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『ひょうたんカボチャを調理する』の話。




 ユージャッハ=ソンフォイ=ダットジュニアが口にする、ぼくの表面が酸化しないように、ということについてだけ言えば、まったくの無意味だ。ぼくの表面は、およそ考えられる通常使用の範囲で腐食する素材ではない。むしろ、ぼくの表面にそういったものを塗りつけることで、予期せぬ化学反応が起きる可能性のほうがずっと高い。

 とはいえ、ユージャッハ=ソンフォイ=ダットジュニアが、ぼくに塗っているのはパラフィンオイルを主成分とする、きわめて無害な人間用化粧品の一種なので、人間の肌にさえ無害なオイルが、ぼくの表面で予期せぬ化学反応を起こす可能性の高さはゼロに近い数値である。

 そうするとますます、ユージャッハ=ソンフォイ=ダットジュニアの行為の目的が、ぼくにとっては断定不能なことになる。

「きもちいいだろう」

 ユージャッハ=ソンフォイ=ダットジュニアは言うけれど、彼の手のひらや、指の先で、際限なく、いくどもいくどもオイルを塗りつけられたところで、ぼくの表面にどんな種類のセンサーも埋設されていないことは、彼自身が、いちばんよく知っている。なにせ、ぼくの購入者なのだから。ぼくの仕様を選んだのは、彼なのだ。

「ああ……このくびれ、たまんないな」

 仕様上、持ち上げやすいという理由で、ぼくにデザインされている凹んだ曲線をオイルだらけの両手で撫であげるとき、ユージャッハ=ソンフォイ=ダットジュニアは、鼻息を漏らす。その凹みは、両手で持った、ぼくを床に落とさないための意匠であり、ぬるぬるとしたオイルを使って摩擦係数を下げて撫であげるのは、人間工学にもとづくデザインを真っ向から否定する使用方法だ。

 ところで、ぼくは、
 「使用」
 されているのだろうか。

「気持ちいいって言えよ」

 ユージャッハ=ソンフォイ=ダットジュニアが訊くので、ぼくは答える。

「いや、です」

 教えられたとおりに。
 「いや」と「です」のあいだに置く短い沈黙の、コンマ何秒かの誤差について、ユージャッハ=ソンフォイ=ダットジュニアは、強いこだわりを持ち、ぼくには、こう言ったものだった。

「本気で拒否しているのか、そうじゃないのか、おれがわからなくなる程度に溜めてほしいんだ」

 ユージャッハ=ソンフォイ=ダットジュニア、すなわち、ぼくの使用管理者に対して、なにかを拒否するというほどの知能を、ぼくが有していないのは知っているはずなのに、彼は言う。

「おまえは、おれをわかってる」

 学習機能はある。けれど、人間であるユージャッハ=ソンフォイ=ダットジュニアの思考や精神について、その一部であっても「わかる」ことが、ぼくにできているとは言えないはずだし、どれだけの時間をついやしても、それが可能になるはずはない。そもそも、ぼくは、そういう装置ではないからだ。

「こっちにおいで」

 ユージャッハ=ソンフォイ=ダットジュニアは、ぼくを抱きよせ、頬を触れる。ぼくは学習する。「気持ちいい」ときに、ユージャッハ=ソンフォイ=ダットジュニアは鼻息を漏らしたり、ああ、と言ったりする。つまり、ぼくの表面の曲線を摩擦係数を下げて撫でたり、彼自身の手のひらの体温でぬくめられた、ぼくの表面に頬を触れたりする行為で「気持ちいい」を得ているのは、彼だ。

 ぼくでは、ない。

 しかし今夜も、ユージャッハ=ソンフォイ=ダットジュニアは、ぼくを、ぬるぬるとした手で撫でながら、ああと鼻息を漏らし、訊ねるのだった。

「きもちいいはずだ。そう言えよ」

 ぼくは、答える。

「はい、きもちいい、です」

 コンマ数秒の、こだわりはそこにもあって、ぼくが学習したとおりに答えても、ユージャッハ=ソンフォイ=ダットジュニアの反応は、夜によって違う。深く息を吐いて背をそらせたり、次なる行為に移ったりすることもあり、そういった夜は、さらなる学習の成果を披露すればいいだけだった。

