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『アレッツォのキメラ』の話。



Chimera


 写真を使い回しています。
 この記事に出てきたキメラ。

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『ゴジラ VS 太陽の塔』の話。

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 「アレッツォのキメラ」

 イタリア共和国トスカーナ州アレッツォ県アレッツォは、幻の古代都市連合エトルリアの首都のひとつだったと推測されている。海を渡り、周囲の国々と交易していたエトルリア人は、アレッツォにおいて信仰と芸術を融合させた文明を築いていた。

 そのアレッツォで出土した、ブロンズのキメラ像。
 オリジナルは、いまもアレッツォのすぐそば、フィレンツェの考古学博物館に展示してある。

 ホテルの説明によると……

 オリジナルの像から、数十年前に二体の複製が造られ、その一体はプロレスの聖地メキシコへ。もう一体がここにあるのだという。説明を読んでも、岡本太郎とキメラがどうしてここに並んで展示されているかの説明にはまるでなっていない。帰ってきてネットで調べてみたが、ネット上にも同じ説明文を見つけた。ご丁寧にホテルのコメントとして、世界で二体のレプリカそのうちのひとつがここにあるなんてびっくりです。というような文を寄せてあった。驚かれても困る。ちゃんと説明してくれ、と詰め寄ろうにも、相手は美術館の学芸員ではなくてホテルマンなので、これ以上、どうしようもない。知らない者は自白させられない。

 しかし気になる。
 なにこの気持ち悪い像。
 触れないで通りすぎるわけにいかない。
 いかないので、勝手に語る。

 彫刻の由来が謎ならば、見た目から読みとるまでだ。私が気になったから、こうして語りはじめているわけで、私自身が納得できる結論へ到達できればそれでいい。足りない部分は創作する。だから気をつけたまえ。当サイトはWikipediaではない。正確性は皆無だ。イタリア文化について卒論を書くつもりなら、他からコピペすることをお勧めする。特にここはしれっと創作した小さな説を真顔で事実と併記してしまう管理人が運営しているので、コピペして持って行くと簡単にバレるし、バレたときにWikiの丸写しよりも恥ずかしい思いをするのはあなたです。いや実際、マニアックなところから盗作するというのは、盗みどころを特定できてしまうということだから。気をつけたほうがいい。どこにでもある千円札を盗んでも捕まるだけだけれど、あのコの上靴を盗んだらバレたときに罪よりもこっ恥ずかしい。こんな目に遭うなら告白しておけばよかったとさえ思うことでしょう。ええ、告白はいつでも大歓迎です。

(ほんと、ここでネタにしたいくらいなんですが(こうやって、していますけれども)、ググっていただくとよくわかることに映画『オッド・トーマス 死神と奇妙な救世主』がTSUTAYAさんでレンタル開始されてから、けっこうな人気でして。で、この映画を検索して引っかかってくる、あたかも原作を読んでからその映画を観ました、的なレヴューの、半数以上が当『とかげの月』からのコピー&ペーストです。ていうかコピペしたのを別のひとが書きましたというようにそれっぽく編集されているのが多数……ブログなんて言葉のなかったころからブロガーやっていますから、こういうことは初めてではないものの、今回は、ちょっとショックもある。世の映画サイトなんてあてにならないぞ、これ。次の映画の批評は、その原作者か監督の大ファンの個人サイトを見つけて、そこから文章と見解を引っぱって来るわけだ。ううん。そうじゃないサイト管理者さんだっていっぱいいますよ。でも、他人の文章を盗み慣れているかたも大勢いらっしゃる。その数がね……ていうか、映画が良い出来で、原作者ディーン・クーンツについて日本語で検索したら、盗ったら丸わかりな私の文章くらいしか盗るところがなかったって……それがまた淋しいことではあるのですが)

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映画『オッド・トーマス 死神と奇妙な救世主』の話。

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 気を取りなおして、はじめましょう。
 明日は出張で朝が早いので、あまり時間をかけていられない。
 急速に展開してゆきます。

