最近の記事

スポンサードリンク

月別アーカイブ

『レンコンのきんぴら』の話。



 "しょうじ"というのは、とても薄くて白い紙でできた扉で、そんなもので仕切られているだけだから、隣の部屋の騒がしさは、まる聞こえだった。"にっぽんへい"たちが、むやみやたらに笑い、ときに引き締まった声でなにかを叫んだりもする。かちゃかちゃと鳴っているのは、あの奇妙な形の焼き物……お酒を入れる容器と、とても小さなコップとが、そこかしこで、ぶつかる音なのだろう。

「こんな場所で、すまない」

 "きみ"が言う。
 そう呼んでほしいと言われた、その言葉が彼の名前なのか、それとも別の意味なのか、ぼくは知らない。ただ、"きみ"、は、"にっぽんへい"から離れることのできない仕事をしているのだということだけを、ぼくは知っている。

「どういう意味ですか」

 "きみ"は、"きみ"の国の言葉でしゃべるので、ぼくにはよく意味がわからない。それでも、頭を下げているから、あやまられているのだとわかる。"きみ"の国では、あやまるのに手をあわせたりはしない。頭を下げる。わかっているのに、どういう意味ですかと、ぼくは訊く。"きみ"にはわからない、ぼくの国の言葉で。どういう意味ですか。なにを言われているのかわかりません。教えてください。通じないから、ぼくは手と手をあわせる。あやまっているのではなくて、訊ねているのだということを、"きみ"は、わかってくれる。見つめると、見つめ返してくれる。たいていの場合、答えは返ってこないのだけれど。それでも見つめあえるから、ぼくは問う。

「別の世界のようだ」

 "きみ"は、"しょうじ"を見ている。
 言葉の意味はわからなくても、それが、いつものように、訊ねたことへの答えではないことを察する。なんとなくだけれど、"きみ"は、隣の部屋が好きではないのだと思う。"にっぽんへい"たちの声、たてる音、そしてそれらとは無関係に、永遠に奏で続けられている弦楽器の音色と、それにあわせて顔を白く塗った女のひとが歌う、悪い魔術のように哀しい歌。どうしてお酒を飲むのに、あんな胸が締めつけられるような歌を歌わせるのか、それが響く部屋で騒いだりできるのか、不思議だけれど……そう考えると、怖くなる。震える声で歌われるあの歌が、哀しく聞こえているのは、ぼくだけなのではないのかなと、うたがって。

「"きみ"、は、あの歌が、好きですか」
「隣の部屋は、ここと同じ広さなのに、大勢で賑わって、夜と追いかけっこをするように、みな酔ってゆく」
「ぼくは、"きみ"の言葉が、わかりません」
「それにひきかえ同じ部屋なのに……ここには、ふたりだ。隣は、空き部屋だと思っているかもしれないな、あの光に、気づいているだろうか」

 "きみ"は、ロウソクを示した。
 ぼくも眺める。暗いと言っているのだろうか。消せと言っているのではないように思う。この部屋を照らすには足りない一本のロウソクの炎を見て、なにか感傷にひたっているのだろうか。

「どういう意味ですか」

 また問いながら、ぼくは、"きみ"の頬に手をのばす。
 ふれることには成功する。
 "きみ"は、ぼくをじっと見る。
 笑ってくれたらいいのにと思うものの、"きみ"が、そんな顔をしないことは知っている。"きみ"は、目を細める。ぼくのことがよく見えないみたいに。ふれているのに。ぼくが透けているように。

「食事をすませてしまおう」

 "きみ"は、ぼくに頬をふれられたまま、そう言って、机の上を見もせずに器用に、ぼくの口へと、なにかを運ぶ。

「あ……」

 舌先で探って、それがさっき見た、いくつも穴の開いた奇妙なイモだとわかったから、声が出た。噛む。食感が、想像と違っていた。やわらかくなくて、音がするくらい歯ごたえがある。それに……辛かった。

「唐辛子にあたったか。すまない。泣くほど辛いとは」

 言いながらも、ぼくをじっと見る。こんどは机の上を見て……ぼくの手のひらは、"きみ"から離れてしまった……自分の口にもそれを運び、首を傾げる。辛いけれど、泣くほどかと。そうして、"きみ"は、また、頭を下げた。ぼくは、"きみ"を見ている。泣きながら。止められずに。辛くてではありませんと伝える言葉を持たないこと、"きみ"が平気な顔で食べる穴の開いたイモがとても怖かったのに、口に入れられて、しゃりしゃりと音がして、"しょうじ"の向こう、隣の部屋の歌が、なにかの呪術をぼくにかけそうで、"きみ"の頬にふれた手が、離れてしまって。そんなことの全部が、とらえどころがないから泣いているのだと、それもやっぱり伝えられなくて。

