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『熟しもの愛でしこそ未熟をも』の話。



Narezushi

なれずし、である。
知る人ぞ知る和歌山市海沿いの某食堂の作。
義母が紀州で花屋を営んでいるので、
遊びに行くと、あっちやこっちやと、
知った店を訪れることになる。

「たくみさんいうの、娘の旦那さんなんよ」

というところから話ははじまるのだが、
いつだってその後は私の話などせず、
店主同士で近所の噂話。
放っておかれる横で、
こういうモノを頂戴している。

「おいしいか?」

エエ、思ったよりクセがなくて。
あはは、しらんヒトは身構えるよね。
じゅくじゅしたのやと思ったん?

「あ、そっちも平気よ、ねえ。
たくみさん、よう酒飲むんやし」

はあ、というような返事を返すのだが。
そこでまた放置。
けっきょく、なんの話だったのか、
よくわからなかったのだけれども。
あとになって知った。
なれずし、むかしは熟れ寿司と書いたのが、
いまでは、馴れ寿司という表記が主流なんだとか。
店によっては、数十年物の寿司!?
というものを、いまでも売っているという。
酢飯に青魚をのせ、ダンチクの葉でくるむ。
ダンチクとは暖竹と書く名の通り、
熱帯に生息する竹である。良い匂いがする。
そして放置。
冷凍庫のない時代、
青魚をどうにか保存しようとはじめたのだろうが、
数週間後には発酵し、さらには幾年月。
時間の作用で、現代の寿司とは別物の、
米が溶けたヨーグルト状のものと、
原形をとどめない青魚のまじった食品になる。
むろんのこと、臭い。
が、酒飲みならよろこんで食うというのが通説で。
しかしまて。
そもそもが保存のための食品なのに、
それは酒飲みであっても箸の先で突き崩して、
舐めるように食うものに仕上がっている。
だれかがどこかで間違えたのだろう。
確かに腐ってはいないのだが、
保存食としてはかなりキワモノ。
作ったはいいが食べきれず、
それで老舗には何十年物の熟れ寿司が、
残っていたりするのに違いない。
対して、いまの紀州名物、馴れ寿司は。
ひと晩、馴らしただけ。
私が食べたのも、冷蔵庫で冷やしてあった。
発酵なんてしていない。
ダンチクの独特な香りと、ショウガの酸味。
ふつうに美味い押し寿司。
カタチだけが残ったのだ。
紀州には、葉でくるんだ変わった寿司がある。
食ったらおどろくぜえ、と。
それがいつしか、客の数をさばくうち、
気づく。
おどろかせたところでリピーターは得られない。
ここは客をよろこばせる方向で。
カタチだけ、熟れ寿司。
でも中身は、現代の寿司。
ダンチクの匂いだけを、馴らして。
かくして、目論見通りの名物になった。
何十年、寝かす必要はない。
客の入りを見て数の調整さえできる。
なにより、バクバク食える。
売れるはずである。
でも、少しだけ、想う。
紀州のなれずし、が、かつて客を呼んだのは。
やっぱり、腐らない青魚料理だったから。
いまや、その奇跡のバランスで
熟れ寿司を新たに仕込んでいる店は数えるほど。
遠くない未来、人類は熟れ寿司を失う。
熟れ寿司のレシピが残っていたって、意味がない。
だれかが美味そうに食っているから、味は伝わる。
熟れ寿司の消えた未来で、レシピにそってだれかが作る。
たぶん食べて、顔をしかめる。
冷凍庫のない時代は大変でしたねえ。
だれも美味いとは感じられない。
美味い馴れ寿司が残るんだし。
なれずしの名が残るだけで、いいんだけれど。
そのとき、消えたのは熟れ寿司だけではなく、
ある種の人類の一派。
淘汰されていく、それが進化。
わかってはいるけれど。

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・あした健康診断があるのでアルコールを禁止されていて、ボージョレを買ってきたのだが目の前に置き、ももクロと嵐がじゃれあっているのを眺めながらサラダを食べている。

twitter / Yoshinogi

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 で、翌日。
 戻ってきました。

 健康診断は、血圧の高さに四回も測りなおされました。測るごとに下がっていくのな。それはつまり、目の前の看護士さんに馴れていくということなんですけれども。いや、あなたが魅力的すぎて心臓の高鳴りが、とか言いたいところですが、もうねえ、ダメなんですよ、ああいう謎な機械がいっぱいあるところにいくと、自分でも興奮しているのがわかるんだもの。みんなが並んで血を抜かれていたりするんですよ。なんという非日常。猥褻とは主観であって客観的には存在しないという言葉がありますが、いよいよ自分の番だ、測られるよ、抜かれるよ、なんて思うと、昂ぶってしまいます。

「家で血圧測ったりされます?」
「ええ。でもこれは見たことない数値です」

 その会話がもう、いま私はあなたに縛られてどんなに興奮しているかという告白にほかならない。

 ちなみに問診では、

「体重は意識的に落としているんですか?」

 と訊かれ。

「私の理想だった三沢光晴が逝ってから、プロレス界の潮流として絞る方向に進んでいるのです」

 と答えようかと思いましたが、理解されなさそうなのでやめておきました。どうも先生は、仕事がきつくて、という答えを期待しているようだったので。問診の内容が上層部に報告されるのだとすれば、毎日、プロレスを観ながら筋トレして食事しているので出てくる選手の体型にモロに影響されているのだとか知れた日には、むしろこいつには与えている仕事がゆるすぎるんじゃないかとか判断されかねませんし。

