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『ライダー復帰』の話。




・2015年11月

kawasakilogo.jpg.jpg

Kawasakiのロゴはカワサキ車乗りにとって魂。
私はキーホルダーも公式の革タグロゴ入りを愛用。
そんな私の右横に十年あったKawasakiが
Kawasに。
akiはざんぎえふとアスファルトに持って行かれた。
よくできたもので、これまでクラッチやハンドルを
転んで破壊したことはあったけれど、ボディは無傷。
そういう設計になっているらしい。
らしい、のに。
タンクが凹んで、塗装がこそげ取られている。
つまり、私の右半身も同じことになった。
現在、その傷たちはカサブタになって、
かゆくてかゆくて掻きむしりたいのだけれど、
えらいもので薬屋さん。
掻き壊した傷というのは年中、見ている。
あれは治らない。ああはなりたくない。
せっかく己の肌が、懸命にがんばって、
そこそこつややかな肌に戻してくれようとしている。
がんばれ、俺と、俺の肌。
一方。そういうわけにいかないのが。
Kawas。
死にかけたから、本気で廃車も考えた。
そうしてみると、タンクの凹みなんて、えくぼ。
館ひろし先生が名作『刑事貴族』で乗っておられた、
黒いムスタングも、横腹に、こんな傷があった。
みずから壁にこすりつけ、角材で殴ったのだという。
そっちのがハードボイルドでカッコイイとのご判断。
そう思えば、リアルなこいつの傷もハードではある。
でも、リアルとフィクションの違いも。
あの美しく傷つけられた黒いムスタングは、
おそらく傷にクリアのスプレーを噴いている。
だって車のボディは鉄だもの。
塗装が剥げたそのまま置いておいたら、錆びる。
……とかなんとかそういうことをいろいろ考えた。
凹みを直すのは手間なのでいつかにしよう。
(会うひと皆に事故ったんだぜと見せたくもあるし)
傷は。
傷は……クリアのスプレー?
タンク錆びて穴あくよと訊かれたら、どうする。
いいえクリア塗装しているので大丈夫だぜ、って?
彼は怪訝な顔をするだろう。
なぜ黒で塗らないの?
いや、館ひろしムスタング的な美学を持ってだね。
恥ずかしい。その返答は恥ずかしい。
やめよう。取りあえず黒を塗ろう。
ざんぎえふな部分も平滑にはしよう。
なめらかな、えくぼを作る。
そうすると、どう見てもKawasになる。
凹みにステッカーを貼るのは歪んで醜い。
いっそKawasも黒く塗りつぶすか。
akiはブラックホールに吸い込まれたことにするか。
考え中。
えくぼの仕様を考えているということは。
乗り続けるということは、すでに決定事項。
もう本当に、今度こそ気をつける。
雨の日も雪の日も乗らない。
別れることを頭に浮かべた相手だ。
無理につきあわないで、やっていく。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・2015年12月

