最近の記事

スポンサードリンク

月別アーカイブ

『応用の炊きこみごはん』の話。




「サイジ……さん」
「才能を示すって書く。おれはもうなんにも示せないけどな」
「だから、ぼくに示していますって」
「いやいや。それはあんたの才能だろがよ。霊が見えるって。すげえ」
「けっこういます、そんなひと」
「マジで? あーでもうらやましくはねえかなあ、なんちゅうか、ひとりでこっそりとかできないわけだろ。いやもうむしろトイレだって恥ずかしくね? 守護霊の落ち武者にじっと見られたりしてて、出んの?」
「そういうのこそ、いないんです」
「そういうの?」
「守護霊も、落ち武者も。見えるけど見えることにも気づいていないひとだって、いっぱいいます。それくらい幽霊は少ないし、だいたいのそういうひとたちの魂は、生きていたころの毎日を淡々とくり返しているだけだから、見えたって幽霊だって気づかないことが多いし。それだって、長くて一ヶ月くらい。自分がそうなったことに気づいたら、いなくなっちゃうものなんです」
「ほう。なるほど。そうか。霊のおれが、霊が見えないわけはないもんな。そういえば、おれ以外のこんなのは見あたらねえな」
「才能です」

 サイジさんは、青いパーカーのフードを頭にかぶり、また戻すという謎な行動をとったあと、うんうんと幾度かうなずいて、ぼくを見た。

「霊だって気づいているのに、まだここにいる。いるってのも変だけどな。まあ、成仏はしてないだろ、これ」
「うん。してません」
「それが才能?」
「すごく好きなんですね、きっと」
「好き? 好きな食べものは、炊きこみごはんだが」
「地下鉄は?」
「いや、特に」

 好きじゃない?
 だったら、どうしてこんなことを?
 サイジさんがそのあたりのことを話し出すかもと思って待ったけれど、彼の視線は、すでにそれて、暗いトンネルの先……やって来る電車のほうを向いていた。ぼくは、またそれを見るのがイヤで、どうしても渋い顔をしてしまうのをやめられないまま、皮肉のように、言ってしまう。

「死んでから轢かれ鉄になるなんて」

 サイジさんは、振り返らないまま、ぶつぶつとそのフレーズをくり返す。

「轢かれ鉄。はは。轢かれ鉄ね。轢かれ鉄か」
「電車に乗るのは乗り鉄だし、写真を撮るのは撮り鉄。だったらサイジさんは、轢かれ鉄です。なんでそんなマニアに、そんな状態でなるのか、わかんない」
「いやいや。幽霊だからこそだろ」
「どういう意味ですか」
「くり返し乗るから乗り鉄で、ぱしゃぱしゃ撮るから撮り鉄。そういうのは生きていてもなれるけど、轢かれ鉄になるには、無理じゃね? 死なないから、死ねるんじゃね?」

 死なないから、死ねる。
 最後の言葉が、ぼくとサイジさんとのあいだで、なんらかの意味を持ってただよったものの、手をのばして、ちゃんと掴み取ることはできなかった。
 ホームに電車がすべりこんでくる。
 彼は、躊躇なく跳んだ。
 いまは夜で、そのうえ地下鉄のホームなのに、晴天の夏の日の学校の二十五メートルプールの飛びこみ台から水面と並行にダイブするみたいな、きれいなフォームで。

「サイジさんっ!!」

 目の前で、ドアが開く。
 ブザーが幾度か鳴った。
 終電の近い時間、乗りこまないぼくを急かす。
 急かされても、動けない。
 いままで遭ったなかでも、とびきりに屈折した魂そのものな、彼を置いてはいけない。

「見てても、おれ、くり返すだけだぜ」

 行ってしまった地下鉄。
 線路に大の字の彼。
 見下ろす、ぼく。

「言ったでしょう。そういうのはふつう、生きていたときに毎日、くり返していたことをやるんです」

 鼻をすする。
 知らないひと……知らない霊だけれど。
 やめてほしい。

「そうか。じゃあ、そうなのかもな」

 気づくと、すぐ目の前にいた。
 霊なのだから、距離も時間も関係ない。
 瞬間移動みたいなことだってできて当然。でも、そういうことを本当にできる幽霊は少ない。霊であることを自覚しながらあり続けられるなら、なにをすれば終われるというのだろう。

