最近の記事

スポンサードリンク

月別アーカイブ

『ナラティブ(笑)』の話。


 ナラティブ、という概念についての論争が盛んだ。
 そこで私もあちこち覗いてみた。

 うん、これ……

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『プロレス劇』のこと。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 私の語る「プロレス劇化」と同義。
 
 うーわー、ずーるー。
 なるほどね、ナラティブ。意味はよくわからないけれど、そのよくわからないところがいいんだろうな。Narrativeを直訳すれば、物語、という意味。でも近ごろ流行っているのは「物語る行為」によって新しい価値を提供しようという視点。

 だからそれ「プロレス劇化」なんだけどな。
 やっぱりあれか、合コンで、

「行き詰まった業界の奥の手としてプロレス劇化という手法がうんたらかんたら」

 よりも

「ナラティブを使いこなすことで閉塞的な状況を打破できるとぼくは思っているんだよねうんたらかんたら」

 のほうが、モテるのか。
 ならば使いこなすしかあるまい。
 使えるようになるまで連発するナラティブ。

 まずは語れる小説界隈のことから。

 小説というジャンルに、実際的にカットアップ技法と呼ばれるオートマティック・ナラティブの手法を取り入れた作家としては、ウィリアム・バロウズが有名。

burroughs

 私も、むちゃくちゃ影響は受けた。
 しかし、妻を殺し、男にフられて自傷するバロウズは、その存在そのものがエンターテインメントであるために「あのバロウズがおこなった実験」の結果として、こちらも彼の作品を読んでいる。バロウズのカットアップ哲学によって、偉大な詩や、映画、他人の小説や広告の類からも言ってしまえばパクリまくった断片的文章をつなぎあわせたそこに神々しいなにかを読みとってしまうことは簡単にできるのだけれど、ということは彼を知らないだれかが、彼の小説を読んでも、もちろん没頭などできないということである(散文、もしくはリアルなジャンキーの思考としてたのしむことは可能かもしれないが)。

 そういう意味では、機械的な切って貼っての行程で、万人受けするナラティブな小説を生成する実験に、バロウズは成功していない。むしろ、たびたび指摘されることだが、小説というジャンルが成熟した二十世紀の終わり、ハーレクインやボーイズラブが到達したそれのほうが、オートマティック・ナラティブと表現するに値するものだという見方ができそうである。

 出逢いがあり、誤解があり、和解があって、エロがある。

 いつどこでだれがなにを……という小さなボックスに、切り取った文章のパーツを組み込んだバロウズのカットアップが読むことはできるが没頭はできない散文にしかならなかったのに対し、中編、もしくは長編の全体の構成において「お約束」というかたちで大きなボックスを用意し、そこに多種多様な人物像とシチュエーションを放り入れることで万人受け……というには語弊があるが、少なくともある種コアな客層によろこばれるナラティブが無限に生み出され、経済活動として機能するまでの高みに到達したというのは、人類史上、初めてのことである。

 余談ではあるが、私の書くボーイズラブ小説は、たびたび編集者から「プレイが特異すぎる」との評を添えられて叩き捨てられている。圧倒的な女性社会である業界で、私は私の感性が育まれた男性向けエロビデオもしくはエロマンガの手法によって男という種である私だけが提供できる変則的ボーイズラブ・ナラティブを売り込もうとしているつもりなのだが、純ナラティブな観点で見れば、なるほど私の行為はボックスの無視であり、やればやるほどオートマティック・ナラティブとは呼べないものになっていくということである。このことから、派生的に読みとれるのは、男性向けのエロティック・ナラティブなコンテンツにおいては、女性向けのそれとは違って、ナラティブのカタルシスな部分であるエロの要素にバリエーションを許容する……むしろ「非お約束化」された特異なプレイの描写こそでユーザーはアヘるという側面だ。浮き彫りになったその派生的考察から、アンフィクションである現実の男女の性の営みにおいても、女性は行為の安定化を求めるが男性は深化をこそ本質だと捉えているために「変態っ」と頬をぶたれて恋が終わるというような哀しいすれちがいのエピソードをあまた生んでいるのではないかという推察もまたできるのだが、考察の方向性が今回の主題からはずれるので深く語るのはまたの機会にしたい。あくまで目的はナラティブである。ナラティブれば、ナラティブるとき。ナラティブリューション。

 議論の発生する方面を見やるに、ナラティブという概念の解説を切実に求めているのは、どうやらゲーム業界であるらしい。 

 たとえば『テトリス』と『テトリスモンスター』。





 我が家にもある名作『TETRIS with カードキャプターさくらエターナルハート』も同じ発想で作られているので、そちらを紹介したいところだが、いまやプレミア価格で取引されているため、お勧めするのも気が引ける。