kawasakilogo2.jpg.jpg

いまだ左親指に力が入らず握力は弱く。
右肩も上げると痛いが、まあ通常運転へ復帰。
毎日のプッシュアップは痛む角度を避けながら、
回数はこなせるようにもどる。
しかし逆立ちはできない。
ぐしゃっ、と崩れて、ひとりパイルドライバー。
そんな状態まで一ヶ月と半分くらい。
ウインカーが出せないのでバイクには乗れず。
もっぱら傷にサンドペーパーをかけていた。
凹みを直す気はなかった。
なめらかなえくぼにして、塗装して終わり。
そのつもりで、表面をならすパテを準備した。
いわゆる、うす付けパテ。
フィギュアを自作されるかたならご存じの通り、
パテには大きくわけて二種類がある。
チューブからしぼり出した瞬間から固まる、
一剤の、うす付用パテ。
二本のチューブからしぼって混ぜると固まる、
二剤の、あつ付用パテ。
混ぜると固まるパテは、化学変化を起こす。
毛染めが二液混合で発色しはじめるのといっしょ。
一方、私が絞り出したのは、一剤。
自然乾燥によって、固まる仕組み。
要は、紙粘土の艶やかで硬いやつ。
薄く塗る。
乾く。
ヤスリとコンパウンドで磨く。
つやつやになる。
そういうもの。
たっぷり時間があった。
暖冬だった。
そもそも、バイクいじりも紙粘土工作も好きだ。
画廊に自作のフィギュアを展示したことさえある。
てんで売れなくて立体から撤退した出来事だが。
私は、そういう自分の性質をわかっていない。
写真のようなことになる。
凹みは消えている。
当初、なめらかなえくぼを作り、塗装もした。
だが終えることができなかったのだ。
あろうことか、薄く塗って磨いては、また塗り。
一ヶ月と半分ほどで、穴が埋まったのである。
やったじゃん?
いや、まあ、真夏ならばそれは。
いまは暖かいといえども、冬である。
うす付パテは、乾くと縮む。
乾いたと思って塗り重ねても。
一週間経つと、思わぬ縮みを発見する。
写真でもうっすらシワが確認できるはず。
そこをまたパテ埋めする。磨く。
また一週間。小ジワを見つける。
埋める。磨く。眺める。一週間。
ヒビ? 埋める。磨く。眺める。
……正直、もはや遠目に見てわかるレベルではない。
だが、三センチの距離で見ている私には見える。
埋める。埋めたら平らにせねば。磨かねば。
これ、最初から、あつ付パテを使えばいい。
あれは縮まない。
縮むのを乾かない時期に盛っては削り磨く。
アホな行為で休日を浪費している。
でも、やっているうちにこうなったのだ。
いつだってそうだ。
凹んだまま作業を終えたりできないくせに。
できるはずだと適当な計画で始動する。
そして無駄な労力と時間を使う。
あらゆる私の仕事がそうだ。
はじめる前にカタチ作れ、見切り発車するな。
雨だけど大丈夫なはずだと走り出して転ぶ。
根源的に、私は私に呆れてならない。
ただ。いやはや。
たのしくもあるのだった。これが。
困ったものだと思う。

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・2016年2月

Accidentsite.jpg.jpg

ここが現場です。
肋骨折って数ヶ月。
そっちは全快したのだけれど、
右肩と左の親指がまだ痛い。
あれ以来、日課だった逆立ちを、いちどもしていない。
それにまあ、親指ですよ。
ヒトの手の親指の秀逸なこと。
四本の指と向かいあっているおかげで、
モノを掴むことができる。
できるから多用する。
私、常時リュックにマイ水筒を入れているのですが。
直飲みする、コップ型にフタがついたカタチのやつ。
その口が、最近やっと安定して開けられるようになった。
事故後は掴めず、開けられず、飲めず、つらかった。
そんな動作をはじめ、掴んで動かすという親指の仕事。
これって意外と、休みの日が使っていることに気づく。
特に、赤ん坊が、そばにいると。
パンダは子パンダを高い高いと、あやしたりできない。
ヒトの手はできる。事故後は無理だった。
やっとできるようにもどってきた。
そうすると、ねだられる。やる。
半分立って、半分座っている年頃の息子。
基本、両脇に差し込んだ両手で支えてやる必要があり。
遊んでいるあいだ、絶えず、両手の親指に十キログラム。
高い高いなんてすると、重力も加算。
風呂入れて、暴れられて、押さえつけ、ふと気づくと。
左手の親指が腫れている。じんじんする。
また水筒が開けられなくなる。
……この繰り返し。治らないですね、使う部位は。
そして、バイク乗りにとっての、左手親指とは。
方向指示器を操作するのに、必要不可欠なパーツ。
事故直後は、右手で左ハンドルのウインカーを操作した。
あんなのは無理。またコケます。というわけで乗れず。
それがやっと調子よければ水筒が開けられるならば。
エンジンも回してやらないと調子悪くなるし。
ウインカーだって操作できるのではなかろうか、と。
ちょっと走ってみた。
すると……怖い。
雨のなか金属で滑ってコケたから、マンホールが怖い。
のろのろとしか走れず、怖いの相乗効果。
左手の親指以上に、精神的に治っていない。
こういうとき、どうすべきか、私は、知っている。
事故現場に、もどるのだ。直視せよ。
恐怖症は受け止め克服することでしか治らない!!
のろのろと走っていって、道路脇から写真を撮った。
思っていたよりもギザギザ金属の幅は狭かった。
あんなのを、わざわざ、なぞるように走ったのだ。
降りはじめた雨のなか。
そうして、右肩から投げ出された。
骨を折り、ステップが砕け、タンクを凹ませた。
あんなので。
長靴の幼稚園児でも、あれで転ばないだろう。
だけど、でっかいバイクは転ぶのである。
なんというアホな乗り物だろうか。
そうだ……そういう乗り物だった。
なんだか納得する。
おまえの運転がヘタだからコケたんだ。
寝ぼけまなこで雨も気にせず走り出したからだ。
乗ったら死ぬ機械に、死ぬ気で乗る緊張感を失ったからだ。
ギザギザ金属のせいじゃない。
鉄馬に捨てられたんだ。主人失格だと。
たまたまここでコケたけれど、場所の問題ではなく。
怖がることを忘れたから、怖いことになった。
恐がり続けながら、乗らなくちゃダメなんだ。
おまえも凹ませてゴメンなと、謝りながら帰りました。
自分を責めればいいのだ。
私が悪い。それは知っている。だから怖くない。
……はず。

