母が広島にいる。

 近ごろ息子夫婦と同居を始めたが、ありがちなことで「あの優しくしてくれる女のひとはだれよ」と息子に訊いたりする。息子の嫁はいっしょに暮らしはじめても忘れがちな存在だが、私の妻が電話をすると、だれであるかは声だけでわかって、はっきりと会話している。私の息子は彼女にとって、ひ孫になるが、その存在はどうも曖昧なようだ。

 人間の脳の記憶容量は有限で、それはつまりハードディスクに空き容量がないので今日撮った写真が保存できないようなものである。そういうとき、写真ならばディスクに焼いて本棚に並べればいいが、脳はそうもいかない。

 夢が、その作業だと言われたりする。限られた記憶容量に、なにを残すべきで、なにを削除して空きを作るべきか、眠っているあいだに、脳自身が作業するのだと。それを浅い眠りのなかで、うっすらのぞき見てしまうのが夢だとか。おかしな話だ。自分の脳の作業を覗いている私の脳もまた、自分の脳なのに。

 ともかく、ひとは半自動的に記憶を整理する。ハードディスクの場合、古い写真をごっそりディスクに焼いて、今日の写真のための容量を空けるのが常だけれど、ディスクに焼けない脳の中身は、古い新しいにかかわらず、脳にとって重要であるかどうかによって分類される。

 自転車や、スキーや、泳ぎかたなどは、忘れないらしい。もしもまたそういうことをせざるをえない機会に遭遇したとき、記憶が削除されているとケガをするので。そういう意味では、太古の野生動物としての生存本能によって分類されているようではあるが。

 今朝の新聞で、夫に先立たれた七十代の女性が、若き日のプラトニックな恋の終わりを想い出して涙が止まらないと人生相談していた。それは確かに大切な記憶のようだけれど、その後、長く連れ添った夫との記憶を凌駕してまで、夫を亡くした彼女が泣いて毎日を暮らさなくてはならないまでに、大切なことだろうか。

 だがしかし、生存本能という意味でいうならば、私のもうひとりの祖母は、祖父のあとを追うように逝ってしまったという事実がある。あのとき彼女が、人生相談の彼女のように、若き日の手を握っただけの彼との別れを想い出して泣き暮れたなら、夫の死も乗り越えて、いまも生きているかもしれない。見知らぬ若き日の素敵な彼の話で泣かれても孫としては困るが、彼女自身の生存本能としては、自分を残して逝ってしまった愛する夫の記憶を多少削って、実害のないほとんどフィクションな色男との恋の記憶を大事にしたほうが、生きるという目的には、かなっていたのかもとも思う。

 つい話し込んでしまったが。
 そう、私の話だ。
 息子の、仮面ライダーの腕くるくるを見ていて、私はあのときのことを忘れずに記憶したままの自分に気がついた。夢を見たことはない。だが、想い出したということは、削除されていなかったのである。機械の運転だとか、仕事の仕方だとか、試験があるからと頭に詰め込んだことがらが山ほどあっても、それは忘れなかった。

「180度て、角度やで」

 角度?
 なんやのんそれ。
 それのせいでなにもおこらんのん?

 私は泣いた。
 それを、おぼえている。

 広島の、祖母の家に行く。
 米農家で、牛も飼っていて、でも、テレビは3チャンネルしか映らない。釣りはできるし、泳げるし、花火もし放題だが、おもちゃは家に置いてきた。

「退屈したらいけんしなあ」

 そう言って、山奥に入る前に広島の都会のほうで、超合金ロボットを買ってもらった。夏のあいだ、退屈するかも知れない私のために、誕生日でもクリスマスでもないのに買ってもらった、立派な超合金。

 変形する。
 バイクが、ヒト型に。
 おう、いま書いていて鳥肌が立った。確かにオートバイがロボットに変形する超合金だったと、それはいま書いて想い出した。数週間前の私のツイートを転載しておこう。

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・だれかオレに乗ってくれと懇願するバイク変形仮面ライダーレーザーのスペック「変身後最高速度で10km走行する場合、全力で100mを走り切る程度の体力を消耗する」というのがまた、同じくバイク変形するもだれも乗せず炎まで吐いて走り回っていた仮面ライダーアクセルとの対比で、ひどく可愛い。

twitter / Yoshinogi

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 そうだったのか。いま私がバイクに変形する仮面ライダーに執着してしまうのは、あのときヒト型ロボに変形するバイクの超合金を買ってもらったせいかもしれない。『機甲創世記モスピーダ』かと思って検索した映像をじっと見続けたのだけれど、どうもそれではない。

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 というか、私の記憶に合致するバイクからヒト型ロボに変形するアニメが見当たらない。おそらくは、当時、乱発されていた元ネタのない勝手な超合金ロボットのひとつだったのだろう。物持ちのよい実家に、それが残っていないところを見ても、私のなかにある、あれはモスピーダよりも、もっとメカメカしかった、という記憶に合致する。バイクがロボットに仰々しく変身するのだ。しかもパチモンメーカー製だ。そりゃ壊れる。きっとスポークの部分などが、ぽっきりイって変形不能になり捨てられてしまったのかもしれないが、それが広島のあの夏のあいだの出来事なのか、家に帰ってきてからの私の荒々しいロボット遊びのせいだったのかは、まるでまったく記憶にはない。

