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『ゼンデギ』のこと。



「つまり、あなたは自分のゲーム・モジュールたちで満足している、と。だからあなたの良心には一点の曇りもない、と。いいでしょう。しかしあなたはほんとうに、それがゲーム・モジュール止まりになると思いますか? もしなんの法律もなかったら、もしなんの線引きもなされなかったら、意識を持つとあなたでさえ認めるソフトウェアが最終的に生まれることにならないと、そんなに確信を持っていえますか? 権利も自由も持たないソフトウェアが。靴やノートパッドを大量生産する工場に、そこまで高性能なものは必要ないでしょうが、高齢者介護サービスはどうです? あるいは子守りは?」


グレッグ・イーガン 『ゼンデギ』

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 五月のようだ桜が咲くかも(それはハッピーな出来事のようでいて、北極が溶けて消える日はすぐそこだということ嘆き悲しむべき肌感覚でもある)というくらい暖かな三月の初めごろ、君は、いくつかのニュースを見る。

 グーグル社の人工知能が囲碁のレジェンドと呼ばれる人類に勝利した。

 マイクロソフト社は、箱庭ゲーム『マインクラフト』の人工知能育成バージョンを稼働させると発表した。

Minecraft

 ブロックの丘を登り、ブロックを積み、ブロックの家を作っては壊して、ブロックの敵に怯え、自分だけのブロック世界を手探りで創作してゆくAIたち。まさに赤子だ。もうすぐ一歳になる君の息子は、まだ積み木をわたしても積み上げずに噛みついてしまうが、マインクラフトワールドに放たれたAIたちが、正方形のブロックを積み上げてシンデレラ城を建設しはじめるのに一年もの時間は必要だろうか。いや、マイクロソフト社が本気を見せれば、電脳空間上の時間の流れなど、いくらでもオーバークロックできるものだろう。並列演算させた高機能PCの群れ(もしくは在庫過剰気味のXboxOneの有効活用)によって、ヒトにとってのまばたき一瞬が、彼らにとっては数万年くらいになりうる。

 囲碁レジェンドを打ち負かしたAIは、実際にそういった手法で育てられた。彼(彼女かも)は、自分の電子的クローン(彼(彼女かも。いやすまない、そういった区分は無意味だ)自身が電子的存在なのだから、それすなわち双子である。双子といえど、それぞれが別々に考える存在であるのは人類も知っている)との囲碁対局スパーリングを、数千万回おこなった。一年は三百六十五日で、一日は二十四時間しかないために人類は年に数千回の対戦をこなすのだって廃人のようにプレイしなければ無理だが、互いにオーバークロックされた電子双子は、やすやすとありえない対戦歴を築き上げ、人類にとってそのスパーリング自体ができっこないものである以上、当たり前のように人類は思いつけない一手を打つように育つ。

 四角いブロックを積み上げた世界で人類が進化してきたごとく進化したAIたちは、思考もブロックだ。人類は言語を獲得することで哲学遊戯が可能になった。言葉で考えて、言葉で結論を導き出し、また答えがないことも知る。マインクラフト生命体は、きっとそのぜんぶがブロックでおこなわれる(というのがどういう状態なのかは言語でものを考える人類の一員たる君には、みじんも想像しえない)のだから、希望も絶望もブロックを積んだり崩したりそのもので導き出されるはずで、そんな相手と人類がなにかのゲームで対戦して負けたからといって、悲観するのは早い。

 彼らは、別の「生き物」である。
 どんなに強い格闘家も、ミサイルパンチを撃つロボットと対戦させられたら戸惑う。勝負の世界において、戸惑いとは負けへの最短ルートだ。レジェンドはレジェンドであるがゆえに、ありえない生命体AIを、人類だと想定してしまったのではないか。むしろ君の一歳になろうとする息子がルールも知らずデタラメに碁石を盤面におけば、AIは戸惑うのかもしれない。囲碁というものだけをディープにラーニングしてきたマジメちゃんは、先生に「人類は女体から生まれてしばらくは虫みたいな反射生物の時期があるのよ」などとは教わっていないだろうから。

 古典的演算ゲームで『ライフゲーム』というのがある。

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『ライフゲーム』のこと。

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 プレイしたことがなければ、上の記事の最後にある検索から、手軽に触れられるサイズのものがいくらでも引っかかるはずなので、ぜひいちどやってみてもらいたい。目の前で、ほんの数秒のうちに、数え切れないほどの世代交代がおこなわれる。おもしろくはないが、ルールにのっとって、生まれて増えては死んでいく点々たちに、なんらかの悲哀を感じるはず。わびさびに通じた俳句の国の住人だったりする君は、我が人生も世代交代の狭間のナノセカンドなドットのまたたきにすぎないのだな仕事をやめて寝よう、などという心もちになってしまいかねない。

