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『きみのためにパンを焼く』の話。




 読んでいたのは
『ナーディス・パメラニヤン詩集/卵割り』
 まさに、そのタイトルに冠されている一編を、ぼくは読んでいた。
 ベーコン・チーズ・エッグ・バーガー(ピクルス抜きタバスコ入り)を食べつつ。

 卵割りがやってくる
 俺様の想いを遠慮なく
 ぐしゃり
 と握りつぶす
 卵割りがやってくる
 大抵は明けがた近くに
 卵割りがやってくる
 にやりにやりと笑いながら
 やってくる
 ここにある
 ひとつの恋を
 終わらせるため

 たぶん、けっ、とかなんとか。
 それとも舌打ちとか。
 ぼくはしていたのだろう。

「なにが気に入らない」

 背後から、男は話しかけてきた。
 ――ちょっと考えてみてほしい。
 下校途中の高校生が大半を占める駅前のファースト・フード店で、おやつ代りにベーコン・チーズ・エッグ・バーガー(ピクルス抜きタバスコ入り)を食べながら、わけがわからない内容とはいえ恋を語る詩集を独り読みふける善良な男子高校生に、見ず知らずの男が背後から突然、声をかけたんだ。

 ぼくが、囓っていたベーコン・チーズ・エッグ・バーガー(ピクルス抜きタバスコ入り)を吹き出してしまったとしても仕方のないことだと思わないか? そして、抜いてもらったはずなのになぜかぼくの口のなかにもぐり込んでいた一枚のスライス・ピクルスが、ひゅん、と飛んで二つ向こうのテーブルで手帳をあいだに挟んでおしゃべりに夢中になっていた双子のようなおさげ髪の女の子の片割れの右のほっぺたに、ぺたり、と貼りついたからといって。

 ぼくの責任かっ!?

 悪いのはちゃんと頼んだのにピクルスを抜き忘れた店員だし(そういえばその店員もおさげ髪だった。人に不幸を運ぶ悪魔のしるしなのかもしれない)、なにより口いっぱいにベーコン・チーズ・エッグ・バーガー(ピクルス抜き忘れタバスコ入り)を頬ばっている赤の他人に背後から声をかけたこいつがっ!

 ――って振り返って睨みつけようと思ったら、
 世界は漆黒の“闇”だった。

「なっ……」

 なんだと叫びかけたコンマ二秒後に、それが闇ではなくて、そこに立つ男の肉体を包み込んだ衣服なのだと気づいて黙る。
 仕方がないので頭のなかで叫んだ。
 ――なんだ、こいつはっっ!!
 おまえはイギリス紳士か007かっ? いやそれより香港映画に出てくる殺し屋に似ている。夏だ。いまは真夏なのだ。しかも昼間の学生でいっぱいのハンバーガー屋だ。なのにあなたはなぜに黒一色のベストまで着けた三つ揃いのスーツ姿で下に着ているスタンドカラーのシャツまで“黒”って。

 上を向く──とても向く。
 まだ向いて、ようやく顔が見えた。
 眼鏡が光ってよくわからない。でも想像していたオールバックではなく、さらさらの、でも想像通りの黒髪なんだってことはわかった。すべてが黒いのに、黒いがゆえ、その肌のあまりの白さが怖いほどに――
 きれい。
 げ。
 なに考えてんだ。
 そうだっ!!
 大事なことを思い出し、あわててまた前を向く。でもそれは、人生最大の失敗だった。なにごとが起こったのか理解できずにキョロキョロしていたおさげの女の子が、顔を向けてしまったぼくのことに気づいたんだ。
 その指先には、ピクルス。
 軽くぼくの歯形がついていたりして。
 ほっぺたにはタバスコ入りのケチャップ・ソースの跡――
 肌、荒れないといいね、彼女。
 とどめに、彼女の向かいに座っていたおさげの双子が振り返って、ぼくを指さす。
 振り返ったら全然ふたりは似ていなくて、でもどっちもそこそこ可愛くて、ぼくは手前のいま振り返ったコのほうが唇の端を吊り上げた感じがちょっと小生意気そうでタイプだった。が。彼女が唇の端を吊り上げているのは、ぼくが証拠のベーコン・チーズ・エッグ・バーガー(ピクルス抜き忘れタバスコ入り)を齧りかけの姿で、いまだ片手に持ったままだったからなのだった。

「なるほど」

 はっ、と見上げた。
 忘れようがないはずなのに存在を忘れかけていた漆黒紳士が、彼女たちを見ている。彼女たちの視線も上を向いた──とすると、彼はぼくだけに見えている死の国へのお迎えとか、そういうたぐいのものではないのか──それとも、死神は幽霊とはちがって、当事者以外の人間にも目撃されてしまう存在だったろうか。

 実体を持っているようだが足音は立てない黒ずくめの男が、怯える少女たちに歩みより、なにごとかを告げた。こくこくとアスファルトの上の米粒をついばむ小スズメのように彼女たちはうなずき、四本のおさげが揺れるのをぼくは目撃する──彼がもどってきて、ふたたびぼくの前に立ち止まるまで、編集なしのワンカットで見つめていたから、彼がどこからそれを取り出したのか見ていないわけはなかったが、ぼくにはそれは、差し出された大きくて白い手のひらに忽然と現れたように思えた。

「これ、は?」
「パンだ」

 パンダ?
 いや違う……
 パンだ。確かに。

「はい」

 答えて、そうしなければならない気がして、ベーコン・チーズ・エッグ・バーガー(ピクルス抜き忘れタバスコ入り囓りかけ)をテーブルのトレイに置き両手を自由にし、いまいちど、白い大きな手のひらに鎮座まします白くて丸い物体を見つめる。
 パンだ。