 要は、淡々とプレイするゲームのはずのテトリスに、モンスターやさくらちゃんを登場させれば、そこに生まれるナラティブによって本来のテトリス信者とは別の層にもアピールできるのではないかという試みである。

 思えば、8ビット時代のゲームの大半には、ナラティブと呼べるような要素は存在しなかった。スペースインベーダーは脈絡なく整列行進してくるインベーダーを砲台で迎え撃つが、プレイヤーはいったいなにを守って戦っているのか知らされず、ロードランナーは意味もなく追われていてブロックを掘っては敵を埋め、パックマンは迷路でエサを食いながら走りまわっていた。感情移入などできるわけがない。意図的なナラティブの提供は、為されていなかった。



(ファミコンのちゃんとしたヒトに見えるロードランナーを最初にプレイしたひとも多いだろうが、初代AppleII版ロードランナーの主人公は、目鼻のない白いワラ人形もどきである)

 その後、スーパーマリオは救っても救ってもさらわれるので助けがいはないにしても、敵を討って姫を救うという確固たるナラティブを獲得する(この、救っても救ってもまたさらわれて同じナラティブが使い回されているのに観客は熱狂する、という図式は、やっぱりナラティブよりもプロレス劇化のほうが的確に言い表しているのではなかろうかと未練たらしくつぶやきそうになってしまうが……いやいかん。ナラティブナラティブナラティブナラティブ。身に染みるまでナラティブ)。

 さらに時代を追うと、ついに二十一世紀、多くのクリエイターが口を揃えて近い将来「映画とゲームは融合する」と言い切るようになる。
 GTA5をプレイして、私は書いた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『グランド・セフト・オート5のプレイ初日』のこと。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「このゲームの進化の仕方は、物語るジャンルとして、おもしろいことになってきたと感じている。映画や、舞台がそうであるように、ある種の物語は、客を逃げられない椅子に縛りつけて、顔をそむけられない状態で語るのが効果的だったりする。『Grand Theft Auto 5』は、まったくもって憂鬱なストーリーを、序盤から手練れのアクションゲーム要素で、観ずにはいられないようにして語る」

 オンデマンドの普及で、映画の公開日に自宅のリビングで観る、ということがふつうにおこなわれるようになった。映画館の収益の問題としてはまた別の要素があるが、大金かけて作った映画の制作費を回収するという点では、これは映画館オンリーでの集客よりも、ずっと手っとり早い。

 ただ、そのことで、映画とゲームの融合は加速した。

Halo

 日本で、リドリー・スコット製作総指揮ゲーム『Halo』の実写版『Halo: Nightfall』のディスク発売が決まったが、この二時間ほどの映画。私はゲーム『Halo: The Master Chief Collection』をプレイするなかで、観た。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『Halo: The Master Chief Collection』のこと。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

 それどころか、『Halo: Nightfall』はゲーム機でプレイ(という表現しか思いつかないのでそう書くが)すると、視聴中に選択肢が表示され、アナザーナラティブへと誘導される。もちろんそれらの派生的物語は観てもいいし観なくてもいい、それでも、映画の最中に「そのころ別の視点では」などというナラティブ・チョイスが出現するのだからコントローラーは手放せない。

 縛りつけられている。
 この感覚は、ディスク版では味わえないだろう。それ以前のこととして、そもそもゲーム機XboxOneを所有している前提で見れば、『Halo: Nightfall』と『Halo: The Master Chief Collection』は、ほぼ同額の実勢価格であり、そうでありながら『Halo: The Master Chief Collection』に『Halo: Nightfall』は含まれている。そして『Halo: The Master Chief Collection』は、映画以外のゲーム部分をプレイし尽くそうと思ったら、数百時間はかかるという超大作である。

 どちらがナラティブ・コストパフォーマンスに優れているかは検証するまでもない。

 そして、こういうゲームの作り方が、昨今の「だれかナラティブ論をちゃんと語ってくれ」という悲鳴を生んでいるのもあきらかだ。大作ゲームの複数作パッケージに、リドリー・スコットの映画新作が含まれている。そんなものが売られる同じ市場で、インディと大作の狭間に落ちこんだ多くのゲーム制作者たちがぜえぜえ言いながら、魔法を求めている。

「ナラティブの量だけがナラティブなのか」

 助けても助けてもさらわれる姫を救うナラティブでみんな熱狂していたのに、いつのまにか、その技法は通じなくなっている。もっと主人公に過酷な状況を与え、強大な敵を与え、愛する者との別れを与え、ナラティブにナラティブを重ねて、力尽くのナラティブ過剰摂取で観客を酔わす。まだ足りないのかと、十億円かけて作った実写ムービーまでつける。

