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『グランド・セフト・オート5のプレイ初日』のこと。



「やっと叶えた夢はクソだった」

 カウンセラーのもとを出て、陽光あふれるビーチを眺めるベンチに腰かける。

 この時点で私は思う。
 雪のなかでの九年前の回想シーンを観て、一転して光あふれるビーチ。映画みたいなクレジットが流れ、映画のような風景のなかにいる。

 映画のDVDディスクってたかだか二、三時間の映像が収まっているだけでいっぱいいっぱいになっているのに、ゲームって。同じDVDに入っているのに、この世界を動きまわれて、これから少なくとも数十時間、さまざまな物語に出逢う。

 映画を観はじめるときには終わりを意識する。
 新しいゲームをはじめるときには、いまから飛びこむ世界を想う。

 これがゲームの真髄だ。

 最初から二転三転のドラマを魅せられて。
 いま、九年経って人生に疲れて、ベンチに座ったら、通りがかった若者ふたりに声をかけられた。

「ああ、そこの黄色い建物だ」

 なに他人に訊いてんだよ……そんなことでモメながら、若者ふたりは、その黄色い建物に向かって行き……

 私は、その若者ふたりの、片割れになる。

「おれ、こいつなのかよ!」

 声に出してツッこむ。
 いまカウンセリング受けてベンチに座ったのは?
 戸惑う間もなく、黄色い建物の裏手に止めてあった二台のスポーツカーのうち、赤いオープンカーを選び、乗り込む。

 もはや過去は関係ない。
 広大な都市に放りこまれた。
 最初の仕事は車を運ぶこと。
 それを終えたので、家に帰って着替えることにした。
 黒いシャツに、純白のパーカー。

 どうやら、しばらく私は、この若造であるようだ。
 だったら散策しよう。
 テレビを観ている、あれはおれの母親か?

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『グランド・セフト・オート4のプレイ初日』のこと。

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 『4』から五年。
 今回もAmazonnさんの前日発送にもかかわらず、のんびりゆうメールによって発売日の翌日に届いた『Grand Theft Auto V』。ブイじゃないよ、ファイブだよ。
 いまいちど書いておこう。

 『Grand Theft Auto 5』

 よく知った町のはずだが、私は今日、いま放りこまれた。
 黒人の青年になって、歩く。
 夜だ。あらゆる店に堅牢な金属製のシャッターが降りている。『Grand Theft Auto 5』は未来の物語ではない。ということは、いま現在、こういう町は、こういう風景なのだ。バットで殴られても平気なシャッターで店を覆わないと、窓が割られる、侵入される。

 そんな町で、私はローンを払えない奴らから車を回収するのですが。

 私が関わってわずかに三件目の回収で、衝撃の事実を知らされる。
 おれのボス、クレジット詐欺をやっているらしい。
 私を脅し、ボスを痛めつけたのは、詐欺被害者の父親。
 私はボスを殴り倒した男から金を受け取り、会社を辞めることになる。

 そして私は、若造に金を渡し、詐欺師をぶん殴った、その男になる。
 夢を叶えたが、その夢はクソだった男に。
 悩める中年に。

 以後、若造と、おっさんの、どっちにでも好きなときに切り替わることができるようになり、私は、自分が何者であるのかもよくわからなくなりながら、混沌の町に染まっていくのです。

 おおこれぞまさに、グランド・セフト・オート。
 さっそくストリップバーに行ってサファイア嬢との親密度を上げ、映画館に行って、女性ホルモンのせいで情緒不安定な相棒モリーにわざと床に落とした鉛筆を拾わせてケツの丸みを楽しみながら共産主義者の魔の手と戦うジンとタバコを愛する男ゴードンの映画を観る(ちゃんと鑑賞できるくらいの映画作品なんですよね、これがまた)。

 スマホを起動させると、インターネットもできる。もちろん『Grand Theft Auto 5』の世界のなかでのインターネット。たとえば、SNSサイト『Bleeter』は、こういう売りだ。

「短い言葉による自己表現の世界へようこそ。他人や高校時代の嫌いな連中に、日々の出来事を24時間たれ流しましょう。楽しい人生と愉快な友達、そんな幻想へようこそ。」

 覗いてみるとタイムラインに流れているのは、少しばかりやさぐれたブリート。
 たとえば。

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@cowboy_becky 彼をパパの息子だって思ったら気分も落ち着いた。アリゲーター・ファームでも愛に垣根はないし別に不思議なことじゃない。