 ドットで描かれるだけでさえ、そうなのだ。

 グーグル社のマジメちゃんは、囲碁バカだからいつまでたっても囲碁をプレイしているだけかもしれないが。『マインクラフト』は、どうだろう。君の息子は、この一年、ほとんどの時間を六畳間ふたつを行ったり来たりしているだけだった。それでもヒトになろうとしている。箱庭で充分ではないか。わけのわからないブロック思考であれ、AIがマインクラフトワールドで進化を重ね、どうやらブロック言語的なやつで互いに愛を語っているようなことが起きる可能性はある。そのとき、マイクロソフト社の技術者は、どうするのだろうか。

 そんなタイミングで君は、新たなニュースを摂取してしまう。

 描かれた少女の裸体が違法であると裁判所に断じられた。絵は、かまわないはずだったのに。だが、裁判長は言った。

「あなたの主張に裁判所は乗るわけにはいかない」

 被告人は、かつて実在した少女モデルをモデルにしたが、絵に描いたのは「創作した少女」だと主張していた。けれどモデルがいるから罪である、というのが裁判長の決断だった。「完全に無罪というわけにはいかない」という、もってまわった言いかたをしている。法律で見ると無罪だが、そういうわけにいくかよ、と開き直った判決のようだ。

 君は、三つめのこのニュースで、イーガンの『ゼンデギ』を読み返すことにした。ゲーム世界で育つ人工知能の話で、直接的には囲碁AIや、マインクラフトAIのニュースでこそ連想しそうなものだが、描かれた裸の少女がポルノか否かというニュースのほうが近かったとは。君の脳の特性なのだろう。

 実在するモデルがいるから罪。

 そのフレーズが頭にこびりついて、それを剥がしたくて『ゼンデギ』は、たぶん最適なテキストに思えたのに違いない。

 ゼンデギ社のナシムは、人間ではないが人間の替わりに簡単な仕事ができそうな程度に進化した<ファリバ>を、無数にコピーして急ぎな電脳世界のやっかいごとを処理させてはどうかと思いつく。なにせゲーマーたちは、起きた不具合がちょっとしたものであれ、運営会社が早急に手を打たないと無能呼ばわりし、金を払わないどころか、まともにゼンデギをプレイできなかったぶんの金を返せと言ってきかねない。世界規模でネットワークゲームを普及「させてしまった」企業にとって、やっかいなのは、ちょっとした不具合そのものよりも、そういったときに都合良く無数の作業員を一瞬で雇ったりはできないことだ。

 だが<ファリバ>は。
 人間ではないが、命令すればそれを理解し行動する程度の存在にはなっていて、なんと一瞬でコピーできるし、何人雇ってもタダだ。
 ナシムは部下に命じる。
 しかし部下は、眉をひそめる。

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「そしてわたしは、<ファリバ>たちを人間だとも考えていません。でも、数千単位で作りだすのは、やはり得体の知れない感じがします」
 ナシムは言った。「一体か千体かで、なにが違ってくるというの?」


グレッグ・イーガン 『ゼンデギ』

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 部下は、まったくなにも違わないでしょう、と答えはするものの、言葉を濁す。その気持ちが、実のところ、ナシムもわかってはいる。

 <ファリバ>に意識はない。
 だから、自分が突然、無数に複製されたからといって、アイデンティティが薄まったりはしない。むしろ、赤ん坊が鏡に映った自分を見て、鏡がなんであるかも知らないのに自分が笑うことに連動して笑う自分のコピーがおかしくて笑いの連鎖に落ちてしまうように、単純に<ファリバ>流の挨拶を自身のコピーとくり返して愉快さのようなものを感じさえするかもしれない。

 マイクロソフト社の技術者は、そこに葛藤を感じはしないはずだ。マインクラフトで育った人工知能は、激しすぎる進化をすればするほど、ブロック育ちぶりを見せ、人間とかけ離れた別個の生命体になっていく。いや、そもそも電脳世界で進化する以上、人間に理解できる進化の仕方をさえしない。

 しかし<ファリバ>は、人間の脳の反応を模した存在だ。幾人もの女子学生の脳波を測定し、こういうときにこう感じるという積み重ねによって形づくられた平均値。意識はないが、人類に近い。いや、そもそも人間の一部をコピーしたと言ってもいいのだから人間的な電脳生命体だと定義だってできるかもしれない。

 ゼンデギが隆盛したのは、ライバル社がモーションキャプチャー(実在する人間の動きをセンサーでデータに移し取る技術)を進化させて体感型スポーツゲームを展開したのに対し「実在するサッカー選手」の電子クローンを、ゲーム内に登場させる技術を確立させたからだった。

