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『魂の自由を!!』の話。



・嶋本昭三が逝った。具体の再評価気運が高まっているなか、残念なことだ。まあ、本人は飄々と生き死んだだけなんだろうけれど。芸術とは人を驚かせることである。訃報に驚きました。感謝しています。

2013/01/29

twitter / Yoshinogi

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 私ごときがなにを言うこともできないが、とにかく嶋本昭三というひとは、自分の話ばかりしていた。そんなこともあって、そのひとがどういうひとでどうすごかったのかというのは、正直、教え子のあいだではあまり話題にのぼることはない。だって、ほんと自分がいかにすごい立ち位置にのぼりつめたか(でもぼくは気負ってはいなかったね、というスタンスで)という話しかしないひとのことを話題にしても、話が続かないのだもの。

 しかし、そのひとが亡くなって、三ヶ月ほど経って、教え子同士がまったくの別件で飲むことがあって、ああそういえばあのおっさん逝っちゃったなあ、と口にしたとき、私がツイッターでつぶやいたような感想を、友人がもっと的確に表したのだった。

「アーティストやけど作家っつうんじゃなかったな、あれは」

 教え子ではあるのだが、別にそのひとのアーティストとしての芸風を崇拝はしていない。しかし、いくつかの確かに教えられたことはあって、それを言葉にするのは難しいのだが、作家ではない、というのが、すごく私の持っている感覚にも近かった。

 あのおっさん、新作の構想に悩むとか、死ぬまでなかったぞぜったい。

 私も同意する。
 考え続けてはいただろうが、悩んではいなかっただろう。
 あのおっさんを一躍有名にしたのは、貼り重ねた新聞紙のキャンバスに穴を開けた作品である。それについて本人が語っていたが、単にキャンバスを買う金がなくて新聞紙を使ったら、そういうことをしたひとがほかにはいなかったせいで、世界に認められてしまった、と。

 その時点では、キャンバスを買えないから新聞紙でキャンバスを作ろうとしているわけで、いくばくかの作家性が見られる。しかしそうした作品で勢いづいたおっさんが、さらに名をあげたのは、絵の具をさまざまな方法でキャンバスに投げつける、という作品群だった。

 だれもしていないことをすれば認められるのだと考え、絵の具を使って「絵を描かない」という道を選んだのである。ここに至ると、いわゆる作品をコントロールするという意味での作家性は放棄されている。放棄されているのだが、二十世紀も終わりに近づいたころ、人類はちょうどそういう問題にハマっていた。絵画に限らず、たとえば音楽でも。自動的に奇妙な音階を作り出すシンセサイザーをもちいて、そこから生み出された奇妙な音の連続は音楽と呼べるのか。呼べるのだとしたら、その作者は、シンセサイザーを作ったひとなのか、それをチューニングしたひとなのか。

 そんなどうでもいい作家性の有無について世界が議論しているなか、おっさんは、断言した。選んでいるのだから作品だ、と。

 デイヴィッド・ホックニーはダミアン・ハーストを、いまでも批判している。曰く、アシスタントに描かせたものに個人の作品としての詩心などあろうはずもない。そんなことを言ったら、私がおっさんの教え子だったのは、ちょうどおっさんが北野武のアート番組なんかに出演したりしていたころだったので、テレビカメラの回るなか、絵の具の入ったビンも投げたし、コンクリートの壁も破壊した。おっさんはひとを呼んではそういうことをして口では「みんな楽しかったろう?」というのだが、それはむろん楽しかったのだからぼくになにも要求するなという意味であり、もちろんイベントそのものがおっさん名義の作品として世に発表されるのである。

 そういう人海戦術をとれない若いころの作品も、ぼくは選んでいたからね、という、それはおっさんの得意な話であった。絵の具の入ったビンをでたらめに投げたり落としたりしたキャンバスを、アトリエに並べておく。幾日か見つづける。そうして、落ちつかないものを選ぶ。飽きないものを、奇妙なものを、選ぶ。その作業をしているから、あれらはれっきとしたぼくの作品なのだ。