 このキメラ、ケルベロスやヒドラを産んだ堕女王エキドナの娘である。

 さらっと読み流してしまったかも知れないが「娘」である。

 なぜ、たてがみがあるのだろう……まあ、お母さんが上半身人間の女で、下半身は蛇で、羽根まで生えているのだから、種とか性別を超えていると言ってしまえばそれまでなのだけれども。しかし同じ母から産まれたモンスターとされるデルピュネなんかは、母譲りの上半身美女である。ギリシャ神話的には、洞窟を守っていて倒されるだけの存在で、別に人間の男を惑わせて「う、下半身はドラゴン、でもあんな美乳でブロンドの上半身が付いていては斬れないっ」などというシーンはない。おおむねギリシャ神話の英雄たちは、だれかを助けに行って、そのだれか以外は怪物だろうとヒトだろうと、躊躇なく倒す。なので、上半身美女というキャラ付けは、単にモンスター記号として差別化を図るためのものだと考えたほうがいい。

 ちなみに、現代のサブカル界では地獄の番犬三つ首のケルベロスも、原典では五十の首を持つ獰猛な犬である。困ったものだ。なにが困るって、後世の彫刻家たちがである。テメエは文字で書いているから勝手なこと書けるけれど、立体化する身になってみろよ五十も首があったら、それが犬だってこともわからない毬藻かイガ栗みたいなのになっちまうわ。

 というわけで、いまとなっては三つ首である。
 兄弟怪獣ヒドラも、いまでは九つの長い首を持つ火を吐くドラゴンだが、もともとはひとつの首を斬ったら二つに増えて再生するという臭い息を吐くモンスターで、つまりヘラクレス氏と戦っているうちに、斬っては増え斬っては増えで、やっぱり本来は毬藻ドラゴンになる。

 この問題の根本原因は、神話の作者が、あまりに登場人物が多く、奇怪な生物が次々登場するため、その場の勢いでキャラ付けをしてしまうところにある。筆がすべったというやつだ。ギリシャ神話も、日本昔話やイソップ童話などと同じく、古くから口から口へ伝わっていた妙な話を、ある時期に体系化して物語としてまとめたものだけれど、なにせ内容が神である。

 神がいかにモテて絶倫で子だくさんで産まれた子供もまた親を超える神で英雄か、そこが大事なところという物語群であったため、ドラゴンボール状態になる。そのリングでは、新人は先人よりも窮地に陥り、先人よりも強大な敵と戦って勝利せねばならない。そこが日本マンガ界の巨匠だと、二人で合体して髪が逆立つとか、そういうスマートな描きかたができるのだが、当時の未熟なエンタメ書きたちは、マンガでなくラノベだというのをいいことに「じゃあ首が五十コの地獄犬!」などというのが良い思いつきであるかのように筆をすべらせまくっていたのである。アニメ化を考えて原作を書くやつがいるかっ、と青筋たてる熱血編集さんはいまもいるらしいが、それにしたって臭い息の斬っても斬っても首が再生するドラゴンがラスボスとか、いまなら新人賞の一次選考で下読みさんに鼻で笑われて捨てられるところだ。

 そういう未熟なエンタメ書きたちのひとりが、受け持った物語。

 あるところにプロレスの試合中、バックドロップを極めたら相手の首を折って殺してしまった選手がいました。彼の対戦相手は、彼の実の弟でした。試合中の事故だったので、罪として裁かれることはなかったものの、その日から「弟殺し」と人々にそしられるようになった彼は、町を出ることに。放浪の果て、彼はリングどころか母の胎内で兄弟と試合をして敗北したという、壮絶な過去を持つ大先輩のもとへ身を寄せます。彼は、過去を忘れるため、大先輩のジムで特訓の日々を送りました。やがて、限界を越えたトレーニングによって彼の精神が浄化されようとしていたそのとき、大先輩の妻が彼に対して性的な誘惑を仕掛けてきたのです。もちろん彼は、誘いにのったりはしませんでした。しかしその結果、大先輩の妻は夫に向かって根も葉もない嘘を言ったのです。

「あの新人が私をレイプしようとしたの」

 そんなわけで、最後の拠り所たるプロレス界の重鎮から「おまえはもうショービジネスの世界では生きていけない。誇りがあるならば、ショーではなくガチでモンスターを殺ってこい」などと破門同然のあつかいを受けることに。

 彼は、大先輩が自分に死ねと言っているのだとさとりながらも、勝てるわけがない戦いへと向かうため、ペガサスにまたがるのでした。

 命がけの最終戦。
 相手モンスターは、キメラ。

 これがキメラ登場の物語である。
 ギリシャ神話では、たびたび、身内に突拍子もない行動を取る者が現れる。整然と、端正なストーリーテリングよりは「おっと、ここでまさかの誤爆!!」というプロレス的文法が好んで使われる。弟殺しの二つ名を背負って大先輩のもとで修行していたら、その奥さんに誘われたけれど断った。だからキメラと戦うことになったのです。うん。ひどいプロットにもほどがある。たぶん夜な夜な白い濁り酒でも飲みながら、九割方、ノリで作られた物語なのである。