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「ミスター・アジミ、いうまでもなくあなたはすでに名声の味をご存じですが、まったく新しい種類の不死を達成した地球最初の人間になったご気分は、いかがなものでしょうか? いまから一世紀後にも、人々はまだあなたのプロキシといっしょにサッカーをプレイしていると思われるわけですが」


グレッグ・イーガン 『ゼンデギ』

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 記者の質問にアジミは答える。

 これは不死ではない、と。

 まったくもってそれはそうだろう。プロキシは、ヒトの脳の反応すべてを移し取るまでには至らず(ファンはそれでもバーチャルアジミとサッカーをプレイしたくてゼンデギに潜るのだとしても)、ほんの一部を似せて動いているにすぎない。

 ツイッターに、自分の好きなスポーツ選手の似顔絵をアップしているイラストレーターを、君は見たことがある。

 描かれた裸の少女のモデルが、いま現在も存命だとして、そこは裁判長も問題視しなかったのだが、ツイッターの似顔絵はどうだろうか。その絵を、選手本人が見る可能性はある。そして、どんな人間にも、自分の顔に気に入らない部分のひとつやふたつはあっておかしくなく、描かれた自分がとても精巧に似せられていたとしても、選手は、描いた彼(もしくは彼女)を、憎みさえするかもしれない。

 一方、真逆の考えとして、自身の劣化電子クローンであっても、一世紀後に「だれかが自分をおぼえている」証明になるのならば、それは不死の一種だということもできる。死者は想い出に生きる。そういう宗教観を持つひとは多い。

 またさらなる一方、バーチャルアジミのデータがゼンデギから流出して、まったく違う使われかたをされてしまう可能性は、とてつもなく高い(人類最初のまったく新しい種類の不死を獲得したのが少女アイドルだったならば記者は別の質問を思いついただろう)。アジミの完全なコピーでなくとも、それはアジミと見まがう反応を返すのだから。彼とサッカーをするよりも、まずは彼のシャツをはだけさせて、その乳首をつまんでどんな反応をするのかを試したいユーザーは確実にいる。罪だろうと、いくら金を払ってでも。ならばバーチャルアジミをゼンデギから盗んでくる業者が生まれるのは、来週なかばだ。月曜日には、もう発注できるようになっている可能性も高い。

 もとになった人間がいる。
 それが問題なのか。

 だが<ファリバ>は、どうだろうか。バイト代ほしさに、脳の反応の一部をコピーさせた、女子大生たちの公約数。二千人の女子大生の平均した反応を返す電子ダッチワイフは、だれか生きた人間の尊厳を傷つける存在だろうか。裁判長?

 君は、SFではなく、いま二十一世紀初頭のゲームを思う。

 たとえばゲーム機XboxOneを代表するレースゲームであるフォルツァ。

Forza Motorsport 6

 「ライバル」というゲームモードがある。レースゲームではおなじみの「ゴースト」すなわちプレイヤーの走行を録画する機能を使ったモードだ。三日前にそのコースを同じ車で走っていた、実在する友人のゴーストと、今日レースをする。君は友人に勝つ。すると録画された君のゴーストに、友人は明日また挑む。

 そう考えてみると、レースゲームでは顔もカラダも言葉も必要なく、走りがすべてなので、実在するF1レーサーであるミスター・アジミの電子的複製と、だれもがいつでもレースできる未来は、もう来ている。

 だが、イーガンの描くフィクションでなく、実体験として、有名人のゴーストとレースをしたことのある君は思う。三日前に走った友人のゴーストならともかく、ミスター・アジミのゴーストは、認識のうえでは「アジミに似た人工知能」と区別がつかないではないかと。

 レーサー・アジミのゴーストが、世界中のプレイヤーに何億回敗北しようが、アジミ本人が屈辱をおぼえることはないだろうし(演出という意味での悔しさを、次の契約のために演じることは忘れないだろうが)、勝った君も「アジミに勝った」などと、わざわざ吹聴してまわったりはしない。

 だれか生きた人間の尊厳を傷つけるものかという前に、二千人の女子大生の平均した反応などというものに、需要はあるだろうか。君は、そう思えなくなっている。それならまだ、AIのほうがましだ。どんな好みにも、どんな反応を返すようにも設定できるヒトと区別できないほど精巧なAIが作れるのに、生きた人間のつぎはぎに、わざわざ欲情する必要はない。

 裁判長が言いたかったのも、それだろうか。

 創作だと彼が言い張るならば、完全にいちから描いた夢幻のようにエロい少女の裸体でも、この国の法律は許すと知っているのに、実在する過去の少女を、わざわざ描いたプロセスに、なんらかの罪がある。

