最近の記事

スポンサードリンク

月別アーカイブ

『革の折り目とファスナーの魂』の話。


 女性は銃を脇に吊らないので右手を上着の中へ入れやすくする必要がない、という消極的な理由による説と、ボタンが普及した当時、それは貴族階級のもので、貴族とはいえ男性は自分でボタンを留めるから左手はボタンを持つだけで済む右前が標準になり、女性はメイドに服を着付けられるので、メイド視点でボタンが留めやすいように男性とは真逆になった、という説がある。


とかげの月 / 徒然
『どっちでもいいカタチ』の話。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 アメリカンなバイクに乗っている者の義務というかなんというか、動物の皮でできた衣服をみずから着て普及をはかる一員である。

 という目的にはそぐわないのだが、いまも牛革のジャケットを着ている。

 家のなかだ。
 だれにも見られていない。
 あたたかい、という理由もある。

 真夏にバイクって暑くないのと乗らない人は言うが、単純な話、時速40キロは、風速で表すと秒速10mちょっとになる。天気予報では、風速10mの日は強風注意報が出る。

 つまり、信号で止まらないかぎり、強風注意報発令なみの風を出す扇風機の前にずっといるのと同じこと。太陽の熱からは逃げられないが、自分の足で歩いている人たちが「この暑いのにバイクって……」と眉根を寄せるほどには暑くない。こっちは巨大扇風機の前だ。きみたちのほうが日傘ごときで倒れてしまわないかい?

 同様の理由によって、真冬のバイクは、必要以上に寒い。
 前傾姿勢にならない、ふんぞり返ったアメリカンスタイルだと、それはもう拷問である。この狭い島国でさえそうなのだから、広大な敷地を持つ本場アメリカで、ちょっとそこの店まで数十キロなどという状況では、買い物に行くくらいならばホットミルクは我慢しよう、などということになり、買い置きしてあるビールをホットで、なんて方向へ走ってしまうのかもしれない。

 馬の代わりにバイクに乗りはじめたが、速いって寒いんだねと気づいたカウボーイたちは、この問題をどうしようかと周りを見回して、画期的な発見をする。

「おれたちが追っかけてるカウって寒いのに震えてねえよな」

 で、牛の皮を剥いで、着てみたら。
 あったかい。

 詳しいことは知らないが、おおむねそういった流れでバイクには革ジャンということになったのか、それとも第二次世界大戦で支給された革の防寒着を、グレた帰還兵たちが着たまま暴れ回ったせいなのか、そんなアメリカを描写した『乱暴者』のマーロン・ブランド・スタイルが流行っただけか。

THE WILD ONE

 ともかく、アメリカンなバイク乗りたちは、広大な土地を革ジャン姿で走り回るようになり、そうなると、モノは改良されてゆくものである。

 これを書いているのは、B5サイズのノートパソコンなのだけれど、さっきからうるさい。

 いま着ているのは、いわゆる俗に呼ぶシングルライダースという形状のジャケット。袖口にジッパーがついている。ジッパー? ファスナーか。なんにせよ、大振りなそれがついている。言うまでもなく、巨大扇風機の発する風が、袖口から入ってこないように絞るための改良に改良を重ねられた果ての装置なのだが、これがテーブルの端に当たる。

 ちゃりちゃりちゃりちゃり。

 鳴るのである。
 とても耳障りだ。

 それなのになぜ、室内で革ジャンを着ているかといえば、私の買うモノがたいていにおいて高級品とは呼べないものだから。まんまアメリカで売っているそのままの、無印な叩き売りバッファローのジャケットを一年吊り下げていたのだが、まだ袖の折り目が消えない。きっと畳んでコンテナに詰めこんで輸入したのだろう。おかげで目を疑うような価格ではあったのだけれど、けっきょくのところ、買った昨年はいちども着て外に出ていないので、お得なのかなんなのか。

 着れば馴染むというのはわかっている。しかし、我が家の玄関に何着かの革ジャンが吊ってあって、それらはすでに、もう一枚の皮膚のように私を包んでくれる。そいつらにあえて袖を通さず、ごわごわして動きにくくて、いかにも折りたたんで棚に山積みでしたよ、と主張しているバッファローを着て出る気には到底なれない。だが、こと防寒性となれば、さすが分厚い革はセーターやフリースなんかの比ではなく、さして動きまわるわけでもない執筆作業のあいだ、こうして着ているわけである。

 冷静に書いてみて大変なことに気づいた。
 さして動きまわるわけではない、のでは、革が我が身に馴染むこともなく、一年ハンガーに吊って消えなかった折り目が、人間型の生ぬるいハンガーに移動したところで、劇的に解消されるわけもない。
 私は無駄なことをしているのだろうか。

 と、まあ。
 こういう、乳繰りあいながら己の相棒に育てていくのが革の良いところでして。今年も着ないかもしれないが、そのうち折り目も消えていい感じになることでしょう。前にバイクで転んだときに書いたことがありましたが、玄関に吊ってある革ジャンの一枚は、祖父の遺品です。転んだこともあって傷だらけだが、そんなこんなで身に馴染む、お気に入り。いま、試行錯誤しているこの時間も、新品くんを私色に染める過程なのです。寝押しでもしてみようか。いっそ脱いで、袖を、座っている尻の下敷きにするというのはどうだ。やってみよう。

