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『陣痛テニスボール』のこと。



Tennisball.jpg

妻が出産した病院の陣痛室では、
ベッドごとにテニスボールが置かれていた。
陣痛の痛みを逃がすのに押し当てるらしい。
押し当てる場所はひとそれぞれだが、
肛門がよいというようなことも聞く。
よく、産む痛みを経験できない男性に、
「大玉スイカを肛門から出してみて」
と例える経産婦さんがいるが、
実際のところ、それは排泄と似た筋肉を使い、
直に押し当てたテニスボールが、
肛門から直腸に入ってしまった妊婦さんという、
怪談なのか笑うべきなのか微妙な都市伝説も。
ともあれ、そんなネタになるくらい、
近ごろの出産にテニスボールは必需品。
みんなが持ってくるようになったのでしょうね。
テニス部のキャプテンだったエイコさんなどは、
地区大会の決勝でスマッシュを決めた、
想い出のボールを持ってきたり。
……不衛生です。
そこで病院も、ベッドに備え付けることにした。
間違いなく消毒済み。
しかし……けばだっている。
使いこまれている。
入念な洗濯消毒のせいか。
握られ、押しつけられ、ときには入った、
その結果の使用感なのか。
それにしても、どうしてテニスボール?
同じような弾力の生ゴムボールならば、
けばだつ毛もないからいつまでもつるつる。
なのにあえて、黄色いこの球。
私は男なので想像ですが、
大事なのは、この、黄色い毛なのかも。
ヒヨコを連想させる。
ニワトリって白いのに、その子はなぜ黄色?
ううん、あれって保護色。
実際のヒヨコは砂漠の土の色。
くちばしも淡い黄色。
ショッキングイエローにレッドなくちばし。
そのイメージはキャラとしてのヒヨコちゃん。
ヒヨコちゃんが黄土の上に描かれることは少ない。
お風呂の水の青、もしくは牧歌的芝生の緑。
そこをよちよち歩く黄色は、目立つから。
つまり芝コートの音速球技であるテニスの、
公式競技球が黄色である理由と同じ。
病院の白いシーツの上でも、目立ちます。
「目立つ黄色」=ヒヨコちゃんイメージ。
弾力的にはゴムボールでも野球ボールでもいい。
でもヒヨコちゃんが陣痛室では支持される。
白いニワトリから黄色いヒヨコ。
それは作られたイメージなのだとしても。
おまもりには、なる。
そういう心理なんじゃない?
と泣き叫ぶ妻には訊けませんでしたけれども。
それが陣痛室で私の思っていたことでした。
テニスボールはヒヨコちゃんに似ている。
だから彼女たちは、それに助けを求めるのだ。
キャラクターとは神である。
さて、私はここでなにを演じればいい?
仕事が休みで、陣痛室に立ち会えたのは、
たまたまだったのですが。
つくづく男の居場所はない空間。
「この着ぐるみを着て踊っていてください」
なんて先生に頼まれたかった。
ヒヨコちゃんにさえなれない無力を知った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 陣痛室でとなりのベッドだった女性が、助産師さんと会話しているのがカーテン越しに聞こえてきて、どうやら彼女はひとりらしく、汗をぬぐってもらいながら、いよいよテニスボールが肛門に入りこむいきおいで押しつけているくらいに最終段階。私と妻は入ったばかりだったので、となりから聞こえてくる、おおげさでなく文字通りの絶叫に、こっちまで痛くなるからやめてえ、と彼女の声が怖ろしくて悲鳴をあげたいくらいだったのだが。

「ねえ、だれかこないの?
 旦那さんは?」

「来ないっおおおおぉう!」

「産まれたら来るの?」

「こないのおおおっぉお!!」

「入院中、ずっと?」

「ずっと! いやああああ!!」

「遠くにいるのね」

「痛い! 痛いぃいいい!!」

「首にこんな痛そうなの入れてるのに」

「関係ないやんっ、あーーーー!!」

「きれいな花ね」

 助産師さんは慣れたもので、わざと会話を噛みあわせずに彼女の気を痛みからそらそうとしているようだった。けれど、彼女の首すじに彫られているらしいタトゥのことに触れたとたん、彼女の泣き声が、痛みだけではないなにかを含んだのが、私にもわかった。

 なんらかの、地雷を踏んでしまったのだろう。彼女の絶叫は憂いの色を帯びてしまって、いよいよ聞くに耐えないものになり、となりで夫婦そろっているこちらもいたたまれない。いや私だって、今日はたまたま休日で家にいたからいっしょに来たけれど、仕事中なら立ち会いはしないと事前に決めていた。でも、家にいるのについていかないのはおかしいし、陣痛室にも入れますよと言われて、いいえ廊下の奥の休憩室でドーナツでも食べて待っています、などと言うのもおかしいから、ここにいるだけなのだ。

 こんな重たいドラマを聞かされても困る。

 助産師さんも困ってしまったのか、それからは、はいはい、とか、うんうん、などと相づちをうつだけになり、そしてついに「超順調」で六時間が経過したとのことで先生が呼ばれ、よし分娩室に行きましょうか、なんて会話がはじまったころ、ようやく彼女の関係者が現れた。

