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『似ていない弟の結婚式』のこと。



 ひとまわり歳の離れた弟がいます。
 彼が、結婚した。

 私の年齢も確定できてしまうので、ぼんやりと書いておくにとどめますが、弟は二十代です。パートナーは女性で、弟よりも十歳ほど上(つまり私とほぼタメ)。ふたりはすでにいっしょに暮らしていて長く、このたび妊娠が判明したので籍を入れようと、そういうよくある話。

 彼女にウェディングドレスを着せたい。
 できればおなかが目立つ前に。

 けっこう急な話でした。
 その話が出てから、弟と会うどころか電話やメールさえ交わしていない。私は、弟の同棲相手に会ったことがない。つまりは、その日、ウェディングドレスとタキシードで現れるのだろうふたりは、私にとって、ほとんど知らないひとたちに等しい。

 そして当日。
 だれもかれもが初対面、新婦は遠い土地から大阪へやって来た娘だったので、新郎と新婦のご両親さえもがほぼ初対面。同棲が長いと言っても、いっしょに暮らすご挨拶とかふつうはしませんから(余談ですが、かつて私はそれをしました。で、それをしちゃうと結局なんだかんだで婚姻届を出したほうがいろいろラクになるということに気づくのでした)。さすがに彼らも前日に顔合わせはしたそうですが……飛行機でやって来た生まれて初めての大都市大阪のホテルで娘より十歳下のすでに娘に馴染んで孕ませてまでいる男と対面して、ご両親はどういう態度だったのかといえば、大阪といえばコナモンだろうとお好み焼きを食べに行って、終始ご機嫌だったらしい。

 私も弟とは年が離れすぎているためにケンカらしいケンカもしたことがなく、ご両親と同じことを考えていました。つまり弟が彼女と彼女の実家の近くで式を挙げれば、私のほうが飛行機に乗って旅行できたのに、と。いやあ、なかなか大阪へ観光なんて来られませんからね、と、ご両親はそのことにハイテンションな印象で、娘のほうがあたしのドレスちゃんと見てよと、ふてくされていたくらい、式のあいだも上機嫌だったのでした。まあ、もう一生逢えないかもというくらい遠い街で、話だけは聞いているものの本当にはなにやっているのかわからない娘が、結婚式の招待状送ってよこしたのですから、相手の男がどうだろうとそんなの気にするだけ損。娘の出産も「また飛行機乗るの疲れるし真夏でしょ? あたし暑いの苦手なので」大阪のみなさんよろしくとお母さんに頼まれたくらい。

 そういう状況なので、みんながみんな、噂は聞いているが写真さえ見たことがない相手と、距離感をはかりながらの受け答え。
 そうなると、決まって私は言われるのです。

「弟さん?」

 噂の三兄弟の、見たことのない兄ふたり。

 ふたりならぶと、たいていの見知らぬひとは、私のほうを弟だと見定める。子供のころはそんなことはありませんでした。なので、やっぱり後天的な身長とか体格とか大人になってからの苦労の量などが他人には透けて見えるのかもしれません。ええ、私も、まんなかの弟のほうが大人だと思うことはよくあります。

「タクミさんに似ているわあ」

 その日、そのセリフも、いやというほど聞いた。
 新郎である末弟が、私に似ているという。あらそちらの背の低いほうがお兄さんですのね、のそのあとで、私の父や母、次弟などを見たあとで私にもどってきて、末弟は「タクミさん似」であると、みなが言う。言われるうちに、彼らがなにを見て感じとっているのかが、だんだん伝わってくる。

 世の平均身長というのは年々、高くなっていくものなのに、ひとまわりも歳の離れた末弟は、三兄弟のなかで一番背が低い。私よりも低い。だが、人々が私と末弟の共通項として見ているのは、純粋な身長の数字ではないようなのでした。

 身長にからむ遺伝子は、50個ほどある。
 それらの遺伝子が、ヒトの身長を決定する要素の80%を占める。

 計算式で言うと、こう。

 まず、血のつながりのある両親の身長を平均する。
 父と母を足して2で割るということです。
 そうして出た数字に、

 息子は6.5センチを足す。
 娘は、6.5センチを引く。

 そこが基準。
 研究結果としては、そうして出た数字が前後の誤差9センチに収まるという。

 ほら、研究でも遺伝子が重要って言ってんじゃん。
 と数字に弱いひとは印象で思ってしまいがちですが。
 冷静に読んで考えてみてくださいね。誤差前後9センチって、プラスマイナスの9足す9で、18センチの幅。18センチって、身長152センチのヒトと、170センチのヒトを、誤差範囲内としてくくっているわけです。 

