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『キーボードについて』のこと。


 前回、小学校のころの暗い感情について書いていて、同時に思い出したのだけれども。

 そのむかし、任天堂製のファミリーコンピュータというゲーム機があった。

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 そのゲーム機に、パソコンのようなキーボードをつなげてプログラミングができる、ファミリーベーシックなる商品があって、まあプログラミングができるといっても、メモリは2000バイト。Windows10のシステム要件が32ビット版で1ギガバイトだが、1GBとはだいたい一億バイトであるから2000B=2KBとは、1GBの五十万分の一くらいだ。五十万円あれば、うまい棒を五万本買える。うまい棒を一食五本で一日十五本食べても、三千三百三十三日だから、およそ九年。たぶんその前に食生活の乱れで、なんらかの疾患に悩むことになって病院に入って流動食というようなことになるだろうが。

 ともあれ、ファミリーベーシックは、うまい棒を九年食べるくらいして躯をこわして、やっと最低レベルでWindowsが動くなあ、というくらいの性能しかないので、たとえばテーブルテニス(画面の両端に棒が二本、それでドットの球を打ち合うというようなやつ)のような単純なゲームを作ってみたところで、行き交う球は、もっさーーーと亀よりも遅い速度でしか動かないという始末だった。

 そう、そういうものが、私の最初のキーボードだった。

 ところで、ファミリーベーシックは外部記憶装置としてカセットテープを使用する。純正のカセットデータレコーダーなる商品もあるが、ふつうのラジカセも使えて、もちろんファミコンのソフトとしては高価な部類に入るファミリーベーシックを各種の嘘もまじえながらおこづかいでは足りないぶんを両親方面から引っ張ってきていた私は、自宅にあるラジカセを流用するのが当然の流れで。

 しかしこれが、むちゃくちゃに繊細な作業だった。

 カセットテープに一種のパソコン(当時はマイコンと呼ばれていた。ああ懐かしのマイコンベーシックマガジンなどという雑誌もあったものだ)であるファミリーベーシックのデータを書き込む。それはつまり、フロッピーディスクの代わりにカセットテープを使うというような仕組みだ。けれどカセットテープに書き込まれるのは「音」である。

 実際、ファミリーベーシックとラジカセをモノラルケーブルでつないで、いざ録音ボタンを押してみると、FAXのような音が流れる。ぴーがががががが、というようなやつ。ファクシミリの仕組みも、音声回線を使って画像に変換できるデータを送っているわけだから、ファミリーベーシックと変わらない。

 ただ、フロッピーディスクドライブや、ファクシミリ電話機には、ボリュームコントロールというものがない。世界中、どこででも同じレベルで書き込み、それゆえに世界中どこででも、書き出せる。

 そこが問題である。ファミリーベーシックに私がつないだのは、ラジカセなのだった。任天堂製のファミリーベーシックから出力されるデータを音に変換したそれは一定レベルだが、録音する側のラジカセのレベルは、私がボリュームスイッチをひねって調節せねばならない。

 そしてもちろん、任天堂は純正のカセットレコーダーを販売しているのだから、ソニーやナショナル製のラジカセで、ボリュームスイッチをどこに合わせればいいかなど教えてくれない。というか、そんなものは機種ごとに微妙に違うだろうし、もっと言えば、理論上はラジカセが流用できるはずだけれど、本当にできるという保証を任天堂が出しているわけではないのだ。

 さて、どうするか。
 言うまでもない。ファミリーベーシックからのデータを、少しずつ録音レベルを変えながら録音し、それをファミリーベーシックへ返してエラーが出ないかどうかを確認する。

 最小音量から、最大音量まで。
 録音しては、エラーが出ないか確かめる。
 ぴーががががが。

 エラーは出続けた。
 私は号泣した。
 赤ん坊のころを抜けて、あれほど声をあげて泣いたのは、それが最初だった(おとなになってからはしょっちゅうある)。
 一週間は、それにかかりきりだった。
 私を遠巻きに眺めていた母親が、さすがに「それは本当にできるものなの」というような疑問を口にしたが、それを言いたいのは私だったし、私は母親に言い返すかわりに、無視して泣き続けた。

 やがて、罵倒することをおぼえた。記憶にある限り、それこそが、私が世を呪い神を罵倒するということをおぼえた出来事だ。

 途中、はっきりとあきらめて、ファミリーベーシック自体をなかったことにしようかと考えたのを記憶している。プラグラミングの素人ともいえない素人の極みで、一日に何行も書けない。なにかのベーシックプログラムが、とりあえず動いたりするには膨大な時間が必要なのはわかっているのに、記憶装置が機能しない。毎日、数行書いては消える。それって、なに? なにも動かず、なにも完成しないファミリーベーシック生活。きっと両親は怒るだろう。ギターを弾きたいが全財産はたいても足りないから援助しろとごねまくられてそれを成したのに、息子は一音も弾かずに買ったギターへ埃を積もらそうとしているというようなものだ。状況的にはそうだから、実はこのギターを鳴らすには追加の高価な装置が必要だったなどとも言えない。だいたい両親は、そもそもファミコンがなんであるかをわかっていなかったし、ファミリーベーシックでプログラミングが、などという私の話は理解しようともしていなかった。

