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『おはぎ、もしくは、おっぱい、祈り』のこと。



・春分の日に「おはぎ食べた?」って訊かれて「なにそれ」って言ったら「お彼岸だからおはぎなんだよ」と返ってきたのだけれど…どうしてコメとアンコ。それしかないむかしはともかく腐りやすいじゃない。うちのじいちゃんにはキャラメルあげよう。

twitter / Yoshinogi

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 調べてみたら、牡丹と萩にひっかけた駄洒落なんですって。
 春のお供えは牡丹の餅、秋のお供えは萩の餅。
 小豆のつぶつぶを咲き乱れる花にたとえているそうですが。
 というわけで、語源に忠実に記すならば、春のお彼岸には、

「ぼたもち食べた?」

 が、正しいということです。
  にしても、そもそも米とあんこの餅を仏前に供えるという風習の意味がわからないのですが、あんこの赤い色が邪気を払うからとかいうことで、赤飯同様、春が来ためでたい、実りの秋だめでたい、とりあえずめでたいときは小豆。
 そんな程度のことらしい。

 この場合、邪気を払うのも、めでたがるのも「私」であって、お供えとして用意する餅ではあるが、けっきょくのところ食うのも「私」。
 だったら別に、好きなときに食えばいい。
 邪気を払うおまもりの意味ならば、肌身離さず一年中、ポケットにおはぎを入れておくべきだ。そうしてなにかイヤなことがあったら食うのだ。払えなくて身に降りかかってしまったのだから仕方ない。食って身のうちから浄化である。

 おはぎ、を食べたことがないわけでは、ない。
 しかし真剣に、春だから「おはぎ食べた?」の意味がわからなかった。私の祖母は、毎月のように坊主を家に呼んで経をあげさせるくらいに熱心な仏教徒だったけれど、お彼岸だから、ぼた餅食べようかねえ、などという会話をしたおぼえはない。

 思うに、これはただの偶然なのではないか。

 春と秋が過ごしやすい季節であることは明白である。
 そこで墓参りの習慣がつく。
 一方、種まきの時期であり、収穫の時期である。
 農業の国で、餅や団子をみんなで作って食う、というのは自然だ。

 だいたい、赤い色が邪気を払うなどというのは、色そのもの、万物のすべてに力を見出す、八百万の神を崇める神道か、風水の思想を持つ陰陽道の考えかた。それらをさかのぼれば、稲作信仰であり、自然崇拝。
 どこにも仏教なんていない。

 そう考えてみると、先の友人の言葉は、ものすごく正しい。
 私が勝手に調べて「お彼岸」というワードを混ぜ込んでしまったが、そもそもは「春分の日」に餅を食ったかと訊かれたのだった。

 春だからあんこ。

 そこに神などいない。
 強いて言うならば、おはぎ、そのものを崇拝している。
 米、小豆、自然さん、春が来たよ、おいしいよ。

 これもまた「祈り」である。

 オハイオ州立大学のブラッド・ブッシュマン教授の実験によれば、同じように怒りの感情を持ったA群とB群の片方の集団にだけ「祈り」の時間を待たせると、あきらかな怒りの感情抑制効果があったという。
 なぜそうなるのかは推測でしかない。
 しかし、この実験では、参加した学生たちに、見知らぬ末期ガン患者のために祈らせている。
 おそらくは、生きることさえ困難な他者のために祈ることで、生きて健康な自分たちがつまらないことで腹をたてたりするのが、馬鹿らしくなったのだろう。

 毎日、おっぱいを見ると寿命が延びるという説がある。
 それが男性限定なのか、ちゃんとした実験で証明されたのか、詳しいところは忘れたが、その話を聞いて、そりゃそうだろう、と思ったおぼえがある。見るのは、生のおっぱいでなくても、写真でも動画でも、なんでもいい。がっつりエロビデオを観ると効果があるというような話ではなく、もっとチラ見でかまわない。
 要は、部屋にお気に入りのAV女優さんのポスターが貼ってあるのが理想。その彼の毎日の生活において、彼女のおっぱいは生活の一部、というか壁の一部、風景、自然である。

 彼は祈っている。
 毎朝毎晩、彼女のおっぱいの前で両手をあわせる必要などない。
 それはそこにあり、彼はそのことを知っている。

 それこそが、崇拝であり、感謝であり、祈り、だ。

 彼が崇めているのは、可愛いと思ったAV女優さんにのみならず、性というもの、生というもの、ヒトというもの、それを含むこの世のすべて。
 言いかえれば、八百万の神。

 祈りで平穏な日々を送ることができる。
 実験するまでもなく、自分好みのおっぱいまる出しな彼女のでっかいピンナップの前で、なにかにイライラし続けるというのは、困難なことだ。

 恋をすると女性はきれいになる。
 それは女性ホルモンの分泌による効果だとされていたが、近年の研究だと、実際の恋愛でなくても「ときめき」さえ得られれば、それで効果があるのだという。先の彼における、おっぱいのポスターみたいな話で、女性だって胸筋と乳頭まる出しガチムチな彼のポスターを貼っておけばエストロゲン出まくり、というなら簡単なのだが、どうやら、男性における女性のおっぱいのように、それさえ見ておけば心の平穏が得られる、という画一的なものが女性にはないらしい。

 なにを根拠に、らしい、などと書くのかと言えば、男女のエロ同人誌の作りを見てみれば、である。男性向けエロ同人誌で

「このキャラがあのヒロインを!」

 などというところにこだわることは、まずない。

「あのヒロインが」

 なにをされているかであり、どう反応しているかだけに興味が向く。
 かたや、女性向けは

「だれが、だれを」

 そこが重要(なのですよね?)。

 どちらも八百万の神を信仰してはいるのだけれど、どうも脳の作りがちがう。

 これを「祈り」に当てはめてみると。
 男性は、抽象的な世界平和などを本気で祈ることができるが、女性は、平和な土地に暮らすだれかのために祈る……この性差こそ、男性が戦争を起こすということの説明にさえなりそう。

 オンナのおっぱいのために死ねるオトコ。
 オトコならなんでもいいというわけにはいかないオンナ。

 単純に世界を回すのは無節操なおっぱい好きが得意そうだけれど、地球の裏側にも実際に生きた人間が住んで生きているのだと、当たり前に感じることのできる性に、もっと世界をゆだねたら、本気で戦争は減りそうな気もする。

 と、まあ。
 いつものことで、話が逸れまくりましたが。

 おじいちゃんとおばあちゃんには、このようなお供え物を。

Ohigan

 じいちゃんはキャラメルよりも酒が好きでしたし、ばあちゃんはなにが好きってわけでもなく甘い物が好きだったので、たっぷり桃ゼリーなんか、ベタだけれど破顔することでしょう。

 死んだヒトは食べません。
 それは私の「祈り」なので、私の好み。
 おかげで心は平穏。
 帰って動くおっぱいを観よう。

 おはぎは食べませんでした。
 あんまり、あんこ、好きじゃない。
 それも私の好みです。
 祈りとは、関係ない。

ohagi

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クロムハーツ ネックレス  クロムハーツ ネックレス  2013/10/23 14:03
『とかげの月/徒然』 『おはぎ、もしくは、おっぱい、祈り』のこと。