「で、キメラってどんなのよ?」
「せやな……」
 
 話の流れからして、ヒト型モンスターでないほうがいい。あくまでギリシャ神話は口伝である。言葉の描写で「ものすごい」ことが伝わる必要がある。しかも今回のエピソードでは、プロレス界を追放されて戦うとんでもない怪物なのだから、肉体と肉体の攻防とか、目と目で語りあうとか、そういう相手では話がややこしくなる。言葉の通じない動物がいい。狂乱の堕王女ハイブリッドモンスターエキドナが産んだという設定だから、娘も怖い動物の合体がいいんじゃね?

 メスが怖いっていえば、ライオンしょ。
 ライオンの尻尾が燃えてる……
 いやその設定は前に使った……
 ていうか動物合体するんだったっけ……
 蛇!
 ライオンなのにシッポが毒蛇!
 おれ天才!!
 で、あとは……
 頭は獅子で胴体は……
 悪魔の化身、山羊でどうよ。
 おれ、マジ天才。

 目に浮かぶ。ライオンのシッポが毒蛇の段階で語る口調も浮かれきっていて、悪魔がどうとか口走ってしまった。気づいていないのである。確かに山羊は悪魔のシンボルなのだけれど、あのなあ、その前に頭はライオンって設定しているのだから、胴体を山羊にしたら、どこに山羊が山羊だってわかるあのでっかいツノが生えるわけ? ツノの生えたライオン?

 考えていないのだ。
 でも、文字だと、なんとかなる。
 のちにその物語を文字に書き起こした作者も、無茶苦茶具合を補強していく方向で書き進めることにした。山羊のカラダとツノを持つ、神話の神々のお父様、ヒト型半獣パン神は超有名神。だから、胴体が山羊と書いてしまえば、なんとそれは由緒正しい墜ちた神の系譜、というニュアンスが読者に伝わるから大丈夫との神判断。で、頭はライオンで、シッポ毒蛇。完璧。

 もちろん頭はライオンなので言葉は通じない。言葉は吐かないが、口から火は吐く。

 余談だが、「弟殺し」の名を負った悲劇の追放レスラーは、羽根の生えた白馬に乗って、この怪獣キメラをなんと倒してしまった。そのニュースが世間に知れわたり、彼は復帰どころかガチでスターダムにのし上がる。だがやがて、のし上がったのはいいものの、増長してテングになってプロレス界どころかこの世にも居場所がなくなってペガサスで空に逃げ、彼自身は太陽によって焼き尽くされ、ペガサスは星座になった。

 最後までどうでもいい展開だが、ひとつ言えることはある。
 この神話の怪物キメラに、女性器は必要ない。

 キメラちゃんは、エキドナの娘。

 けっこう有名なモンスター。
 なんなら、倒したほうのベレロフォンよりも有名。けれど、岡本太郎のわけのわからん彫刻と並べて極東の島国で雨ざらしになっているレプリカのブロンズ像でさえ、どう見ても男の子である。
 なんでたてがみ?

 見るからにあきらかだ。
 背中から山羊生えてるやん。

 モデラーがキメラを造形するに当たって、原作通りに「メスライオンの頭に、ヤギの胴体、シッポは毒蛇」っと造ってみて、鼻で笑ったのは想像するまでもない。三秒後にはキレたに違いない。

 こんなもんアニメになるか!!

 そうしてできあがったブロンズ像には、女性器はなく、男性器もなかった。ただひっそりと、尻のあたりに血を噴いている生傷が造形されている。神話では、ベレロフォンは、炎を吐くキメラの口に鉛の槍を投げ入れて、キメラはみずからの炎で溶かしてしまった鉛によって喉を塞がれて窒息死したということになっているのだが。出土していないが、おそらくはこれ、セットのフィギュアとしてベレロフォン像も、モデラーは造ったのだろう。で、そこでもキレた。

 溶けた鉛で窒息死とかフィギュア化できるかバカ!!