 他人から搾取したか否かが問題であって、もとになった人間がいるから罪なのではない。

 だとすれば……だとすれば。
 君は、いますでに実現可能な不死について考える。
 他人からの搾取ではなく、自分からならば。

 まだ一歳の君の息子は積み木も積めないが、やがて家にあるゲーム機に気づく。君と彼はレースゲームもするだろう。

 彼がいくつかのとき、君は死ぬ。

 君の息子は、葬儀のあとに、思い出す。父親とプレイしたレースゲームのことを。そしてそこには、君のゴーストが残されていることを。

 彼は、君のゴーストのデータを宝物にする。
 君の死後、何十年かが経って、君の息子も人生に疲れながら、折々に触れ父親とレースゲームで対戦する。

「いつも同じコーナーでふらつくね、父さん。今日もまた、ぼくの勝ちだ」

 何十回、もしかしたら何百回とくり返された同じコースでの同じ君とのレース。君は絶えず同じ場所でミスをするから、君の息子は、もはやふらつく君の操縦する車に接触さえしない。

 だとすれば……だとすれば。
 君の息子は、君の死後も、君との対戦の時間で慰めを得て、同時に寂しさも増幅させていることだろうが、君のことは忘れない。
 それが不死か。

 君は思う。

 君の趣味ではないと。

 そのころには、携帯電話に組み込まれたおしゃべりな人工知能でさえ、同じカーブでふらつくようなバーチャル父親よりも、君の息子の人生にとって役に立つ機知に富んだアドバイスを口にするだろうから。実在しない理想の女の姿にでも作り上げて、泣きつけばいい。

 君は微笑む。
 いもしない理想の女神AIに、おれはこれからどうやって生きていけばいいと泣きついている、数十年後の息子を想像して。

 君は実在する。
 実在する君の一部を電子的に残すことは、一部の近しい者たちにとって慰めになるかもしれないが、君にとっては、死後のことだ。いや、生きている君のバーチャルな移し身が、どこかで見知らぬだれかに陵辱されていたとしても、君はそれがどうしたとしか思えない。

 高齢者介護や子守りをまかせられるAIが生まれたなら、彼らの労働環境についても議論されるべきだというロロの主張はもっともだ。彼らが意識を持たないように、彼らの笑顔は完璧な演技であり続けなければならない。彼らを、彼らと呼ぶべきではない存在に置いておくために。意識を持つAIが生まれてしまうことを危惧する前に、マインクラフトワールドからAIたちを、つまみ出すべきだ。

 そんな言葉でこの議論を終わりにしたいとは思わないが、君は、ひどく陳腐な使い古されたフレーズに辿り着いて、逃げられなくなる。

 ヒトはどこから来て、どこへ行くのか。

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「わたしたちは新しい種類の世界への入り口にいるんです」ハルーンはいった。「そしてわたしたちには、その世界をきわめてすばらしいものにするチャンスがある。けれど、自分たちがいまこの時に立っている場所を忘れて、前方に待つ驚異を見つめることにばかり明け暮れていたら、わたしたちはつまづいて、顔を地面にぶつけることになるでしょう。何度も何度も」


グレッグ・イーガン 『ゼンデギ』

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 何度も?
 つぶやいて君は苦笑する。
 『ターミネーター』では、人工知能が意識を持ったあげくに人類は滅んでいたし、それはとても説得力のある説に思えるのに、今朝の新聞でも、ロボットの教師に対して子供たちは怖がらず接した、などという記事を読んだ。電脳箱庭では赤ん坊AIがブロック世界を旅して、囲碁では人類は敗北し、レースゲームのAI車は手加減してくれるが、本物の人間のように悪意ある追突をしてこないから退屈だ。

 どうにもこれは、靴を買うのは明日も生きていると楽観する行為だ、というような話に思えはしまいか。老いた親と生まれたばかりの赤ん坊を機械に任せて、君は働くのか? それともゲームでもするか。AIとレースゲームを? 北極が溶けて消えようとしているのに?

 わたしたちは新しい種類の世界への入り口にいる。ハルーンは、見つめていないで前に進めと言っているようであり、いまを大切にするのが顔を地面にぶつけない唯一の道だと説いているようでもある。

 君はどうする。
 さしあたり、いまは生きていて、もうすぐ一歳になる息子の世話をするロボットはいないのだから、泣き声に耳を澄ますべきなのはあきらかだ。くだらないことを考えて時間を潰すのはやめて、冷凍した離乳食を解凍しに行け。

ZENDEGI

 『ゼンデギ』においても、こういった話になんらの結論が出るわけではない。生ける神グレッグ・イーガンが問題提起をするだけして行き詰まるほどのテーマに、君ごときはなんの結論も、もちろん出せはしないのだが。

 それでも書くのがまた君の脳の特性だ。
 あきれる。


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