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『頭痛の原因』のこと。




 しかし、神というのは、悲しいかな実に多くの人が知っているように、ときどき用事で仕事を休んでいることがある。

 タニス・リー 『顔には花、足には刺』

mabyo

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 最初に謝っておきます。いや、私が悪いんじゃないが……たぶん。

 先週、寝ていたら首筋がかゆくって、八割眠ったまま指先で首をかくと……飛び起きた。首に激痛。払いのけたなにかが壁にたたきつけられている……殺虫剤っ!! ムカデである。ムカデの毒はハチと同じで、二度目以降はアナフィラキシーショックによる死も考えられる強力な神経毒。私を噛んだムカデを薬殺して、窓を開け空気を入れ換えるそのあいだに、すでに目眩を感じている私……風呂場に走り、水風呂の中で傷口から毒を絞り出す。水の冷たさのせいか、痛みが引いたのでさほど大したことはないらしいと安堵する。この騒ぎのあいだ、一緒に寝ていた妻が起きる気配もなかったのはすごいことだと思いながら、さすがに眠れないので死んだムカデを捨てにいくついでに夜風に当たりに外へ……何年か前にも噛まれて、それから家のまわりに殺虫剤をまくようにしていたのだが、そういえば今年はまいていなかったなと思ってもあとの祭り。

 神経毒は、リンパ腺を腫らします。猛毒に対抗するために大量生産され戦い死んでゆく我が白血球たちの活躍によって、私の右の首筋は腫れ上がり、翌日から首が回らない。私は腕立て伏せが日課なおかげか普段ほとんど肩こりのない人なんだけれど、その日はずっと首に意識がいっているせいなのか、ひどい肩こりに、頭痛。頭痛は三日以上続いて、リンパ腺のしこりも「あの程度のムカデで? 実は転移したガンのしこりなのでは?」と疑いたくなるくらいに小虫の毒のくせに猛威をふるいまくり。グロテスクな外見はダテじゃない……ていうか、そんな姿しているだけでもう充分誰も近づかないだろうに、そのうえ猛毒まで持っているとは、ムカデも考えれば哀れな生き物だ。死をおそれるあまりに、孤独な生命体に進化しただなんて。

 その頭痛のさなか起こったこと。

 非接触による読みとりなのにハードディスクは消耗品だという論拠がよくわからないが、まあヌンチャクは人を殴らなくても振り回しているだけで消耗するのと同じことだと思えば納得できないことはない。それにしたって私の使うメインパソのハードディスクは、はかったように二年でクラッシュする。

 通常使用で五年が寿命といわれるハードディスクだが、メーカーのいう通常使用とは、一日八時間でのこと。ほとんど途切れなく二十四時間録画しているハードディスクレコーダなどだと二年半で寿命がくるということだけれど、そう思えば某電気屋の五年保証はすばらしい漢気である(ジョーシンのロングラン保証はハードディスクを含むのだ。って書いちゃったが。宣伝になるのだからいいだろう。むろん、ノンジャンルで録画をし続ける私の愛HDDレコーダーもジョーシンによって保証されている)。

 ちょうどそんな時期だった。先月と先々月、締め切りラッシュでバックアップもとってねえや、と思った(本当に思った)、その日にブルースクリーン。九月の最初の休みがくる前に……つまるところ二ヶ月ほどのバックアップのないままに……今朝はメール書いて家を出たのに……その夜、我がマシンは唐突に危険な咳をし始めたのでした。

 しっかしXPの「システムの復元」って一度もそれによってシステムが助かったよ回復したありがとうビルおじさん、なんてふうに私を助けてくれたことがないのだが、やっぱり今回も傷を広げて二十分かかっていた起動が二十五分に延びただけだった。セーフモードでもハードディスクは息も絶え絶えに回っているだけ。そのあたりで覚悟して愚痴りだす……ハードディスク変えるなら、マシンごと買い換えちゃいたいのになあ……でもXbox360発売直前にして、一年後には次世代ウィンドウズの発売が控えている。この時期に予測でシステム組んでも、一年後にこれもあれもいるよ、くそ~一年待って必要なモノ見極めてから根本のシステム組むんだった。と歯がみするのは目に見えている。

 なんとか息吹き返さないかなあ、でも見るからにハードディスクが回っていないし、今にも倒れて息絶えそうなおじいちゃんの様相を呈しているものなあ(実際、一度につき数十分の時間をかける中途半端に壊滅状態ではない起動状況の中で、数々の救命措置をとっていると「もういいよ逝ってしまえ」と殴りつけて終わらせたい誘惑に何度となくかられた)。試行錯誤のすえ「手の施しようがありません」と宣告して処置を終えた。この時点で、二ヶ月分のデータは損失決定。

