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『データに実体はない』の話。



「データに実体はない」

 SFファンのあいだでは古くから使われている、そういう言葉がある。かねてからの使いかたとしては、データでしか存在しないデータ(情報)は、複製も改ざんもできるのだから信用してはならないと説き、エンタメ的物語としては、だからデータに踊らされるな、盗んだり争ったりしても裏をかかれるだけ、まして愛するなど言語道断。そういう方向に持っていくのが定番だった。

 けれども、近未来は近いので、いつか現在になり、それはいまである。

 私はXboxで『Halo』をプレイする。

HALO

 つまりほぼ毎日、数十分やそこらだけれど、データだけのアヴァターになって、データの世界に生きている。『Halo』はスポーツライクな対戦ゲームだ。なので、よろこびもあればくやしさもある。機械的に日々こなす書類仕事を片付けている私などよりも、ずっと生き生きしていると言っていい。カトロン郡や、コマルカ・ダ・バイシャ・リミアで『Halo』をプレイしているひとたちと、笑ったり泣いたりしている私の姿は、向こうから見ればデータでしかないのだが。

 電脳空間におけるアヴァターの概念は、それそのものの名を冠した映画『アバター』によって、大きく変わった。

AVATAR

 それまでもSFの題材として、電脳空間でこそ生きるという設定は多用されてきたものの、市民権を得るまでには至らなかった。ウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』でCyber-spaceという言葉が使われたのは1984年だが、日本語では電脳空間と訳されたその場所には、まだデータはデータとして存在していた。

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 肉体のないおれたちが、カーブを切って、クロームの城に侵入する。ものすごいスピード。まるで侵入プログラムの波頭、突然変異をつづける似非(グリッチ)システム群が泡立つ上で、サーフィン・ボードの先にハングテンで乗っかっているようだ。意識を持った油膜となって、おれたちは影の通廊の上を流れていく。

Chrome

 ウィリアム・ギブスン 『クローム襲撃』

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「データに実体はない」

 電脳空間に入ったおれたちはすなわちデータそのものなので、肉体はない。けれど、マトリクスとプログラムはなにか「物体」っぽい描写がされていて、その隙間をおれたちは駆け抜ける。肉体はないのに、駆け抜ける。

 映像化不可能な言葉遊びのクールさこそが、生まれたばかりの電脳空間の実体なわけだが、それからほんの二十年ほど経つと、人類は携帯電話のなかの仮想空間でデフォルメされたみずからのアヴァターを操作し、私は地球の裏側のだれかと毎日のように仮想の未来武器で撃ちあうようになる。

 そしてさらに十年ほどが経ったいま。

 男のアヴァター同士が電脳空間で結婚できないなんて差別だとニンテンドーはクレームをつけられて次回作ではそれができるようになると確約した、というニュースを読む。

Tomodachi Life

 ↑この画像はAmazon.co.jpへのリンクになっているのですが、そこでのレビューにたびたび出てくる、現実世界のパパと娘がゲームのなかでつきあっているのを現実世界のママがなごんで眺めていたり、子供の産めない夫婦がゲームのなかの出産に瞳を潤ませていたり、そういうプレイヤーさんたちの話。それらを読んでいると、あれは単なるクレームではなかったのだなと思えてくる。

 そもそもは、単なる要望だったのだ。『トモダチコレクション 新生活』で仮想結婚したいと発言した現実世界のゲイカップルがいた。それに対し任天堂がコメントした「どのような形での社会的主張も行うことは意図していません」というのが議論の火に油を注いだ結果、クレーム大ブーイングになってしまった。

 新しいゲームが出れば、要望が出るのは当たり前だ。ここをこうして欲しい、ああして欲しいというファンがついてこそ、シリーズ化もできる。なので『トモダチコレクション 新生活』に熱い要望を訴えるファンがついたのは、任天堂にとっても良いことであったはずだ。単純に、今回はむずかしいけれど次回作では検討します、と最初から答えていれば赤マルだった。それが、だれが考えたコメントか知らないが、そのひとは、このゲームには出産の要素があるので同性婚を描くとそこには「社会的主張」が生まれると主張したがった。

