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『ねじまがった進化』のこと。



Sheepangle

動物園で、ヒツジと目があった。
でっかいツノをお持ちなので紳士なのだろう。
紳士に見つめられると、どぎまぎする。
相手が高級そうなスーツを着ていたりするとなおのこと。
種族は違いますが、このヒツジ氏も威圧感をお持ち。
もこもこでつぶらな瞳ですが、なんたってツノが。
カウンターに並んで座ってギムレットでも手にして。
うちとけてきたら、訊いてみたい。

「重くないですか、それ」

ていうかツノって武器ではないのですか?
それがシッポに向かって生えて、地面に向かって丸まって。
争うべき敵とは逆へ逆へとのびておられますが。
横から平手打ち食らったときには防御できるかもですが。
そちらから突撃すれば、ツノの前に鼻がつぶれませんか。
……この疑問には、答えがあるという……

「あなたがどぎまぎした、それが意味なのです」

つまり、高級そうなスーツ。いや、ネクタイ。
実際的な意味なんて、ないのです。
スーツ着てネクタイ締めると仕事ができそうでしょう?
どんな仕事だって、ジャージのほうが動きやすい。
でも、ジャージの上下なやつからモノは買わない。
信用というものが生まれないのですね。なんでだか。
だから科学者やスポーツ選手までスーツを着る。
窮屈で、動きにくくて、洗濯だって面倒で。
でも、それだからこそ、逆説的な強さの証明なのです。

「きゃあ、あの御方あんな重いツノで生き延びている」

モテる。
本当に、そういうことらしい。
ダーウィン先生の進化論は、冗談みたいだ。
ヒツジはおとなしくて弱くて、弱肉強食の底辺。
底辺が底辺で惚れられるために、遺伝子全会一致で採決。

「肉食獣から逃げにくいカラダに進化しようぜ」

なんだその結論。おかしいだろ。
本当は足が速いヤツがメス総取りでいいんじゃないの。
逃げにくいツノを持っているけれど逃げ切ったら勝者って。
ゲーム性が高すぎる。
でも、大まじめなのです、進化論。
人間のおねえさんのおっぱいも、ケツだそうだ。
発情期に赤くなる尻が二足歩行になって見えにくいので。
あたし、いいケツしています、と首の下にぶらさげた。
そんなものなんだ。そんなものなのに。
いま、人間の紳士はなぜスーツにネクタイを着るのだろう。
見えやすく躯の前に持ってきた胸にブラつけるとかバカ?
本来、肉体が進化すべきところ。
ネクタイが勝ち組の象徴ならば、
首が絞まるように鎖骨が発達すべき。
見せるための乳房を邪魔だと押さえつけるのならば、
初潮を迎えたメスはわかりやすく鼻の頭が赤くなるべき。
ヒツジ氏の威風堂々たるたたずまいを見ていて。
その不必要きわまりない立派なツノを眺めていて。
進化って、こんなことができるのにさ。
戦うためのなにかとか、負荷とか、発色とか。
もっと簡単にパートナーとか仕事とか、見つかれば良くない?
不平ばっか言うけれど、進化しないってことは本気じゃない。
衣装でごまかすなんて進化じゃない。
人間は、もう、新しいゲームを考えるのをやめたみたいだ。
なんて思ったんだよ。
カッコイイぜヒツジ氏。弱いけど。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 むかしは全人口の一割くらいはギョウ虫を飼っていて、眠っているあいだに括約筋がゆるむと這い出てきて、肛門のまわりに卵を産まれていた。かゆいので無意識に掻いた指先に卵がつき、それが他人と接触することでギョウ虫はヒトからヒトへ移る。こうしてあらためて書いてみると、すごい話だ。

 進化大会議の結果、寄生虫として進化することを選択した彼らの宇宙は、ヒツジのツノのねじ曲がった具合どころではない。

 たとえば人類文明が、進撃の超超超巨人みたいな異星人かなにかに占領されたとして、会議を開いて。

「生き残るためには、やつらの大腸で暮らすしかない。眠っているあいだにはやつらの肛門もゆるむだろうから、そのあいだに子供たちを別の巨人の腸に移そう」

 おー!
 これで生き残れるぞ人類ー!!