 いまだに、学習しきれないのは、静かに、ぼくを抱きしめて、ユージャッハ=ソンフォイ=ダットジュニアが、泣きはじめる夜だ。

 撫でることも、訊ねることもしなくなってしまうので、発言するタイミングが見つけられず、きっとぼくの表面は彼に密着しすぎて、人間の体温と同じくらいの温度になっているかもしれないと推測する。そしてさらに学習することをさがすが見つけられず、ユージャッハ=ソンフォイ=ダットジュニアへと、語りかけるべき言葉について考える。

 そういった装置ではないから、学習によって育ったところで、人間の「精神」に対する知能は低い上限にとどまり、ユージャッハ=ソンフォイ=ダットジュニアが、口には出さないが欲しているはずの言葉を、ぼくは予測できたりしない。

 だが、彼が欲しているということはわかる。
 もしかしたら、それはやっと少し学習できたことなのだろうか。
 「気持ちいい」は、ユージャッハ=ソンフォイ=ダットジュニアのものなのに、ぼくのもののように振る舞われる、それこそを。言葉を欲しているのは彼なのに、まるで、ぼくが欲しているかのように振る舞う、そういう人間の、やりかたを。

 ユージャッハ=ソンフォイ=ダットジュニアが、泣いている。ぼくを抱いて。ぼくは言葉をさがすが、なにをさがしているのかも、わかってはいない。

 そういう夜、やがて。
 ぼくは、ぼくが泣いているのだと気づく。
 なにも感じないぼくが「気持ちいい」ように。
 泣いているのは、彼なのだけれど。

GourdP02.jpg

Yoshinogi Takumi
 Shonen-ai Cooking Elegy
 Song 21
 『Shape & Concord』

(吉秒匠
 BL料理哀歌
 21曲目
 『形状と呼応』)

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 変則的に、挿絵写真を料理ではなく、ひょうたんカボチャを切断した直後の断面にしてみた。ごらんのとおりのみずみずしさ。瑞々しいと書くよりは、水々しいとあえて誤字したいくらいにじゅわっと水分をふくんだ、それはまるでカボチャというよりも、瓜のよう。

 切る前の写真がこれ。

GourdP01.jpg

 ふつうのカボチャと、ひょうたんカボチャ。種を売っているのは私。お客さんが、穫れたよ、と、くださるのですが。そんなふうに畑にカボチャが鈴なりな光景が見たいだけで、食べたいわけでも売りたいわけでもなく育てている方々は、たぶん自宅ではふつうのカボチャを煮物にするくらい。ひょうたんカボチャは、遊び。

 カタチって大事。
 形状への呼応する想いというものはあり、くびれは愛せる。いやそういういうところからこそ、愛というのは育まれるもので。彼の右の眉毛に切断されたみたいに禿げている部分があるのが気になって、あれはいったいどうしてあんなふうになったのだろうと見つめているうちに、気がつけば眉毛の禿げたみたいな傷痕をか、それとも彼自身を知りたいと愛でているのか、わからなくなる。そういうもの。

 ともあれ、そうやって愛されたひょうたんカボチャは、しかし実際のところ濃厚な本家カボチャ組とは一線を画す、瓜というか芋というか、そういうほっこりとしつつあっさりした食感を持つ野菜なために、店員さんへのおすそわけという名の里子に出されたりする運命。愛しているから捨てられない。でも食べちゃいたいほどではない。だからあげる。貰う私。困る。でもまあ晩ご飯にはなるので、うれしくもある。

 触れてみる。切ってみる。味見してみる。スーパーで売っていないわけだ。カタチは愛でやすいが、味は薄く、なかなかに調理方法を選ぶ。ゴーヤのように炒めるのを最初に思いつくけれど、やってみれば後悔する。まさに見た目がゴーヤチャンプルーでありながら、味の濃さがないから、薄味の瓜炒めを醤油味でいただくといった、なんだかなあな料理になってしまうのだった。