 お母さんらしい。
 大阪人でもなかなかいないアクの強い大阪弁を使う、なにか店をやっているらしき女性だ。もちろんこちらもカーテンの仕切りのなかにいるので、様子は見えない。ただ、入ってくるなり、よかったやんかよかったやんか、を連呼しまくる母親に、彼女が「黙ってて」と絶叫の合間に言い返した気持ちはよくわかった。

 いままさに出てこようとしているけれどまだ姿はない我が子が、健康であるかどうか、無事出てこられるかどうかという瀬戸際で「よかったやんか」というのは、ピンと来ない。どうやら実の親子のようで、だったら彼女の母親も彼女を産んだのだろうに、そういう不安とは無縁の太い根性で彼女は産み出されたのか。私のなかで、陣痛室に駆けこんできたけれど、それと同時に分娩室へ連れて行かれる娘にすべてが済んだかのような言葉をかけている女性は、大阪弁と、その独特のノリのせいで、心身ともに「ごっつ太い」おばちゃんというキャラクターで確定された。

 分娩室から、産声が聞こえてきたのは、すぐのこと。

 時間的には、すぐだったが、分娩室での彼女の絶叫は、ピークだと思われた陣痛室でのそれを吹っ飛ばしてさらにボルテージを上げ、たぶん本当に喉を痛めたはずだ。それにしても、海外ではそちらのほうがスタンダードになっていると聞く無痛分娩が、日本では「どうしますか?」と聞かれもしないというのは、麻酔医の数が少ないという理由からなのか、痛くてもリスクを少なくしたい病院側の論理があるのか。

 ともあれ、彼女は、カーテンの向こうに戻ってきた。
 女の子の泣き声と、いっしょに。

 しばし、となりのベッドからは幼すぎる泣き声だけが聞こえていたが、やがて妊婦から母になった彼女の、すすり泣きも、まじる。

 顔も見たことがない、たまたま出産日が同じになっただけの他人ごとながら、少しもらい泣きしてしまった……

 そのとき、強烈な大阪の母から、たったいま強烈な孫娘の祖母になった、ごっつ太いおばちゃんが、孫娘をたっぷり無言で眺めたあとの第一声を、どぎつい大阪弁で放ったのである。

「ずっと見てられるなあ、あんたもうこれテレビいらんな」

 おっと。
 と、私は思った。
 案の定、妊婦から母になった彼女のすすり泣きがやんだ。偶然なのか、産まれたばかりの彼女の泣き声さえ止まった。カーテン越しに、かなりの距離を置いて私が感じられた、凍えるような空気感を、なぜか、おばちゃんだけは感じられずに娘に返事を求める。

「いやテレビいらんやろ。この子だけで飽きんで。なあ」

 だから、なあ、とか言うなと。
 なぜ娘の同意を求める。彼女が、母親のことを好ましく思っていないことは最初から薄々気づいていたが、彼女が、いま母親に向けた凍気のような嫌悪感は、とびきりなものだった。きっといつもはそこで怒鳴りあいのケンカになるのである。しかし彼女は耐えた。人生の一大事。腕に抱いた愛娘は、元気な声で泣いた。怒鳴りたくない。このひとはこういうひとだ。きっとあたしが産まれたときにも、この子だけでいい、テレビはもういらなくなると思ったのに、いまになってみれば大阪によくいる上沼恵美子中毒者なひとりになって起きると同時にテレビをつけて寝るまで、たぶん死ぬまであははははと笑い続ける病で、いま産まれた孫の可愛らしさを表現する最上級の言葉がそれなんだ。

 でも、実家に、この子を連れて行っても、上沼恵美子のトークが聞こえないと、このひとはテレビのボリュームを上げるに違いない。これがあたしの母親だ。いまはもう認められる。あたしも母親になったから。この子の産まれて最初に聞く会話が、この子とテレビを比べるとかなんなん? とか、「黙ってて」なんてイヤや。もっと別の。もっと別の。

「ああもう目え離されへんわあ。ほんまテレビ……」

 あ、と彼女が言った。
 おばちゃんのテレビ話は途切れた。

 私の足もとに、カーテンの向こうから、黄色いものが転がってきた。彼女には、もはや必要のないテニスボール。私は無言だった。これが彼女のベッドから転がってきたのならば、それは彼女にさっきまで押し当てられていたものであり、触れるのは好ましくないことだろう。

 なので、蹴った。
 反射的な動作だった。
 ずっと無言だったので、彼女は、となりのベッドに付き添う私がいることを忘れていて、そこで思い出したのかもしれない。

 カーテンの向こうで、自動的に転がり戻ってきたテニスボールについての会話はおこなわれなかった。ごっつ太いおばちゃんの、孫娘と上沼恵美子を比べて孫娘のほうが見ていられる件について娘に同意を強要する行為もそれ以上は続けられることはなかった。その先も、私たち夫婦には長い時間が必要で、となりのベッドの女三代トリオは、すぐに陣痛室から連れ出されていってしまった。

 けっきょく、顔は見ていない。
 あとで、新生児が並べられた部屋を覗いたとき、ベビーベッドの誕生日時を読めば、どの女の子の母親が彼女だったのかは判明すると退院してから気付いたが、そのときには、私も産まれたばかりの私の息子を眺めるのにいそがしかった。

 いろいろあったのだけれど。
 このテニスボールの写真を見ると、彼女を想い出す。
 いや、正確には、こう想う。

 彼女の首すじに彫られていた、きれいな花のタトゥというのは、どんなものだったのだろうかと。

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