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『茶こしと紙お茶パックでコーヒー豆をドリップする』のこと。




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行列がきらい。
行列ができるところに行きたくない。
電脳空間でさえ予約開始を待つとか、
そういうことをしたくない。
頼んだ料理の来ないのが許せない。
どんなおいしい料理も待つ気はない。
飲み放題だとメニューを見ない。
最初から最後までビールだけ。
朝のコーヒーという習慣がない。
あれは面倒な飲み物。
黒い飛沫が跳ねれば厄介。
口臭の原因にもなる。
私がいつのまにかタバコをやめたのは、
吸うたび歯を磨くのが面倒になったから。
コーヒーの味はきらいではない。
砂糖やミルクは、いらない。
選ばなければならないときには、
紅茶よりもコーヒーを頼むし、
ブラックでおいしそうに飲むものだから、
周囲にはコーヒー好きだと思われている。
しかし我が家のコーヒーはインスタント。
それも冷蔵庫に保管してある。
飲む頻度が少なすぎて湿気るから。
だいたいそのインスタントも贈答品だ。
いつもらったものかもおぼえていない。
そんな私に、彼女はコーヒーをくれた。
「豆にしようか迷ったんだけど」
ミルがなかったらいけないので、
粉になったものをたっぷりと。
ああ、ありがとう。
コーヒーは好きだし、
きみがお薦めだと言う味はたのしみ。
……さて。
もちろん我が家には、ミルどころか、
ドリップする道具というものがない。
買ってもいいが……
コーヒー豆をもらうことって、そうはない。
思案のあげく、こういうカタチになった。
茶こしとお茶パックである。
やってみてイマイチなら道具をそろえよう。
やってみた。
飲んでみた。
おいしかった。
ちゃんとやればもっとおいしいのかも。
けれど。
ちゃんとやる面倒さで、いやになるかも。
いま、これでおいしい。
きみが薦めてくれた味とは、
違うのかもしれないけれども。
おいしい。
これが私。
ありがとう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 近頃の家電をあつかう店で、ひさびさのヒット商品として、全自動コーヒーメーカーというのがありまして。有名どころから、聞いたことのない業者が輸入している品まで、星の数ほどの商品があり、売っている私などは、それぞれの個性をおぼえるのに四苦八苦なのですけれども。

 ヒット商品、というくらいに売れはじめると、ダメな子のダメさ加減が際立ってくる。まあそういうのって大抵、後発なのに妙に安くて見た目はカッコいいノンブランド品に多く、今回のこの全自動コーヒーメーカーブームが、どこから来ているのかをちゃんと理解していないバカが作った機械に至っては、もうまったく救いようがない。

 バカっていうか、ガイジンさんなのでしょう。国籍の問題や、鼻が高いか低いかとか、ペニスが割礼されているかといったようなことではなく、単純に日本で暮らしていない。そういうガイジンさんが企画段階から関わって「日本でこういうのが売れているらしいぜ」、と有名どころの高級機を取り寄せて。

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 どの機能が省けるかを考えて作る。

 いや、この国に暮らしているひとなら皮膚感覚として自明のことである、なぜこのタイミングで全自動コーヒーメーカーなどというものが売れ始めたのかという答え。

 コンビニエンスストアで、それを見たから。

 その重大な部分が、抜け落ちた機械が作られてしまう。あれって、店員さんがなにもしなくたって、客がコインを投入したら豆を挽いてお湯を注いでドリップしたてのコーヒーができあがる、というところが感動的なのです。

 大阪の某百貨店で、いまも売っているかどうかはめっきりデパ地下に行かないので知りませんが、かつて世界初の「全自動卵焼きロボ」なるものが導入された。もちろん近所だし、買いに行きましたともさ。そもそもデパ地下に興味なんてない私が、ぜひとも見てみたかったのは、世界初のロボだった。ロボットが焼く卵焼き。しかも全自動。見た。全自動で鉄板に卵液が流し込まれ、ほどよく焼けたら金属のブレードが端から器用にぱったんぱったん折り畳んで……最終的に棒状の卵焼きになる。

 帰って食べました。ええ。卵焼きでしたね。焼き加減が固めで、ふわふわ卵焼きというよりも、よく焼けた卵シートを筒状に整えた食品になっている感は否めませんでした。言うまでもなく、二度と買いに行きはしませんでした。

 なぜなら!

 そのロボ卵焼きは百貨店デパ地下価格だったから。サイバーパンクなSFファンだからこそ、違和感をおぼえた。全自動だろがよ、近未来でヒトさまの仕事を奪って取るためのロボじゃないのかよ。人件費かからないで二十四時間働き続けて、しかも美味いっていうんだから、それは人類も泣く泣く仕事を奪われるけれどもさ。

 仕事をロボに奪われたあげく、ロボ件費が電気代だけのロボの焼いた卵焼きを、どうして高値で買わされる? ロボが焼いたから? 世界初だから? なんかおかしくね?