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 140文字。
 それってツイッターの文字数制限。
 パロディにしても、あからさま。許可得てんだろうか。
 英語でもときどきつぶやいたりする人だとわかるはずだけれど、英語だと、ツイッターの文字数制限は、ぜんぜん日本語のときよりも短い内容しか書けない。ほんとにひとことつぶやくだけみたいな感じになる。ていうことは。だれが大変だったのかは知らないけれど『Grand Theft Auto 5』の日本語版を出すということは、たとえば主人公が持っているスマホでインターネットをはじめて、ブリーターを覗いたとき、そこに書かれている内容までも訳さなくちゃいけないってこと。それも140文字制限の英語を日本語に置き換えて、不自然にならないように意訳する。
 悪夢のような作業。
 そして『Grand Theft Auto 5』において、その手のテキストは無限といっていい数ある。

 涙を流して感謝したい。
 邦訳された小説や、映画の字幕のように、そのすべてがプレイヤーの目に触れるわけではない。ブリーターを覗かないでゲームをクリアすることは、もちろん可能。それでも、細部まで詰めてある。当たり前っちゃ当たり前だが、それが当たり前にできるということが、五年待って新作を躊躇なく予約できる信頼感につながっている。

 前作で、アメリカという国の抱える移民問題を深く描いた『GTA』は、今回はどうやら、アメリカがカウンセリングを必要としている「叶った夢=クソみたいな現実」は本当にクソなのかを描こうとしているようだ。ギャングの徘徊するスラムがあり、高級住宅街と、いまだ都市化されない貧しい自然の村。現実世界では広大な敷地があるゆえに見えにくいが、それらを車で十分あれば横断できる仮想の箱庭に詰めこんで、主人公も三人。そうなってみると、よく見える。よくわかる。

 夢って結局、金でしょ。
 でも、金を掴んだ者が、なにをできるかと言えば、クレジット詐欺に遭うような頭の足りない息子を持ち、テニス? ゴルフ? 愛人? いや別に、そんなのが欲しかったわけではなくて。

 過程にいる者が、もっとも幸せであるという真実。
 誕生して十五年を数える人気シリーズでありながら、やっとナンバリングは『5』。期待されるぶん、進化するために必要な時間。『3』以降は、それなりに完成したゲーム・システムなので、待たされる我々は「もういいからシナリオだけ新しくして新作出せよ」なんて言い続けていた。

 それでも焦らして、やっと来た。
 それに触れて、唸る。
 このシリーズは、まだ過程なんだ。
 なによりも、野心が感じられる。
 前作で、その国に溶けこむことのできない移民の閉塞感を描いた結果、その主人公が大暴れする展開は、復讐劇のようになってしまった。それが、今作では、主人公がスイッチすることで、プレイヤーは差別と蔑視にまみれた世界で暮らしているのに、それに染まれない。だって自分自身がバカな黒人のガキになり、妬まれる豪邸の主になり、ジャンキーになる。

 どんなに言葉を尽くされるより、伝わる。
 強盗がテーマだし、車盗みまくって人襲いまくって金奪いまくるゲームで、それなのに、ノンフィクションの匂いがする。ちょっと大げさに描いているけれど、おおむね、いま、どこの先進国もこんな感じだ。ある種の夢は叶ってしまって、みんな、個人的な明日の充実を欲している。
 けれど、それって、なに?
 
 ポストGTAと言われていた箱庭ゲームたちが、総じて自由度を突き進めるなか、本家は、物語をしっかり描いてきた。すべてのひとに、これを薦めたい。できれば『4』を先にやって欲しい。そうすることで、あなたはちょっとだけでも混沌の国に住んだ気分が味わえるし、『5』をプレイしたとき、この五年の技術的な進歩にも酔える。

 進化の最たるものとして、モバイル連動も。
 Xboxには『Xbox SmartGlass』という使えないアプリがあるのだけれど、それをガン無視して独自のアプリをリリース。



