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『完全なるあさりの砂抜き』のこと。


Philippinarum

半額になったアサリを山ほど買ってきます。
半額神さまがシール貼りに出てくるくらいですから、
買うのはスーパーマーケットです。
パック入りのアサリは塩抜き済みです。
でも念のため。
濃いめの塩水につけます。
カップ1の水に小さじ1くらいの塩。
その塩水に、アサリ水没。
なにしろ半額シール貼っている時間。
眠いので、冷蔵庫にひと晩放置します。
なにしろ半額シール貼っている身。
死んでいるのも多いでしょう。
この行為は気休めにすぎません。
だいたい冷蔵庫の温度では、
生きていたのも仮死状態化するはず。
しかし翌朝、水を見れば、
砂だけでなくいろいろと浮いている。
水を換え、ざるにこすりつけるように、
シャカシャカ洗います。
水を切ります。
そしておもむろに、
片手でぐわしと握れるくらいを取ってはジップロックへ。
くるくると丸めて棒状にして、冷凍庫へ。
……こういうことを。
月一くらいでやります。
おもにパエリアのため。
鶏肉は冷凍が常備されていて、キノコも絶やさない。
パプリカとかニンニクの芽とか、冷凍があるし、
タコ焼きの残りのタコとか、
イカやエビもいつの間にかあったりする。
ただ、アサリは買わないと、ほとんどほかで使わない。
味噌汁に貝は入れない。
酒蒸しとかも作らない。
私、カラを取らないと食べられないもの、苦手だ。
カニも、ミカンも、お呼ばれして食べることはあるが、
自分で選んで食べることはない。
うん。パエリアに載せるエビも、剥き身がいい。
そもそも私は食事のとき、おしぼりを欠かさない。
自宅でも、なにかを触れたら指先を拭く。
潔癖症っぽいが、たんにグラスに指紋がつくのがイヤなのだ。
メガネ好きでもあるので、無意識に触ったメガネに
アブラがつくとかいうのもイヤである。
そんなだから、パエリアに載せたアサリも、
食べる前にぜんぶ剥いてカラを捨てる。
剥きながら食べるとか、ありえない。
だったら使わなければいいじゃないというところだが……
パエリアにアサリは必須なのである。
困ったものだ。
だから冷凍する。
凍ったままダッチオ-ブンにぶっこむ。
好きじゃない。
でもやつらの旨味ときたら……
くそお、というところなのだった。
いや違う、好きじゃない。
これは好きってことじゃなくて。
ないと寂しい。
それだけのこと。

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 しかし、この場合、問題になるのが砂である。
 言いたくはないが、経験上、私が使うスーパーのなかでも、ダイエーのアサリの砂抜きは甘い。パッケージにも「抜いてあるがいちおう」ご家庭で砂抜きしてくださいと書いてあるところにもう、逃げ根性が見える。

 それが、さらに半額神さまのシールを貼りたもうたものであったりすると、その「ご家庭での砂抜き」がままならない。なにせ、アサリの側に、もはや砂を吐く活きが残っていない場合が多いのだ。

BEN-10

(余談だが、私も月明けには半額神と化すことがあり、期限間近の米や菓子などにぺったかぺったか半額シールを貼っていると、これは安くならないのかと詰め寄られることがある。そんなことを言われたところで純粋に鮮度の問題なので、半額神は神だというけれど、なんの裁量もない。同じようなパターンで、毎年のように詰め寄られるのが「売れ残っているストーブが安くなると思って買い控えていたのに」という方々。これはもう、同情するしかないのだけれど、そんなシーズン終わりに店頭に箱で残っている商品は、メーカー側から残ったら返品してくれていいからギリまで置いておいて、とあずけられた類のものである。で、半額になるのを待っている人たちは、それが店頭から消えたら詰め寄ってくる。返品しましたまた来年。そんなんやったらそう書いとけや、とキレる方が本当にいるから大阪地方の怖いところですけれど、それもまた風物詩)

 と、書いてからが要なのだけれど。

 私、そのむかし、和食の店で働いていたことがあります。
 料理のイロハを教えてくれたのは、一年の半分は大型船のコックをやっているというヒトで、一年のもう半分は、陸のうえで腕が鈍らないように包丁を握っているのでした。店の方針として「いかに少ない量を多く魅せるか」というところに重点が置かれていたのに、私がそのひとから学んだのは、刺身はどれぐらいの厚さで切ればうまいか、というようなことであり、大量のアサリを確実に砂抜きするにはどうすればいいか、というようなことでした。なにせ、船のうえだと、船員は食事が唯一の楽しみというヒトも多く、その食事でアサリがジャリッ、なんていう日には、刺されても文句は言えないという。

 で、さっき私も「砂を吐く活き」なんてことを書きましたが、これがまずまどろっこしいし不確実。実際、アサリは水を吸っては吐きをくりかえしているので、海水的塩分濃度の水に入れておけば、吸っては吐きで砂が出てくるのですけれど、この砂、そもそも、アサリの内臓のなかにあったものではないんだとか。まあ、言われてみれば当たり前ですね。小さな砂粒でも、アサリの体長からしてみれば、人間がレンガブロックを飲みこむようなもの。わざわざそんなことをする意味がありません。

