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『初節句中華風』の話。



BoysFestival01.jpg

いまファイル名をつけるのに、
「兜って英語でなんだっけ」
思ってググって、

「それか……」

halmet=ヘルメット。
初節句なのです。
義父が選んでくださった。
おそらくは私の愛車が、黒いバイクだというのもある。
かっこいいヘルメットだ。
事実、私好み。
人形は……
金太郎とかは……
桃太郎でもちょっと……
アンパンマン?
鎧武者も大きすぎると、飾るところが……
息子が六月生まれなため、ほぼ一年の時間を経て、端午の節句。
かしわ餅。
その一年をかけて、暗に要望を伝える努力をした。
おじいちゃん、娘だらけ孫娘だらけで、直系な男子が初めて。
母方の親が贈るものだとかで、やたら気合い入っていたから。
頼みますよ頼みますよと唱えつつ。
それでも不安なところはあった。
そして先日。

「家の前まで来たから運んで」

電話。私に直で。
持ち上がらない大きさなのか。
暗に伝えたはずなのに。
いや。重かった。でも。
置けない大きさではなかった。
開けたら、ヘルメット。
おじいちゃんが胸を張る。
ええ、こういうのが好みです。
もちろんガラスケースのなか。
触らせてもらえないヘルメットに、
息子自身は興味なんてない。
いっしょに写真撮るだけでたいへん。
つまりこれは、そういう催しだった。
義父と、私が。
衝突なく、探りあい、着地点を見いだす。
うまくできたと思う。
良いヘルメットだ。

「nice helmet.」

端午の節句は、まだ先だけれど。
大きく安堵の息を吐いた。
間違いなく、お互いに。

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 ついでに「端午の節句」を英訳辞書にぶっ込んでみると「Boys' Festival」と訳されて、えー、となります。間違っていないけれども。間違っている。

(でもそっちのがおもしろいので、halmetのファイル名は変更いたしました。あしからず)

 そんな愛されし少年祭りを、父上がその日には仕事で、その後も締め切りで、軽く一週間遅れで祭っていた今日でした。祖父母も来て、ちまきを食べる。

 私、兵庫県は相生の生まれです。

 その地には、毎年催される祭りがある。

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『花火の夜』のこと。

『シャコの目』の話。

『ゴジラ VS 太陽の塔』の話。

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 生まれた町のお祭りなので、なるべく予定を合わせて足を運ぶことにしている。

 祖父が逝く前にその前夜祭の花火を観られてよかったと書いている。幼いころはおやつだったシャコがクソ高価な食材になったと書いている。パレードが和洋折衷のわけわからんことになってしまったなあと書いている。

 しかしその祭りの中心は、ドラゴンボートレースだ。
 私がちゃんと見ないから、ちゃんと書いていないだけで、選手たちはむろんその日のために鍛え上げ、花火よりもパレードよりも、ペーロン競漕という日本有数のドラゴンボートレースを観戦しに相生を訪れるひとだって多い。

 なにがドラゴンかといえば、ボートが長く、大人数で漕ぐ。その姿がまるで龍のように見えるから。

 毎年五月におこなわれる、ペーロン祭り。

 これが実は、端午の節句の起源なのだ。
 詳しいサイトから引用させていただく。

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古代中国の春秋戦国時代、楚の国に屈原(くつげん)という詩人であり政治家がおりました。屈原は秦の謀略から国を守るべく努力しましたが、自国内の権力抗争に敗れ国を追放されてしまいました。その結果、楚の国は秦に支配されてしまいます。国の将来を憂いた屈原は、湖南省の汨羅(べきら)の淵に石を抱いて入水自殺をしました。これを知った近くの漁民たちは、屈原の身を案じ、淵に潜む竜や魚に襲われないようにドラや太鼓を打ち鳴らして探し回りました。以来、屈原が入水した旧暦5月5日にその霊を祭る為の小舟レース大会が各地で行われるようになったといいます。時は紀元前278年だったとか。

又、汨羅の淵に入水した屈原の身を案じた漁民達が、「ちまき」で竜や魚の気を引いて屈原の身を守ろうとしたという説もあり、5月5日の命日にはちまきを食べるようになったとも言われています。

