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『鶏もも肉の迷迭香焼き』のこと。



Rosmarinus

迷迭香……めいてつこう、と読む。
同じ字で、まんねんろう、と読めば花の名。
この緑色の枝のあちこちに咲く可憐な花の名である。
しかし、めいてつこう、と読むとき、
それが指すのは、トゲトゲした葉のことだ。
漢方薬である。
煎じて飲めば、
頭が冴え、胃腸を整え、鬱が改善する、という。
実際、アルツハイマーの進行を遅らせる効果がある
との論文まで存在するのである。
ところですべての薬には副作用がある。
迷迭香をポットに入れてお湯を注ぎ、
飲んでおいしいというだけならばよいが、
効能をうたうことのできる身だ。
量を摂れば、毒になる。
以前書いたことだが、
パエリアに使うサフランのめしべの致死量は
20グラムだそうで、
そのむかしは、堕胎を望んで台所のサフランを
飲んだ彼女もいたという。
サフランの花は、植木鉢に数輪がせいぜい。
そんな量からとれるめしべなどでは、
ごはんは色づかないし、毒にもならない。
でも、この迷迭香ときたら。
わっさわさ増える。
そういうわけで、
庭から摘んできたそれを、
洗って乾かしているところ。
花は、いらないのでむしりとる。
きれいな緑だけを残し、
このまま風通しの良い場所で乾燥。
触れるとぱらぱら葉が落ちるくらいまで乾いたら、
その葉を集めて、瓶に詰めて冷蔵庫へ。
もちろん、毒として飲むためじゃない。
記憶障害や、鬱の持病もない。
漢方薬としてではなく、
私はこのシソ科の植物で、
燻したチキンのソテーが大好きなのだ。
わざわざそうやって迷迭香の匂いをつけた鶏肉を、
マリネだとか、ピザだとかの具にすることも多い。
とてもきつい匂いがする。
味わい慣れてしまうと、だから禁断症状が出る。
クセのある香りに惚れてしまうと、ほかでは物足りない。
愛とは多分にそういうもの。
深く堕ちすぎれば毒になるけれど、
浅く舐めるならば媚薬として作用する。
そんな気分も込め、私はこの草を、
めいてつこう、と呼んでいるが。
お近くの植物販売店では、
ローズマリーという名で売っています。
その名で呼ぶと、ホラー小説を想い出すんだよな。
実際、その小説が映画化される以前は、
地域によってはメジャーな名前だったようである。
しかし、こんな臭い草の名を、
女の子につけるなんてなあ……
匂いを嫌悪しない文化なんでしょうね、きっと。
むしろそこに愛される要素をみる。
わかります。

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 ただひとこと、『ローズマリーの赤ちゃん』は、どんなものであれ一般大衆小説を書こうとする者には、絶対の必読書だと言っておこう。

koontz

 ディーン・R・クーンツ 『ベストセラー小説の書き方』

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 映画が有名な『ローズマリーの赤ちゃん』ですが。
 師クーンツも絶賛しているように、原作小説こそ、ほとんどユーモアと呼んでいい域にまで練り込まれた「韻を踏みながら少しずつ狂っていく」リズムある文体によって、物語もさることながら、作品に漂う雰囲気そのものが忘れがたい印象をかもしだしている名作。

 で、私は、ローズマリーと口にすると、まずは、ちょっとおバカな妊婦を想像してしまう。変わった首飾りを下げ、夫を信じきり、隣人にコントロールされ、あげく黄色い猫の目をした息子にほほえみかけてしまう、可愛らしさがすぎて悪魔の母親になった少女のような女性。

 その物語自体が、彼女の妄想であるという読み方もできなくはなく、映画ではけっきょく最後まで赤ん坊を映さないことでそのあたりの恐怖を盛りあげていたが、それにしたってローズマリーが首に下げていたペンダントから、放たれる匂いまでもが彼女の嗅いだ幻臭であるとは思えない。ローズマリー嬢は確かに未発達な精神を持つかわいそうな妊婦ではあるものの、もしもそこに狂気が顕れたのであれば、原因は、ほとんど唯一の「妄想ではありえない」物質である、幸運のペンダントの内部に納められた、それであることは疑う余地がない。

 タニス、と作中では表記されている。

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「タニス?」と、ハッチがくり返した。「初耳だな。〝アニス〟か〝オーリスの根〟のことじゃないのかね?」
 ローマンが引き取って、「タニス」と言った。
「これよ」と、ローズマリーは薬玉を引き出した。「幸運のおまじないにもなる、という話よ。気を確かにしてよ、この臭い、ちょっと慣れが必要だから」そして薬玉を差し出し、身を乗り出してハッチに近づけた。