 おぼえているのは、広島の祖父母の家につき、部屋に私はひとりだったということ。買ってもらった超合金の箱を開け、思ったよりも、複雑な構造の玩具であると気づいたこと。しかし、ちゃんと遊べると言い張って買ってもらった対象年齢高めのロボだから、遊びかたがわからないなどと言い出せるわけもなく、取り扱い説明書を読みはじめたこと。それらは、おぼえている。

 漢字が読める年齢だったのかどうかは、あやふやだ。

 しかし、その後の危ないクスリでも射ったみたいな高揚感は……それこそがまさに、息子の仮面ライダーソフビ腕くるくるを見て想い出した……忘れていなかった……削除されてはいなかった記憶なのだが。

「これを180回まわし終えたらなにが起きるのか」

 「度」という漢字が読めなくても「180」という数字の意味と、図で説明されていたので矢印方向に回すのだということはわかった。

 一心に、幼い私は回した。
 ソフトビニール人形の腕のように、くるくるとスムーズには回らない。なにせ超合金。それも有名メーカー製などではない。掴んでぐいっと回さないと回らないものを、180回。

 数十分。
 もしくは、一時間越えの仕事だったはずだ。

 そして私は泣いた。
 ダダをこねて対象年齢高い超合金を買ってもらったのだから、できないなどというのは許されないことだというプライドも捨てて。
 大人が呼びたかったわけではない。
 ただ、この世の不条理に合点がいかなかったから。

 180、回せ。
 なにも起こらないから、さらに数十回も回した。
 それでも、なにも起こらない。
 泣いて当然だ。
 私はキリスト教系の幼稚園に通っていた。
 神よ、である。
 嘘つきだ、神よ。

 大人たちに取り囲まれた。
 みんな微笑んでいる。
 可愛いモノを見ているのだ。
 私という。
 世界に裏切られて号泣する子供が。
 彼らは微笑ましいのだ。
 不条理きわまっている。

「180度て、角度やで」

 そう言われても、言われている意味がまったくわからない。手取り足取り泣きじゃくりながら超合金ロボをいじって、最初の向きと反対方向に半回転させるだけの行為を「180」という数字で表すのだと教えられたが、神への不信は消えなかった。

 角度とは、なんだ。

 いまの私でも、ちゃんとは答えられない。
 調べてみると、一回転を意味する360度とは、一年の日数である365日に由来していて、それすなわち地球が「太陽の周りを一周する」あいだに「自分が一回転する」回数による。知るか。

 古代の日本では、月の満ち欠けによって日数を数えていたので、一年は365日よりも、ずっと短かった。

 けれど角度は360度なのだ。ロボットをバイクからヒト型へ変形させるためには、その部分を180度回せと書く。

 生まれて、ぼおっとしていたら、知ることのない情報である。むしろ、なぜ私はいま、地球が太陽の周りを回っているなどと、こうも完璧に信じてしまっているのかが不思議だ。なんとなく、空を見上げてみれば、説明のつじつまがあうので納得してしまっているが、そんなものは私が好きなプロレスを観るときによく口にする「説得力」があるというだけのことにすぎない。実際には、朝が来て夜が来るのは、謎の巨大生命体が空にすっぽり布袋をかぶせてしまうからかもしれないが、そういったことはさすがのテレビ番組『X-FILES』でも扱われることはない。荒唐無稽すぎて説得力に欠けるからだ。よくわからん空間に岩の塊が浮かんでいて、ごうごうと燃え続ける炎の塊の周りを回っているなどというのを、見もせずに信じてしまうのに。

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 そうして私は考える。

 たぶんすぐ壊れてしまった、変形ロボット超合金の取り扱い説明書にあった「180度」という記述のせいで、期待させられ、裏切られ、世の無常を味わった、あの夜のことを。

 なぜ、私の脳は削除せずに残しているのか。

 その夏、広島の田舎でなにがどう具体的にあったのか、私は記憶していない。夏の初めに祖父母の家に着いた夜、買ってもらったばかりのロボに宿る不条理を壁に投げつけたかったことを……

 いや。
 違う。
 書くことは大事だ。
 私にとって。
 どこに着地するのかわからないまま、書き続けているうちに、なにかが自分のなかから引っ張り出される、この感じが。自分の脳なのに、勝手に記憶整理されている感じがする夢見心地なところから、私自身が選んでいるのだという実感を得られる、この行為が。

 削除せずに残しておいたのは。
 あの高揚感。

 これを180回まわしたら、なにかが起こるはずという期待。180という数字が読めるくらいには育っていたはずの私が、おもちゃの超合金ロボのスイッチが入って自動的にガシャガシャ変形しはじめるなどと期待していたわけがない。事実、そういう期待をしていなかったことを私はおぼえている。

 なにかが起きる。
 それだけを信じる、高揚感。

 なるほど、そうかもな。
 それで私は生きている。
 忘れては、ならないことだ。
 超合金に期待してハイになる能力。
 なにもかもを忘れて180回を越えても回した。
 刹那の至福。

 直後、裏切られ、醒めた。
 それでも、私の脳は、夢で整理する。
 それでも、おまえが生きるためには、あの醒める前の高揚感を感じられた幼い日の夏の夜を忘れてはならないのだと。
 それが、おまえの人生だと。

 おかげで、信じるばかりで裏切られるのだとしても。
 私の脳が、そう整理する。
 あまり自覚はないが、私の脳は、私自身なのだから仕方がない。

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