 それはそれで素晴らしい。

 ただ、だったら、あの、ロードランナーに没頭していたのは、なんだったのだろうか。無数の敵が追ってくる。こっちは穴を掘るドリルだけを持っていて、その世界のブロックは、なぜだか穴を掘っても自然と埋まる。意味不明なうえに支離滅裂で、アンナラティブなように思えるが、多くのひとがいまでもロードランナーをプレイすれば没頭するし、脱出階段を登ったときの絶頂感は、パズルが解けたというだけのものではないはずだ。ナラティブ・オーガズムなのである

 テトリスモンスターは、テトリスほど売れていない。その時点で、ナラティブは蛇足になる場合もあるのだと証明できている。

 さあ、結論が見えなくなってきた(笑)。
 いや、ここで私がずばんと「ナラティブとは!!」と論破できるようなものであれば、巷で熱く論じられたりもしないはずだ。いまだ、どこの論戦を覗いても、こうした「ナラティブの実例」を並べたてて検証する段階である。

 ナラティブ。
 つまりナラティブ。
 そう、ナラティブれば。
 ところでこのあときみとぼくのナラティブを……

 だいぶ使いこなせるようになってきたので、このあたりで大切なことを思い出さなくてはならない。私は合コンになど行かない。なのでかっこよく、ナラティブなる言葉を使いこなす必要性はなかったのである。うかつであった。

 かっこよくない言葉に戻そう。
 きみが失笑しても、私にとっては、しっくりくるほうに。

 「プロレス劇化」という視点で見れば、ガチの勝負=格闘技も、いまでは試合前に「煽りVTR」と呼ばれる、苦労話や対戦相手との対立の図式を煽る演出を入れるのが当たり前になっている。どちらが勝つのかはわからない。ドローかもしれない。だが、多くの観客は格闘技のそういった「プロレス劇化」が、昔よりも会場の温度を熱くしていると感じている。これも言わば、映画と別の娯楽との融合だろう。

 ガチの勝負=テトリスを「プロレス劇化」するさい、大事なのは、テトリスを触らないことだ。RPGが好きなひとにモンスターを、さくらちゃんが好きなひとにさくらちゃんを、そうやってプロレス興行を細分化していくのはけっこうだが、意外にそういったユニット興行を訪れる客は、テトリスがちゃんとプレイできないと怒って帰る。
 
 結局のところ、安定した集客が見込めるのは「プロレス劇」を昔ながらに実直に演じる団体である。常に新しい観客を呼び込むためのギミックは必要なのだが、それ以上に、ついているファンを離さないということが、なによりも重要なのは昔もいまも未来も変わらない。持続可能な「プロレス劇」とは、芯となる部分は未来永劫変えないまま、昨日と同じ観客に、昨日と今日の違いを提供できる構造でなくてはならない。

 「当てたように見せかけるキック」
 「絞めたように見える関節技」
 「言葉の暴力」
 「お色気」

 などは、選手が故障しないで「プロレス劇」を演じ続けるための工夫だ。そこを変えると、さまざまな要素が破綻するとわかっているのに、触ってしまうものがあとをたたない。

 テトリスが落ちものパズルを極めてしまったから、だからナラティブ? 違う。「プロレス劇化」とは、物語を演出することによって、芯の部分への興味、集中を増す技法である。しょっぱい格闘技団体のよくできた「煽りVTR」ほどクソなものはない。萌えにのっかるだけで、激しさも唸らせる技もなく、あげく故障者が出るようなプロレス団体の興行にはタダでも行きたくない。時間の無駄だ。

 テトリスを越えるものが芯としてどうしたって必要。それが悩んでも生み出せないからといって物語で煽っても、観客は醒めるばかりどころか芯信者がツイッターでクソクソ連発するネガティブキャンペーンを開始する。

 魔法なんてない。
 プロレスラーは鍛えあげた肉体が資本。
 これ以上に明確な真実はない。
 自動生成できるハーレクインもボーイズラブもない。
 お約束ボックスの持続可能なプロレス劇化は、基礎鍛錬あってこその職人芸、血反吐吐いて出ないものを出すんだ行くしかないさ行けばわかるさバカヤロー。
 そこが道になる。
 道は創れ。
 ナラティブ(笑)。
 はっはっは。ナラティブって。
 ほかに論じるべきことねえの。
 合コンでモテたいの?







TRACKBACK http://yoshinogi.blog42.fc2.com/tb.php/572-bd08401b