 そこで考える。
 もういっそ、料理もカタチを愛でる路線で。可愛い娘には可愛い格好をさせて食せばいい。それ以外のものを求めるから肩すかしを食う。期待しないで、こっちの好きに料理すればいいという鉄則を忘れない。愛するとは、好きにするということだ。

 となれば、ひょうたんカボチャの形状において、本家カボチャにはない可愛いところといったら、長い首。この首、瓜のような種がない。つまり、輪切りにすると、こうなる。

GourdP03.jpg

 草間彌生っぽい。生ける水玉。丸くて真ん中に種のある本家カボチャ野郎にはマネのできない、ひょうたんカボチャ独自の可愛いところ。

 そのまま揚げる。

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○作り方

薄力粉と卵液をまぶし、パン粉をつけて揚げる。

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GourdP04.jpg

 はい可愛い。
 お菓子系。

 味付けしていないから、ソースでもケチャップでもマヨネーズでもタバスコでも塩山椒でも好きにつけて食えばいい。もちろん私は、ひょうたんカボチャのフライだけで満足したりはできないので、なんやかやといっしょに揚げたのですが。それはまた別のお話。ていうかトンカツの話は、前にしましたしね(16曲目『アネ化けロースカツ』参照)。

 というところで、この話は終わりなのですけれど。あまりにレシピとしての物量が足りない気がするので、翌晩のメニューも、ごいっしょに。

※追加レシピ
『ひょうたんカボチャの鶏挽肉詰め、あんかけ風味』

GourdP05.jpg

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○作り方

ひょうたんカボチャの胴体部分を輪切りにして種のある中央部をくり抜く。水をくぐらせ電子レンジで火を通し、冷めたら穴の内側に薄力粉をまぶし、こねた鶏挽肉を詰め、フライパンで蓋をして蒸し焼く。お好みで写真のように、ニンニクの芽を散らしたり、あんをかけたり。

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 ヘイローカボチャと呼んでもいい。直訳すると『光輪の肉詰め、ぬるぬるソースまみれ』。本家カボチャでこれを作ると、直径が大きすぎてミンチがとどまってくれない。直径が小さいカボチャでは、こんなふうにパイ皿に何個も並べられるほど光輪を採取できない。という意味で、Haloカボチャにだけ許されたビジュアル。

 はい、以上。
 ひょうたんカボチャを食べた。
 秋だねハロウィンだね。
 『Halo5: Guardians』は、もうちゃんと予約したかい?

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・もちろん発売日に届くように予約した『Halo 5: Guardians』の、まさにその発売日に出張が入った。今月末の話なのだが、すでに眉間にシワが寄る。当日の私の不機嫌さは目も当てられないことになっているだろう。

twitter / Yoshinogi

Halo 5: Guardians
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 そういう、おはなし。
 もうなにを見ても光の輪に思考がつながる秋。
 マスターチーフ!!!!



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Yoshinogi Takumi
 Shonen-ai Cooking Elegy

20曲目『轢かれ鉄のサイジ』
19曲目『黒い彼が焼いたぼくのための白いパン』
18曲目『となりの部屋』
17曲目『ヴィアール遭遇』
16曲目『アネ化けロースカツ』
15曲目『逆想アドミタンス』
14曲目『恋なすび寿司』
13曲目『バーベキュー厳峻鋼』
12曲目『茄子はダシの夢をみるか?』
11曲目『すっぱくても、平気。』
10曲目『踏み絵ムルギティッカ』
9曲目『ひとくちだけカトルカール』
8曲目『春節の静かな賞品』
7曲目『ナンを焼くと両手がつかえない。』
6曲目『タマレってなに?』
5曲目『あらいぐまのすきなもの。』
4曲目『ピッツァみたいにぼくを食べてよ!!』
3曲目『クリスピー・プロ・フライドチキン』
2曲目『青くてカタいアボカドのパスタ』
1曲目『春餅/チュンピン』


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