 だから、ファミコンにつないだラジカセを睨みつけ、一ナノずつボリュームを変えながら何百回もぴーがががががを録音してはまた絶叫し号泣し怒鳴り散らす、私を彼らは放置した。

 父は建築家なので、製図板に向かうと、そういう私と同じ状態になった。近づいただけで胸ぐらをつかんで部屋を追い出され、仕事中だ音も立てるな、というような。自分がそうなのだから、あまりにも明確にその遺伝子を継いだ振る舞いを見せている私に、なにが言えるはずもないし、母は、おそらくはそういう父の「描きはじめたら鬼」みたいな部分を積極的に好んでいたわけではないと思うのだが、対処法は心得ていた。ふたりめの小鬼が家のなかに現れたとき、なにをやっているのかを訊かず、腹が減ったと私自身が生理的な限界を迎えるまで、泣こうがわめこうが好きにさせたのである。

 おかげであの一週間は、学校へ行ってもなにもできなかった。なにせ、考えて解決策を導き出すというような問題ではない。とにかく家に帰って、ラジカセのボリュームつまみを人差し指と親指で挟むしかないのだ。

 ついに成功したとき、私は、絶対に消えない油性ペンで、くっきりとラジカセのボリュームレベルをマークし、なんども検証し、本当にやり終えたのだということを信じがたい思いで納得したあと、両親に報告した。

 母親は、その後の数年間、知人を家に招くたび、ファミコンとファミリーベーシックとラジカセを指さして、それらと私が半狂乱の時間を数百時間におよんでいかに演じたかを語ったものだった。その結果、私が得たのは「ファミリーベーシックのデータをカセットテープに記録する」ことだけであって、父のように仕上がった設計図面があるわけでもないし、家が建つわけでもないし、母がいくら語っても、私は、なにも見せられないから「へえこのおとなしそうな坊やが泣きわめいたりするのね」と感心されても、肩身が狭い思いをするだけだった。

(これも、おとなになったいまも変わらない。私は職場で若い子のあやまちを笑顔で許容するため「神父さま」と一部で呼ばれているが(スタンドカラーの白衣を着ているせいもたぶんある)、そのあだ名を私の妻が知ったら鼻で笑うだろう。私がなにか行き詰まった作業に取り組んでいるときの罵詈雑言は本物の神父さまが聞いたなら、神の裁きを待たずにみずからで私という悪を討とうとするレベルである)

 長々と個人的なことを綴ってしまったが、これが私のバージンキーボードの話だ。赤と白のファミコンカラー。プログラミングには使えたけれど、アルファベットしか打てないので、いま現在私が主にローマ字入力で日本語を書いている用途とは、直接的には絡んでいない。

 だから話は続く。
 その後、私は熱心なMSX2パソコンの信者になった。
 MSXとは、マイクロソフトとアスキーによって提唱された8ビット・16ビットのパソコンの共通規格のことだ。
 今年、2015年はMSX2生誕30周年の記念イヤーである。

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(↑この電子雑誌の発刊は二年前。つまり、MSX1からMSX2まで二年だった。パソコンとして考えてもゲーム機として考えても、あまりに速い商品サイクルだが、その「技術的に出来たから即売る」的なスタイルこそがMSX規格の醍醐味であった。同時期に電子ゲームの歴史を変えたファミコンがスーパーファミコンへと進化するまでには七年を要しているのに、MSXは、二年でMSX2になり、その後の三年でMSX2+になり、そのまた二年後にMSXturboRへと進化したが、MSX3にはなれず世から消えた。つまりファミコンがスーパーファミコンに進化する七年のあいだに、MSXは四世代進化し、スーパーファミコンとは競うこともなくフェードアウトしたのである。なんと華麗な時代のあだ花であったことか)

 私が生まれて初めてさわったワードプロセッサソフトは、ソニーの『文書作左衛門』だ。MSX2用のソフトである。ちなみに私の愛機だったMSX2はソニー製だったが、プリンターはパナソニック製だった。父親の仕事関係で、膨大な量の年賀状の宛名書きをしたことをおぼえている。当時はまだ多くなかった自宅でプリントアウトされた宛名書きの年賀状というものを出したい父親と、とにかく次々出るMSX規格の新商品の、少しでも上のランクの商品を手にしたい私の利害が一致して、幸運にも私は、私専用のキーボードとパソコンとワープロソフトにプリンターを手にしたのだった。父の年賀状の宛名書きというアルバイトといっしょに。もちろん、パソコンにもワープロにも疎い父親を口八丁で騙した側面は否定できない。MSX2パソコンをワープロ化するよりも、ワープロ専用機を買ったほうが、大人的には正しい選択である。MSXは先鋭的であるがゆえに実験的でもあって、さすが時代のあだ花という、数年で使い物にならなくなるやっつけ商品のオンパレードだった。