 川原に行って、おもしろい形の流木を選ぶのに似ている。
 その流木をギャラリーに展示して「これがぼくの作品です」と述べたとき、そこに作家性は認められるのかどうかという問題。

 言ってしまえば、観客がよろこんだのなら、認められる、となる。
 おっさんの理屈だと、最初にやったヒトかどうかというところが問題になるのだけれど、教え子たる私はもう少し柔軟なプロレスファンなので、ちがった考えである。

 たとえばメキシコのマキシモと、日本の男色ディーノはどちらもぽっちゃりしたゲイレスラーでリップロック(唇固め。強制キス)を必殺技にしているが、どちらがそれを客に披露したのが早かったかということを論じても、あまり意味はない。マキシモを観たことのない観客は、ディーノがノンケのプロレスラーにリップロックをかけて意識を飛ばすのを「なんと新しい」と獅子目言彦ばりに喝采するわけで、その拍手があった時点で、作家性は認められたと言ってよい。

 そういう意味で、年に数百の興行をこなす選手たちが、百年経っても観客に飽きられずバックドロップ一閃っっ!! などと作家性をなくさずにいる、プロレスというジャンルそのものが非常にアーティスティックだと私は感じているのですが、この話を続けると長くなるので話をもとに戻しましょう。

 流木をただ並べた展覧会が、年に数百あったら、客は入らない。
 それでもアーティストだと主張するためには、流木をどう魅せるかの発想が必要になってくる。しかし、絵の具で色を塗るなどということをしては、かえって陳腐化する。勢い、流木と戦う(この手の企画はまた話が戻るがプロレスに多い。前述の男色ディーノも近年、ダッチワイフや透明人間と戦っている)、とか、流木とまぐわう(この手の企画は落ち目のグラビアアイドルの写真集に多い。具体例は出さないが、詫び寂び漂う自然のなかで脱ぎはじめたら、そうとう末期だと思っていい)、とか、流木を贈る、といった行動に出るしかない。

 贈る。
 これをおっさんらは、送る、と変換した。

 おっさんと関わるということは、メールアートに関わるということである。いまも私の手元には、世界中の数百の作家たちの住所と名前がある。逆にいえば世界中に私の住所と名前も流布されている。そして、私はそのほとんどすべての作家たちを知らないし、作家と呼んではいるが、彼ら彼女らが、メールアート以外の作家活動をしているのかどうかも知らない。もちろん向こうも私のことなんて知らないはず。YoshinogiTakumiは変わった名前なので、検索をかければメキシコでもヒットはするだろうが、そんなことをわざわざしている者も少ないと思われる。

 流木をどうしようか。
 切手を貼って、メールアーティストに送ろう。

 おっさんは、そういう運動の第一人者でもあった。
 それは、おっさんに教わったことのなかでも、実際的なことのひとつだ。たいていの物体は、梱包しないでも切手を貼ったら世界中に送ることができる。メールアートという語句を検索すると、手紙やポストカードを互いに送りあう芸術運動、というふうに書かれていることが多いけれど、おっさんがうれしそうによく見せていたのは、スルメイカに直接切手を貼って送られたものだった。もちろん梱包されていないので、スルメに直接マジックで住所が書いてある。だれがだれに送ったのか、まったくおぼえていない。けれど確かにインパクトのある郵便物であり、こうして私の記憶に残っているということだけとっても、そこには作家性がある。

 問題点として、異形物を送るのは高額切手を要するということと、開けば開くほど売れない作家の個展というのは赤字になるのだが、少なくとも観客の反応を楽しめるのに対し、メールアートは金がかかるくせに「だれだか知らないスペインのあのひとはどんな反応をしただろう」と想像でほくそ笑むしかないというところがある。
 いや、あった。