 遺伝子が、ヒトの身長を決定する要素の80%を占める。

 とか、もっともらしく書いたところで、それはつまり身長2メートルの男性が170センチの女性と結ばれたら、息子だろうと娘だろうと小学校でのあだ名は「トーテムポール」になるという事実を示しているにすぎないのです。

 背の高い同士がくっつくと、背の高い二世が誕生する。
 そんなの、確率でもなんでもありません。
 当たり前の話。

 私、プロレス観戦者としてつねづね、日本のプロレスが今後も世界と渡りあうにはアメリカのプロレス団体の多くがそうであるように、モデル体型の女性レスラー部門を創設すべきではないのかなと考えています。

 具体例を出しますが、たとえば藤波怜於南(ふじなみれおな)。

 日本が世界に誇るマッチョドラゴンこと藤波辰爾。
 現在60歳の年代で、185センチ108キロの体格です。
 その息子、20歳の藤波怜於南は、二年前にプロレスデビューした。

LEONA

 マッチョドラゴンの息子のデビュー戦を見た、私を含めての昭和からのプロレスファンは、複雑なため息をつきました。日本も、世界も、一般人の平均身長が伸び続けているのだから、ジャイアント馬場いわく「プロレスラーは怪物たれ」という教えを忠実に守って、現代のプロレスラーは2メートル150キロとか、当たり前。

 そこへ日本の誇る昭和の時代に180センチオーバーだったマッチョドラゴンの息子。
 173センチ、現在がんばってまだ80キロ台。
 あれ。と、世界のプロレスを見るものほど、ため息。
 いや、悪い意味だけではないのですけれども。

 昭和の破壊王、橋本真也の息子、大地も。
 世界の荒鷲、坂口征ニの息子、征夫も。
 デカい親父よりも小柄な二世レスラー。

 もうこれ、ごくごく単純に、日本では男子プロレスと女子プロレスが分けられている結果。世界における女子レスラーって、こんな感じ。

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The TNA Wrestling Knockouts

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 もしくはメキシコあたりだと、ボクシングや格闘技におけるラウンドガールどころでなく、選手の入場時に美女軍団が腰振りまくりだったりする。

 そういう環境では、デカい男子レスラーと、モデル体型な女子レスラーや、踊り子たちが結ばれる。その結果、二世は両親よりもさらにデカくなる。

 一方、日本では。
 有名な男子レスラーと女子レスラーのカップリングも多いが、そもそも、日本における女子プロレスの本流は闘うアイドル。すらりと背の高い女子レスラーなど、この国では観客動員数を下げる役にしか立たない。赤井英和の娘、グラドル赤井沙希が昨年DDTプロレスリングで鮮烈にデビューしたが、176センチ53キロという体格はエンタメごった煮団体であるDDTでこそ映えるものの、やはり日本人女子レスラーというカテゴリーでは使いにくいキャラだといわざるをえない。

akaisaki

 小柄なアイドルレスラーたちの対極に置かれる悪役にしても、縦方向よりは横方向の大きさで魅せることが圧倒的に多い。「アジアのキングコング」アジャ・コングは日本女子プロレス界を代表する巨漢だが、彼女でも体重こそ100キロオーバーなものの、身長は160センチ台。男子レスラーとからむと「あれ、意外とアジャって小さいんだ」という印象になる。

 それ以前に、日本の男子レスラーが結婚したというニュースが流れるにさいし、相手があきらかにされることはほとんどない。というところから見て、その多くは一般人なのである。日本中を巡業する仕事で、出逢いは豊富。しかし大相撲のように結婚したら稽古部屋やちゃんこ屋のおかみになるわけでもなく、言ってしまえば業界に無関係な素人でなんら問題がない。となればファンはよりどりみどり。プロレス中継観ていればわかるように、客席で屈強な巨女はなかなか見つかりません。スポーツにカテゴライズされていますが、プロレスって広義で捉えるならば演劇。ファンは文化系なのです。女子プロレスのファンだとイメージしやすいでしょうか、女子プロファンの女子は、いわばタカラヅカ好きと同種のひとたち。観客席は、お姉様に恋焦がれる小柄な妹キャラで埋めつくされているのです(私の偏見であることはお断りしておきます。どんな場所にも例外はありますので、もちろん「小娘どもが健気に跳びはねておるなど愛でずにおられぬわ」といった姐御目線で女子プロレス観戦しておられる女性ファンだっていらっしゃることでしょうが、今回は触れません)。

