最近の記事

スポンサードリンク

月別アーカイブ

『きゃりーぱみゅぱみゅは男だった』の話。


 エリミネーションチェンバー!!

 さて、今年の抱負も叫んだところで。
 
 あけましておめでとうございます。

 本年も、どうぞ生あたたかいまなざしで、つかずはなれずなにをやっとんだこいつは、と眺めていてくださればありがたく存じます。
 私も見ています。
 だからたのしませて。

 そんなこんなで。
 なにも変わりはしないのですが。

 昨今の接客業に従事る者にとっては、ただひたすらに忙しいだけの、いつもよりも私生活のない正月という名の牢獄のなかで、それはそれでリズムを崩さず日々同じことを繰り返したい志向にはあっているので不満はないものの、やっぱりなんだか毎週観ているドラマもアニメもお休みで特番とか、電車も休日ダイヤだし大晦日は終夜運転、そんなことをされれば、欲求というものは出てくるわけで。

 いつもよりも忙しいのに、いつもより寝る時間は遅くなる。みんなで集まって、あけましておめでとうとか言いたくなる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2013/12/14
・ああそうそう。大晦日。私は今年も仕事で、なんとか年明け前には帰るぞ的な調子なので、みんな集まれー的な声をかけてはいませんのですが。はい。来るならどうぞ的な。まったり過ごしていて的な。コタツと年越しプロレスと蕎麦は用意しておきます風味デスのでお気軽に。 

twitter / Yoshinogi

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 思いのほか仕事は早く片付き(実は片付いてはおらず、新年の新聞折り込みチラシを見て、けっこうな目玉商品を陳列し忘れていることに気づいたのは、また別のおはなし)、帰ったら、これまた思いのほか大人数が我が家にいて、そうなると前振りしてはいたものの、マニアックなインディレスラーたちの年越しプロレスなどが観たいとは言い出せず(年越しプロレスって本当に試合を年またぎでやっちゃって、カウントダウンとかないですし)、みんなが鍋をつつきながら観るともなく流れている紅白歌合戦をいっしょに観ながら、ひさしぶりに逢った友人と酒を酌み交わしたりして。AKB48や、ももいろクローバーZが出てくると、一部でアイドル好きが認知されている私に話が振られるのですが、そこで私が彼女たちは売れてしまった、本来のインディアイドルの魅力というものは、たとえばももクロの妹分、チームしゃちほこと同じく、まだあどけなさが残りすぎている声質が似ているものの、ひめキュンフルーツ缶の妹分、nanoCUNEのアルバムのほうをこそ最近の私が聴き込んでいるのはなぜかというのは関西ジャニーズ腐女子に話を振ると異口同音に「なんで関西人やからって関ジャニ∞に大阪弁でふざけた歌ばっかりうたわせてさ、かっこいいふつうなのやらせたってほしぃわ」というエンタメ界のメジャーとインディの境目とそこで意外に大きなファクターとなるイロモノ性というものの匙加減の問題に起因するのだが、というような話を紅白歌合戦どころかゆく年くる年が終わってもなおまくしたてる準備があったのに、わけわかんないと一蹴され。

nanoCUNE

 そんななか。
 メンバーに、ちっちゃいコがいた。
 物心ついたばかりの、女の子。
 彼女が、紅白歌合戦の最後に、泣き出した。

 だれか心ない大人が、彼女の問いに答えて、きゃりーぱみゅぱみゅは紅組だと教えてしまったのである。昨年の紅白歌合戦は、白組の大勝だった。物心ついたばかりの彼女にもわかるくらい、きゃりーぱみゅぱみゅが所属するグループが大負けした。

Caroline Charonplop Kyarypamyupamyu

 そりゃ泣く。
 号泣である。

 彼女の母が、あわてて言った。

「なに泣いてるの。ぱみゅぱみゅ、白組よ?」

 え。と彼女は反応した。
 驚いて、泣くのも忘れて。

「しろぐみ?」
「ほら、着ていたお洋服も白かったじゃない」
「……うん」

 そばで聞いていた。
 そして思った。
 大勢のいるなかで泣き出した彼女を静めるために、彼女の母がついた嘘。他愛もないその場しのぎの言葉だけれど、彼女はきっと、この瞬間をおぼえている。

 私は、仮面ライダーが好きだった。
 仮面ライダースーパー1が、最初に夢中になった仮面ライダーの鮮明な記憶なのだが、当時はまだいまのように毎週腐るほどのアニメが放送されていたわけではないので子供向け番組のタイムスケジュールに余裕があり、、夏休みなどになると、初代仮面ライダーから再放送がおこなわれていた。その結果、現代の平成ライダーシリーズをディスクや専門チャンネルやオンデマンドで観ているコらと同様に、昭和のコらも、自分が生まれる前の歴代ライダーをちゃんと番組として観て知っていたのだった。

 というわけで、大人たちも、遺産を使い回す。

 スーパー1は平成における仮面ライダーフォーゼのごとく、腕を付け替えて特殊能力を発動するというにぎやかな作品だったが、デパートの屋上では、仮面ライダー1号と2号があいかわらずチョップとキックで怪人と戦っていた。平成の世のように、玩具だビデオだゲームだと、二次的利益を求める地盤がまだできあがっていなかったため、仮面ライダーが純粋にデパートにお子様とその親たちを集客してくれればそれでよかったのだ。