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・2016年5月

kawasakilogo3.jpg.jpg

 そしてこうなった。
 凹みを完全には直していない。
 色も微妙に、あっていない。
 なにより世界でお馴染み、流行の燃費偽装なんてどこ吹く風、現役ラインナップがコンピュータを積んでいなかったりする二十世紀を引きずったバイク製造業カワサキさんのロゴが欠けているので、あらこのひとバイクで転んでタンクを凹ませてそれを直したのねと宣伝しながら走っているような状態だから、完璧を求める気持ちもわかない。

 館ひろしムスタングもそうだが、このまま引退かと噂される彼女が、年季の入った少女マンガ原作ファン層を納得させたのみならず、二十一世紀の現役十代少女たちのあいだで大ヒットということで話題になった映画『ホットロード』でも、ホンダ車のタンクの右側には、がっつり擦り傷が入っていたが、凹みはなかった。

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 一代限りの館ひろしとちがい『ホットロード』の設定では初代がタンクの右側に傷を入れたホンダ車を代々の総頭が継いでいく。原作の少女マンガだとスルーされても、実車で凹んでいるし塗装も剥げているような傷で代々、などということなら「錆びるでしょ」とバイクに乗らないひとだって思ってしまうだろうから、映画では「凹んでいないひっかき傷」として、そこは深く追求するなと描かれていた。

 そう。現実では、塗装の剥げた傷を放置すれば、次の春には錆びてタンクに穴が開く。だから私も、せっせと直していた。見た目よりも、実際的な問題として、タンクの金属を空気に触れない状態にもっていくため。

 見た目の問題は、あとから厚付けパテでも盛ればいい。そう考えていたが、
年を越す前に応急処置は完了し、冬がどうとか言う前に親指と肩が治らないからバイクには乗れなくて、春が来て。

 あいだ数ヶ月空いてみれば……まあ、錆びないようにはできたし、傷は傷として、別にいいか、というような気になる。思春期には乱れた髪の毛一本を遅刻してでも整えた輩も、大人をこじらせれば髭を剃り忘れるどころか別に剃っても剃らなくてもだれも気付かねえよ、という達観を手にするもので。