 ともかく、モデル体型の女子レスラーやダンサーやラウンドガールが一緒に巡業しないので、男子レスラーたちは客席や夜の街で恋をする。結果、日本では遺伝子が引き継がれれば引き継がれるほどに平均値へと近づいてゆき、ジャイアント馬場の言う「化け物」からは遠ざかっていく。ゆえに、この国では階級制のスポーツでは、ボクシング三兄弟や、アニマル浜口の娘も息子もアマレス選手、みたいな一族は生まれるものの、ショープロレスで何代目、などという話はまず聞かないことになってしまうのです。

 ええと。
 話がそれました。
 なんでしたっけ。

 そう、身長の問題において、遺伝子の影響は超強いという話。
 背が高い同士の子は背が高い。
 そして、平均身長は伸び続けているから、確率的に背が高いほうが若い。
 科学にうとくても、感覚として、みんなそういうことはわかっている。

 で、結婚式の話にもどるのですが。
 みんなが、まず見たのは末の弟。新郎です。主役です。その彼が三兄弟のなかで、一番背が低く、体重も軽い。そのあとで、ふたりの兄が登場する。背の高いほうは趣味で自転車などやっていて、すらりとした体型。もうひとりは、新郎よりは背が高いがもうひとりの兄よりは低く、肉体労働者なのか筋トレ好きなのかプロレスファンなのか(ぜんぶ正解)、いくぶんがっしり型。
 さあ問題です。
 みんなハズレ。
 私が長兄です。

 そう知ったとき、みんなが言う。新郎は上のお兄さん似。身長とか、体型とかもあるけれど、いや、それがあるがゆえに、身長において遺伝子の影響は80パーセントも占めるのだと知っているがゆえに、同じ遺伝子ならば世代の若いほうが背が高くなるはずだと知っているがゆえに……そしてさらに大事な情報。血のつながった父が隣にいた。遺伝子のおおもとであるそのひとは、私よりも若干ですが背が高い。私自身、まんなかの弟よりも低いといっても、同年代のなかでは平均身長です。その私よりも大きい父は、その世代としてはだいぶんと背が高い。そしてまんなかの弟。彼だけが、父よりもはっきりと背が高い。

 私が、がっつりオールバックにしていたせいもあるでしょう。一糸乱れぬ感じでした。ダークスーツとか着ると、チョウ・ユンファへのあこがれが出るのです。新郎の耳に何連ものピアスの跡があることにも、参列者は気づいていました。自分でも思いました。

 スピーチで口走ったことを後悔しています。

 歳が離れすぎていて、ここ十年くらいは逢っていなくて、弟というよりは、かわいい弟分のようだ、と。末弟も、兄貴との距離感がわからなくて、いまようやくこうやって目を見て話せて、これから甘えちゃおっかなあ、なんて思っています、なんていう内容で返したものだから。

 ああ、このふたり、むかし残りの20パーセントを似たように扱ったせいで、ふたり揃って父親よりも背が低いのね。

 そういうふうに、似ている、と。
 感じられたのを感じたのでした。
 あながちハズレてもいないのですが、実際には十代のころにタバコや酒で、というわけでもなく(と断定できない部分はありますがそれはここでは言葉を濁すとして……)、ふたりは、こういう感じでした。

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・アニメの「帝都物語」を私が観ていたら、ちっちゃな弟が隣にいた。加藤がヒロインを孕ませるのに光の球を子宮にぶち込むのだが、弟は「かめはめ波をおしりに撃つと赤ちゃんができるの?」と私に訊いた。あのときちゃんと教えなかったのにな。というスピーチをしないで耐えた自分をいま誉めている。 

twitter / Yoshinogi

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 ええ、私の十代、昼夜逆転していました。弟がその影響を受けた部分はある。十代も後半になると、私も弟も、家に寄りつかなくなっていた生活も似ています。遺伝子に逆らった不摂生な生活習慣のために身長が止まった部分は大きいでしょう。