「きみのために焼いた。食べて欲しい」

 頭上から降る、声。
 よく通る声だった。
 遠くで、少女たちが歓声をあげる。
 手をのばす。
 パンに。
 ぼくのために、焼かれた。

BrightBread1.jpg

Yoshinogi Takumi
 Shonen-ai Cooking Elegy
 Song 19
 『Dark he baked Bright bread for me.』

(吉秒匠
 BL料理哀歌
 19曲目
 『黒い彼が焼いたぼくのための白いパン』)

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○材料

ぬるま湯 200CC
強力粉 280グラム
薄力粉 20グラム
ドライイースト 小さじ1
砂糖 小さじ1
塩 ひとつまみ

○作り方

 強力粉と薄力粉をまぜ、大きめのボールに入れます(ふるわなくてよし)。

 ぬるま湯(指入れてぬるめのお風呂くらい。30度ちょっと越えるくらい)に、あわせた粉の半量とドライイースト、砂糖を入れ、手でまぜます。

 残りの粉と、塩を加え、まとまるまでこねます。前にもピザ生地の回で書きましたが、あなたが100キロ程度のバーベルを上げられるなら1分もこねれば充分。そうでなくても3分もこねれば万全。

 濡れ布巾をかぶせて、春の気温で二時間くらい。二倍の大きさになるまで待つ。これを一次発酵と呼びます。時間ではなく、必ず膨らみ具合で判断すること。そうです、コツは、休みの日にのんびり焼いて、決して焼きたてを晩ご飯の時間に、などと考えず、余裕を持って生地の様子を眺めてつきあうこと。焼きあがる時刻は、こっちの都合ではなく、生地の都合で決まるのだと心得ること。

 膨らんだら、十等分して、まるめて、オーブンシートを敷いた天板に並べ、もういちど濡れ布巾をかぶせて、一時間休憩。ここはもう膨らみ具合でなく、一時間固定でよし。これを二次発酵と呼ぶのですが、実のところ、発酵して膨らませるタイムというよりは、丸められた生地が、丸められたことに納得するのを待つ時間。ちゃんと丸めることには苦心しましょう。きちんと閉じられていなくて、裂け目が残っていたりすると、焼いて膨らんだときに変形して、せっかく覚悟を決めて焼かれてくれたパンがひん曲がってしまいます。

 まんまるいのがお好きなら、そのままで。今回はアクセントをつけるのに、てっぺんをナイフでちょっと切って、分量外の強力粉を茶こしでふるって、霧吹きの水を噴いて接着させてから焼きました。チーズとか、チョコレートとか突き刺してみるのもたのしい。本日の気温ですと220度で20分。焼き加減は目で見て調節しましょう。色白でも、こんがりでも、それはそれで味わい深いものです。それこそ家焼きパンの醍醐味。

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 パンよりもピザを焼くことが多い。

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『ピザ生地とソースのレシピ』のこと。

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 だってピザは具をのせていっしょに焼けば、それだけで豪勢な晩ご飯。自分で焼くと原価数百円もかからないものが、この国では数千円で宅配されていたりするから、だれかのために焼くと、必要以上に感激してくれたりする。一方、パンも作る手間は変わらないけれど、そんなふうに「きみのために焼いたから」なんて言われても、パンそれだけを差し出されたら、ちょっと不気味。コッペパンはピザと違ってこの国でも一個数十円ですし。ハンバーグとチーズとベーコンと目玉焼きを挟んでも高級メニューの風格はない。自分自身のために焼いても、やっぱりせめてサラダくらいはないと困る。特に私は、ジャムとかバターとか摂取しませんし(そのため、生地にもバターは使っていません)。

 しかし、パンにもいいところはある。
 保存性。

 たっぷり焼いて冷凍しておけば、いつでもオーブントースターですぐに焼きたて。漆黒のスーツの内ポケットにだって収納可能(そのさいは、飾りつけの強力粉は省いたほうが無難です)。どんなに器用なひとでも、ピザをさっと取り出して「きみのために焼いた」なんて芸当はできませんが、パンなら可能。サンドイッチ伯爵は寝不足のゲーマーだったからゲームしながら食べられる食事を開発したのだけれど、手が汚れないということはカバンも汚れないということであり。

 「あなたのためにサンドイッチ作ってきたの。パンも焼いたんだよ」

 なんてお弁当は、白ごはんに卵焼きのそれよりも、戦略的に破壊力を発揮する場面も多いはず。えてしてそういう場合、私のレシピのような、イースト少なめ、甘さ控えめ、油分なしという悪く言えば「もそもそする」仕上がりが、賢者の選択だったりするのです。

 おぼえておいて損はありません、と天使のような私が言う。

BrightBread2.jpg

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Yoshinogi Takumi
 Shonen-ai Cooking Elegy

18曲目『となりの部屋』
17曲目『ヴィアール遭遇』
16曲目『アネ化けロースカツ』
15曲目『逆想アドミタンス』
14曲目『恋なすび寿司』
13曲目『バーベキュー厳峻鋼』
12曲目『茄子はダシの夢をみるか?』
11曲目『すっぱくても、平気。』
10曲目『踏み絵ムルギティッカ』
9曲目『ひとくちだけカトルカール』
8曲目『春節の静かな賞品』
7曲目『ナンを焼くと両手がつかえない。』
6曲目『タマレってなに?』
5曲目『あらいぐまのすきなもの。』
4曲目『ピッツァみたいにぼくを食べてよ!!』
3曲目『クリスピー・プロ・フライドチキン』
2曲目『青くてカタいアボカドのパスタ』
1曲目『春餅/チュンピン』
 

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