 「主張しません」ということを主張したがゆえに反論のブーイングが生まれたのだ。すなおに受け止めるなら、任天堂の偉いヒトは当初、次回作でも同性婚なんてありえねえよ、と考えていたのだろう。

 現実世界で生まれない子供が生まれるのは世界観が破綻すると……そこまで会議で突き詰めて話しあわれたかも疑わしい。おそらくは、全年齢向けゲームだし、同性婚とかそういうむずかしくてややこしいテーマを振ってこないでくれかかわりたくない、という逃げの姿勢があったのだと推察される。

 問題なのは、同性婚に対する考えかたが前時代的なことではなくて、ゲーム屋なのに任天堂が電脳空間の在り方こそを前時代的に軽んじていることだ。任天堂のゲームには、ネット廃人を生み出すような方向性のものは少ない。だから肌感覚として、いまのこの二十一世紀も十年すぎた、現在になった近未来での電脳空間のリアルが認識できていないのではないか。

 という感覚が理解できてしまうのは、私もファミコン世代だからなのだと思う。ファミリーベーシックやMSXで作ったドット画の自作ゲームに興じる小学生だった私は、大人になったいまも、パチンコやソーシャルゲームに全財産つぎ込んでしまうひとの気持ちが、本当のところではわからない。毎日『Halo』をプレイしているし、オンラインRPGなんてのもやるけれど、それで寝不足になって会社に遅刻するとか、そういう経験も皆無だ。超ハマっているゲームも、ゲームはゲームなので、ごはんの時間が来たら一階の台所に降りるし、決まった時間には寝る。

 しかし、そうでないひとたちが、すでに電脳空間には棲んでいる。
 任天堂の対応を差別的だと受け止めたのは、ゲイのカップルだけではなかった。熱心なネットゲーマーたちもまた、超有名なゲーム会社が電脳空間を軽んじたことを、差別的だと感じたのだ。そのせいで一般紙で大きく取り上げられるような世論を構築してしまった。いわば、ゲームの世界の住人たちが、電脳空間での市民権を行使して、なぜここで結婚して子供を産みたいカップルにダメだとおまえたちが言うのかと、シュプレヒコールした騒動だったのである。

 なぜって、おれらの作ったゲームなんだから、仕様はおれらが決めるわな。という言い分は、いまやゲーマーたちには通じない。電脳空間の土地がだれの作ったものであれ、そこに家を建てたのがだれであれ、賃貸マンションの住人にだって権利があるように、むしろその世界の在り方をうたうのは、棲んでいる者たちのほうなのである。

「データに実体はない」

 その言葉は、電脳世界が生まれて三十年で、ようやくSFマニア以外の人々にも感覚で理解され、市民権を得たと同時に、意味が変質した。

 電脳空間での同性婚がもうちょっと先の近未来では世界の常識になるということが確定した直後、また新たなニュースが世間を賑わした。

 家庭用のプリンタで印刷した銃を撃った男が逮捕されたのだった。

 こんどは、現実世界の法律の話になる。

 データに実体がないということをだれもが認めたがゆえに、だったら「実在」するデータをどう扱うかが、矛盾点として浮かびあがってしまったのである。

 アヴァター同士で恋ができてしまうのは、どう説明しよう。
 『Halo』の対戦が、現実世界のサッカーの試合くらいに私を興奮させるのは?