 そもそも一太郎ユーザーの私は、文書と辞書登録はインターネットディスクで地球上のどこからでも即座に同期できるようにしているので、たとえ我が家が津波に飲まれてもジャストシステムのシステムが壊滅しない限り、昨日までの書きかけの原稿と育てあげた辞書を失うことはない。一番大事なモノはちゃんと保管してあるから平気(ちなみにフロッピーディスクにも原稿は保存している。実体験だが、フロッピーディスクはびしょ濡れになっても乾かせば読み込めるのだ。最近はDVDメディアを使うビデオカメラが多くなってきたけれど、デジタルビデオカセットやいっそ8ミリやVHS-Cのほうが、絶対に長く残るはず、とゲーマーな私は思うのだ。ほんとよくプレイするDVD-ROMってすぐ読み込みエラーがでるようになる。光にも熱にも弱いし。よく戦前に建てられた民家から貴重な8ミリフィルムが出てきた、みたいなニュースがあるが、CDやDVDの記録など、絶対に数十年後には無に帰しているに違いない)。

 ほかにも消えちゃうと平気でないモノはいっぱい入っている(たとえば写真。二ヶ月分の数十枚はちょっと痛い)。しかし、一番大事なモノは無事なので、失ったものは時間がかかってもまあどうにか復旧すればいいやと覚悟を決める。どうにもだめっぽいが、どうせハードディスクを変えるなら最後にOS再セットアップもしておくか、と初めてみたけれど、やっぱりマシン自体の挙動が恐ろしく遅いので再セットアップが終了できない。もうまったくもってだめだね、と半ば吹っ切れて笑いながら、マシンをばらしてその内部の隅々まで掃除機をかけ、再セットアップも最小の最小に限定して行ってみる。

 ……ん? なんか、動いてる?

 なんだかぎくしゃくしているけれど、ちゃんとウィンドウズが起動している。おー。でもオフィスがインストールできない。なんかファイルがコピーできませんとかのたまうので、そのファイルを使っているらしいワードとエクセルを省いてセットアップ。できた。ウィンドウズアップデート。あ、とまった。でもここまできたなら、いけそうな気がする……再び再セットアップ。でもまたアップデートすると青画面、ということを繰り返して数日……

 戻ってんだよね、なんか。
 いまこれ書いているの、メインマシンなんだ。
 なにが原因だったのかよくわからないし、いまもまだときどき不安定で、いまにも壊滅的クラッシュを迎えておかしくはないのですが、まあ動いているので気にしない。締め切りの直前にマシンが大破したことがあったけれど、それでもどうにかなったので、どうにもならなくなるまでは不安定なマシンでも息絶えるまで可愛がってやるのが私の信条。

 なくなったものはいっぱい。
 特に、某賞の発表の直後だったので、初めて私にメールをくれた、という方が結構いらっしゃったのですが……これが冒頭のごめんなさい。メール本文とメルアド、全部消えました。この二ヶ月に出逢ったすべての人々に、私のほうから次のメールを送ることは不可能な状況です。気が向いたらまた、あなたのほうからメールをください。ほんとすいません。私のマシンがつまずいたのは私のせいではないけれど、やつの失態は飼い主である私の責任です。下げられる頭のある私が頭を下げます。本当にごめんなさい。今後は、どんなに忙しくても、月に一回はバックアップとります(いや、そう何度も決心したのだが……いえ今度こそ)。

 大水害にあった地域もあるし、日本全国的にみればそんなことはないのだろうけれど、今年の秋は、大阪にまったく台風がきていません。昨年の今頃は、飛んでくる石ころや木の枝から守る以上に、横倒しになりかねないほどの暴風だったので、バイクを守るために何度も避難させたりした記憶があるのですが、今年はいまだ皆無。関西大震災で欠けた大皿を捨てられずいまだに使っているのは、災害の恐ろしさって忘れたころに来るんだと忘れないため。
  
 高いところにモノを飾るときれいだけれど落ちてきて頭に当たると死ぬよ。

 本がどんなに好きでも、固定されていない本棚にそれを詰め込んでおくと、圧殺されるよ。

 噛まれてから殺虫剤まいても遅いんだよ。

 性格的なものかもしれないけれど、このあいだのアメリカのハリケーンで、避難勧告を無視して命を失った人たちが大半だったという事実は、私には理解しがたい。もちろん、書きかけの原稿のように、私にとって「それは置いてゆけない」ものはある。でも、数日後に巨大ハリケーンがやってくるとわかっていて、逃げろと言われて、でも逃げずに死んだ人たちは、いったいなんなんだろう。
 ニュース・キャスターが言っていた。