 ときに芸は荒かった。
 落ち着きのない幼児だった私は、ショーに飽きて放任主義な両親のもとを離れ、舞台の裏に回った。

 ご推察の通りである。
 私は、スーツアクターがスーツを脱ぐさまを目撃してしまった。

 あのスーパーがどこだったかは、おぼえていない。
 けれど、あの瞬間はおぼえている。
 いや、正確に言うと、その場では、私はあわてた無名の俳優なのかただのバイト青年だったのか、そのひとに「こら、こっち入っちゃダメだろ」と怒られて、追い払われたのだ。泣きもしなかったし、恐慌状態に陥ったりもしなかった。
 ただ、あとになって、あの瞬間こそが、私を変えたのだと思い当たったのである。

 その事件があってから、だいぶんと刻が流れてのことだった。
 仮面ライダーだったか、他のヒーローモノだったかもしれないが、観ていた番組は曖昧模糊としているのに、その瞬間も私はおぼえている。

「あれ? つまり、このテレビのなかのも、着ぐるみ?」

 疑問形だった。
 アホな質問ではある。
 デパートの屋上の仮面ライダーが見も知らぬあんちゃんだったのだから、テレビの中のそれだってそうなのだ。ていうか、その時代の着ぐるみは、チャックが見えていた。そういう意味では、疑問形ではあったものの、私は私に、アホなこと=言いかえれば、自明なことを我が身に問うたのだった。

 でも、仮面ライダーは、仮面ライダーだよね。

 それから数十年が経って、いまだに私は仮面ライダーの最新シリーズを観ている。つまるところ、真実を知ったところで、なにも褪めはしなかった。それどころか、その後、私は、アニメには興味がなかったのに、そのアニメのキャラクターを模したヒーロー、タイガーマスクというプロレスラーに対し、ぞっこんになったのだ。   

 もちろん、そのころは、デパートの屋上での事件が関係していると頭で、言葉で、理屈をつけてわかっていたわけではない。だが、いまになって思えば、あの一連の推移が、フィクションというものに対する、私の目ざめだったのだと確信できる。

 仮面ライダーは演劇である。
 でも、仮面ライダーは実在する。
 タイガーマスクはマスクをかぶったヒトである。
 でも、四次元殺法は現実の必殺技だ。

 私は泣かなかった。
 ただおどろいて、醒めたのだ。
 頭にタオルを巻いて、黒髪短髪で、汗をかいていた。私はあのひとに恋をしたのだと思う。かっこいいと思った。幼い私にとってはおおげさでなく、世界の真理の一端が、そのとき見えた。サンタクロースはいない、と知って泣いたのがフィクションとの出逢いだったら、私は別の指向をもった大人になったことだろう。汗だくでかっこいい、仮面ライダーを脱いだお兄様だったことが、私をいまの私にした。

(余談だが、私が夢中になったタイガーマスクは二代目であり、なかのひとは三沢光晴という。三沢自身は初代タイガーから継いだ空中殺法よりも、力と力、技と技が拮抗しあう「重たい」プロレスを指向するひとだったので、やがてみずからマスクを脱ぐことになった。そのシーンを観た私がデジャヴを感じたのはいうまでもなく、さらにその後、三沢が熱狂的な仮面ライダーファンでありグッズ収集家であることを知ったとき、私がそのひとを見続けることを誓ったのは自然な成り行きだった)

 そのように。
 いつか、彼女は思い返すだろう。
 私の家で、私のそばで、その事件があったことは曖昧模糊としていても、いつもはもう寝ている時間に、見知らぬ場所で、哀しくて泣いたのに、母から教えられた、世界の真理の一端を。

 きゃりーぱみゅぱみゅは白組。

 数か月後か、数年後か。
 彼女はその記憶にとまどうはずだ。

「ぱみゅぱみゅって、女の子だよね?」

 なのにどうして、白組=男だということにおどろいた記憶があるのか。
 その謎を解明する過程で、彼女は彼女自身のなかに眠るなにかを目ざめさせるかもしれない。

 なにも変わりはしないのですが。
 あのとき変わったのだと、気付くのはあとになってからのこと。

 覗いてみればいい。
 泣いてみればいい。
 怒られて、なだめられて。
 人生は変わってゆく。

 ところで、冒頭のエリミネーションチェンバーというのは、プロレスの試合の形式で、ガラスの水槽に選手が閉じこめられ、天の采配による運命のルーレットで鍵が開けられるまで水槽から出ることができず、試合をはじめられないというもの。他の選手が解放されて暴れまわっているのに、それを目の前で見ていながら、透明なガラスにさえぎられて、なにもできずにいる。その焦れた選手のたぎりを、ガラスを通して観客は見て萌える。

 そういう初夢を見ました。
 というか、水槽に閉じこめられた夢はよく見る。

 鍵を開けろよ!
 とルーレットを回すだれかに叫ぶ気はありません。
 試合がむちゃくちゃになって、自分が血まみれになっても、割って出る。
 抱負です。
 割って出る。

 あらためまして。
 今年も、どうぞよろしくおねがいいたします。

Elimination Chamber



TRACKBACK http://yoshinogi.blog42.fc2.com/tb.php/516-473effee