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『タバコと肺炎』の話。


 祖母が軽い肺炎で入院した。母方の祖母で、広島のたんぼに囲まれた古い農家でひとり暮らし。そこそこな歳なので、「軽い」などと言われてもあらそれは安心ね、などという状況ではない。

 老人のひとり暮らしは、特に田舎だと、食生活がストイックになっていって、免疫力が落ちたところで季節の変わり目に「あれ?」と本人も気づくほど急激な体調の変化になって現れるということが起こりがち。

 もう。おばあちゃん、ちゃんと食べなよ。

 でもまあ、そういう話ではある。
 こっちに来なよ、とか、そんな話もなんども出ているのだけれど、田舎だと、家を捨てるとかそういう次元のことではなく山を置いていけないとか。息子は東京に暮らし、娘は大阪に暮らす。どちらにも山はなく、たんぼも畑もなく、こっちに来たほうが亡くなったおじいちゃんも安心だよだなんて、そんなことは言えないままに。

 でも、これは、仕方ない。
 選択の問題というよりは、そうなってしまったという、そこそこにだれもが納得の現状。

 ところで、そんな季節の変わり目のとある日。
 職場にいた私は、その日は休日だった同僚からの電話を受けた。

「入院することになりました。ごめんなさい」

 え?
 肺炎だという。

 同僚は三十代の女性である。
 ものすごくすらりとした体型のひと。
 そのせいもあって、聞いたばかりの祖母の入院と重なる。
 いや、確かに彼女も、がつがつメシ食っちゃいないだろうけれども。
 昨日は、元気だったのだ。
 漬け物とごはんしか食べなくて免疫力落ちての肺炎などであれば、さすがに見て気づくこともあるはず。田舎のたんぼに囲まれた農家にひとりなわけではない。それどころか一日に数百人を接客する店で働いているのだから。肺炎になる前に「あたしもうダメ」などと言って売場で膝をつくシーンがあってよさそうなものだ。

 そんなのはなかった。
 なんなら、彼女とはなんども飲みに行った。
 食べないけれど飲む。
 細いけど入りますねえ、姐さん肌だなあ、と惚れ惚れするような飲みっぷり。体力に問題があるようには、ぜんぜん見えなかった。

 ……姐さん、か。

 自分で彼女を例えて、その表現に、ぴんと来る。
 彼女は、タバコもよく吸う。
 それだ。  

 おばあちゃんの肺炎とは、別の肺炎である。

 これは、選択の問題。
 タバコは肺を傷める。
 肺ガンのリスクが高まるというのは有名だけれど、肺炎もやっぱり多くなる。

 いつかの彼女との会話。

「あれ、ヨシノギ先生、今日はタバコ吸わないの」

 ちなみに私は店で薬を売っているので若い営業さんなんかが「先生」と呼ぶ、それが可笑しくて、同僚もそう呼んだりする。

 タバコ吸わないのと言われて、自分でも気づく。
 酒の席でひとが吸っていたら欲しくなる、というくらいのペースで、年に一箱も消費しない感じだったのだが、最近では、まったく吸わなくなってしまった。

「なんか、もう吸うと気持ち悪くなっちゃって」
「えー、裏切り者」

 彼女は職場でも休憩時間に吸っている。

「あたしダメだあ、先生みたく嗜好品じゃないもん。ニコレット安くしてよ」
「あれ? やめたいんだ」
「カラダとかじゃなくて、タバコ高いし」
「ニコレット……でもうちの店じゃ、パッチないからなあ。ガム噛んでるの、部長に見つかったらクビになるよ」

nicorette

 ニコレットのガムタイプは指定第二類医薬品で、肌に貼るタイプのは第一類医薬品という区分。薬剤師ではない私が管理者の店では、第一類医薬品はあつかえない。

 ニコチンガムの使い方としては、くちゃくちゃ噛むよりも、口腔内の粘膜からニコチンを吸収させるために、歯の裏などにぎゅっと貼り付けておくのが正しい作法。なので、馴れればガムを口に入れているとは気づかないように見せられるが、それでも嗜好品のガムを噛んではいけない職種の方にガムタイプはお勧めしない。接客業など最たるもの。