 事実、黒いアメリカンに乗っている黒い男を、凝視する通行人は中学生くらいだ。特にこっちがスモークバイザーやサングラスをしていると、むしろ目をそらされるのが常である。バイク乗り同士だと「あれKawas……コケたのか、可哀想に」と今日は気をつけろよと親指を突き出されるくらいで、タンクの傷なんて気にしない。私自身、ちゃんとサビ対策して凹ませたままのマシンに乗っているひとを見ると、なんだかツウな印象さえおぼえるくらいだ。

 たぶん、このまま乗る。

 右タンクに欠けたKawasのロゴを貼り付けた黒いバイクを大阪近郊で見かけたら、おそらく私です。いま現在、ピーカンに晴れた青空の下でも道路の金属部分で冷や汗をかいてしまう後遺症を患っているし、いまだ左の親指は二十キロほどを走行するたび休憩をとらないと耐えがたい痛みが走るから、しばらくは……いやもしかしたら、バイクでは二度と、高速道路を使って遠出することはない。少なくとも、いまの「ちょっとそこまで買い物」で冷や汗にまみれて鼓動が早まり、早く帰ってシャワー浴びたいと叫びたくなってしまう私は、アクセルを開けるたび、ミンチ肉になった自分を想像してしまう。実はさっき、仮面ライダーを観ていて、デコボコな砂利道を走るスタントマンを見ただけで背筋が震えて目をそらした。阪本順治監督が、菅原文太 VS シーザー武志 with 新崎人生という格闘技ファンにとって夢のような混沌を描いてくださったのに主演ボクサーがガチ■■で近ごろ入手困難になってしまった映画『鉄拳』における、菅原文太いわく「オレにとっては大事なことなんじゃ」的な恐怖症レベル(その映画で、菅原文太は犬が怖すぎて戌年のひとと付き合えないという超設定である)。

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 でも。だけれども。大人をこじらせたバイク乗りにとって、これは悪いことではないとも思う。トラックに突っ込んで逝った友人がいる。転んで愛車は大破したけれど本人は無事だったという友人は、いっぱいいる。というかバイクに乗っていて、転んだとか走行中に白煙を上げて止まったとかパンクしたとか、そういうエピソードを持っていないひとを捜すほうが難しい。二輪車なのだ。どんなに安全技術が進歩しても、四輪と違い、走行中のパンクとは死。根源的に、そういう乗り物であることは否定しようがない。

 逆に言えば、何度も転んで骨折して、ついに構造上、なかなか凹むことのないタンクが傷つくまでの転びかたをしたのに折れたのは肋骨だけで、半年経って傷ついた腱は痛むものの再びバイクに乗っている。こういう走りかたをしているうちは……たえず自分がミンチ肉になる想像をしながら乗っているならば……転んでもこの程度ということではある。

 恐れが、動物を生かす。
 バイク乗りも、しかり。
 私の野生の直感が、高速道路を走るのは怖い、と感じているあいだは、ほかの物差しはいっさい適用せず、近所に低速で買い物に行くだけにする。

 転んだ場所へも、再び、走ってみた。
 二月には、端から写真を撮るしかできなかった同じ場所を、同じ速度で越えてみた。こんなところで転ぶだなんて、信じられない場所だとあらためて感じる。実際、久しぶりに走り回ってみて、前は平気で走っていたのに「うわあ」となったのは、その場所ではなく、踏切だった。斜めに走る鉄の線路。雨のなかで転んだ鉄のギザギザ金属よりも、もっと幅が広くて、連続している。滑り止めの加工など、むろんない。どうして雨の日に、次々バイクが線路でスリップしないのだろうと不思議に思う。

 飛行機が飛ぶのって不思議だと、いつまでも初心で感じているパイロットさんは信用できる。こんなにつらいのに、生き続けたいと思うだなんて不思議だと、常日頃つぶやきつつ生きるひとは信用できる。

 この乗り物は転ぶものだとあきらめながら、また乗っている自分は信用できる。とても逆説的ではあるけれど。ぜんぜん風を感じて気持ち良いと言えない病にかかってしまったのだけれど。

 でも、ライダー復帰しました。
 嬉しいところが、ないわけではない。

kawasakilogo


 

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