 という疑問を、近年のコンビニ全自動コーヒーメーカーは、やっと解消してくれた。ヒト型でこそないけれども、あれはまさしくアトムである。いやウランちゃんだ。家事のできるロボ娘が、電気代だけで本格コーヒーを目の前で煎れて、やっと当たり前のことに、缶コーヒーよりも安い価格で提供し始めたのだ。ロボ娘ウランがヒト型でセクシーな谷間を(ロボだからウレタンかなにかなのかはわかりきっているにしても)披露しながら煎れてくれるというならば、世界初のロボっ娘メイドの煎れたコーヒーとして高値でもかまわないが、顔も手もなく卵を焼いたりコーヒーを煎れたりするだけならば、それは人間が仕事するよりも安くなければ嘘である。

 セクシーではないけれど、俺の嫁。

 そういう流れで、コンビニの谷間のないロボ娘に惚れ込んでしまったひとたちが、自宅用の全自動コーヒーメーカーを手に入れようと小売店へ走る。なにせ惚れてしまっているから、費用対効果がよく計算できていなくて、五万円の機械を買ったらコンビニロボ娘のコーヒーが何杯飲めるか、そんなにコンビニに行くのは面倒か、どうしても自宅で何百杯も煎れなくちゃならないのか、考えずに買う。そういうひとは、えてして幸せになる。惚れるということの本道をわかっているから。貢ぐという行為が決して不幸へ直結はしていないということの説明はいらないはずだ。

 しかし惚れたのに、いざ財布を開く段で迷うひと。そんななら、やめておいてコンビニロボ娘で満足していればいいのに、買うと決めたのに、値札を見比べるひとが、決まって不幸になる。

 安物買いをして「あれは人生最大のゴミを買った」と店員に話しかけてくるひとがいる。そういうひとは不幸ではない。一種のブス専という嗜好を持っているだけで、一万円を切るソープランドを渡り歩いては「ブスにしか当たらない」と嘆いている。それは趣味であり、店員も自分で薦めて売っておきながら「それは大変な目に遭いましたね」とシれっと応対しておけばいいのである。なんならゴミを買わされて、売りつけた店員に微笑まれるところまでがプレイに入っているのである。

 不幸なのは、サービスカウンターに怒鳴り込んでくる方々。いや本当に、心の底から同情する。パチモンを選んで買って本気で怒り、評価の定まっているメーカー品を高い金を出して買うのはバカだと信じている価値観のひとたち。どうしたいのか。あなたを幸せにする手段を私は持っていないのに、怒られても困る。

「全自動やって書いてるやろが!!」

 でも、一回ごとに洗浄が必要だとも書かれているのである。パチモンなので。ちなみに倍の金額を出せば、メンテナンスフリーの機種がある。そのことはお客さんも納得済みで買ったのだ。ガイジン設計者が省いてもいいんじゃないですかねと提案したコスト削減案を、飲んだのだ。

「洗わなあかんのはわかるわ。けど、洗ったら豆の粉が詰まるってどういうこっちゃねん!!」

 取扱説明書に、乾燥させてから使用してくれと書いてあるんだが。

「コーヒー好きやからこの機械買っとるんやろうが。洗うたび乾かさな動かへんて、それのどこが全自動やねん」

 ……そう言われましても。
 一杯煎れてくれたロボ娘を丹念に洗って乾かす工程まで含めて愛せなければ、そもそも、あなたにその機械がふさわしくないというだけのことで、あなたこそ新型プリウスを予約して買うような層なのに、どうしてこの娘を買ったりしたんですか。私よりもずっと人生の先輩なのに、安いノンブランドのいかにもパッチパッチモーンな製品を買ったら、こうなるってわからなかったのですか。

 わからないひとは、意外に多いのだ。

 話はもどるが、私の父はバブル期の建設業というヤクザな稼業だったため、家にいるのをまったく見ないような、いまで言う社畜(むかしは戦士の称号だった)で、寝てもいないのに早朝からまた規則通りの出社システムを稼働させているというような毎日で。

 けれど毎朝、コーヒーだけは手動のミルで豆を擂り、ドリップした一杯を必ず飲んで出かけていた。私はその匂いは嫌いではなかったが、死んでもおかしくないようなスケジュールで働いているのに毎夜の接待深酒は欠かさず、眠りもしない父がその黒い液を飲んだらまた出社できるという魔法は、怖かった。

 いま、私は医薬品を売っているが、ドリンク剤をカウンターで飲み干して気合いを入れるサラリーマンに「それって多量の糖分で血糖値が上がっているだけで、元気になった気がするけれど嘘ですよ」と言いたくて仕方ない。タウリンが何千万億グラム入っていようが、そんなものに即効性などなく、効いているのは糖分だ。まだやれる気になるが、本気で無理な状態ならば、無理は無理なままなので、すぐに真の限界が来る。彼らは薬屋ではなく、家に帰って寝るべきだと思う。

 コーヒーのカフェインには、即効性がある。けれど依存性もあって、中毒にもなるし、ドリンク剤と同じで、無理が無理でなくなるわけではない。倒れるときには倒れるし、死ぬときには死ぬ。真に死にそうだけれどカフェインで目が冴えるなどということは、体力的にも精神的にもありえない。

 コーヒーは嫌いではない。
 なんなら、いまわの際に、一杯のコーヒーを微笑みながら舐めて逝くなんていう選択も理解できるくらいに、嗜好品としてのそのドリンクの素晴らしさはわかっている。

 だけど、依存症ではなくて、中毒でもなくて、嗜好品としてそれを愛しているならば、一日に一杯か二杯のコーヒーを、全自動で煎れたいなどと思うだろうか。せめて近所のコンビニまで、散歩したらどうです。

 幼い私は、床に座り込み、手動のコーヒーミルを裸足の両足で挟み、両手でハンドルを回して豆を擂ったが、全身の力を持ってしても、ときおり固い豆が噛んで動かなくなることがあり、そんなときには父が手伝ってくれた。忙しい朝の話ではなく、数えるほどしかなかった、父と幼い私との休日の話だ。

 タクミが煎れたコーヒーは美味いな、と言われた。

 そういう飲み物を、適当に飲みたくはないからだろうか。私はコーヒーが好きだけれど、家に煎れる道具はないし、コンビニでも買わない。

 たぶん、この先も、こうだろう。
 これが私。

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