「どういう意味ですか」

 "きみ"が、ていねいに唐辛子を除けて、また差し出した穴だらけのイモに、訊ねた。"きみ"は、ぼくがいつも、なんども同じ言葉をくり返すのに、気づいていないみたいだ。それとも、気づいているけれど、問われているのだとは、わからないのかもしれない。

「辛くないよ」
「"きみ"が好きです」
「そうだ。きみ、と言ってくれたね。そう呼ばれると……こんなふうに世界から切り離された、暗い部屋で、ふたりきりで、その瞳に映っている自分だけが、真実に思える」
「"きみ"、を、おしえてください」

 ぼくは、差し出されたそれに、開いた唇をふれる。奇妙なイモ。それがイモなのかどうかも知らないまま、また噛みくだき、飲みこむ。涙はそのあいだに乾く。"きみ"を、これ以上に知ることはない。"しょうじ"の向こうの"にっぽんへい"たちが大好きな、震える歌声と弦の音。あれが哀しく聞こえないときも、くることはない。薄くて白い紙など、やぶってしまえるし、燃やしてしまえるし、ぼくは立ち上がり、"きみ"に飛びかかって、ふれたいだけふれることもできるけれど、そうしない。

 ぼくは笑む。
 "きみ"は、笑わない。
 足りないロウソクの明かりでも、わかる。
 "きみ"は、透けている。
 ぼくは、そんなひとを、初めて見た。

Lotusroots
   
Yoshinogi Takumi
 Shonen-ai Cooking Elegy
 Song 18
 『a pale neighbor』

(吉秒匠
 BL料理哀歌
 18曲目
 『となりの部屋』)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

○材料

蓮根 200g
ゴマ油 大さじ1/2
サラダ油 大さじ1/2
しょうゆ 大さじ1
白ごま 大さじ1


○作り方

レンコンの皮をむき、縦半分にして、スライス、水にさらす。フライパンに油、ごま油を入れて熱し、炒め、焦げ目がついたところで醤油とゴマを回しかける。

お好みで分量外の唐辛子、旨味調味料、酒でもどした乾燥ワカメなどを加えると大人の味わい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 以上、レンコンのきんぴらレシピ。
 いっしょに写っているので、エビの味つけも書いておこうか。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

○材料

エビ 10尾

水 400CC
ダシの素 小さじ1
酒 小さじ1
しょうゆ 小さじ1
みりん 小さじ1
塩 ひとつまみ
生姜すりおろし 小さじ1
輪切り唐辛子 少量


○作り方

エビの背ワタを取っておく。
わからないことはグーグル先生に訊きましょう
調味料を合わせて煮立たせる。
(酒とみりんのアルコールを飛ばすため)
エビを入れて色が変わったら火を止め、そのまま冷ます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

hondashi

 ほんつゆベースでもいいです。

hontuyu

 私、朝食が蕎麦なことが多いのですが、そういうときはカップ一杯の水に三倍濃縮のほんつゆ大さじ1くらいで、つけそばなんだか、かけそばなんだか、というような感じ。書いてある分量通りだと、濃いし甘いし、料理に使うときも、ほんつゆ少なめでダシの素を足すとか、そういうことをします。よく、スーパーのプライベートブランドで、試食した70パーセントのひとが美味いと言ったとか、そういうものが商品化されていたりしますが、そういうのって、たいてい私の舌には濃いか甘いか。大阪在住だけれど、某有名PBのお好み焼きソースは甘すぎて甘すぎて、まったく消費できなかった。これがみなさまのお墨付き? 私って完全に30パーセントの、さらにかなり外れの舌。

 なので、正直言うと、ここで扱うレシピも、かなり一般受けするように改ざんしています。私が私好みにきんぴら作ったらもうね、赤いですから。調味料は唐辛子ベースですから。ええ、朝食の蕎麦にだって輪切り唐辛子をふりかけて食します。今回の写真を撮ったときは、お客さまがいらしていたのです。なので赤くない。だからみなさんもレシピは参考までに。自分で食うぶんには、好きなもの入れればいい。緑のきんぴらだって黄色のきんぴらだって、黒いエビだって良い。ひとそれぞれ、味もそれぞれ。

 レンコンって、日本と中国と、その近隣の国々でしかメジャーな食材ではないらしい。なので、今回の小説のようなことも、ありうると想像します。レンコン自体は蓮の根ですから、世界中に繁殖している植物。けれど、それを食用とはしない地域のほうが地球の大半。食べないひとたちにしてみたら、タコがデビルフィッシュだというのと同様、奇妙に穴の開いたイモのようなものを、それだけで炒めて皿に盛って出すとか、紙でできた扉くらいに珍奇な料理。言葉が通じて、説明してくれるひとがいなければ、スライスされたそれを蓮の根だと言い当てることは、ほぼ不可能でしょう。異国の象徴。口に含むには、愛がいる。