 なんて、なるわけがない。
 それしか生きる残る道がなかったとしたら、人類は全会一致で尊厳死を採択するであろう。
 ともあれ、来年で、ギョウ虫検査が廃止になるという。日本全国清潔になって、お腹に虫飼っている子なんていなくなったからだそうだ。詳しいデータを見ると、この十年、ほぼ検出率0というような数字で、だったらあのただのセロハンテープなのに医療器具会社が作るためにコストの高い肛門に貼って剥がすシールを毎年全国の小学生人数分発注していたその税金の無駄づかいにもうちょっと早く気付け、という感ですが。

 ま。十年大丈夫だったから、この先も大丈夫だろうという考えかたもあります。だから許すことにして。虫はもういない。人類は清潔種族に進化した。これ確定。一方。新たな人類の危機の予感に対する新検査が、ギョウ虫検査と入れ替わりで実施されるようになるのだそうだ。これが、すばらしく危機的であることに驚いた。

 「しゃがむ」

 ことができるか調べる。
 ということは、言わずもがな。しゃがめない小学生が増加しているのだと。ほほう。和式トイレだと座れなくて後ろに転ぶから、転ばないための握り棒が必要だとか。ん? しゃがめないって、いわゆるヤンキーさんたちのたしなみ、ウンコ座りもできないってこと? 膝そろえてならともかく、股を開いてもしゃがめないというのは……シコが踏めないからお相撲さんになれないし、M字開脚ができないからグラビアアイドルにもなれないじゃないか。グラドルはハイヒールを履けば、かかとつけられないのがごまかせるとか思ってんのか。内ももの筋肉に出るんだよ。どこのヤンマガのグラビアで太ももの筋肉が緊張したおねーちゃんが見たいものか。いやちょっとまて、そういうのはプロだし、一種のアスリート枠として解釈すれば未来もM字開脚は健在なのかもしれないけれど、一般女子男子は、もうぜんぜんダメなレベルになるって予測は現実味があるわけで……下世話な話ですが、単純に騎乗位がキツいってことですよね。ウンコ座りができないのに、だれかにまたがって腰を上下させるなんて、ぜったい無理でしょう。これ、男女とも足をひろげたらキツいって、なにげに四十八手の大部分が滅亡の危機なのでは。

 おかしいぞ進化。
 そんなに関節がかたくなったら生殖行為に影響が出る。だったらしゃがめなくなんてならないはずだ生物として。なにか見当外れな遺伝子全会一致が採決されているのか。ううん。でもあれだな、しゃがめなくなるというのは遺伝子の問題か? 後天的な要因か。洋式トイレの普及のせい? え、でもだって、M字開脚の本場って無修正ポルノの本場アメリカンプレイメイトなんだが。それとも洋式トイレ100パーセントの国々では素人さんたちは騎乗位をこころみないのか? 言われてみれば洋物アダルトビデオでの騎乗位って、膝をついているのが多いような。

 唐突に思い出しました。ももいろクローバーZが『ももクロ式見学ガイド もも見!!』で、池谷幸雄体操教室を訪れて、まず、しゃがまされていた。

momoken

 全員、両のくるぶしと膝をぴったりつけて、かかとを地面につけて自分の膝を抱いて、池谷先生に後ろに押されたってびくともしない。池谷先生、苦笑。なるほど、あの苦笑ってそういう意味だったんだ。近ごろのふらっと体操教室にやってきた子たちを、まずしゃがませると、できないし、できても重心が落とし切れていないから、後ろに押してやると、ごろんと転がる。そこでママにひとこと。

 使わないから足首がかたくなるんです。当教室に通えば、すぐにしゃがめるようになれますよ。

 その場で初めて、我が子がしゃがむことができないのだと気づく親御さんも多いのだろう。体操どころの話ではなく、M字開脚騎乗位腰グラインドができない大人になってしまう。それは大変。池谷先生にお月謝払わなくちゃ。

 そういうお決まりのパターンがあるに違いない。なのに、ももクロは五人揃ってきれいにしゃがめてしまった。話が続かない。苦笑、と。でも、逆説的に池谷先生のご高説を裏付けているとも受け止められます。ダンスレッスンをちゃんと受けているアイドルは、ちゃんとしゃがめる。やっぱりそれって後天的なものなのです。遺伝子と関係ない。進化とか退化とかではなく……言うなれば、怠惰、の結果。

 先日の『きらきらアフロTM』で松嶋尚美さんがおっしゃっていたことなので信憑性はあれですが、むかし、着物姿で生活していたこの国の女性たちって下着を穿いていなかった。だったら経血はどうなっていたの? という疑問に「溜めといてトイレ行ったときにいっしょに出しててんて」って。重ね重ね信憑性はあれですけれども。そういうことって、あるかもと思う。

 もちろん、一日中、気を張っているわけにはいかないから、そういう技ができた時代の女性たちは、それに必要な筋肉が鍛えられ、無意識であっても筋肉を緊張させることができていたのだろう。と書くと、しんどそうだけれど。言ってみれば、姿勢の悪いひとが背筋を伸ばすのはしんどいが、姿勢の良いひとは良い姿勢をなんの苦もなく一日通して保っているという、そういうような話。