 ゲーム内では専用端末も売られている、モバイル用のOS『iFruit』。現実の端末にダウンロードして起動すると、アイコンが並んだ某リンゴのトレードマークなOSそっくりな画面になります。 
 
 これで、リアルなお外でも、車を改造したり、犬を育てたりできる。もちろん、その結果はリアルお家での『GTA5』にフィードバックされる。そうだよこれだよ。あのセガの名機ドリームキャストのコントローラーには、取り外せる液晶モバイルが仕込まれていて、それでドット画のキャラを育成したりできた。『ソニックアドベンチャー』におけるチャオなんて、まさに、たまごっち。あれのほうが、よほどいまの『Xbox SmartGlass』よりもプレイした。そこがわかってるRockstar Games。

 疑似のOSのなかでアイコンをタップして起動するゲーム『チョップ・ザ・ドッグス』。チョップは全く訓練されていない、大きいアゴを持つ、愛くるしいロットワイラーだ(まったく、を漢字で全く、としてしまっているところが、多少のぎこちない邦訳感が出ておりますけれど)。
 犬育てるのたのしいです。
 チョップくんの幸福度を上げてやるのです。
 あのころのチャオよりも、ずっとリアル。
 でもやっていることは同じ。
 (チャオ同様、チョップくんに雌犬をあてがって交尾させると幸福度が上がったりします。それってしつけなのか……)
 これこそが正統進化というものですよ。
 わかっていらっしゃる。

 とりあえず、プレイ初日、こんなふう。
 毎度のことだけれど、散歩だけで時間が過ぎていく。ゲームのなかで映画観て、リアルに時間が過ぎていくとか、Rockstar Gamesならではだ。こっちも期待していて、それをがっかりさせない。ストリッパーの彼女との親密度、マックスになったら、やっぱ店のトイレかな。それとも彼女の部屋に招待されたりするんだろうか。

 前作では、移民だけれど、移民であるがゆえに、移民同士の友情があった。それが今作は、だれもが孤独だ。この国で生まれ育った彼らなのに。プレイしながら、そういえば、いちばん親しい友人にさえ、しばらく逢えていないとかえりみる。猛暑も過ぎ去ったし、鍋パーティーでもしようか。車を盗んで銀行を襲うアクションゲームをしながら、現実の自分の人生について考えこんだりする。

 この感じが、唯一無二。
  
 アクションゲームだけれど、ゲーム苦手だから秒殺とか、そういう凶悪さはない。むしろ、ガチガチのアクションゲームを求めるゲーマーのなかには『4』が受けつけなかったという人も多い。私は真逆で、このゲームの進化の仕方は、物語るジャンルとして、おもしろいことになってきたと感じている。映画や、舞台がそうであるように、ある種の物語は、客を逃げられない椅子に縛りつけて、顔をそむけられない状態で語るのが効果的だったりする。

 『Grand Theft Auto 5』は、まったくもって憂鬱なストーリーを、序盤から手練れのアクションゲーム要素で、観ずにはいられないようにして語る。気に入るにせよ、気に入らないにせよ、いちど触れてみることを、強くオススメしたい。まさにそこで描かれる人々のように、バカで憂鬱で耽溺に逃げて、明日が来たってそれがどうしたという方にこそ。人生で味わったことのない刺激を味わってから絶望しようかと、やったことがないパチンコに行って数万すったり、行ったことがない風俗に足を運んで反吐が出るようなブサイクに舐められてそれでも勃起してしまって帰って泣いたりするくらいなら、『GTA』にまだ触れていない人生をまずどうにかすべきだと私は思う。

 約束された名作がやってきて、まぎれもなく名作だった。
 映画のナンバリング『5』で、そんなの観たことない。
 けれどゲーム界には、こうやってある。
 期待に応える物語の在りかた。
 歩くだけで時間が潰せる仮想の現代都市。
 結実であり、まだ過程。
 プレイ初日の感想は、

「自分が知る全員に、これやって欲しい!」

 私は『Grand Theft Auto』が好き。
 今回も好きであり続けられたことを、感謝します。
 とてつもなく良い仕事です。

GTA5

XBOX360

GTA4





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グッチ バッグ  グッチ バッグ  2013/10/19 18:38
『とかげの月/徒然』 『グランド・セフト・オート5のプレイ初日』のこと。