 そういう感情論に対する答えは、用意できる。
 あくまで「データに実体はない」のセリフを吐いているのは、現実世界にいる私たちだという前提だから、おかしなことになるのだ、と答えればいい。
 映画『アバター』では(もしも観ていないひとがいたなら、ネタバレるのでこの先三行ほど読み飛ばしてください)、異種族のアヴァターになった男が、最終的には、その異種族の一員となってしまう。もちろん、いまはまだ、映画の主人公が別種族に生まれ変わったように電脳空間に移住することなどできないが、考えかたとしては、すでに受け入れられるものだろう。

 電脳空間は、この現実世界とは別の、異世界だ。
 電脳空間で結婚できるゲームをプレイしているプレイヤーと、ゲームのなかにいるプレイヤーは、同一人物でありながら、別人である。そうでなければ、自分の夫と娘がゲームのなかでいちゃいちゃしているのを、妻はにこやかに見てはいられないだろう。淫行だ。近親相姦のはじまりだ。イヤそうじゃない。そこでの出来事は、現実世界とは無関係のファンタジーだ。イヤそう書くとまた語弊がある。現実のほうこそどうでもよくて、電脳空間での自分のほうが大事だというひとだっていまは多いのだ。イヤいや、そこは感情論にもどるから、置いておいて……

 電脳空間という異世界に、現実世界とは別の私が「実在」するとしよう。
 となると、あの名言は、もう使えない。

「データに実体はない」

 でも、電脳空間にいる私にとって、データは実在する。データの世界のデータの私にとっての話なのだから。ウィリアム・ギブスン的な映像化不可能な絵空事ではなく、電脳空間に棲む私にとって、そこでの出来事も、事象も、事モノすべてが、現実である。

 アヴァターの私が引き金を絞って撃つ銃に実体がないなどということがあるわけがない。私が電脳空間にいるあいだは、その銃は、おなじ世界に存在する「物体」だ。同様に、ファンタジーものでよくある設定に似通ってしまうが、異世界を訪れて、その世界の住人の姿に変身したふたりが、その世界で恋に落ちてもなんら不思議なことなどない。

 この感覚が、電脳空間という言葉の生まれた時代には、ほとんどだれも理解できなかった。けれどいまでは、多くのひとにとって感覚的には矛盾がなくなった。それだけ電脳空間そのものが、精細で現実にとってかわることさえできうるものになったということだ。画がきれいになったということだけではない。たとえば私のアヴァターが棲む『Halo』は、いま四作目だが、二作目のころにはまだ、回線のラグでカクカクとなって対戦熱が冷めるということがままあった。いまやそんなことは皆無だ。地球の裏側のひとと、目と目で会話できる。

 電脳空間は、現実世界と同じくらいに確固たるものとなって、仮想空間という呼び方も、最近は、ちょっとどうなのという感さえある。

 しかし、その結果、法律に矛盾が出た。
 今回のニュースは、そういう内容。

 たとえば、電脳空間で細部まで描かれた未来兵器が、物理科学にのっとって描かれているなら、そのデータを3Dプリンタで印刷すれば、現実世界でも使用できるはずである。

 これは実に、困る。

 電脳空間で恋する心の実在を認めるなら、悪意の実在も認めなければならないはずだ。心を現実世界に持ち出すのには、プリンタなどいらない。電脳空間で生まれたカップルが現実世界で結ばれる例があるのだから、電脳空間で生まれた悪意によって、現実世界で悪事がなされることだってある。

 異世界だが、現実世界と電脳空間は、地続き同然なのだ。

 そして、3Dプリンタに象徴される技術の進歩が、ひとの心のように電脳空間のデータを地続きの現実世界へと持ち出すことを容易にしてしまった。
 いまいちど、古びた、あのセリフを吐いてみる。

「データに実体はない」

 データを取り締まるべきなのだろうか。
 こちらの世界から見れば異世界のデータに実体など存在しないという見解を全面的に捨て、現実に撃てる銃のデータがそこで見つかれば、描いたものを罰するべきなのか。
 合成麻薬の化学式は?
 現実世界ではまだ作られていない、だれもラリっていない麻薬が、台所洗剤から作ることが可能というデータがあったとして、それを法的に取り締まるべきなのだろうか。

 もちろん取り締まるべきだ。
 というか、取り締まらざるをえない。
 プリントしたら撃てる銃のデータ。
 それを取り締まる法律が、現状では存在しないが、どうにかすべきだという話だ。どうにかすべきである。そんなことに議論の余地はない。