「そうなのかもって、なんですか」
「毎日、電車に飛びこむようにして生きていたっていうか」
「……炊きこみごはん、だれが作ってくれたんです」
「だれ? あーいや、最後に食べたのはいつだったっけな」
「好きな食べものなのに」
「好きって、焦がれることじゃね。なあ、あんたの唇、ムラムラするんだけど」
「したってさわれないじゃないですか。電車にも轢かれないし」
「轢かれないけど、やっちまうんだよ」

 そう言って、ぼくにキスをした。
 なんの感触もない。
 サイジさんにも、ないはずだ。
 ぼくは、しゃくりあげた。
 遠くに次の電車の音が聞こえて。  
 なにもしてあげられない。
 最終の地下鉄には乗って、家に帰る。
 サイジさんのことは忘れない。
 自暴自棄にされたキスの真似事のことも。
 けれど、だからって、なんの意味もない。
 幽霊なんて、ほとんどいない。
 たまに見かけるだけ。
 見えるだけ。
 ただ、ぐずぐずしているだけの魂……距離も時間も関係ないから、あっちには、ぐずぐずしているつもりさえないのかもしれない。
 ぼくは泣き損。

「泣くなよ」

 サイジさんは、指先で、ぼくの唇をぬぐった。
 さわれないくせに。

ApplicationRice00.jpg

Yoshinogi Takumi
 Shonen-ai Cooking Elegy
 Song 20
 『Saiji enthusiast to death by Metro』

(吉秒匠
 BL料理哀歌
 20曲目
 『轢かれ鉄のサイジ』)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 いや実際、炊きこみごはんというのはよいもので。
 ここでも以前、基本の炊きこみごはんという記事を書きましたが。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『基本の炊きこみごはん』のこと。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 総じて適当。
 極限までレシピを簡略すればこれで済む。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

○材料

白米 4合
具材 適宜
しょうゆ 大さじ1
みりん 大さじ1

○作り方

炊飯器に研いだ米と水を入れる。
しょうゆ、みりんを加える。
具材を米の上に入れ、炊く。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 四合にしょうゆみりん大さじ1ずつだと、うっすら色づく程度。戦後の貧困ニッポンを生きたかたならば、具材なしで、ただ米に醤油をたらして炊いたそれを「桜ごはん」と称していた記憶をお持ちのことでしょう。うっすら醤油色の白米は、ほんのり桜色に見える。これたぶん、民族的な感性だと推察する。まっ白よりも、しょうゆによって黄みがかったそれが「黄色人種の色白なひと」の肌に近くなり、立ちのぼる湯気に火照った頬を連想する。

 桜の花のピンクではなく、ほっぺたの桜色。

 それくらいの味つけだと、炊き込みの場合、作るひとによって味が大きく違ってくる。具材に左右される味の部分が大きくなるので、適当にぶっこんだ具が作者の人格を転写してしまう。

 私は鶏肉、それも、もも肉がはずせない。
 米の半分は、玄米を使う。玄米だけは先に研いでおいて、半日くらい水につけておく。この時点で、炊飯器推奨の水加減を大きく狂わせている(あなたの炊飯器が玄米モードを搭載しているなら釜に刻印されたラインを見ていただければわかるが、玄米は白米よりも水加減が多く、すなわち炊きあがる量が多い)ので、私の炊きこみごはんはだいぶんと私の味のはず。

 四合を炊き、一合を食べ、一合を弁当箱に詰めて、残った二合を冷凍する。200グラムの小分けラップ包みにして。

ApplicationRice01.jpg

 これも後々、一パックで朝食か、二パックで弁当に入ることになり、つまり炊かれた炊きこみごはんはすべて私自身の胃に収まるのが常なので、残念ながら家族にとっての想い出の味にはならないのであった。