 ……なんの話か。
 安い革ジャンの折りたたまれてしまったシワを取る話ではない。

 日本語のサイズ表記がない、アメリカで売ってたのそのまま、というジャケットと、海外で作られてはいるけれど、日本のブランド名が入った同じような型のライダースを、着たり脱いだりしていると、気づく。

 ファスナーが、逆。

 前開きで、あの、一番下をかちゃっと合わせて閉めるファスナーの話です。前を開けたとき、日本の服は、引っぱりあげる「つまみ」の部分が、私から見て左についている。そこに、右のなにもついていない先を差し込み、引き上げる。
 日本の服は、すべて、そう。

(補足。「つまみ」の正式呼称は「スライダー」。差し込むのは「蝶棒」だそう。なぜ、蝶?)

 いや、どうやら、世界のほとんどでスライダーは左であるらしい。イタリアとフランスのAmazonを確認したところでは、日本と同じ側だった。その他の国々でも左が主流だと某ジッパーメーカーさんのサイトに記述あり。

 となると。
 アメリカだ。
 私のクローゼットにも、革ジャン以外のアメリカンブランドのものはあるが、どれもスライダーは左である。どうやら、それらは日本展開用の製品であるらしい。つまり、メイド・イン・アメリカであるかどうかということではなく、アメリカの人々のために作られた製品は、右にスライダーがついているということ。

 そこで、前に書いた、それを思い出した。

 女性の洋服が左前なのは、メイド愛。

 そっちの話は、前に書いたように、ブラチラとカーセックスの問題もあって、もういちどは語らない。ではなくて、男性用の洋服のこと。

 ボタンを自分で留めやすいから右前?
 それとも。

 ファスナーのスライダーが、右についていようと、左についていようと、不都合はない。事実、日本の仕様に馴れた私だが、数着しか所有しない逆蝶棒のファスナーを閉めるときに(違和感はあるにせよ)手間取るということはない。
 そして、世界は、日本と同じ側に差し込む。

 アメリカのメーカーは、日本の私に売るために作ったものは、わざわざ自分たち用とは逆のファスナーを使ってしつらえているということになる。それは、輸出国としてどうなのか。たいした問題ではないのに、なぜ自分たちに向けてだけ、右スライダーなのか。手間だ。コストもかさむ。

 その理由を、いま、アメリカンジャンパーを着たまま、ノートパソコンをあつかい、その途中で、ipodを持って台所へ晩ご飯の下ごしらえをしに行って、確信した。

 ボタンを自分で留めやすいから右前?
 それとも。

 いいえ、武器の問題。 

 右利きの人間が、ジャケットの左ポケットにモノを入れている、もしくは左のわきの下にホルスターを吊っている、そういう場合。

 ちゃりちゃりちゃりちゃり。

 確実に左スライダーだと、鳴る。
 ipodのボリュームを調整すると鳴る。
 銃を取り出そうと、前を開けたジャケットの左側を浮かせただけで鳴る。

 彼らにとって、それが。
 「たいした問題」
 だったということである。

 相手を撃つ前に、気取られるから。

 そういう理由を確信したのですが。
 でも、けっきょく、ライダースだと袖のスライダーが鳴る。
 意味ない、説。
 もとは絶対に銃が理由。
 でもいまでは、形を守っているにすぎない。

 常に相手を撃つことを考えてきた。
 同時に、あたたかく走ることも考えてきた。

 結果、アメリカンバイク乗りの代名詞のようになった革ジャンは、合理的には説明できない矛盾を抱えたまま、化学合成繊維の時代に生き残っている。

 なんだかなあ、と思いますが。
 よく考えてみれば、私も接客研修で教わったことがある。

 お茶は右から、とか、右手の上に左手を、とか。
 相手の刀を邪魔しないように、自分の右手が刀を抜けないように。

 うちらだって、斬ることばっかり考えてきた。
  
 そういうのを忘れずにいることで、平和の世に矛盾が生じても、魂だけは生き残る。
 アメリカの戦争を罵倒し大和魂を叫び歌う長渕剛がハーレーに革ジャンで登場した、というスベらない話がありましたが、それでいいんだと思います。ちょっとした左右の違いを矯正できない魂の問題はあるものの、相手に合わせる柔軟さは持ち、よけりゃ買う。腹が立つことは叫ぶし、愛すれば抱く。

 そんなこんなで、袖の上に座ったまま書き終える。
 果たして折り線は消えるのか。
 消えるまでは着て出ない。
 アイロンかけたら一発だよと、服飾業界に働く友人が言うのですが。
 なんかなあ。
 そういうのはズルい気がする。
 これは、こいつとオレとの勝負なんだよ。

 そう。
 魂の問題。

Fastener

TRACKBACK http://yoshinogi.blog42.fc2.com/tb.php/466-f19b8623