 アイラ・レヴィン 『ローズマリーの赤ちゃん

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 幸運のおまじないにもなる、という程度の根拠で、気を確かにしていないと脳天を撃ち抜かれるような異臭のする薬玉のペンダントを妊婦が肌身離さず身につけている。この作品の中ほどに出てくる描写によって、読者は、こりゃあなにか中毒性のある薬物なのかな、と疑いを持つ。

 で、タニスってなに。

 その名で調べても、該当する植物はない。だが、作中に「タニスの根」という表現と、別名「悪魔の胡椒」とも呼ばれる、という具体的な説明があることから、作者の適当な思いつきによる創作植物ではないようだ。

 悪魔の胡椒、という特徴的な別名から、タニスはおそらく、

「Snake-root devil-pepper」

 のことであろうと思われる。
 和名では、

「印度蛇木」

 インドジャボク。
 インドに群生する、根が蛇のように奇怪な形をした木だという。

 いわゆる漢方薬としては使わない。
 ただし、インドでは薬効のある野草として使用されている事実があるようだ。
 なんに効くのかといえば。

 精神病の治療。

 化学的には解熱や血圧降下の成分を有するらしいが、心の病に効くなんていう文献はなく、そんな分野でめざましい効果があるのなら、インドに生える蛇の根を持つ木、などといういかにも高く売れそうな素材を、かの国が漢方として珍重しないわけがない。それが為されていないということは、おそらくだが、実際的な効能はないのである。

 だが、現地では使われている。
 そして『ローズマリーの赤ちゃん』の記述。

 まったくの推測ではあるが。
 アイラ・レヴィンが、タニス=印度蛇木の根として書いたのであり、事前にいくらかの資料を集めたのだとしたら。

 印度蛇木は、実際に、ひどい臭いなのではないだろうか。
 それはもう、心を病んだ者に、飲み続けさせれば、その臭いに脳天を貫かれるのがイヤで、心のありようまで正されてしまうような。
 気付け薬としての、臭いの効能があるのではないか。

 心の病も治すほどに臭い。

 それを首からぶら下げていれば、悪魔も産める。

 嗅いだことはない。
 なのにローズマリーと聞くと、まずは天然少女妊婦、そして薬玉のペンダント、行きついて幻想のタニス臭を想像してしまい、遠くから、なにか嗅げた気がしてしまうのです。
 だからこれは。

「鶏もも肉の迷迭香焼き」

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○材料

鶏もも肉 一枚
迷迭香 適宜
塩 少々
ブラックペッパー 少々

○作り方

まぶして焼きます。
迷迭香は焼けて炭になり、黒魔術の儀式のごとく、もうもうと煙が立ちのぼりますので、フライパン(鉄製推奨)にしっかりフタをして下さい。
つまりは簡易な燻製です。
とことん強火で。
焦げるまで。

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Rosmarinus2

 ちょっとずつナイフで切りとって、
 タバスコなどふりかけ、
 クラッカーにのせたりして。

 ローズマリーの匂いがクセになるのは、それ本来の匂いのせいか、それともタニスへの連想のせいなのか、私自身もわからなくなっている。迷迭香焼きとごまかしたところで、ごまかしたからこそ、ローズマリーを意識する。でも、だけれども、好きになる匂い、などというものは、すべからくそういうものじゃないかな、とも思う。無垢な赤ん坊は、だれか愛しく近しいひとがそれを飲んでいるのを目にしなくても、いつかコーヒーの匂いを自然と好きになるだろうか。
 
 というわけで、鶏もも肉の迷迭香焼きを食すあなたには、ぜひとも『ローズマリーの赤ちゃん』を、読んでおいていただきたい。それなくして、たぶん、あなたが食べるそれと私が食べるそれは、別ものになってしまうから。

 匂いは味の主要な一部。
 そして匂いとは想い。
 臭ささえも、例外ではなく。

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 バケツに湯を張ったところへ、エバ・ポシダスが一握りのローズマリーを持って戸口に現れた。「これ、いい匂い」彼女は手をわたしの鼻へ近づけた。「こうやって」両手で葉をすり潰した。「ベンタナに置くんだよ」葉を窓敷居の上にばらまいた。「そうすればきれいに取り除ける」
「ありがとう、エバおばさん」ローズマリーで何を取り除けるんだろうと考えながら、わたしは礼を言った。

Laurie Lynn Drummound

 ローリー・リン・ドラモンド
 『わたしがいた場所』
 (『あなたに不利な証拠として』収載)

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 頭が冴え、鬱が改善、アルツハイマー予防。
 現代になって解明されつつある効能は、メキシコの片田舎で古くから「とりのぞける」とされてきた効果に合致する。その香りだけで、もしかするといくらか幻は晴れ、現実が見えるようになるのかもしれない。

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クロムハーツ リング  クロムハーツ リング  2013/10/23 14:03
『とかげの月/徒然』 『鶏もも肉の迷迭香焼き』のこと。