 こうなってしまう原因は、炊飯器の説明書にある。

「炊きこみごはんは保温しないでください」

 絶対にそう書いてある。
 なぜか。
 みんなが好きなものを入れるからだ。
 私が必ず入れる鶏肉だって、保温数十度などという抜群に肉が腐りそうな温度でどれくらいまで食べても平気なものか判断がつかないのに、なかには魚介や両生類などを入れてしまうひとだって多いはずだから(カエルはチキンに似ている。中華街が近く、冷凍カエルの脚なども簡単に手に入る土地で育ったので、幼いころは本当に不思議だった。ニワトリはそのあたりを歩いていないからスーパーで買うのはわかるけれど、カエルなんてそこらじゅうにいるのに。どうしてうちでは食べないのか。まだまだウシガエルの鳴き声もそこらじゅうで聞こえていたから、おそらく私の不思議は的を射ていて、捕まえて食べていたひともいたはずだ。いまでもたぶんいるだろう)。

 保温できない米を、晩ごはんに出すのは難しい。
 レンジで再加熱すればいいじゃない?
 となると、必然的に茶碗に盛ることになる。そりゃ、ホカホカにはなるけれど……茶碗一杯の炊きこみごはんだけで晩ごはんヅラするのは気が引ける。もともと私の炊きこみごはんは弁当用に炊いている部分が大きいので、がっつり揚げ物などをおかずにするため薄味なのである。薄味の茶碗一杯の炊きこみごはんとか、逆にわびしい。もうおにぎりとかにして欲しい。ていうかおかず作れよ。冷や奴のひとつも添えてくださいよ。味噌汁は?

  ……だったら白ごはんでいいし。

 そんなわけで、家族に出すことはない。
 なかった。

 それが前回、ひとりごはんの回。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『料理リハビリテーション一週間』のこと。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 冷凍してあった炊きこみごはんをオーブン焼きしたそれが、一週間のなかでもかなりごちそう度合いの高いメニューになっていたと気づく。

 これな。

rehabilitation05.jpg

 画的に、あくまで画的に、もうひと押しすれば単品ディナーとして恥ずかしくない品にできそうな予感。味の問題ではない。あくまで見た目だ。米の満足感なんて量でどうとでもなる。問題は「おかずは?」と、やつらに言わせない仕掛けだ。黙ってろとねじこむ一撃だ。

 はい。ここから、レシピは同じ、味も同じ、でも見た目をどうにかしようという、炊きこみごはん応用編のはじまりです。と言っても、この応用がまた面倒くさいと、白ごはんと唐揚げのほうが面倒くさくないことになって本末転倒であるからして、応用もそこそこにしておく。

 土鍋に入れ替える……面倒くさいな。
 フライパンにしておくか。
 男の料理って感じだ(自己中心的好意的解釈)。
 
 器を凝る。宿屋の食事の基礎の基礎。
 私、学生時代に某和食チェーン屋でバイトしていたことがあるのだが、そのときに教えられたことといったら、鍋の具を、ちらし寿司の具を、いかに同じ量で多く派手に魅せるか、ということに尽きていた。ちなみに鍋の具では白菜の芯が、ちらし寿司では錦糸卵がポイントになるのだが、解説などはしない。単なる底上げだ。「空気を下に敷くのですよヨシノギくん」一生忘れない名言だが、正直、できることなら忘れたい。あの時代のすりこみによって、私は料理するたび観客をいかにあざむくかばかりを考えてしまうようになった。

 フライパンを使う。
 しかし米のこびりついた焼けた鉄を洗うのは面倒だ。
 炊飯器で炊いて、いつものあのホイルを敷こう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『フッ素樹脂加工を再生する代替案としてのシリコン樹脂加工アルミホイル』の話。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 あともう少し……
 肉より魚介が贅沢感?
 冷凍庫にハタハタがありました。
 一尾十円で買った。
 これくらいのサイズなら、下ごしらえ不要。

