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『風邪をひいた』の話。






 ひさしぶり……記憶にあるかぎり数年どころではない、ひさしぶりに現在、風邪をひいております。職場では役に立たず、家では寝込んで数日。まだ治らない。

 ケガはするけれど病気にはならないヨシノギくんも知ることになるさ幼い子供がいかに外から次々病原体を持って帰ってきては自分のみならず家族中をまきこんでの発熱と嘔吐の宴を開催するのが大好きかをね!!

 などと先輩に言われたりしたのに、生後八ヶ月の息子を初めて寝込ませたのは私のほうでした。ようやく私は起き上がって原稿の続きを書かねばと数日ぶりのマイ書斎キーボードに触れてみたけれど小説が書ける状態でないのは即座にわかったのでこうやってブログで指と頭のリハビリをしてみようかというくらいには回復。

 息子は泣きもせず眠り続けている。

 不憫だが、各種細菌の類に感染して抗体を作る日々こそ体内小宇宙弱肉強食のことわり、父親が薬屋だとお土産に持って帰ってくる病原体だって充実しているから、強力な抗体ラインナップコレクションができあがるのではなかろうか。

 実際のところ、間近に接する相手がほぼ全員病人という職種ではあっても、専門施設の方というのはゴム手袋に消毒なんていうところがしっかりしているものだが、小売店の白衣着たひとなんていうのは。

 レジ打って、おつり渡すときに手に触れて。次のお客さんの前にゴム手袋を替えます? せめて消毒します?

 ……もちろん、要所要所にも、帰宅時にも、念入りに手洗いはするけれども。こうして発症するわけですよ、風邪ごときが。手強い。

 しかし、ふと考える。
 考えるというか、このところ、数人の常連客さんに相次いで指摘されたので、自分でもブルーになっていたことを。

「痩せた?」

 腹の話ではない。私は普段、白衣を着ているのでウエストがない。見た目で胴体の分厚さの増減など、判別できやしない。

 男性の常連客さんとは、車やトレーニングの話もすることがあるが、女性客というのは、店員側の情報をあまり欲しないものだ。そうしたこともあって、彼女たちは見た目の直感でものを言う。こと体型のことに関して、ドラッグコーナーとフィットネス機器売り場を店内順回路に組み入れていて、そのどちらかに私がいると軽く雑談していくようなお客さんたちは、けれど、私が数ヶ月前にバイクで事故したことを知らない。

 右肩はまだ痛い。だからあれ以来、いくつかの上半身の運動を下半身に振り分けているのは、いまもまだそのままだ。プッシュアップが減ったぶんスクワットが増えて、むしろ太ももの筋肉のほうが肩よりも太りやすいから、現実には私の体脂肪率は全身で見れば増減していない。けれどついに常連さんに違和感を感じさせるほどになったのである。

 肩の筋肉が落ち始めている。

 腕立て伏せしながらも、自覚はある。事故前はもちろん、筋繊維を断裂させて太らせるのが目的なわけだから、カラダを上下させながら負荷がよりかかるよう、意識して体重移動していた。それが事故後は、絶えず「この角度でならば痛くない」を基準にしている。筋トレ時に限らず、日常も、仕事のときも。重い荷物を見せられて「痛くない」選択肢を考える。軽々運んでいたものを、大事をとって台車を使ったりする。それが数ヶ月続くと、他人の目にもあきらかにわかるレベルになってくる。

「痩せた?」

 と数人に訊かれて、直後に思い出せないくらいぶりに重篤な風邪をひく。

 祖父のことを想い出す。

 彼の場合、つまずいたのが最初だった。ころんだら足の骨にヒビが入った。入院した。目に見えて痩せた。風邪をひいた。肺炎になった。逝った。

 昨今、よくある最期である。
 天寿をまっとうした、と対外的には表現される。

 まだちょっと風邪気味、という段階で、黒いシャツで病室を訪れた私に「タクミ、もうちょいかかるで」と言っていた時点で、本人も、ほとんど自宅に帰ることなく逝くのだろうなとあきらめていた節があった。

 私は、数ヶ月前のを含めバイクで二度、その他の件で二度ほど「終わった!」と悟った事故に遭ったが、生き延びたことに気付いたあと、その「終わった!」が持続して、加速するなど経験したことがない。

 だが祖父の歳と体調と精神力では、それが起こった。

 つまずいて運悪く骨を折り、ギプスで固定されて、病院のベッドの上。その場所でまだ「終わった!」の思いは加速を続けて、現実を引き連れてくる。

 私がその長いコートの裾のひらめきを一瞬見てゾッとした黒い死神の姿を、祖父は、全身が見えているどころか、触ってくる尖った爪を払いのけている状態だったのだと思う。無駄だとなかばあきらめながら。

 一方、ゼロバイトも埋まっていないメモリチップにいま一個目の風邪の抗体という武器を書き込んで死神に対峙しようとする息子。

 私は、まだかろうじてあのときの祖父よりも息子の側に近い年齢で、けれど確実に折り返すあたりにいて、骨を折って、腕が上がらなくなって、肩が痩せて、風邪をひいて、でもまだもとにもどる気でいる。祖父はつまずいたから逝ったのだし、風邪をひいたから逝ったのだけれど、私は、まだ。しかし生まれて初めての武器を装備している息子を見て思う。

 長らく、ひかなかった風邪をひいたという時点で、私の武器は錆びている。薬屋なのだから、病原体には触れる。けれど発症しなかった。それすなわち、体力で押さえつけてきたものが、今年の冬は、隙があったのだ。なにがだ。なにが? はっきり痩せているじゃないか。痛くないようにとかいう理由をつけて、手を抜いた鍛えかたをしているからこうなるんだ。

 これが来年には、当たり前に今年も風邪をひいたと言い、筋肉はもどらないと嘆き、目が見えない、髪が消えた、ところで真黒い服のきみはだれだね、ああ死神さん……

 でもまあ、そういうものなんだろうなあ、とか。
 風邪ひいたごときで弱気になる。
 これがダメだ。
 ほら、こんなメンタルで小説に触れなくてよかった。

 ついでに書いておこう。

 現代ではよく知られた話だけれど、風邪で出る熱はカラダ様がウィルスを滅殺すべく放っている攻撃であって、昔はダメだとされていた入浴も、いまはさらに体温を上げて攻撃部隊白血球ライダー増産に効果ありとされている。

 解熱鎮痛剤で熱を下げてしまうと、結果的に熱が下がるのに二倍の日数がかかるようになる、ということから、解熱鎮痛剤に昔は効能効果として記述されていた「感冒時の発熱」は抹消された。

 つまり、風邪の熱は薬で下げるなという公式の見解があるわけだ。言わずもがなだが、咳はウィルスを含んだタンを排出するためであり、鼻水もそうだ。つまり、それらを止める薬は飲めば飲むほど、完治するまでの日数を伸ばしていることになる。それでも知恵ある現代人がなぜ薬屋に風邪薬を買いに来るのかといえば、それでも今日、行かなければならない戦場があるからなのだろうが。

 その営みを一日中、自分も風邪で仕事にならないでぼおっと見ていると、サービス業従事者の増えた日本人の多くがかえって忙しくなる祝日での連休など廃止して、平等に順番に取れる超長期休暇を義務づけるのは意外に良い方策なのではなかろうか……という話を膨らませるのは、まだぼうっとしているので、今日はやめておきます。



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