一般社団法人 日本ドラゴンボート協会 : ドラゴンボートの歴史

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 現代の競漕でも、そういうわけで、舟上の銅鑼がガンガン鳴らされる。ことのはじまりは中国の底なし沼に棲む大怪獣ドラゴンから愛するひとを守るために出した舟だったのが、なぜだか日本に伝わるころには、その舟がドラゴンボートと呼ばれるようになっていて、ペーロンの競争艇の先っちょにも、龍の頭がついている。鯉のぼりもまた、鯉が滝を登りきるとゴッドドラゴンへと進化するという中国の昔話がもとだ。たぶん、雑魚が困難に打ち勝てばレベルアップどころか龍にさえなるんだぜ、という伝聞は、立身出世戦国時代大好き日本人の肌に合ったのだ。

「なんで龍の舟なん?」

 もちろん、ドラゴンボートの町で生まれた私は、幼いころに訊ねた。あの地で育った、すべての幼な子がそうだろう。祖父母は語る。父母も学んで語る。

 鯉のぼりの吹き流しが五色なのは中国の陰陽五行説から万物すべてのエレメントが調和するさまを顕すのである! などという知識が入ると、関西人気質というやつか、ペーロンの町だという自負もあり、中国故事推しなそもそも論者が増えていき……

「かしわ餅なんて日本で勝手にはじめたもんやし」

 などという、日本独自ルールの批判につながっていく。つきつめると、鯉のぼりなんてものや、端午の節句がボーイズフェスティバルなんて英訳になるのも日本だけなのだけれど。いやドラゴンボートの起源は。だからつまり。

「これじゃない」

 私が言った。
 妻に。

 端午の節句あるあるで「ちまき」と言えば、関西と関東では、まるで違うものを思い浮かべるというのがある。

 妻は和歌山生まれだ。関東のひとにはぴんと来ないかもしれないが、関西人である。初節句、ホームパーティー、祖父母もやってくる。なに出せばいいのかなあ。という流れのなかで私の発した「そりゃちまきははずせないだろ」の言葉により、妻が阪急百貨店の地下で買ってきたのはこれであった。

BoysFestival02.jpg

 これじゃない。
 これ、お菓子。

 初節句でググって知る驚愕の事実。

 私は関東人だったのか。

 「ちまき」=「中華おこわ」だ。
 そんなもん生まれたときからそうだ。ドラゴンボートとともに育ったのだ。五月の端午の節句の行事とは、龍の舟競争。底なし沼に沈んだ屍体が喰われないように、中華ちまきをばらまく国からやって来た。そういう故事から転じて、こどもの日には竹の葉でくるんだモチ米の料理を食すのである。

 しかしまあ買ってきたので、みんなで甘いちまきを食べたのでした。小洒落たデパ地下のオードブルとともに。いいですけれどね。主役の息子は、焼いてもらったパンケーキとイチゴを口に入るだけ入れては飲み込めなくて白目を剥いて吐き出すという物理的にも芸人的にも汚い芸で、親族の笑いを勝ち取って人気者でしたし。

 遅ればせながら、初節句終了。

 我が家の鯉のぼりは、こんなでした。

BoysFestival03.jpg

 なんというかまあ、荒れた滝を登り切り髭の生えた神の龍になる、なんて願いが込められていないことは一目瞭然です。可愛らしい。しかし、それで良いです。ドラゴンになんてならないでも、雲間を泳ぐ鯉が良い。

(ところで今年のペーロン祭りは、毎年五月最終日曜日開催だったのが七月開催に変更になっています。オバマさんも広島まで行くという伊勢志摩サミットで兵庫県警が出払っているため。そしてたぶん、六月だと前夜祭花火に梅雨がぶつかるため。なのでしょうけれども……例年、五月でも観客はタンクトップにサングラスという海辺なのに。ほぼ無呼吸で五分ほどを漕ぎ倒す競技。日差しを遮るものがなにもない海上のドラゴンボートで銅鑼ガンガン。真夏に屋根のない会場でオリンピックをやるというとんでもない話同様、選手のみなさんが心配です。パレードも、ハーレーのおっさんたちは亀の速度で革ジャンとか死ぬだろうけど好きでやっているからいいですが、アスファルト上でよさこい舞う子供たちがいっぱいいるんだが。そっちは本気で不安。あと恒例のゆるキャラ着ぐるみ行列では……路上で気を失う、はばタンを目撃することになるかもしれない。二ヶ月先。興味のわいたかたは、お休みとってふらりと訪れてみてくださいな)


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