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『真夏の離乳食・カボチャ篇』のこと。



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お食い初め。
生後100日目の、
まだ歯も生えていない赤子に、
「ものを喰らう」
まねごとをさせる儀式。
食べることもできないころから、
目の前には食べ物が山盛りで、
これなら一生食うには困らんじゃろ、
という縁かつぎの儀式……
そう見せかけて、
結構リアルに農民が飢えた時代には、
「マジで育てられんのか?」
という周囲の疑いの目に、
大丈夫です!
と強がる催しだったのではないかと。
そういう名残で、
鯛の塩焼きも用意したのですが。
歯も生えぬ赤子は鯛は食わぬし、
大人も冷めた焼き魚に興味などなく。
しかたがないので私が一匹食べた。
塩辛いよ。はなから味が大人向けだよ。
まあ酒は進みましたけれども。
そういう、お食い初めのセレモニー。
我が地方では、石も喰わせる。
むろん、まねごとですけれども。
この解釈がいまいち解せない。
歯も生えぬ子に石へのキスを強要し、
「これで丈夫な歯になるぞよ」
そう、みんなは言うのだった。
石も噛み砕ける歯が生えるように?
なにそれ怖い。
だいたい最初に生えるのは乳歯だし、
石にも負けない頑丈さだと、
永久歯が出てこられずに、
歯並びガタガタになっちゃいそうだ。
きっと歯を竹で磨いていたころの話。
二十歳も越えれば歯が抜け落ちて、
歯がなくなる=早死にする。
そこで神社の境内の石に願かけ。
キスさせた石は神社にもどして、
これで一安心、みたいな。
しかし我が家の場合。
ここは引っ越してきて数年の土地。
それでぶしつけに頼みごとというのも。
そんなわけで我が子の歯固め石は、
河原で拾ってきました。
よさげなやつを私が選んだ。
そういう経緯なので……
河原にもどす?
それだれにお願い?
川の神?
なんだかなあ。
というわけで。
目の前にその石はある。
どこにも、もどさず。
さりとて、置いておいてどうする。
ドリルで穴開けて、
ペンダントトップにしてしまおうか、とか。
なるほど納得。
歴史ある行事を勝手に改変すると、
面倒なものを背負い込むのであった。
あらゆる儀式は、型どおりにするがよい。
なにごともない安心感にまさるものはなし。

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 昨今では一説において、胃腸がまだ発達していない段階の乳児に食品を与えると、カラダがそれを異物と認識して抗体を作る。それが食品アレルギーの正体なのではないだろうかというようなことが言われていて、人類の歴史上、前例がないフルーツや砂糖に対するアレルギーなどというものが当たり前の症状になったことも、そう考えれば説明がつくというようなもっともらしい話があるのですが。

 私はそうではないのだけれど、ひとまわり歳の違う末の弟は、ずいぶんとアトピー性皮膚炎に悩んでいた。父親がディーゼル車に乗っていたことが原因ではないかと母は言っていたが、私は間違いなく、おもしろがって生まれたばかりの弟の口にいろんな食品を突っ込んでいた、小学生の兄の存在が問題だったと信じている。

 そんなわけで、お食い初めの儀式は生後三ヶ月頃におこなわれるが、父子手帳には、離乳食は五ヶ月目からと書いてある。それが現代の常識。なんならもっと遅くてもいい。目安はあくまで、乳児の側が「欲しがったら」。胃腸が成長しました、これで食べ物を流し込まれても異物ではなく食べ物として認識できますよ、と本人の本能が示してからあげなさい、と。

 実際のところ、アレルギーやアトピーの仕組みが解明されていれば治療法だって確立されているはずで、薬屋の私がアレルギーに効く薬などを売っているということは、逆説的に世に患者は増えるばかりで減らず、根絶なんてとんでもない、という程度の未来世紀にすぎない二十一世紀。

 要は、惑わされるなということだ。
 原因は大気汚染かもしれないし、温暖化かも。
 大人社会のストレスが、江戸時代にはなかったフルーツアレルギーを子供たちに蔓延させている可能性もゼロではない。

 本能に従え。
 乳児の本能も大事だが、親の側の本能も大事であろう。

 というわけで。
 前回のこれ。

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『ひょうたんカボチャを調理する』の話。

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 余った部分で、離乳食を作る。
 カボチャとか。
 生後四ヶ月なので、まだ早すぎます。
 せめておかゆを裏ごししたのとか。

 いいえ大丈夫。
 食べさせませんから。
 作るだけ。
 私の本能。
 離乳食ってやつを作ってみたい、このタイミングでカボチャなんてもらっちゃったらさ。

 で、茹でたカボチャのやわらかい部分を前にして。

 どうしたものか。
 我が台所に、フードプロセッサーはあるが、ミキサーはない。つまり、大人用カボチャサラダなら電気の力で作れるけれど、カボチャの粒がいっさいないなめらかなのを作れと言われたら、それは無理。

 裏ごし器はある。しかしまあ、それの面倒くささは何度も思い知っている。木べらで通らない網の目を無理矢理通していく行程も面倒だが、それ以上に、洗い物が面倒だ。

 よくない。
 本能に従った初体験で、これは面倒なものだというすりこみが脳になされると、以後、私が離乳食作りを嫌いになってしまう可能性がある。それはもうおおいにある。私は面倒なことが嫌いだ。その一点において、私は私のことをよく理解できている。

 面倒なのは洗い物だ……

 お。じゃああれだ。トルティーヤ方式はどうだ。

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『虫タコスの精神にのっとるトルティーヤ』の話。

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 ああなつかしいなあ、BiSだ。
 みんなどうしているかなあ。