 ただ、そうなると、線引きがむずかしい。

 アイドル活動もおこなうAV女優つぼみの公式サイトに、彼女の3Dデータがある。

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つぼみオフィシャルサイト

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tsubomi

 本人からスキャンした全身データ。3Dプリンタで印刷してフィギュアを作ることもできる。Perfumeや檀蜜も3Dデータを公開しているけれど、ステージ衣装や映画の衣装なので、できあがるフィギュアは、いかにもな出来である。しかし、つぼみは私服だ。そして彼女の経歴から、そのデータ公開には、SF的な想像をせずにはいられない。

 猥褻物陳列罪はデータに適用すべきだろうか?
 データの中身を視認できるように明示したりせず、あくまで各個人がデータを走らせて画面上で見るか、プリントしなければ見られない純粋なデータファイルだったら?

 さらに近未来、電脳空間での神経感覚は、現実と変わらないものになっているだろう。電脳空間のカフェで、生クリームたっぷりのパフェをガツガツ食べて、味覚も満腹感も感じるけれど、現実には摂取カロリーゼロだという時代が来る。そのとき、もちろんいま現実でゲームにハマって人生を持ち崩すひとたちがいるように、電脳空間でパフェを食べすぎて、脳が麻痺して現実世界でも甘いモノが摂取せずにはいられなくなり、糖尿病になるか電脳空間で一生アヴァターとして生きるか、選択を迫られるひとたちも出てくるだろう。

 その未来では、セクシーアイドルのスキャンデータは、現実に抱けるものになっているに違いない。日本初、と、つぼみオフィシャルサイトではうたっているが、だとすればいまこそ、電脳空間で好きなアイドルの生データに好きなことができる未来の幕開けだと呼べるであろう。祝え。踊れ。

 『トモダチコレクション8.1』あたりのバージョンで、任天堂は、技術的には可能なのに電脳空間でのセックスに現実と同様の快感が得られない仕様は不当だと訴えられて裁判に負け『トモダチコレクション9』では神経直結回路のリミッターをはずし、電脳空間でヤオイ穴の存在を許容しアナルからも潤滑用分泌液が出るように仕様変更する。当然、ファンタジーなので望めば口からタマゴで四つ子を出産することもできるようになる。なんならクジラを産んだっていい。
 
 撃てる銃のデータは違法になりそうな雲行きだ。
 先ほども書いたが当然のことだ。やむをえまい。
 だが、だったら現実のアイドルをスキャンした全身データも違法にしなくてはならないだろう。神経直結されていないいまでさえ、それをウレタン樹脂で等身大プリントアウトできる3Dプリンタが普及すれば、充分に現実で離婚の原因になる事態が多発する。自家製つぼみダッチワイフが数千の法廷で同時入場し、被告人席と証拠物件置き場のどちらに案内すべきか係員は悩み、訴えた妻も彼女(の仮想の似姿)をきっ、と睨むべきかウレタン樹脂相手に泣くべきか、深く哲学的な難問に直面することは間違いないのだから。
 ゲイのカップルはいいとして、ゲーム内での近親婚だって詳細に規制しなければ、そこかしこで新聞にも載せられない複雑かつ猥褻な事案を大量発生させること確定だ……いいえ向こうでは息子は二十八歳の他人だったのよっ!

 「実体」を「与えられた」データは「実在」する。
 そういう季節がやってきているなあ、とSFファン的にワクワクする部分もある、そういうニュースを読みました。長生きしなくては。いや、100歳越えてもフル勃起できる仮想の自分に逢いたいからじゃなくて、その混沌の近未来に、人類がどういう落としどころを見つけるのか、興味ありますもの。本人が死んでも残っているブログ記事のように、電脳空間にスキャンされた私が未来永劫残っていて、その私は生きていた現実の私が残した前世紀のアイドルの生データと戯れている……うーん。それってもう、人類と呼べるだろうか。


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