 つまり。
 アサリは砂を吐くのではない。

 呼吸するときに貝が開くので、そのくりかえしと水の流れで、貝殻と身の隙間にもぐりこんでいた砂が出てくるというだけ。なんなら、ボールにアサリをいっぱい入れて、塩ばらまいて、ボールのまわりに白い紙を敷いてみい、と師匠は言いました。吐き出す水に砂は入ってないんや。私は試さなかった。たぶん師匠は試したのだろうから。刺されていないのだから、きっと正しいのです。ぴゅっぴゅとアサリが吐く水に混じって砂が出てくるわけではない。

 なので、たとえばいちばん確実なのは。

「殻を剥いて洗うこと」

 よく、冷凍の剥き身パックなんかがありますが、あれって砂を出す行程はおこなわず、剥いてから流水で洗っているそうで。だから、米とは別にアサリを調理し、それを剥き身で混ぜ込むようなアサリご飯などは、確実に砂のないアサリメニューとなる。

 とはいえ、アサリといえばカラ。
 貝殻のまま、皿に並べたいじゃないですか。
 ましてパエリアなんて、その見た目こそが出オチなところがある。

 というわけで。
 例題として、このレシピを使いましょう。

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『ユウキ食品パエリアの素で作るパエリア』の話。

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●作り方
1 フライパン(私は28CMテフロン加工のものを愛用)を強火で30秒加熱。
2 オリーブオイルを入れて10秒後、アサリを入れ、ぜんぶの貝が開くまで炒める。
3 アサリだけを抜き取り、残った炒め汁にニンニクを入れ、香りが立ったところでタマネギを加え1分炒めたところで適当に切った鶏肉を加え、肉の色が変わるまで炒める(トマトを加えるならここで)。
4 白ワイン、水の順に加え、パエリアの素を投入。
5 沸騰したら中火にし、米を加え、底からはがすように1分かき混ぜる。
6 中火のまま、トッピング用の野菜を米の上にのせ、フタをして5分炊く。
7 フタを閉じたまま、火加減を弱火に調整、15分炊く。
8 火を止め、アサリを散らし、3分蒸らす。

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 このレシピの「3」の冒頭に補足します。

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3 漉し器、もしくはキッチンペーパーなどを用いて炒め汁を濾してアサリだけを抜き取り、残った炒め汁にニンニクを入れ、香りが立ったところでタマネギを加え1分炒めたところで適当に切った鶏肉を加え、肉の色が変わるまで炒める(トマトを加えるならここで)。

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 はい。
 完全なる砂抜きです。
 アサリの砂は、身と殻のあいだ、または殻外側のデコボコの隙間にある。ならば、茹でるにしろ炒めるにしろ、すべての殻が開いたあと、その中身をゆで汁や炒め油で洗うように調理し、それを濾す。

 これでよし。

 この方法を使うと、買ってきたアサリを砂抜きせずそのまま冷凍し、調理段階で砂を抜くことも可能になります。
 ですので「そんなの出汁をペーパーが吸っちゃうじゃないもったいない」という向きも、基本の塩水砂抜きに失敗したアサリを捨てるしかない、なんて思い悩んだときには、おためしあれ。

 以上です。

(追陳。
 完全なる、とか書きましたが、私の作るパエリアでも、たまにジャリッとなることがあります(妻は私を刺しませんが睨みます)。それはひとえにダイエーを信用し、とても急いでいて、まだ開ききっていないアサリ貝を、余熱だとか、無理やり箸でだとか、邪道な手段でこじ開けたとき。やっぱりまだ身が縮んだままだから、そのあたりに砂が残っているのですね。なので、しっかり自然に貝が開ききるまで待ち、身の裏まで洗うように調理するというのが必須。それでも私は調理段階で砂を抜けるこの方法が性に合っていて好きなのですが……いちおう、塩水砂抜きもしておきましょう。念には念を。手をかけた時間こそが料理の質を上げる、というのは真理です)

(追陳その二。
 パエリアに限定した場合、アサリのダシは最初に炒め蒸したときにほぼ出つくしているので、トッピング用の殻と身は流水で洗ってしまう、というのも手です。噛んでジャリッとなるレベルの砂粒は、砂というよりは小石の大きさなので、顕微鏡を使わなくても肉眼で黒い点として目視できます。それを指先でちょいちょいのちょーいと取り去ってもいいのですが、どうせダシが出つくした見た目だけのオブジェ。水道水にさらしてしまえば完璧。身のなかに砂はない。噛んでわかる大きさの砂は目で見える。この二点を知る者であれば、あとは愛情の問題。一個ずつ見つめれば砂が残ることなどありえないのです(身と殻のあいだに目視できないものが残っていたという呪われた不運がない限り)。)

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