 時は移ろいゆくもの。
 だからそう、つまり、洗い物を減らすために挟む。トルティーヤのようにクッキングシートを使うと、潰す作業では進行状況が見えないから、ラップを使う。

 そして、麺棒で、のばす、のばす、のばす。
 見えるぞ、おまえのかたいところが見える。
 そこをもっと潰す。

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 はい、できた。
 食べさせないので冷凍します。
 小さいシリコンカップに入れて。

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 一ヶ月くらいならもつかなあ。二ヶ月も経つようなら、大人のご飯にしてしまおう。

 息子は、四ヶ月健診にしてBMI数値に言及されるという成長曲線をぶっちぎった体重増加ぶりで、逆立ち腕立て伏せしている私の隣で、すでにごろんごろんと自力で転がっている。全体的に父子手帳の進行の二ヶ月先を行っているから、そのカボチャ食わせてください胃腸の準備ができましたというのは明日かもしれない。

 という、たぶん悦ばしい、我が子が寝返りできずに悩んでいる親御さんから見たら自慢か、というような話なのですけれど、私自身の思いは違う。彼を見ていると、ああおまえはいいよなあ、と口に出して言っている自分に気づく。

 私は、ジャイアント馬場の命日前日に生まれた。その年にということではなく、季節のこと。ジャイアント馬場は死んだのも一月末ならば、生まれたのもそのあたりだった。

 まだ初春ともいえない、冬の終わりだ。

 この時期に生まれた日本の子供は、自殺率が高いという統計がある。引きこもりがちにもなるし、運動選手として大成もしない。だから私は、ジャイアント馬場に惹かれた。自分と誕生日が近かったから。それなのに大きくて、プロ野球選手として活躍して、全日本プロレスの長になった。

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 私は、走るのが遅かった。
 逆上がりができなかった。

 小学生の、特に男子にとって、運動が苦手だということは充分すぎるほどに劣等感を抱く理由になる。そして幼い身に刻まれた負の感情は、成長したからといって消えるものではない。

 私の息子は春過ぎに生まれて、そのうえデカくてごろんごろん転がってやがる。もしも私が、彼と同級生だったなら、彼は、年がら年中、私に劣等感を抱かせていた存在だ。いや言い換えよう、憎んだ存在だ。

 早生まれの子は、遅生まれの子を見て思う。
 同じ学年だけれど、あいつとぼくには、十ヶ月の差がある。十ヶ月練習したら、ぼくだって逆上がりはできるし、二秒くらいは走るのが速くなるはずだ。

 現実に、その時期の一年は、秒単位で50メートル走の記録が伸びるくらい、成長する。だが、自殺率の高さが示すように、多くの早生まれの子は、そこで、だから仕方ないという結論に至らない。

 こんなぼくと、そりゃ逆上がりができるに決まっているあいつを、同じ学年にして成績をつける、この国はなんて理不尽なのか。なぜぼくは放課後に居残って鉄棒の練習などさせられているのか、十ヶ月経ったら自然にできるようになっているはずなのに。

 世を呪う。

 だから、ジャイアント馬場率いる全日本プロレスだったのだと思う。レスラーは怪物でなくてはならない。デカくて強くて怖いから、ヒーローなのだ。わかりやすい。そうであるべきだ。ぼくとあいつが対等に戦うには、十ヶ月経ってからでなくてはいけない。そのとき、それでもぼくが負けたなら、それは受け入れよう。ものごとは、そういうふうに単純であるべきだ。

 もちろん、その理論にのっとれば、十ヶ月後には対戦相手も十ヶ月先に行っている。だから、ただただ、もっと大きくなることに憧れていた。早く大人になりたかった。大学生や、新人サラリーマンといった、まだ成長する年代ではなく、心底、小学生のころから私は、中年というものに夢を見ていた。そこまで育たないと、この理不尽さをフラットにはできないと感じていた。

 よく、生きたと思う。
 早生まれにしては、運がよかった。

 いまでも、こういう表現になる。
 この国の四月始まりのシステムにおいて、春の直前と直後に生まれた者のあいだにある越えがたい差の理不尽さは、いまでも解消されていないし、解消できるものでもないと思う。負けず嫌いの子供は、どうにもできない時間の壁に、絶望まで感じてしまうのだ。私に、怪物プロレスラーという、いつかああなれるかもしれない大人の手本がいて助かった。学校に図書館があって助かったし、母は働いていたので、放課後に時間を潰す児童館で読んだ、表紙がぼろぼろの『1・2の三四郎』と『あしたのジョー』、つまり少年マガジン連載陣がいてくれて、本当に助かった。

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 あのころに育まれた劣等感から、いまの私が筋トレなどしているのはあきらかなのに、こめかみに血管を浮かべて腕立て伏せする私を見てムチムチ育った遅生まれの野郎が、なにしてんのとキャッキャと笑い、こんなのできるようになったよ、とごろんごろん転がってみせる。
 褒めろ、と。

 悪意がないのはわかっているのだが。
 カチンとくるのを止められない。
 まだ欲しがってはいないが、だったらカボチャだって食ってみせろよと、口に押し込んでやりたくなる。

 しないけど。
 それくらい、早生まれ男子の、遅生まれに対する劣等感は根深いということなのである。自分でも、まだ生々しく小学生のころの感情が奥底で、くすぶっているのに驚いた。

 幸運にも春に生まれたひとは、ぜひとも自分が一年の先頭を走っているのだから速いのは当然という謙虚さを持ってもらいたい。私の息子にも、言葉が通じるようになったら、よく言っておく……しかし、赤ん坊のそれでさえ、他人の得意げな満面の笑みというものを素直に見ることができない、早生まれの側の卑屈さもどうにかしてもらいたいものではあるが。われながら。

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