「でも、家や車や、買いそろえた電化製品を全部もって逃げるわけにはいかないから、だから逃げられないという気持ちはわからないではないですね」

 ……私にはわからない。そのニュースキャスターさんチのテレビほど大きなテレビではないからかもしれないが、私は家や電気製品を捨てられないから逃げずにそこで死ぬということに、一片の理解も寄せられない。実際、私はあの地震のあと、私を下敷きにしかけた巨大なオーディオセットを処分した。たぶん、いま避難勧告がでて、時間がもうないとわかったら、フロッピーディスクの束だけを持ってバイクで逃げる。財布さえ持っていれば、しばらくは家がなくても暮らせるはずだし、それだけの時間があれば、次にどうするかは模索できる。

 私の義父母は、和歌山の例の予測される大地震で「今後十年のうちにほぼ確実に津波に飲み込まれて壊滅する」地域に住んでいる。むろん、だからといって彼らは引っ越したりしないが、もしも地震がきて、津波が襲うとわかっていて、逃げることができるのに「家が」だの「車が」だの、ひどい話だが「犬や猫やおばあちゃんが」と言ったとしたら、私は許さない。自分が死んだら嘆くだれかのいる人は、なにかを守るためであっても逃れられる死から逃れないでいることなど許されないはずだ。そして、だれもにとって嘆く人はいる。おばあちゃんも逃げられるなら逃げるべきだけれど、逃げられないおばあちゃんと一緒に津波に飲まれるために、わかって留まるのは違う。

 大型ハリケーン襲来を想定して昨年実施されたアメリカ連邦緊急事態管理庁(FEMA)などの机上演習では、脱出の手段をもたない市民10万人が災害時に取り残されると推定されていたらしい。そして事実、避難勧告を無視したのは行くあても脱出の手段もない貧困層の黒人たちが多かったと聞く……だとしてもだ……それでも留まるのは違ったはずだ。ここにいて飛ばされたら不運とあきらめる、というあきらめは違っていたはずだ。その後の市内では、略奪の限りが繰り広げられたという。政府さえ、食べるために盗むのなら黙認するとまで言った。それをしているのは避難勧告を無視したが生き残った人たちだ。彼らは幸運だったのか。彼らは選んでそこに残り、一か八かの勝負に勝ったので無人の町で安全な盗みに興じられるのか。それは、勝ったというのか。

 たかがパソのハードディスク。それは、たしかに大事な手紙や、もう撮ることのできない写真を含んでいたんだけれど、それを失うことをためらって動かないマシンを見つめているのって意味ないわけで。「おれはこいつを守るんだっっ!!」と叫んで動けなくなることはドラマチックだけれど愚かしい。物も人も土地も大事にしたい。でもさ。もしものときには、きっぱり捨てたい。捨てることでしかどうにもならないことはあるし、いざ捨ててしまって、でも自分がここにいるのなら、時間をかけてどうにかすればいいのだ。

 ……地震以来、こんなパソの不具合だのムカデに噛まれただのってくらいの突発事態でも、災害に対する心構えとか考える癖がついてしまった。それはきっと「今回は予想外だったけれどどうにかなるくらいのことでよかった」という安堵。もしもあのムカデが巨大モンスターだったら、私は眠る妻を守って喰われて死んだだろうか。もしも私のパソコンに、失えば地球が滅ぶ最終兵器の起動解除キーが含まれていたら、あきらめずに死んでも直るまで直しただろうか。

 いや。大事なのはあきらめることだ。
 起こってしまった後ではどうにもならないことのほうが、多い。

 なんの救いもなく矛盾も含んだままの結論にうなずきながら、いまも私はウィンドウズアップデートを繰り返し、山のようなソフトをインストールしている。どこかでまた不安定になれば、今度こそあきらめて新しいマシンを買いに出るかもしれない。祈っていてください。

 これを書くあいだに、なんどキーボードの配列を設定し直しただろう。キー配列もディスクに焼けるようにしてほしい。機械は壊れること前提でいなくてはいけない。ハードディスクは消耗品だ。そして人が死に、地球がいつか滅ぶことも、みんな知っている。

 つまりは世界は、そういうところなんだってことだな。
 ああ鬱陶しい。
 かすかな頭痛がいつまでもとれないのは、本当に毒のせいなのだろうか? ……ちがうならば、なんのせいだ?

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