「ああ、ガムかあ。パッチって、シップのやんなあ。それ、やめられる気がせえへんねんけど」
「うん。わかる。おれも映画観たら吸いたくなる派やし」

 実際のところ、ひとが吸っていたら吸いたくなるという場合、ニコチンの禁断症状などとはまったく関係ない。私の場合『男たちの挽歌』のチョウ・ユンファはヤバい。そもそもが煙草をファッションとしてはじめてしまっているから、カッコイイ吸いかたをしているカッコイイのを見てしまうと、脳がグラつく。

 そういう意味では、彼女の言いぶんはすごくわかる。ガムでもパッチでもニコチンが摂取できるのは同じだが、パッチでは口が寂しい。ガムならそこが埋められる気がする。

「一生、吸う気はないんやけどさあ」
「いや、そのうち、違法になるんちゃう、たぶん」
「そうなん!?」
「完全に毒やし」
「あたしも、最近、減ってんで」

 口を尖らせて彼女が言った。
 電話を切って、それを思い出した。

 アメリカの公立小中学校では、自動販売機で加糖炭酸飲料の販売を禁止している。深刻な肥満への対策らしい。一方、ごく最近も、大麻が合法化された州がある。生きていたころ中島らもさんが、大麻が合法な国に旅行しては「尻の穴から煙が出るくらい」吸ったと、日本に帰ってきてから言っていた。なにが毒かはお国柄、どこまで許すか禁じるかもそうであって、線引きの一歩外に出れば、自己判断と自己責任である。

 ところで、私の叔父が言った。

「煙草やめたら病気になるんだって」
 
 私の父は三兄弟だ。そして、その叔父以外の二人は禁煙経験があり、二人とも大病を患ったことがある。しかし、私に根拠がない暴言をうそぶいたその叔父は、超がつくヘビースモーカーで、あきらかなアルコール依存症だが、三兄弟のなかでゆいいつ、毎年の健康診断でなにも見つからず、それどころかメタボでもなく血圧さえ正常で、Aランクの評価。

 もちろん、タバコをやめたら病気になる、わけではない。
 ただ、タバコがあきらかな毒であるから、それにカラダが馴れるという側面はある。日常的にアルコールを摂取するひとには、薬が効きにくい。肝臓が鍛えられてしまっているから、アルコールの毒素をすばやく分解するその働きによって、薬の効果もかき消してしまう。

 同様に、日常的にタバコの毒を摂取するひとは、大気汚染に強い。単純な話、煙を吸うのに馴れているから、タバコを吸わないひとが咳きこむような状況でも、平気だったりする。

「あたしも、最近、減ってんで」

 それを聞いたのは、ついこのあいだのこと。
 叔父の言葉を思い出した。
 やめたら病気になるというのはありえないが、私自身が近ごろではタバコを吸うと吐き気をもよおすように、馴れていたカラダがそれを忘れたあとでは、ほんの少量の毒も、よく効く。

 調べてみると、事実、禁煙後にふたたびタバコに手を出して、そこで肺炎を発症する例は多いのだという。健康な肺を持つひとが、生まれて初めてタバコを吸って肺炎をわずらうということはまずないのに、いったんタバコをやめたひとが、また吸いはじめた直後に入院にまでいたる肺の痛みをうったえるということは多い。つまり、癒えかけた傷口にふたたび毒を塗る行為こそが、ダメを押す。

 彼女が禁煙補助剤に興味を示し、タバコを吸う量が減ったと口にしていた直後に、昨日は元気だったが朝起きたら入院していた、という状態になったのは偶然だろうか。いつもタバコの匂いがしている叔父が、信念を持って吸い続けるからおれは病まないと言い、それが現実となっているのは、たんに彼が幸運だからなのだろうか。

 科学技術が進歩して、なんでもわかっているみたいな世の中だけれど、わかっているのはわかっていることだけだ。毒とか薬とか、そういう人体に影響するもののことは、わかっていないこともすごく多い。

 たとえば、湿布薬に配合されている「フェルビナク」という成分がある。これが含まれていると、箱の注意書きには「妊婦又は妊娠していると思われる人」は使用しないように、と書く決まりになっている。そういう薬は多い。

Felbinac

 けれどこれ、その薬を摂取したら、妊婦か、そのおなかのなかの胎児か、もしくは将来的にどちらかに、なんらかの悪影響が出ると「わかっている」から書いてあるわけではない。真逆だ。「わからない」から書いてある。
 なぜわからないのか。
 簡単に説明できる。