 だが、なんにせよ、私はワープロを得て、新たな世界に漕ぎ出した。  

 今年は映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』公開から三十周年の記念イヤーでもあるという。

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 『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』で今年2015年にタイムトラベルした主人公マーティ・マクフライが履いていたスニーカー、NikeMAGも発売される。

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Nike News - The 2015 Nike Mag

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 各種企業が、三十年前の映画でプロモーションするなか、世界のトヨタ自動車は、俳優本人たちにぶっちゃけたトークをさせる。



 映画の未来では使っていたFAXを、マーティーは現実には使わなくなったねと言い、ドクは「わしゃまだつかっとるぞい」と返している。だれに送るんだよと聞き返されるが……

 私の2015年でも、FAXは欠かせない。

 ほとんどの発注作業はいまやオンラインだが、たとえば風呂蓋とか、カーペットとか。変形特注品の注文を受けたら、私の手書きの図面をメーカーへ送る。もちろん、それをメールでおこなうことだってできるのだが、慣習というものだろうか、やっぱり三十年経ってもFAXを使っている。

 そう考えて、私の世代が特殊なのかもしれないと思うようにしている。

 なんの話かって?
 個人的なキーボードに関する長話をここまでしてきたのは、私が内弁慶ぶりを発揮して個人ブログに愚痴をぶちまけ、リアルな職場では神父さま的ほほえみモードを維持するためである。

 もうほんとうにとにかく、最近の子のキーボードが打てない具合は、ひどすぎる。販促POPをマイクロソフトエクセルで作る手順は、ニコニコと教えられる。だが、FAXで発注するのはややこしい特注品だけだ。たんに棚に並んでいるはずのものがたまたま切れているといった場合、サービスカウンターのパソコンで、オンライン発注をする。お客様の目の前で、お控えをプリントアウトしてわたさなければならない。

 これも、ソフトのあつかいかたは一日あれば今日入ったバイトの子にも教えられる。でも、問題はキーボード。入力するのは、お客様の名前と、住所程度なのだけれど。それを入力してプリントアウトするのに、ゆうに五分かかったりする。目の前にお客様を待たせて。困る。

 えー、きみらの世代って、学校でパソコンの授業あるんじゃないの?

 あったけれど、パソコンの使いかたを習ったのだとか言いやがる。なにやってんだ文部科学省。

 『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で描かれた、今年はその未来で、ナイキの未来スニーカーは実際に発売されたし、ワープロ専用機が普及しはじめた三十年前には予想もしなかったほど、物理的キーボードのない、タッチ入力の端末がシェアを広げているけれども。

 たぶん、多くの職場で、今後もキーボードは別の入力機に置き換わらないと思う。となると、生まれたときにファミリーベーシックもMSXもなくて、当たり前にパソコンには触れるが、それでメールを書きはせず、検索もスマホのほうが速いといった彼ら彼女らが世に解き放たれたとき、顕在化される問題は、とにもかくにもキーボードで日本語を入力するのが遅い、という基礎の基礎なところ。

 さすがの私も、これは腹が立つ。私が、ファミコンからスマホまで生身で知っている世代だから特殊なんだと自分に言い聞かせているが。いや、キーボードが打てる若いひとたちも、もちろん多くいるのだろうが。打てない層も確実に多く存在することに、憤りを感じる。

 パソコンは消えてなくなると思ったの?
 いや、これだけ当たり前にそこらじゅうにキーボードがあって、だったら二十一世紀の義務教育では、極論、鉛筆で日本語を書く練習や、書道の時間を削ってでも、キーボードで日本語が書けるようにしてくれなくちゃ嘘だ。

 プロレスは芸術だと言った、私と気のあう新文部科学省大臣、馳浩御大に、ちょっとこれどうにかしてくれないかと、お願いしたい。教育現場にタブレットを配布するなんてニュースを聞くと、アホかと思う。タッチ入力は、やつら勝手に私生活でおぼえるから。キーボードを配れ。そしてエクセルはいいから、ワープロソフトで作文を書かせろ。

 それだけだ。
 マイクロソフトが世界標準を目指したMSX規格は、三十年後の未来に消え去り、きれいさっぱり存在していないものの、マイコンはパソコンと呼ばれるかたちで生き残り、いまも、いやきっと人類が衰退して科学文明を失うまで、おそらく恒久的に、指でキーを叩いて入力するのです。みんなそれを知っているのに、幼少期にキーボードと泣きわめいて格闘した経験がないなんてダメだって、子供でもわかると思うんですけど。

 使えない英単語おぼえる前に、ジャイアントスイングを二十回まわす前に、セガをスポンサーにつけて『ザ・タイピング・オブ・ザ・デッド』の全国統一試験などを、やるべきではないでしょうか、馳大臣。けっこうすでに、ひどい状況になっている実感です。

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 パソコンとキーボードは道具だから。こうやって戯れて、こうやって喧嘩して、こうやって愛しておまえの一部にするんだよ、ってところまでやらなくては。こういう道具があってこう使うんだよっていう知識だけでは、年表の暗記と変わらない。役に立たないですよ、そんなのじゃ。

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