 ともかく。
 血圧が高くても、去年よりも体重が落ちている人はなにも訊かれない昨今の風潮。流れ作業で脱がされて貼りつけられて飲まされて撮られて。あれやこれやありながら、滞りなく終了。

 さあこれでボージョレヌーヴォーが飲める。

 わーい。
 と、言ってみる。

 でも。ねえ。
 山積みになっているから毎年のように買ってしまうのだが、よく考えてみれば、私はふだんからワインを飲むのであって、しかも重い赤が好き。

 ワインは、ブドウを発酵させたお酒です。

 よく、高級な食材の代名詞のように、何十年物の赤ワインなんて言われますが、そもそもボージョレヌーヴォーというのも「ボージョレ地方の今年の新酒」の意味であって、要は、その年に採れたブドウの質を見るためのもの。

 健康診断で抜かれた血のようなもの。

 それによって、何十年か経ってから「2012年モノは寒暖の差が激しくおもしろい甘みが加わっているのです」などと、したり顔で語る。そのための過去ログなのですが。

 そんなのが、極東の島国で深夜でも開いているスーパーなどで、山積みになっている。どれだけブドウ採れたんだ。未来に向けて熟成させるぶんは、ちゃんと残っているのだろうかと心配になるくらい。ボージョレ地方って、どれだけ広いんだ。

 調べてみると、実にざっくりした計算結果ではあるが、120000000畳ほどらしい。
 一億二千万畳である。
 奇しくも、日本の総人口のおよそ数と一致する。
 むろん、畳数でワインの産地を測っている段階で、私の計算は恣意的である(笑)。
 喪われたマヤ文明の呪いだとかなんだとか、こじつけないように。

 しかし、想像すると、なかなか広い。
 日本国の全員が、ひとり一枚の畳を割り当てられるということだから、子供だっているし、ふたりでひとつのように抱きあって眠るカップルだって多いだろうし、なかには三人以上でひとつ以下のようにという愛の国の人たちだって少なくはないだろうし、すなわちボージョレ地方があれば、日本人は全員眠れるということである。

 その広さの土地が、ブドウだらけ。

 ワインが人類と同じほど古い酒といわれるのは、別に人が手をかさなくても、野生のブドウはワインになってしまうからである。ブドウの表面に棲む天然酵母が、果汁と混ざると発酵がはじまる。ということは、べつにもがなくても、熟れて地面に落ちたじゅくじゅくのブドウたちだって、ワインになっているということだ。

 もちろん、地面に落ちたら土に吸われてしまうし、人が育てなければ現在のように密生したブドウ畑なんてものはありえないのだけれど、ワインがブドウだけからできている以上、そういうことを考えるとSFチックな想像が膨らんでしまう。

 ワインでブドウの樹は育たないのか。
 育つのだとしたら、土ではなく吸水ポリマーなどを使って、無水でブドウの樹を育てれば、永遠に循環するワイン畑ができるのではないだろうか。

 そこに人の手は、いらない。

 実現すれば、ある種のユートピアだ。
 さんさんと降る人工太陽の日差しの下、永久に枯れることのないワインの一億二千万畳プールに浮かび続けることができる。

 ただし、そこでは、熟成はない。
 できたワインはブドウの樹も飲むから、いつだってそのプールに溜まっているのは、ヌーヴォーである。清々しく、野性味あふれた、香り高いものではあろう。

 が。

 フルボディの寝かせたワインを知ってしまっている私は、きっといつか、それをやらざるをえなくなる。すなわち、悠久の枯れないワインの湖から、すくいとったワインを樽に詰め、何十年後かに飲むため、取っておくのである。私に寿命がある以上、それほど重く熟成したものにはならないだろう。それでも、私はそれをはじめ、いつしか毎日、毎月、毎年、樽詰めの作業を続けることになる。

 テレビのなかで有安杏果が自分の左手親指を切り落とそうとしているのをひやりとした思いで見つめながら、視界の隅に鎮座ましますボージョレヌーヴォーに、そんなことを夢想した。

 産まれ年のワインが簡単に買える。
 スーパーで買える安ワインでさえ、個人では所有不可能な巨大タンクで寝かされている。

 だからこそ、さっき採れたブドウで作った若いワイン。
 味を見て、何十年か後に語るためではなく。
 ワインって、そういうものなんだ。
 わかるのが、うれしくて。

 馴れ寿司は、発酵も熟成もされていない。
 けれど、熟れ寿司あってのもの。
 それを知ったうえでの、味。

 味とは多分に、そういうもの。

 だれかの陰謀かと疑うようなタイミングで断酒させられたが、おかげで解禁日には眺めるだけだったボトルに、ボージョレヌーヴォーの正しい味わいかたをしたのだと強がってみる。

 今年もブドウが採れました。
 ワイン飲みなら、それを祝え。
 くすくす笑って、若いなあ、これなにブドウジュース?
 ちょっと寝かせたほうがいいんじゃないの、なんて。

 そう、それが正しい、たしなみかた。
 未熟しか愛せないのは歪んだ性癖。
 熟寿司熟葡萄酒を愛でしこそ、未熟をも。

 寿司を発酵させなくても保存できるようになった人類の科学に。
 ワインを熟成させないことに悦楽を見いだせる歴史の余裕に。

 したり顔で乾杯してくる。
 そろそろ日も暮れたし。




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