 妊婦で人体実験はできないから。

 科学と倫理の進歩した現代だからこそ、なおのこと。新しく使われはじめた成分こそ「わからない」ことが多いので、とりあえず妊婦はやめておけということになっているだけなのである。

 そういう意味で、タバコをやめて毒の抜けかけた肺に、再度タバコの煙を吹き込んでやれば、どれほどの悪影響があるのか、などという人体実験もできない。私の同僚が、ちょっとタバコをひかえる生活を送っていたようなのと、肺炎を突発的に発症したことの因果関係は推測するしかない。

 でも、タバコには歴史があるので、どうもそうらしいという推察には、ここ数年で市場に出回りはじめた湿布薬の成分の悪影響について論じるよりは、説得力があるように思えてならない。

 私は、たぶんこのままタバコを吸わなくなる気がする。
 たまに吸っても咳きこまないから。一年に数えるほどという本数でも、いちど乗り方をおぼえた自転車には数十年後であっても乗れる、というのと同じように、まったく平気で吸える。ということは、私にとっては、タバコはこの先も決して「健康なひとが生まれて初めて吸った」ようなものにはなりえない。
 そういうことを考えながら、あえて吸おうとは思えそうにない。

 いや、そういうことがあったというだけの話です。
 信念を持ってタバコの本数は減らすな、などと書きたいわけではない。
 やめるなら、やめちまえ、ということだろうか。
 自分でもよくわからない。
 ただ、腹が立つのである。
 同僚が二週間は戻ってこないということで、有休が使えないぞ来月の原稿はどうする、ということも、もちろん腹が立つが……そもそも、この国ではどうしてタバコがいまだに野放しなのだろう。今朝も新聞ではさかんに脱法ハーブをすみやかに規制しろと記事にしてあったが、人体実験などしなくても、タバコの毒によって少なからぬ死者が出て、働き盛りの女が突然入院したりしている。経済にだってよくない。タバコには歴史があるから今日も肺炎患者が出たってすみやかに規制する必要はないのか? どういう理屈だそれは。

 わかっている。
 吸ってカラダを壊したやつが悪い。
 そんなことはわかっているのだけれども。
 脱法ハーブさえなければ、車は暴走せず、彼ら彼女らは撥ねられることはなかった。
 その怒りと同じように、毒だとわかっているものを売ってもいいことにしている、それも悪ではないのかと思いたがっている私の脳がある。そんなことを言えば、アルコールだって、砂糖だってそうだ。そのすべてを禁止して清く健康なだけの国になるのが豊かだなんて思ってはいない。わかっている。わかっているが。

 なんだか、ムカつくのだった。
 脱法ドラッグを、指定薬物と成分構造が似ていればどんどん規制できるようにして撲滅するとか。でもその包括指定制度に、「喫煙者は死亡する危険性が高くなります」と箱に明記してあるタバコは引っかからないって? タバコを吸ったことのあるひとならば、初めて吸ったとき、めまいでクラクラしたのをおぼえているはず。でもその乾燥させたタバコ草は、どんなに広い意味でも違法なハーブには分類されないって?
 気色の悪い話よなあ。

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「ヘロインというのは、阿片吸引の効果から思いついて西洋人が抽出したものだ。コカインもしかり。アンデスの高地民族のスタミナ源がコカの葉を噛むことだったことから、コカインの結晶が抽出された。それが結局麻薬として西欧世界を犯すことになって、最終的にコカ葉を噛むことや、ハシシュを吸うことが禁じられる。こんないい加減なことがあるか。中国人は、空腹を鎮めるために子供に阿片を飲ましていたのだ。そこからモルヒネ、ヘロインを作り出したのは中国人じゃないぞ。コカインを作ったのもインディオではないぞ。インドではいまでもみんなチラムというパイプのような奴でガンジャを吸ってな、働きもせんと一日うっとりとして暮らしとる。何千年もそうやってきとるんじゃ。そういうドラッグは、ただただ〝いいもの〟であってな。国が禁止しようがどうしようが、続くものは続く。アメリカの禁酒法を見てもわかるだろう。酒は悪ではないのだ。酒を取り巻くシステムが悪なんだ」

4087484815

中島らも 『ガダラの豚』

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 悪、即、斬。
 というように片付かないのが、気色悪いのだろう。
 ある種の毒を自己責任で認める世界を許容しながら、他の毒を悪と断じる、断じざるをえない、世界の在り方そのものに、くらくらするのです。




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