 ただ、その後は、一生懸命叩きこんだのだけれど、弟は、私のように本と映画とゲームにうずもれる道を選んだりはしなかった。私なんかといっしょにしちゃダメです。その日、初めて逢った義妹に、はじめましてと挨拶をした私に対し、彼女が緊張した表情を見せたのが忘れられません。

「あ、こちらが、あの」

 そう、彼女は言って、私の弟分を見ました。
 私のことはなんどか話していたのでしょう。もう十年も逢っていないのだから、幼かったころの話に違いありません。おそらくは彼女のなかでは、私は絵を描き演劇の脚本を書くバイク乗りのオタクです。弟が知る最後の時期の私が、そういうのでしたから。私が新婦を連れた弟を不思議に感じているように、弟も感じ、それを共有する彼女も感じていた。

 その後、彼女の言ったひとことに私は潤みました。
 まわりのみんなが、自分の夫と、その兄を似ていると評することについて。

「そんなにかなあ……」

 うん。私も、思った。
 実家のソファで『帝都物語』を観ながら、素朴な疑問を口にする弟が、私のなかでは弟だったから。いまは、ぜんぜん違う。もういっしょに、アニメ映画を観ることなんてない。弟は私に似ていない。私も、弟のようには生きられない。

 似てなんかいないよ、と。
 直感した彼女は、弟のことをわかっていた。
 血のつながった弟と、似ていると言われることはうれしいです。
 でも、ぜんぜん違うと感じてくれた彼女の存在は、もっとうれしかった。
 そう……似ている十代のいち時期があって、その影響が背の高さやその他もろもろに現れているのかもしれないけれど、そいつには私が特撮もアニメもSFも大量摂取させたのに、そいつは私にならず、自分の生き様をもって、きみに出逢ったのでした。

 まあ、おめでとうさん、だ。
 遺伝子がつながっていようが他人だし。
 どこか似ているけれど、確固たる他人になれたことを、祝おう。

 それにしても、うちの親もだけれど、式の最中も新郎にダメ出ししていたり、私も怒られたり、感動とかそういうのがなくて困った。そこに遺伝子を強く感じました。放任主義で育った弟が、書斎の半分がBL本に埋めつくされている兄に見守られ、暑い大阪で勝手に生みなさいと言う母に必死にドレスを誉めさせようとしている姉さん女房の尻に敷かれている。ある意味、みんな他人のことはどうでもいいので、心底祝ってよろこんでいるのはよくわかったのですが、お涙頂戴のない式でした。勝手に生きて、勝手にしあわせになればいいんだ。そういう遺伝子を持った同士がいっしょに生きると決めたのを、同じような遺伝子を持ったまわりがへらへら酒を酌み交わしながら祝っている。ゆるーい感じでした。

 本当に離れた土地だから、私があの義妹のご両親に会うことというのは、生きているうちにふたたびあるのだろうかという出逢いだったのに、たいした話もできず、娘をよろしくね、おにいちゃんおねえちゃんと言われても、なにができるわけでもなく。きっと向こうでも、いまごろ写真をひろげて、ほらこれが旦那さんのお兄ちゃん、似ているでしょう? なんて遠い土地ゆえに来られなかった親戚のみなさんに話していたりするのでしょう。

 ぜんぜん似ていないんですけどね。
 別にそれを強く主張したいわけでもない。
 なんだか、よく知らない親戚が増えたという、この感覚が、不思議。

teitomonogatari

 めでたい席で、ふわっとしたドレスでも知っていれば見てとれる新婦のおなかの膨らみを眺め、ケツに光の球をぶち込む古いアニメのワンシーンを想い出し、あやうくまた潤む私も不思議。私というか、私の記憶の整理法か……もっとちゃんとみんなを感動させられる弟のエピソードを重要な記憶として脳にしまっておいて欲しかった。身長もそうだけれど、そういうのも成長期にできあがってしまって、もう死ぬまで治せないのだと痛感します。くだらない過去の自分がくだらないと切り捨てた記憶は消え去っている。自身の今際のきわにも、いまは思い出せないが、そのときになれば蘇る、くだらないこと極まった走馬燈が走ったりするに決まっているのです。憂鬱なことです。

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