 たぶんふつうに、ペガサスに乗ったベレロフォンが、ふつうに槍でキメラのケツを刺しているポーズで造ったのだろう。となると、このキメラは、刺されて悶えているところだ。
 性別さえ曖昧になった合成獣が悶えている像である。
 それでキモいのか。

 納得した。

 キメラは、
 春、夏、冬の季節を統べる獣だとか。
 幻想、架空、夢の守護獣だとか。
 合成獣なので、意味付けがしやすくて、意味をつけてしまうとロマンチックに聞こえてしまいがちだけれど、要は、昔話を編纂した作者の思想がブレている。だから、たてがみとか造られちゃう。エキドナの娘だというキャラ設定が物語のなかでまったく機能していないから、単に画になるという理由だけで男の子に改変されてたてがみをつけられ、ケツに槍刺されて、さくっとやっつけられることになる。

 あと、ライオンモンスターなのに牙がないのがキモい一因だとも気づいたのですが。これたぶん、眼球と牙が宝石だったのでしょう。造ったモデラーが何百年もあとのことを考えていないので、こういうことをする。

 先日、京都の平等院鳳凰堂の屋根に飾ってある鳳凰像が、実は長い五色のキラメクたてがみのあったことがわかったとかいうニュースを読みました。よかれと思ってクリスタルの眼球とか牙とか、鳳凰の五色の羽根なんかを別素材でくっつけた結果、そこだけが朽ち果てて紛失し、後々の観覧者に「目がないっ、頭禿げてるっ」とか言われることになるのです。

 古今東西。
 歴史に残る彫刻は、一本の大木のなかから掘り出すものであるべき。

 さて、なぜにこの像が気持ち悪いのかという私の心には、これで明快な解答が出そろいました。

 出土した当時、領主はこれを守り神と崇めて自室に飾って毎日磨き、民衆は不幸の象徴として気味悪がったそうです。わかる気がする。物語性を過剰にして観客の目を惹きたい創作者の思惑が、透けて見える像です。目を惹き、私を気持ち悪がらせたのですから、作者の狙いは成功しているものの、これがホテルの守り神かといえば、人々に撫でられた痕跡も、お賽銭も見あたらないので、だれもが「キモっ、アレッツォ? 知らんわ」と言いながら変な像があったと写真だけ撮って帰るのだと思う。

 いっそ、原作に忠実に、この像が女の子だったらば。たてがみのないスレンダーな肉食獣の顔、蹄のある四肢、そして毒の蛇。瞳と牙は朽ち、彼女は異国の地で雨に濡れている。

 なんかなあ、そういう演歌調のほうが人気出そうな気がするんだよなあ。と、クーンツ師の超名作、あなたが読んでいないならこれだけは読んでおけという『ウォッチャーズ』を、新学期も始まっているのにまだ読書感想文が仕上がっていないあなたのために、この夏の推薦図書として挙げて終わります。大丈夫、読みはじめたら眠れずに読破してしまうから。いまからでも間に合います。

 感想文の秘訣は、どっちの犬もキメラなんだけれど、見た目が怪物になってしまったアウトサイダーの側に寄って綴ること。彼を理解できるだれかがいたら、アウトサイダーはモンスターにならずに済んだのではないでしょうか。という方向でまとめると、ちょっとくらい提出が遅れたって先生は感涙し、あなたのことを学級委員長に推薦しはじめるはずです。

 そしてあなたはクラスで浮いているキメラのようなあのコから目が離せなくなるかも。キメラの像を毎日磨かずにいられなくなった領主のように、異形に魅入ってしまえば……魅入られてしまえば、すべてが一変することだってある。それが良いか悪いか考えるのも、また自分。原作が悪いと思ったら改変するモデラーであってもいい。ただ、感想文はコピペしないで自分で書きましょう。良くも悪くもなくキメラの像の前を天気の話をしながら素通りするようなフィギュアになんてなりませんように。そんなのにお賽銭を投げる民衆はいないし、こっそり自分のものにしたがるマニアも現れない。この夏、『ウォッチャーズ』について語れるキメラになれ。キメラを愛せるおまえになってみせろ!!

 と、よくわからないが叫んでうやむやにしてさようなら。
 早く寝なくちゃ。

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神による創造とはまったく無縁の、かけはなれた存在だった。見るだに忌まわしい──だれもそこまでは言わなかったが。そいつ自身もアウトサイダーという自分の地位を意識していた。


ディーン・R. クーンツ 『ウォッチャーズ』

WATCHERS

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(Amazonさんの在庫もさばけきった感があるし、いまのうちに中古ででも入手しておかないと、ディーン・クーンツにR(レイ)が入った名義の作品は、いざ読もうとしてもどこにもないってことになる予感がします。なんかのついででもいいから、悪いこと言わないから、手元に一冊持っておくと、いつか役に立つはず)



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