 それでまたさらにまったりと思い出しましたが。最近、薬屋業界で話題になっているトレーニングがあって、それを開発した先生が言うに「どんな痔も一ヶ月で完治する」とか。詳しく教わってみれば、なんのことはない、肛門を締めるように緊張させる運動を繰り返す、というだけ。そんなもので、年々売上げが上がっていくことが確約されている現代病「痔」が撲滅されたら、うちら商売あがったりだわ、と言っていたのですけれど……

 当たり前にあるべき筋肉さえ、わざわざ鍛えなくてはつかないほど、現代人は忙しい忙しいと言いつつも肉体活動的には怠惰になっているという証左なのかもしれんぞ、と考えたりもします。

 現代人は肛門がゆるくなっている。だから痔になる。締まるように鍛えれば治る。むかしのひとは立ったりしゃがんだりが日常にあって、下半身の筋肉が総じて強かったために、痔にならなかった。いまでは子供だってかかとをつけてしゃがめない。大人になっても経血を溜めておくことができないから綿をあてがう。布団から起き上がれないのでベッドを買う。『めぞん一刻』が海外で放映されて、あれはなんなんだと指さされた日本の象徴コタツだって最近は椅子式が売れる。寝っ転がるよりも、寝っ転がったあとで起き上がるのが大変。全身の関節がかたい。足首どころか膝さえ曲がらなくなる。いよいよしゃがめない。しゃがまないなら下半身はもっとゆるむ。肛門がゆるむと、腸が裏返って飛び出して血が出る。

 きっと人類は、全員、痔になって滅ぶ。
 血まみれで。壮絶に。

 ええ、そんなことになるまえに、ギョウ虫なんかよりも、彼ら彼女らが、ももクロ姐さんたちのように、膝とかかとをつけてしゃがめるか調べたほうがいい。税金を使うことも許しましょう。ついでに男も女も締まりのよい下半身に育てるべく、体育で教えるべし。下半身が引き締まっていると見栄えがよいから、とか、M字開脚ができないから、などと説明する必要はない。増え続ける痔患者数のグラフを見せて、腸が肛門から漏れるほどゆるいなんて、単純に生物として弱いのだと説けばいい。昨今の少子高齢化からするに、ほとんどの子供が、足腰が弱いから寝たきりになって、そのまま帰らぬひととなった親近者がいるはず。おばあちゃんの家に行ったらイチジク浣腸が置いてあるのはなぜだろうと疑問にも思っているはず。自分で自分の排泄物を腸から押し出せない低筋肉な大人になりたくなんてないよねと問えば、ああはなりたくない実例を思い浮かべ、急いでスクワットにはげまなくちゃと思うはず。

 ヒツジの話に戻る。
 進化はゲームだ。
 ツノが大きいとモテる。
 かわりに逃げ足が遅いし、視野も狭いので事故にだって遭う。

 その種にとって魅力的なヤりたい外見を、だれだって欲しいと望む。
 だったら、進化はいますぐ、ヒツジのツノを全員もれなくバカでかくするべきだし、人類総美男美女にならなければおかしい。でもそうならないのは、太古の昔から、その真実があるから。

 死にそうなヤツがモテる。
 死にそうな外見なのに生きているから、そこになんらかの特別ななにかがあるはずだという、それが進化論のあまりにもアホな真実なのである。現実には、モテたくて拒食症になって死にそうなほど痩せた女がモテるということもあるにはあるが、その女が死にそうに痩せているけれど死んでいないのは、かわりの特別な特殊能力があるからかと言えば、近ごろではそうともかぎらず、単に現代の人類全般が清潔で、地球自体が人類至上主義で生きやすい星になってきたからにすぎなかったりする。

 そう書いてみて、あれ、だったら、と気づく。
 ヒトが服を着るのは進化じゃない、ネクタイが肌から生えるべきだと最初に言いきってしまったが、実のところ現実には、服を着たほうが間違いなくモテる。裸で街を歩けば逮捕さえされかねない。そんなのぜんぜん魅力的ではない。ということは多くの人類が、服を着たほうが生物的に「弱い」と認識しているということになる。あんなにひらひらした窮屈なお洋服を着て、それでもこの現代社会で生きていけるなんて、いやん素敵。

 ももクロはおへそを出さない。水着にもならない。でも現代のアイドル戦国時代を生き抜いている。すると、露出の少ない彼女たちのステージ衣装こそ、逆説的な強さの象徴と認識される。彼女たちが売れれば売れるほど、その姿に憧れた現実の女子たちも、黒髪でジャージ姿がかっこいいのかも可愛いのかもと思いはじめ、男子もそれに萌えはじめたりする。