 二尾で二十円を焼きます。

ApplicationRice02.jpg

(余談ですが、生きている魚は一匹なのに、食材として売られている魚は一尾。数えかたが変わるのは魂のあるなしで納得できるにしても、カラダの部位で数えられる死体って趣味の悪い話だなあと、いつも思う。ヒトでいえば、生きていると一人なのに、死んだら一尻と数えるとか、そういうことでしょう。確かに一仏というような数えかたはあるらしいが、だったら命をいただく食材に対してだって、魚なら一龍とか、そういう神格化した呼びかたで敬意をはらうべきです)

 ピザの具に使う鶏肉も、私はピザに載せる前にグリルで焦げ目をつけます。魚も、こんなサイズなら、凍ったまま載っけて炊いて問題はないと思うのですが、気持ちの問題。生臭さが焼いて飛ぶような気がする。ハタハタの場合、焼けたことで内臓がどろっと飛び出てしまいました。結果としてほとんど骨のようなものを炊きこむことになりますけれど、当初の目的が見た目の向上なので、それでよし。一龍十円でも尾頭付きの龍。

 炊きあがり。

ApplicationRice03.jpg

 そして加熱用ホイル敷き鉄フライパンへ。
 いざ食べるさいにはフタをして十分程度蒸し焼くとよい。冬場なら、カセットコンロで目の前で加熱してもよいけれど、夏ですし。そんな熱々でなくてもね。

ApplicationRice00.jpg

 できあがり、と。 
 まあ一種の和風パエリア的な。
 フライパンのパエリア出されて、味噌汁は? なんて訊いてくるやつはいないでしょう。これが唯一無二のメインですよ。飢えているなら枝豆か豆腐くらいは添えてもいいですけれども。

 そんな感じで、もう少し、過去にここで書いたレシピを再度作りなおして撮りなおしアップするリハビリ、続けます。

 えーとついでに。冒頭小説の登場人物の名が「才示」などという珍しいものになっているのは、小説のタイトルを『轢かれ鉄のサイジ』にしたかったからです。私も大好きな、小説と映画のどちらもが名作という『地下鉄のザジ』という物語がありまして、それに対するオマージュといいましょうか。オマージュって「尊敬する作家や作品に影響を受けて似たような作品を創作すること」ですから、正確にはタイトルをもじっただけで内容はまるで似ても似つかないので、オマージュではないのですが。ダジャレですか。イヤですね、ダジャレ。それも、元ネタを知らないとわからないし、知っていてもわかりにくいというような、自己中心的なダジャレは最低です。他人をたのしませようという欲もない。

 もし逝くことになって、すんなり逝けなくて、ぐずぐずとなにかをくり返して自分を納得させるような霊に私がなったら、だけど、そういうことをしそうな気がする。だれにも理解できないようなダジャレをひねりだしては、ぼそっとつぶやいて、ケラケラと自分で笑う。そのうち逝けるでしょう。そんな霊になった私を見かけることがあったら、そっとしておいてやってください。生きているころから、そんなことばかりしていたのです。

ZAZIE

ZAZIE

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

Yoshinogi Takumi
 Shonen-ai Cooking Elegy

19曲目『黒い彼が焼いたぼくのための白いパン』
18曲目『となりの部屋』
17曲目『ヴィアール遭遇』
16曲目『アネ化けロースカツ』
15曲目『逆想アドミタンス』
14曲目『恋なすび寿司』
13曲目『バーベキュー厳峻鋼』
12曲目『茄子はダシの夢をみるか?』
11曲目『すっぱくても、平気。』
10曲目『踏み絵ムルギティッカ』
9曲目『ひとくちだけカトルカール』
8曲目『春節の静かな賞品』
7曲目『ナンを焼くと両手がつかえない。』
6曲目『タマレってなに?』
5曲目『あらいぐまのすきなもの。』
4曲目『ピッツァみたいにぼくを食べてよ!!』
3曲目『クリスピー・プロ・フライドチキン』
2曲目『青くてカタいアボカドのパスタ』
1曲目『春餅/チュンピン』


TRACKBACK http://yoshinogi.blog42.fc2.com/tb.php/590-36c4486d