 私がメールアートの一角に足を踏み入れたころ、すでにインターネットは普及をはじめていた。ちなみにこのサイト『とかげの月』は、開設十三年目である。ネット対戦というものをお茶の間に普及させたセガの名機ドリームキャストによってバーチャファイター三昧の片手間に立ちあげられたサイトなのだが、そのころになるともう、リアルタイムに仮想のキャラで殴りあったり蹴りあったりしているわ、なんか書いたらケンカになるわで、スルメイカにマジックで住所を書くよりも、ずっと興奮度合いが高かった。

 メールアーティストとしての私は、ネットに殺された。

 嶋本昭三は、具体と呼ばれる運動の代表格だった。
 具体とは、戦後の日本において「われわれの精神が自由であるという証を具体的に提示したい」という想いから名付けられたのだそうだ。

 けっきょくのところ、このところの具体の再評価というのは、おっさんが逝ってしまったことと無関係ではないのだろう。残念なことだと私はツイッターに書いたけれど、そのツイッターというものが、まさに切手のいらないメールアートのシステムそのものである。

 大砲に絵の具を詰めてキャンバスにぶっ放したおっさんが老いて逝った。
 それくらいの時間が経ったから、いま、ひとまわりしたのだ。

 魂の自由を!!

 そう叫んだひとたちがいなくなった。だから、だれか叫べよ、つまんねえだろ。そう求められている。だとしたら、実は具体を回顧することではなく、メールアートが成り立たなくなるほどすでにつながってしまった地上で、どんなリップロックを極めたら拍手喝采されるのか、売れない作家を自認するひとたちは考えなくてはならない。売れているひとたちは、売れるモノを作ればよい。経済はそれはそれで大切だ。メールアートの切手代で食うに困るなんてのはアートではない。タダで拾ってきた流木を、戦ってもダメ、脱いでもダメなら、なにしたら魂は自由だとあなたに伝わるの、と困窮しない程度にのほほんと考える、それが作家性というものであろうと、私は思う。

 自分の作品は、もっとも落ちつかないものを選ぶ。
 それがぼくの作家性だと語るおっさんは、売れない作家に、こうも言っていた。
 有名作家の展覧会に行って出口のポストカード売場で「これのどこがいいのかわからない」という一枚を買ってきて、部屋に貼っておきたまえ。

 いつか、わかるときが必ず来る。

 失恋したときかもしれないし、なにかに腹をたてたときかもしれないし、人生に絶望したときかもしれない。けれど、世界が認めた作品に、なにも感じられないならば、それは作品の側になにかが足りないのではなく、きみの側に足りないのだ。
 わかるまで見える場所に貼って剥がさないように。

 いまも、私は、それをやっている。
 ポストカードに限らず、映画であれ、小説であれ、音楽であれ。好きなものを手にするとき、これのなにがおもしろいの、と感じるものもいっしょに買っておくようにしている。
 いまだに、理解できないものは多い。
 きっとわからないまま、なにかが足りないままに逝く。

 先生も、そうであったのだろう。
 お別れの会は『Shozo-ism』と銘打たれていた。



 正直、世界が認めた絵の具を撒くアート。
 それがまず、よくわかっていません。
 ごめんなさい(笑)。
 しかしまあ、足りないまま、続けます。
 続けられているのは先生のおかげです、とまでは言えないのですが、あのおっさんは、ずっと観ていたけれどやっぱりわからん、というそれそのものが魅せられていたのだ、ということにいまになって気付き、ということは私にはなにかが確実に足されたということで、それがなんなのかはよくわかりませんが、とても感謝しています。

 魂の自由を!!

 とか、大声で叫ばないですけれど。
 のほほん、と、ですけど。
 私も私の話を臆面なく続けつつ。
 売れるに越したことはないよね、と世俗にもまみれながら。 
 イズムはちょっと継いでいくつもりです。

Shozo
Shozo




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クロムハーツ ネックレス  クロムハーツ ネックレス  2013/10/24 16:50
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