 もしかして、しゃがめないのは次代の求める強さなのではないか。

 M字開脚できないし、痔になるし、寝たきりになるし、およそ人類にとって良い影響があるとは思えないのだから、和式トイレが減っても、ダイニングチェアで食事を摂るようになっても、子供がしゃがめなくなるなんておかしい。すべての進化、生物の変化は、モテるために生きにくくなるか、生きやすい妥協を選ぶかの、二択しかないはずなのだから。

 首が絞まるほど窮屈で肌をまったく見せない服を着て、肉体労働はできず踊ることも戦うこともできない……それって、つまり、前世代の貴族そのもの。マリーアントワネットは立ったまま排泄した。あんなごってごてのフリルだらけの厚い服を着ていては洋式便座にだって座れないから、鉄枠で支えられた強固なバルーンスカートの中で、壺に用を足していた。彼女はしゃがめなかったに違いない。しゃがむことさえできないドレスを着ることが「弱さ」=「強さ」のあかしだった。用を足したあと、もちろん自分で拭くこともできない。侍女がスカートの中へ潜り込む。文字通り、他人に汚れたケツを拭かせて平気どころか、それこそがステータス。

 無意識で、現代の子供たちも……ううん、もしかしたら、親世代が。いままた、そういうのを「強さ」だと認識しはじめているからこそ、ギョウ虫のいなくなった清潔な世界で、次代の子供たちは全員しゃがめないという「弱さ」を身につけつつあるのかもしれない。

 大人になってもロリータ。
 37歳でAKB。



 お姫さま、王子さま。
 それがモテる。
 しゃがめないので、自分で床に落としたスプーンを拾えない。でも生きていけるくらいに、便利で快適な世界に暮らしている、このラクラク世界の住人であることを過剰にアピールすること、それそのものが強さ。 

 しゃがめないことを問題にしているのは、死にかけたひとたち。

 しゃがめなくて、跳び箱に手をついただけで手首が折れるという、いま育ちつつある世代が大人になって政治をつかさどるようになったなら、もちろん、自分たちがしゃがめないのに、そんなことを問題に思うわけがない。さらに次の世代では四十肩が十五肩くらいになって「中学生にもなったからもう腕が上がらへんわ」なんて会話が日常茶飯事になるはず。

 お姫さま、王子さま、のまんまで老いて逝けるなんて、しあわせですね。それでも寿命は延び続ける。介護している側のスタッフとか、ネット通販の配達をしてくれるひとたちは、屈強な外国人に置きかわって、至れり尽くせり。

 いや、マジで。
 しゃがめないとか。
 それどうにかしましょうとか、言っているのってもうすでにヒツジのツノがあさってな方向にのびてとぐろを巻いているのがモテる、という進化と同じくらいに、滑稽な選択をしてしまったあとのまつりに思えるのです。

 萌えの国、ニッポン。
 独りでは生きていけない心も体も幼いままの、やさしい国民だらけになって、みんな仲よく寝たきりで長生きすればいい。まさに神秘の国。さとりの境地。スプーンも自分で拾えないウォシュレットと浣腸薬がないと排泄もできない大人たちしかいなくなった、三秒で占領できそうな国を、野蛮などこかの外国のトチ狂った独裁者あたりが狙わなければいいな、とはお祈りしておきましょう。

maison

 まったくの蛇足ですが『めぞん一刻』のアニメ化は、結果的に後半の展開を全年齢向けに改変したために世界中へと輸出できました。が、四十八手のなんたるかを知る大人なら、原作を読んでおくべきです。まったく興味がないならともかく、アニメしか観たことがないというかたは、いまさらだれかに勧められることもないでしょうから、私が勧めます。アニメでも最後に赤ん坊は生まれているのですけれど……そこまでの経緯を端折ってしまったのは、恋愛ものとして致命的。濡れ場のないBL小説のようなもの。良い話だとしても、それではねえ。いや、悪いこと言わないですから、読んだことがないならば、一読を。

 ところで椅子式のハイタイプコタツが主流になれば、コタツのなかで足が当たってどぎまぎ、なんていうラブコメのお約束もすたれていくのでしょうか。あれはいいものです。脚をのばしてぺたんと座れる柔軟性、膝を抱えてしゃがんでうずくまるせつないポーズは、未来でもある一定の層には有効なはず。だから、ある一定の層にモテたいならばやっぱりしておいたほうがいいです、柔軟体操。うずくまって泣きたいときに体がかたくてつま先立ちになってしまうのが基本姿勢だなんて、未来のテレビドラマは旧世代の目から見れば滑稽な画が多くなりそうだ。

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