 インドでは、蓮は汚れなき女陰の象徴だとされます。絵にもよく描かれていますし。泥沼に繁殖して、しかし泥には染まらず、真みどりな葉を濡らさず開き、白と赤の花を大きく開く。

 泥より出でて泥に染まらず。
 花の上に象神があぐらをかいていたりするわけで。
 その根っこって、まさに泥のなか。
 宗教画が台所にも貼ってあるような国で、そんなのを食べるなんて冒涜、というか食べることさえ考えないというのは、わかる話です。

 しかし、すばらしきかな中国。
 同じ宗教とともに、蓮の花も伝わったというのに。
 陰と陽の思想、なにごとにつけ最強です。
 泥から生まれて太陽のもとで咲く神々しき女陰の花。

 ……それを支える根っこって、薬効ありそうじゃね?

 漢方薬の先生は、そういうところに食いつきます。
 しかも、食ってみたら、ふつうに食えるし。
 宗教上のタブーを乗り越えてしまえば、食えるものは食うお国柄です。
 でもねえ、イモがあるのにあえてレンコン食うこともなし。泥沼で増える植物より、畑で増える植物のほうが食品として管理はしやすい。そんあわけもあって、あくまで漢方薬だった。

 それが日本に伝わるやいなや。
 ちゃんと食う。
 日本人、そういうのに燃えるタチなんですよね。
 漢方におけるカラダに良いとかそういうのとは別の次元で、扱いにくい食材を、だからこそ美味く食ってやるんだというところに情熱をかける。

 かくして刻は流れ、現代。
 蓮の花の根っこは、コンビニでも売っている。
 腐ったのとか発酵したのとかカタチがおかしいとかネバネバしているとか、そういうことにこだらわないのは美徳ではありますが、世界の70パーセントどころか、ほとんどだれも食べないようなものを平気で食べる島国だってことは、自覚しておいたほうがいいと、きんぴら作りながら思う今日このごろ。

 クジラ? ウナギ?
 私も好きですよ。でもね。おれたちにとっちゃふつうに食ってきたもんだからよお、という言い分はヤカラっぽい。自覚はしておきましょう。レンコンでさえ、ガイジンさんは「蓮の花の根っこ!?」と驚くのです。腐った豆がコンビニに山積みされているような国の当たり前を、納得していただくためには、冷静でなくてはいけません。

 レンコンは、最近は多くのアジア系以外の国々でも栽培されているようです。一時期、野菜チップスが流行したので、その奇妙な切り口の形状に免疫ができたなどと聞く。需要があれば世界に広がり数も増えるという好循環。まあ、同様にクジラやウナギが世界のスタンダードになるかといえば、むずかしい面はありましょうが。けれど、なんでも美味くする情熱もまた日本の心、というのは知らしめていきたいものです。増やせないのかなあ、ウナギ。

(そっと小声でつぶやいてしまいますが、クジラもウナギも、そりゃ専門店のひとは死活問題でしょうが……冷静に考えると、日本の文化が死ぬ、とか騒ぐようなものでしょうかという気が私にはします。レンコンのきんぴらがもう一生食べられなくても、寂しいですが、禁断症状が出るとか、泣いて暮らすとか、そこまでのことかよ、と。なんでも美味くする国民性なんだから、絶滅しそうなものだろうがおれたちは食うんだって言い張るより、さらなる食材の探求に苦心するほうが建設的ではないでしょうか。ほら、季節もあれですし、いくらでも増える、あの黒い虫とか。揚げたらエビに似ているなんて聞きます。清潔に繁殖させてほんつゆで炊いたら意外と……)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

Yoshinogi Takumi
 Shonen-ai Cooking Elegy

17曲目『ヴィアール遭遇』
16曲目『アネ化けロースカツ』
15曲目『逆想アドミタンス』
14曲目『恋なすび寿司』
13曲目『バーベキュー厳峻鋼』
12曲目『茄子はダシの夢をみるか?』
11曲目『すっぱくても、平気。』
10曲目『踏み絵ムルギティッカ』
9曲目『ひとくちだけカトルカール』
8曲目『春節の静かな賞品』
7曲目『ナンを焼くと両手がつかえない。』
6曲目『タマレってなに?』
5曲目『あらいぐまのすきなもの。』
4曲目『ピッツァみたいにぼくを食べてよ!!』
3曲目『クリスピー・プロ・フライドチキン』
2曲目『青くてカタいアボカドのパスタ』
1曲目『春餅/チュンピン』

TRACKBACK http://yoshinogi.blog42.fc2.com/tb.php/539-ad5325be